*27
「もしもし」
「今どこだ?」
「ショッピングモール」
「何、油売ってんだよ」
腹巻きして早く寝ろ、と八木田橋はからかう。心配したり驚いたり、私以上に慌てる八木田橋。もう既に父親気取りだ。
「……今、子ども服の前」
気が早いだろアホ、ついてるかどうかも分かんないのに、と笑われた。帰りがけに寄ったショッピングモール、書店で結婚情報誌を買う。子ども服を眺める。あれから3日、まだ悪阻も酷くなく普段通りに過ごせている。平日はメールだけだった八木田橋も相談事があってか毎晩電話を掛けてくる。宿舎に空き部屋があるとか6月の第2週なら式場が空いてるとか。まだ八木田橋の両親に挨拶もしてないのに八木田橋の方が気が早いと思う
「……コユキ、元気か?」
「誰?」
「だから決まってるだろ。ユキの子だからコユキ」
まだ分かる訳ないじゃない、と八木田橋を怒る。既に赤ちゃんにニックネームを付けて嬉しそうに話す。親バカを超えてバカ親だと思う。女の子ならそのまま“小雪”と名をつけそうだ。男の子なら颯とか隼人とか颯爽と滑っていくような名前をつけるに違いない。
自宅に帰り、線香を上げる。まだ見ぬ我が子を、まだ点でしかない命を心配して可愛がって落ち着かない八木田橋。亡くなった父も八木田橋みたいに心待ちにしてたんだろうか。母が父も喜んでると言ったのは、私がお腹にいるときに同じことをしていたからに違いない。そんな父は雪山でペンションを経営する夢より家族を選んだ。母を思いやり、もっと子どもが欲しいと願って。そんな父が順序を違えても怒るはずがない。
ダイニングで買ってきたばかりの結婚情報誌を広げる。東京、埼玉はもちろん、関東近県のリゾートウェディングも紹介されている。その中には八木田橋のいるホテルもあった。広大な芝生の向こうに白いチャペル、その奥に青い山々がそびえ立つ。そのチャペルの他にハーブ園でも挙式出来るとカップルの写真が載っている。モデルは八木田橋ではなかったけど、重ねてしまう。白いドレスの新婦を見守る新郎。
「あら素敵ね。八木田橋さんのところ?」
「うん。6月なら薔薇が咲いてるし、ラベンダーも少しは咲き始めるみたいよ」
「料理も美味しかったしね」
「母さんの好きなエビチリもコースに入ってるといいね」
「親をからかって」
食事を済ませてお風呂に入る。好みは多少変わったようにも思うけど、日によってはミルク系の甘いものが食べたくなったりもした。下着につくおりものも増えた。体の変化を不思議に感じる。これからもっともっと変わっていく。
朝、お腹に違和感を覚えて目が覚めた。これも妊娠初期独特なものかと流しながら起き上がる。下着に落ちる生暖かい妙な感触に胸騒ぎがした。液体が伝う感触……。
慌ててトイレに駆け込む。パジャマのズボンを下ろし下着を見る。おりものに混じって少量の血液が見えた。
「や……どうしよう……母さん……?」
私は階段を駆け下り、母の部屋のドアを開けた。母はもう起きていて布団を上げていた。どうしたの?、階段はもっとゆっくり下りなさい、と私を怒る。
「だって、だっ……あの」
パニックになって口が動かない。
「どうしたの?」
「血、血が……」
「ええ?」
母に、いつから?、どのくらい?、と聞かれ答えると再び、落ち着きなさい、と怒られた。
「少しなら心配ないから。様子を見て酷くなるようなら病院に行きなさい」
「でも」
母はお腹の赤ちゃんが血管から栄養を取ろうとして穴を開けてるから、とか、ホルモンのバランスが崩れて子宮入口がただれてるから、とか正常な妊娠でも出血はあると、出血の原因をいくつか説明してくれた。出血イコール流産だと思い込んでた私は体の力が抜けて畳に座り込んだ。
「ユキったら」
「だって……」
「もう、本当に“お母さん”なのね」
そんなに心配なら病院に行ってみたら?、赤ちゃん見えるかもよ、と母に言われた。予約は来週だけど、心配だった私は診療開始時間を待って病院に向かうことにした。
出掛けにトイレに入る。出血はさっきより増えたように見えた。当てていたナプキンを取り替え、すぐに車に乗り込んだ。もしものことが頭を過ぎる。万が一、流産したらどうなるの、って。赤信号に阻まれる。別に青信号で早く着いても診療時間にはならないのに。心配でお腹を見る。
「コユキ、大丈夫? 苦しくない?」
お腹に手を当てて聞いてみるけど返答はない。青信号に変わり、アクセルを踏む。病院に着く。受付を済ませてまたトイレに行く。出血量が更に増えていた。診察室に呼ばれ、すぐに内診になる。下着を下ろすとおりものに混じって出血したというよりは生理に近い量だった。台に上がり、触診、超音波による診察を受ける。医師は超音波の器具をぐるぐると動かして何かを探しているようだった。壁にかかるモニターに白黒の波が映るが、どこを探しても点はない。
「あれから数日経っているので、順調なら袋のようなものが見えてもいいはずですが……」
「まさか、流産……流産ですか?」
「そう大げさなものではありませんよ。妊娠反応はありましたので、正確には化学的流産ということになります。受精卵の染色体異常によるものです。自ら気付いて流れてしまう、そう考えてください」
「もしもし」
「今どこだ?」
「ショッピングモール」
「何、油売ってんだよ」
腹巻きして早く寝ろ、と八木田橋はからかう。心配したり驚いたり、私以上に慌てる八木田橋。もう既に父親気取りだ。
「……今、子ども服の前」
気が早いだろアホ、ついてるかどうかも分かんないのに、と笑われた。帰りがけに寄ったショッピングモール、書店で結婚情報誌を買う。子ども服を眺める。あれから3日、まだ悪阻も酷くなく普段通りに過ごせている。平日はメールだけだった八木田橋も相談事があってか毎晩電話を掛けてくる。宿舎に空き部屋があるとか6月の第2週なら式場が空いてるとか。まだ八木田橋の両親に挨拶もしてないのに八木田橋の方が気が早いと思う
「……コユキ、元気か?」
「誰?」
「だから決まってるだろ。ユキの子だからコユキ」
まだ分かる訳ないじゃない、と八木田橋を怒る。既に赤ちゃんにニックネームを付けて嬉しそうに話す。親バカを超えてバカ親だと思う。女の子ならそのまま“小雪”と名をつけそうだ。男の子なら颯とか隼人とか颯爽と滑っていくような名前をつけるに違いない。
自宅に帰り、線香を上げる。まだ見ぬ我が子を、まだ点でしかない命を心配して可愛がって落ち着かない八木田橋。亡くなった父も八木田橋みたいに心待ちにしてたんだろうか。母が父も喜んでると言ったのは、私がお腹にいるときに同じことをしていたからに違いない。そんな父は雪山でペンションを経営する夢より家族を選んだ。母を思いやり、もっと子どもが欲しいと願って。そんな父が順序を違えても怒るはずがない。
ダイニングで買ってきたばかりの結婚情報誌を広げる。東京、埼玉はもちろん、関東近県のリゾートウェディングも紹介されている。その中には八木田橋のいるホテルもあった。広大な芝生の向こうに白いチャペル、その奥に青い山々がそびえ立つ。そのチャペルの他にハーブ園でも挙式出来るとカップルの写真が載っている。モデルは八木田橋ではなかったけど、重ねてしまう。白いドレスの新婦を見守る新郎。
「あら素敵ね。八木田橋さんのところ?」
「うん。6月なら薔薇が咲いてるし、ラベンダーも少しは咲き始めるみたいよ」
「料理も美味しかったしね」
「母さんの好きなエビチリもコースに入ってるといいね」
「親をからかって」
食事を済ませてお風呂に入る。好みは多少変わったようにも思うけど、日によってはミルク系の甘いものが食べたくなったりもした。下着につくおりものも増えた。体の変化を不思議に感じる。これからもっともっと変わっていく。
朝、お腹に違和感を覚えて目が覚めた。これも妊娠初期独特なものかと流しながら起き上がる。下着に落ちる生暖かい妙な感触に胸騒ぎがした。液体が伝う感触……。
慌ててトイレに駆け込む。パジャマのズボンを下ろし下着を見る。おりものに混じって少量の血液が見えた。
「や……どうしよう……母さん……?」
私は階段を駆け下り、母の部屋のドアを開けた。母はもう起きていて布団を上げていた。どうしたの?、階段はもっとゆっくり下りなさい、と私を怒る。
「だって、だっ……あの」
パニックになって口が動かない。
「どうしたの?」
「血、血が……」
「ええ?」
母に、いつから?、どのくらい?、と聞かれ答えると再び、落ち着きなさい、と怒られた。
「少しなら心配ないから。様子を見て酷くなるようなら病院に行きなさい」
「でも」
母はお腹の赤ちゃんが血管から栄養を取ろうとして穴を開けてるから、とか、ホルモンのバランスが崩れて子宮入口がただれてるから、とか正常な妊娠でも出血はあると、出血の原因をいくつか説明してくれた。出血イコール流産だと思い込んでた私は体の力が抜けて畳に座り込んだ。
「ユキったら」
「だって……」
「もう、本当に“お母さん”なのね」
そんなに心配なら病院に行ってみたら?、赤ちゃん見えるかもよ、と母に言われた。予約は来週だけど、心配だった私は診療開始時間を待って病院に向かうことにした。
出掛けにトイレに入る。出血はさっきより増えたように見えた。当てていたナプキンを取り替え、すぐに車に乗り込んだ。もしものことが頭を過ぎる。万が一、流産したらどうなるの、って。赤信号に阻まれる。別に青信号で早く着いても診療時間にはならないのに。心配でお腹を見る。
「コユキ、大丈夫? 苦しくない?」
お腹に手を当てて聞いてみるけど返答はない。青信号に変わり、アクセルを踏む。病院に着く。受付を済ませてまたトイレに行く。出血量が更に増えていた。診察室に呼ばれ、すぐに内診になる。下着を下ろすとおりものに混じって出血したというよりは生理に近い量だった。台に上がり、触診、超音波による診察を受ける。医師は超音波の器具をぐるぐると動かして何かを探しているようだった。壁にかかるモニターに白黒の波が映るが、どこを探しても点はない。
「あれから数日経っているので、順調なら袋のようなものが見えてもいいはずですが……」
「まさか、流産……流産ですか?」
「そう大げさなものではありませんよ。妊娠反応はありましたので、正確には化学的流産ということになります。受精卵の染色体異常によるものです。自ら気付いて流れてしまう、そう考えてください」