5月の大型連休はそれはそれは長かったし、大量の課題に目眩がしたが、朝は学校に行く時間にいつも通り起床し机に向かうことにした。

プルルルルルプルルルルル

　朝の8時。ハル以外は全員出かけた佐野家の電話がけたたましく鳴った。
「はい、佐野です。」
「遥ちゃん、新渡戸です」
　相手は母の妹である 新渡戸陽子 であった。叔母は余所行きの声色で続けた。
「お母さんに伝えて欲しいのだけれど、おばあちゃんが骨折して入院したの。明後日手術になる予定だから一回顔出してって伝えておいてくれる？」
「おばあちゃんが？」
「そう炬燵布団を引っ掛けて転んだらしいの。こんな時期まで炬燵出しておく方が間違ってるわよね。」
　陽子は溜息混じりだった。電話の向こうで院内処方の呼び出しが小さく聴こえた。
「じゃあ私はこれから入院に必要なもの買いに行くから、忙しいから切るわね。お母さんにちゃんと伝えてね。」
　叔母は一方的にガチャンと音がする程の勢いで公衆電話を切った。
　その日の夜には母 佳子 は祖母の入院する病院に駆けつけ様子を見に行った。次の日も仕事の佳子はすぐにとんぼ返りするからと、ハルに在宅を命じた。
　祖母のことは気がかりだったが、今は目の前の山積みの課題をこなさなければ連休が明けないとハルは自分を鼓舞した。
　佳子が赤いコンパクトカーで帰宅したのは明朝4時で、ハルはぐっすり眠っていたし、朝6時には家を出る佳子の夫 晃 はもう起きようか否かとベッドで寝返りを打っていた。
「おばあちゃんね炬燵布団で転んだらしいの。」
「それは叔母さんから聞いた。」
「それで起き上がれなくなっちゃって、自分で救急車呼んだんだって。」
「それで骨が折れてたわけだ？」
　佳子がハルと晃に説明をしたのはその日の夕食時だった。ハルは出来合いのヒレカツを口に運んだ。温めてはあるがどこか油が浮いていた。
「そうなの。頸部骨折って言って。」
「頸部って首ってこと？」
　晃が晩酌の焼酎を口に含んでから口を挟んだ。
「違う違う。大腿骨頸部骨折。太ももの付け根、股関節のところ。」
「ああ年寄りがよく折るところだな。」
「そう年を取って転ぶとよく折れるところ。」
　佳子が白米を口に運んだ。
「手術するんでしょ？」
　ハルが殆ど食べ終えたヒレカツのお皿のキャベツを集めながら言った。
「そうよ。γネイルっていう、比較的簡単な手術よ。術層も小さいし、早ければ1ヶ月ちょっとくらいで退院できるんじゃないかしら。」
佳子は有床の個人病院の病棟師長であり、この骨折が大したことなく比較的簡単に手術が行われることを説明した。
「お母さん元気だったし、まあ後は陽子に任せることにしたわ。」
　叔母である陽子は嫁に行き祖母の隣町に住み、祖母に呼びつけられては足になったり田んぼを手伝ったりしているらしい。
「おばあちゃん、無事に手術終わったからね。様子見ながらリハビリ始めていくって担当の先生が言ってたわ。」
　陽子からの電話を再びハルが受けたのは次の日の夕方だった。
　楽観的な佳子に従い、晃もハルも祖母のお見舞いには行かずに大型連休は終わってしまった。
　週が開けると、入学してすぐの模試の結果が渡された。外部業者により採点され、3色のインクで印刷されたその結果に佐野遥は驚きを隠せなかった。
「ハル、お前は一桁確定だろ？」
　神谷が振り返って言った。
「なになに、そういう神谷も一桁だろ？」
　後ろから清水が佐野遥の結果を覗き込んだ。
「で、麻里が一位なんだろ？」
　少し席の離れた茶髪のギャルに清水が声をかけた。
「うるせー。」
　渡辺麻里は綺麗に手入れされた茶髪のロングヘアを揺らしながら呟いた。人は見かけによらないし、彼女がぱっと見派手なだけで実は真面目なことはこの1ヶ月でクラスの殆どの生徒が把握していた。ただまさか、茶髪のギャルが学年一位の座を颯爽と獲得することは予想できそうでできなかったのは認めたくなかったからだった。
　佐野遥の手元の3色のインクで書かれた紙には3という数字があった。