もう来週から学校が始まるというのに、 ハル は西日の差し込む縁側で扇風機を回しながら伸びていた。
お盆が過ぎて、夕方になるとスコールのような雨が降ることも時折あって、天気のもつ間は祖母 栄子 は畑仕事に精を出していた。その日も例外ではなく、腰が曲がって小さくなった栄子は15時のお茶を飲んだ後、畑に出かけていた。
ひぐらしが鳴き始めて、ハルは目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたらしく、陽は落ち、風が生温さを残しながらも、少しずつ冷えていくのを肌で感じた。
重たい瞼をなんとかこじ開けて辺りを見渡すが栄子の腰の曲がった小さな影はどこにも見当たらず、ハルは栄子を呼びながら家中を見て回った。嫌な胸騒ぎがした。
「おばあちゃーん。」
「おばあちゃーん。」
「おばあちゃーん。」
台所にも、お風呂にも、トイレにも、蔵にも栄子のその小さな影はなく、ハルは戦々兢々とした。
畑だ、きっとまだ畑にいるんだ。
ハルは自分の言い聞かせるように頷いて畑を目指した。ビニール製のサンダルをつっかけて、暗くなり始めた農道を玄関にあった懐中電灯で照らしながら走った。たった300mくらいの距離をこれほどまでに全力で走ったのは幼少期の運動会やここ最近の体育祭でも思い当たらない。
肩で息をしながら辺りを見渡すが人影はなく、手に持ったの明かりを右に左に動かしながら畑の中に入って見渡す。
「おばあちゃーん。」
ハルの声が向こうの山にやまびことなって跳ね返ってくるだけで、栄子の声はしなかった。
「どうしよう。どうしよう。」
不安と恐怖で身体が震えて、視界が歪んだ。
「ハルちゃーん。」
栄子の自宅とは反対方向から、ハルを呼ぶ声がした。
「斗真くん。」
暗闇で懐中電灯が揺れ、斗真と柴犬が見えた。
「そんなに泣いてどうしたの?」
斗真はきっと事態を把握した上でハルに問いかけていた。斗真の表情は強張り、ハルの張り詰めた空気が既に伝染しているようだった。
「おばあちゃん、帰ってこないの。夕方からこの畑に来てたはずなんだけど、いないの。どうしよう。斗真くんどうしよう。」
ハルは冷や汗でぺったりと額にくっついた前髪を掌で掻き分けながら答えた。
「まず、ハルちゃんは栄子さんの家に戻ってみて。帰ってきてるかもしれないから。僕はすぐ帰って父さんに町内会に動いてもらうよう頼むから。」
斗真の声は上ずっていた。
「何か動きがあったらすぐ連絡するから、家の電話も携帯もすぐ出られるようにしておいて。」
それはハルは栄子宅で待つよう指示するものだった。
「大丈夫。絶対栄子さん見つかるから。行くよ、ポン太。」
斗真は冷や汗で湿ったハルの頭を軽く撫でて、柴犬と共に走り去った。ポン太が一度だけ返事をするように吠えた。