「僕は香織に会いたいだけ。
それだけなのに、どうしてみんなわかってくれないんだろうね。
もう時間がないんだ。ほら、警察が僕をつかまえにきちゃうよ」

ガチャッと音がして、ドアのロックが解除されるのを信じられない思いで見た。

「なんで、なんでよぉ!」

彼女のほうはすっかり取り乱している。
鍵に飛びつきもう一度かけようとしても、もう動かなくなってしまっているらしく金具はビクともしない。

再び、館内放送の声が響く。

「部屋のロックはナースステーションで操作できるんだよ。残念だったね」

絶望が胸を襲った。

そして、それはカップルの男女にも同じように訪れたよう。
放心したような顔をしてもう言葉を発していない。

電話の向こうで警察の人がなにか言っているが、頭がぼんやりしてうまく聞こえない。

男の鼻歌がまた聞こえる。マイクを通して聞こえるメロディ
……ああ、これはストーカーがわたしに贈ったCDに入っていた曲だ。

涙がとめどなく流れ息が苦しい。
両手で耳を塞いでも地獄の子守歌のようにはっきりと聴こえている。

「やめて……もうやめて!」

「……香織。僕たちの思い出の曲だよ。いい歌だね」

笑みを含んだ声がスピーカーからしている。ガタガタ震えるわたしに男の声が続く。

「香織がいる部屋にいるふたりに、一度だけ忠告をするからよく聞いて」

その声にカップルのふたりはお互いの顔を見合わせた。

「死にたくなかったら、香織を外に出すんだ。さもないと、君たちも殺すことになる」

「ダメ……。お願い、そんなのダメだよ」

わたしの声に男性のほうが軽くうなずいたけれど、その目は迷いに揺れていた。

彼女があ然とした表情でわたしを見た。
それは、ひと筋の希望を見出したように光っている。

「お願い、助けて……」