「だけどね」

男の声に視線を戻す。

「香織は僕たちの清らかな恋を汚してしまった」

右手に持つナイフの先端を見やる男の声は低音に変わっていた。もう笑みも浮かんでいない。

「僕は君のために、心のすべてを捧げた。君だって喜んでくれていただろう?それなのに、君は僕を裏切ったんだ。こんな病院に逃げこんで、僕をシャットアウトしようとした」

「違う……。それは、違う」

「違わない!」

怒号がフロアに響いた。

「僕を翻弄し捨てようとしている。こんなに僕が想っているのに、お前は僕をだましたんだよ!」


向かい側にある部屋のドアが開いていることに気づいたのはそのときだった。

「香織ちゃん?」

寝ぼけ眼で立っているのはパジャマ姿の杏だった。叫ぶ声に気づき起きてしまったのだろう。

男がゆるゆるとそちらを見る。