「結菜……ごめん」

「なんで芽衣が謝るのよ。私が勝手に好きになって、勝手に告白しただけ」

そう言った結菜は泣いているようだった。あごのあたりが細かく震えていた。

「芽衣も好きなんでしょう?」

「うん……」

「だと思った。ううん、最初からそんな気がしていた。私の片想いは絶対にかなわない、って」

スッと立ちあがった結菜が肩で大きく息をついた。

「本当なら芽衣を応援したい。そうすべきだって、ここにくるまでの間もずっと言い聞かせてきた」

もう結菜は私のほうを見ようともせず、公園の奥のほうをじっと見つめている。

「映画ならここで仲直りして、またいつものようにはしゃぎあって……。そんなことわかってる。そうすべきだってわかっている。でも、できないよ……」

「結菜、本当にごめんなさい。私、ずっと自分の気持ちに気づかなかったの」

ベンチから立ちあがった私を避けるように、結菜は数歩前に逃げる。体全体で拒否されているように感じた。

「私に気持ちを言うってことは、和宏くんとつき合うってこと?」

「違う、そんなつもりはないよ。今は事件のことで頭がいっぱいだし。まだきっと和宏のこと、好きになりはじめたばかりだと思うから」

「ふうん」

土を鳴らして振りかえった結菜はまっすぐに私を見つめた。

「ほんと、芽衣ってずるいね」

「え……」
「今はまだ許せないし、応援することもできない。明日からはうまく話もできないと思う」

「結菜……」

「でも、気持ちが固まったときにはちゃんと和宏くんに告白してほしい。そうじゃなかったら、いつまでたっても私の片想いは続くことになるんだよ」

「ごめんなさい……」

もう私は泣いていた。結菜の言う通りだと思う。私はただ自分のためだけに約束を守ったんだと情けなくなった。

「いつか……許せる日がくると思う。それまでは、ごめん」

うつむく私に結菜の去っていく足音が聞こえる。

ひとり残された公園で、私は果てしない自己嫌悪に涙を流した。

――やがて来る最大の悲劇を知ることもなく。



【第六章】「システムエラー」
【SideA 香織】
12月 ?? 日(?)

今は、夜の10時。
いつ殺されるかと考えると、なにもできない。
あのあと、お兄ちゃんやわん君たちに電話をかけまくったことで、ついに藤本さんに携帯電話すら取りあげられてしまった。

なんとか返して欲しくて、ナースステーションに向かった。
夜のろう下は暗くて、ステーションまではやけに遠く感じた。

もうずっと頭が痛い。
今日の夜勤は藤本さんだったはず。
ムリにでも自分の間違いを認めて、携帯だけは返してもらおう。
ステーションの明かりがみえてきた。
藤本さんが、同じ夜勤のヘルパーさんと話しているのが聞こえたの。

「――香織ちゃんが」

そう言っているのが聞こえた気がして足をとめた。
藤本さんの声だ。
そっと聞き耳をたてる。

「だから、あの子おかしいのよ。極度の被害モーソーってやつね」

「ストーカーに悩まされているんでしたっけ?」

「すべての男性がストーカーに感じちゃうみたいでね。ここのなかにまで入ってくる、って騒ぎだしちゃったの」

「それはないでしょう」

クスクス笑う声。

「この間だって、電話の相手をストーカーだと勘違いしちゃってさ、もう泣くわ騒ぐわで、ほんと大変だったんだから」

「へぇー、それはすごいですね」

「あれは重症ね。服薬変えてもらわないと、これからもっと大変になるわよ」
吐き気がこみあげる。
気づかれないように小走りで部屋に逃げ帰ると洗面所でもどした。
食事もとれていないから、出るのは胃液だけだった。
それでも吐きつづけた。
涙があふれてとまらない。

藤本さんはあんなふうにわたしのことを思っていたんだ。
あの人だけは信用していた。
いつでも気さくに話してくれて、友達みたいに思っていたのに。

もう、ここにいる誰もが信用できない。

【SideB 芽衣】
期末テストの最終日は半日で学校が終わった。
放課後と呼ぶには早すぎる教室は、みんなテスト期間が終わったうれしさでいつもより騒がしかった。
あれから結菜とはたまに話をする程度。ぎこちなく笑い、短い会話を一日に数回交わす程度だった。さっきも、さよならも言わず帰ってしまった。
恋をしたことで近づいたり離れたり……。こんな切ないものなのかな。

「帰るんだろ?」

荷物をまとめながら尋ねる和宏に、

「あ、うん」

と私もカバンを机の上に置く。

「看護師の藤本さんと、元看護師の今田さんの両方を見守っているだけで進展はないみたい」

「そうなんだ」

「裏BBSも更新されてないし、なんだか怖いよね……」

そう言う私に、

「そっか。あ、部活行かなきゃ」

と和宏はカバンを手にさっさと教室から出て行ってしまった。
和宏のことを気になり出してからというもの、彼の背中ばかりを見送っている気がした。
あんなにやさしかったのに、急に冷たくなったように思えてしまう。話しかけても今のようにそっけない態度ばかり。

意識しすぎているせいなんだろうな……。
こんな苦しみを結菜は感じていたんだな、と改めて知る。

「なあなあ」

さっきまで和宏がいた席に久保田がドカッと座った。

「柊先生のことはもうええの?」

「え?」

耳を疑う話題に聞き返す。今、なんて言ったの?

「ほら、あんなに好きやったのに、最近は話題にも出えへんやん」

返答に詰まる私に、久保田はあたりをサッと見回してから顔を近づけて言う。

「柊先生をやめて、和宏を好きになってもうたんか?」

「なに言ってるのよ。冗談でも笑えないし」

急激に鼓動が速くなるのを隠すように立ちあがる。どうして久保田がそんなこと言ってくるのよ。