うちには父親がいない。私が五歳の時に交通事故で死んでしまった。
私には父の記憶はほとんどないけれど、さみしいと思ったことはそんなになかった。
それは年の離れた直樹のおかげだと思う。
昔は喧嘩っ早い性格で怪我をして帰ってくることもあったけれど、この数年は大人の男性って感じで落ち着いている。
日々、くだけた会話も多くなってきた。

お父さんが亡くなってから、母はすぐにホームヘルパーの資格をとり、特別養護老人ホームで働きながら私たちを育ててくれている。
昨年には介護福祉士という国家資格まで取得し、今では主任となっているそうだ。口に出しては言わないが密かに尊敬している。
そのせいで夜勤やら宿直やらで夜もいないことが多いけれど。

「今日は、なに食いたい?」

冷蔵庫の中身とにらめっこしながら尋ねる直樹は、ひいき目に見ても顔もスタイルも悪くない。
ストレートの黒髪に、長い手足はうらやましいほど。
スタイルもきっと私よりもスリムだろうし。

「ダイエットに効くものがいいなぁ」

直樹は笑いながら「唐辛子でも食ってろ」と言ったあと、

「チャーハンでいいか」

とひとりで納得しながら野菜を取り出している。

「じゃあ中華スープも作ってよ。卵たくさん入ってるやつ」

「わかったから着替えてこい。十分もあればできちゃうから」

「はあい」とリビングを出て階段をのぼる。