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「私ね……最近おかしいんだ」

「おかしいって?」

「精神的に不安定っていうか……。いろんな感情がグルグル回ってて、自分で自分がよくわからないの」

コトリとマグカップを置く。テレビではお笑いのネタがにぎやかに流れている。

「どういう感情なの?」

「うーん。誰かのことが好きとか嫌いとか? そういうのに振り回されている気がする。自分の気持ちがハッキリしなくて、ずっとぼやけているみたいな感じ」

言葉では説明できない感情は、口にすればよけいに絡まり合うようだった。
母は、「そう」とうなずいてから私を見た。

「多感な年頃だからね。直樹もそういうことが昔あったわ」

なつかしそうな目で言った母に、私は目を丸くする。

「お兄ちゃんも?」

人生を達観しているみたいな直樹にもそんな時期があったなんて意外だった。ひょっとして、前に言っていた彼女の死が原因だろうか?
私は気づかなかったけれど、母は知っていたんだ……。

「お兄ちゃんも苦しんだんだね……」

「直樹はずいぶん大人になってからだったけどね。まあどうしようもなくなったら心を扱う専門のお医者さんもいるんだから、あまり考えすぎないようにするといいわよ」

「うん」

「芽衣の良いところは元気なとこ。だけど、無理する必要はないと思う。つらかったら前みたいに学校休んじゃえばいいのよ。本気でイヤになったら辞めたっていいし」

「それって母親が娘に言うセリフ?」

あっけらかんと言う母に笑ってしまう。

「別にいいわよ。逃げることが間違っているなんてお母さん思わないから。逃げるが勝ち、よ」

そう言うと母はテレビの世界に戻っていく。
詳しく聞いてこない母がありがたかった。