部屋を出て一階に降りると直樹が夕食の準備をしていた。カバンと上着を脇に置きエプロン姿で手際よくナスを切っている。
口ずさむ鼻歌に、包丁の音がリズムをつけているみたい。機嫌がよいときだけ鼻歌をうたっていることに直樹は気づいていないらしい。
そっか、今日母は夜勤のシフトだっけ……。
ぼんやりと考えながら冷蔵庫を開けた。

「起きたか。熱はどんな感じ?」

「あと少しってとこ。たぶん明日の朝には下がってそう」

「そっか。よかったな」

水道をひねったらしく、鼻歌は水音に紛れてしまった。

「今夜は天ぷらにするからな」

材料の仕こみに集中したまま直樹は軽い口調で言った。

「私、パス」

「なんでだよ、せっかく用意してるのに。最近ろくに食べてなかったろ。天ぷらうどんにしてやるから」

「……食べたくないんだよね」

「大丈夫、衣に細かく刻んだお茶の葉を入れたから軽く食べられるさ」

こんなときでも、いつもと変わらない直樹が好き。
コップに麦茶を注ぐとそのままテーブルの椅子に腰かけた。
茶色の液体がコップの中で揺れている。

「……少しは落ち着いたか?」

ふいにかけられた声にゆるゆると直樹を見ると、エビの殻と格闘していた。

「うん」

「体調じゃなくて、気持ちの面ではどう?」

麦茶で口を湿らせてため息をつく。

「よくわかんないんだよね」

「そっか」