ねえねえ、知ってる?

 廃園になった北野ドリームランドのメリーゴーランドって、夜にだれもいないのにひとりでに回り始めるらしいよ。
 明りがキラキラ光ってとても綺麗らししいんだけどね。なんでも、昔あのメリーゴーランドで猟奇殺人事件があったんだって。殺された人はコスプレみたいな昔の衣装を着せられていて……。


 俺がそんな馬鹿げた噂を耳にしたのは高校の夏休みに入る直前のことだった。いつものように教室でクラスメートのヤマとお喋りしていたら、ニヤニヤしながら川田とクロが近づいてきて、俺の前の机の上に腰をかける。
 おもむろに足を組んで俺らを見下ろしてきた川田の表情は悪戯を思いついた小学生みたいだった。


「ヤマ、ムラ、夏休みに肝試しやんね?」


 川田は目をキラキラとさせて俺らを覗き込んできた。俺は咄嗟にヤマと顔を見合わせた。
 川田はとてもいい提案をしたような笑顔を浮かべて、断られることなんか全く想定していなさそうだ。


「肝試し? 学校裏の寺か?」

「違う違う。遊園地だよ」

「遊園地? お化け屋敷に入るってことか? あんなの人形なんだから、肝試しになんねーよ」


 俺の隣で椅子に座ったままヤマは馬鹿にしたように、鼻で川田の提案を笑った。川田はヤマの反応を見て意味ありげにニヤリとすると、緩んだ制服のネクタイをいじる。


「それが違うんだ。俺、駅前の学習塾に行ってるだろ? そこで面白い噂を聞いたんだよ」

「面白い噂?」

「ああ、おまえら北野ドリームランドって知ってるか? 廃園になった遊園地なんだけど──」


 川田は秘密の話をするように辺りを見回して顔を近づけてきた。そして右手でネクタイを弄る。どうやらネクタイを弄るのは川田の癖のようだ。


「メリーゴーランドが夜になると勝手に回り出すらしいんだよ。誰もいない寂れた遊園地でメリーゴーランドだけが回ってる。作業員も居ないのにだぜ? これは真相を解明しないわけにはいかないだろ?? だから4人で行こうぜ。」


 川田はどうだといった満面で俺とヤマを見てきた。


 北野ドリームランドのメリーゴーランド。

 そこは俺が小さい頃に誰もが知るような猟奇殺人事件があった。兵士のコスプレをした男子大学生が胸を営利な刃物でひとつきにされて惨殺され、メリーゴーランドの馬の上に遺体が放置されていた。
 凶器も目撃情報も全くなく、事件は迷宮入りした。その事件の影響で北野ドリームランドは廃園に追い込まれたんだ。

 そんな曰く付きの施設での肝試しと聞いて俺はいやな予感がした。
 しかし、川田を始めとしてヤマやクロはすっかり乗り気なようで、いつにするかと盛り上がり始めている。


「ムラはいつなら平気?」

「別にいつでもいいよ。」


 断ると意気地無しだと不名誉なレッテルを貼られて夏休み明けに学校で恥ずかしい思いをするかもしれない。
 そんなことを思って俺はとうとう『行きたくない』と言い出すことが出来なかった。俺はこの時に『行きたくない』と言えなかったことを、後々にとても後悔する事になった。