のれんで仕切られた背後の居間から、にぎやかな笑い声が聞こえてきた。

どうやらあの二人は、テレビのワイドショーに写っている自分たちの姿を見ながら、盛り上がっているらしい。

「まずは、あの女をどうやって追い出すかだ」

「あの女って、どっちだ」

「大きい方!」

千里だけなら、まだなんとかなる。

しかし、尚子と一緒になると、とにかく上から目線で攻められるから、かなわない。

千里がうちに来た時はまだ小学生だったから、一緒に住んでた時期もあるし、扱いには慣れてる。

けど、尚子の方は親父が再婚した時にはもう大学生で、ほとんどずっと大学の図書館で勉強してたから、うちには寄りつかなかった。

「血はつながらなくても、姉として認めたんじゃなかったのか」

「やめた!」

もしかしたら、その頃十五歳だった俺に、遠慮してたのかもしれないと思ったこともあったけど、そもそもが、そんな殊勝な考えを持ちそうなタイプじゃない。

「やっぱ嫌いだ」

あいつは、自分の母親が病気で倒れたとき、奨学金で海外留学をしていた。

病気になってしまったことを、親父にも娘にも隠し通そうとしていたあの人を、俺は影で支えた。

「なんでろくに話したこともない、見ず知らずの連れ子と同居しなくちゃならないんだ。おかげで俺は、二人目の母さんにふりまわされたんだ」

俺が馬鹿だった。

もっと早く、そのことを誰かに相談しておけばよかったんだ。

「あいつを追い出す魔法を使って。そしたら、あんたを魂の指導者として認める」

もう二度と、あんな思いはしたくない。

「それで、導師って、呼ぶ。導師を信じて、魔法使いの修行をする」

俺は本気だ。その願いが叶うなら、鬼にでも悪魔にでもなってやる。

「いいだろう、お前の望みは叶えられた」

「え?」

「追い出したぞ」

「えぇっ!」

「確認してみろ」

その言葉に、俺はのれんの奥へと走った。

飛び込んだ居間には、確かに千里だけしかいない。

「あいつは!」

「あいつって、お姉ちゃんのこと?」

ごくりとつばを飲み込んでから、うなずく。

「なんか急なトラブルがあったとかで、さっき連絡が入って、飛び出していっちゃった」

「そうなの?」

「なんか、二、三日は帰ってこれないかもって」

頭の中で、色んなことがぐるぐるとまわってるけど、その正体が俺にはよく分からない。

千里はそんな俺を見ながら、眉をしかめた。

「なによ」

「いや、なんでもない」

俺はゆっくりと後ろに下がって、再び店のレジ台に戻る。

目の前には、一匹の老猫。信じられない。

「修行、始めるか?」

「あれ、本当に導師の魔法?」

偶然と必然。可能性と蓋然性。

あるかないかと、確率の問題。

正直、学校の成績なんて、いい方じゃなかった。難しい話しは分からない。

けど、今目の前にいるこの不思議なしゃべる猫は、どうしてここにいるんだろう。

それは、嘘じゃなくて、本当のこと。

「信じるか信じないかは、お前次第だ」

導師は黙ってうずくまり、丸くなって目を閉じた。

俺を試すつもりなら、俺もこいつを試してやる。

「じゃあ、もう一人も追い出してよ! あのちっさい方!」」

導師の耳が、ぴくりと動いた。

「では、お前がやってみろ。お前があの妹を追い出せばいいじゃないか。それが望みなら、そうすればいい」

うずくまったままの導師の、両目がうっすらと開いた。

「私が魔法を使って、追い出すことは簡単だ。自分で追い出せないのなら、魔法を習ってから、自力で追い出せばいい。これが最後通告だ。おまえに魔法を習う気がないのなら、私はここを去る」

導師は丸くなったまま、じっと動かず目を閉じている。

そうだ、猫の導師に出来るなら、俺にも出来ないはずはない。

もしもあれが偶然であるならば、俺にも同じ偶然があるはず。

それに気がついた俺は、めったに客の来ない本屋の店番を抜け出して、奥の居間に戻った。

目に入ったのは、誰もいない部屋。

台所の方から音がして見上げると、千里が廊下へと出て行くところだった。