「あんた、バカじゃないの!」
「今日中に出しときたいから、早くサインして」
目の前で、香澄はその紙を破った。
「ちょっと! もう区役所しまっちゃうだろ! なんで破くんだよ!」
「あんたみたいなバカに、なんで私がこんがいてのきあ……」
舌がうまく回らないのか、後半は何を言っているのか分からない。
香澄と繋がった機械のアラームが鳴って、看護師が飛び込んでくる。
「ご家族以外は、面会謝絶ですよ!」
「明日から家族になります。そしたら、手術も出来ますか? 先生の、お話も聞けますか?」
飛び込んで来た医師らしい先生と看護師は、せわしなく手を動かしながらも、俺を見る。
「家族になったら、連絡してください」
「はい、分かりました」
意識を失った香澄を残して、俺と菜々子ちゃんは部屋を追い出された。
そう言えば、菜々子ちゃんには、まだ許可をもらっていない。
「ねぇ、俺がお父さんになっちゃダメ?」
「そんなこと聞かれたの、初めてなんだけど」
菜々子ちゃんは大人だから、いつでも落ち着いている。
「今日からこの人がお父さんってのは、何回かあったけど」
俺は、菜々子ちゃんの手をぎゅっと握った。
「俺が、お父さんになっちゃダメ?」
「すごく頼りないお父さんだよね……、ま、考えておく」
それから俺は、毎日区役所に通って、毎日十枚ずつ婚姻届けをもらってきて、毎日三枚ずつ香澄に渡そうとしたけど、香澄はずっと眠ったまんまで、どうすることも出来なかった。
俺は毎日、持ってきた届けを香澄の枕元に置いた。
夕方の家の居間で、菜々子ちゃんはまた勉強をするようになった。
俺はたまっていく片方だけ署名の入った婚姻届けの束を見ながら、ごろごろしている。
「なんで、あんな人と結婚したいの?」
「初恋の人だったんだ」
「好きなの?」
「うん」
「アレが?」
あの頃と変わらない、片思い満載の婚姻届けの山に囲まれて、俺はその人の娘を見る。
「そうだよ」
「私だったら、別の女にするな」
菜々子ちゃんはふっとため息をついて、片肘をついた。
「たとえば、尚子さんみたいな」
「最悪だ、お前に女を見る目はない」
「私、あんな女になりたくないから、勉強してるの」
彼女は自分の母親のことを、そう呼ぶ。
「だから、さっさと自立して独立するの。自分でちゃんと働いて、仕事するの」
「それは、とてもいいことだね」
でもここは、親の代から続いた本屋で、その経営赤字は、再婚相手の連れ子である尚子が補ってくれている。
税金対策でもあるらしいけど。
「あんたに言うセリフじゃなかった。同じクズだった」
その言葉に、少なからずダメージを受けた俺が寝転がると、導師が腹の上に乗ってくる。
尚子に助けられているのは、確か。
「重い、重たいよ、導師」
だけど、どいてと言って下ろしてしまわないのは、その重みに、本当は耐えられるから。
片思いの婚姻届けに囲まれて、導師の頭を撫でていた俺は、そのまま眠ってしまった。
「今日中に出しときたいから、早くサインして」
目の前で、香澄はその紙を破った。
「ちょっと! もう区役所しまっちゃうだろ! なんで破くんだよ!」
「あんたみたいなバカに、なんで私がこんがいてのきあ……」
舌がうまく回らないのか、後半は何を言っているのか分からない。
香澄と繋がった機械のアラームが鳴って、看護師が飛び込んでくる。
「ご家族以外は、面会謝絶ですよ!」
「明日から家族になります。そしたら、手術も出来ますか? 先生の、お話も聞けますか?」
飛び込んで来た医師らしい先生と看護師は、せわしなく手を動かしながらも、俺を見る。
「家族になったら、連絡してください」
「はい、分かりました」
意識を失った香澄を残して、俺と菜々子ちゃんは部屋を追い出された。
そう言えば、菜々子ちゃんには、まだ許可をもらっていない。
「ねぇ、俺がお父さんになっちゃダメ?」
「そんなこと聞かれたの、初めてなんだけど」
菜々子ちゃんは大人だから、いつでも落ち着いている。
「今日からこの人がお父さんってのは、何回かあったけど」
俺は、菜々子ちゃんの手をぎゅっと握った。
「俺が、お父さんになっちゃダメ?」
「すごく頼りないお父さんだよね……、ま、考えておく」
それから俺は、毎日区役所に通って、毎日十枚ずつ婚姻届けをもらってきて、毎日三枚ずつ香澄に渡そうとしたけど、香澄はずっと眠ったまんまで、どうすることも出来なかった。
俺は毎日、持ってきた届けを香澄の枕元に置いた。
夕方の家の居間で、菜々子ちゃんはまた勉強をするようになった。
俺はたまっていく片方だけ署名の入った婚姻届けの束を見ながら、ごろごろしている。
「なんで、あんな人と結婚したいの?」
「初恋の人だったんだ」
「好きなの?」
「うん」
「アレが?」
あの頃と変わらない、片思い満載の婚姻届けの山に囲まれて、俺はその人の娘を見る。
「そうだよ」
「私だったら、別の女にするな」
菜々子ちゃんはふっとため息をついて、片肘をついた。
「たとえば、尚子さんみたいな」
「最悪だ、お前に女を見る目はない」
「私、あんな女になりたくないから、勉強してるの」
彼女は自分の母親のことを、そう呼ぶ。
「だから、さっさと自立して独立するの。自分でちゃんと働いて、仕事するの」
「それは、とてもいいことだね」
でもここは、親の代から続いた本屋で、その経営赤字は、再婚相手の連れ子である尚子が補ってくれている。
税金対策でもあるらしいけど。
「あんたに言うセリフじゃなかった。同じクズだった」
その言葉に、少なからずダメージを受けた俺が寝転がると、導師が腹の上に乗ってくる。
尚子に助けられているのは、確か。
「重い、重たいよ、導師」
だけど、どいてと言って下ろしてしまわないのは、その重みに、本当は耐えられるから。
片思いの婚姻届けに囲まれて、導師の頭を撫でていた俺は、そのまま眠ってしまった。