「ちょっと! どこほっつき歩いてたのよ!」
「だからお兄ちゃんも、いい加減、携帯電話持ちなって!」
「なんだよ」
家に帰りつくなり、うるさい女共に囲まれた。
「導師が、車にひかれて倒れてたの!」
何を言われているのか、耳の理解を超える言葉の羅列。
世界が凍りつく。
俺はすぐに、身を翻した。
「どこに行くのよ!」
「あたしとお姉ちゃんとで、もう病院に連れてって、入院させてるから!」
振りむいたら、むっつりとふくれた二つの女の顔。
「外傷はないけど、内臓がどうなってるのか分からないから、今夜は病院で様子みるって」
「明日、お見舞いにいってあげて」
二人からそう言われて、なにも返さず二階へ上がった。
子供の頃から何も変わらない、小さな部屋。
小学生の時から使っている、机と簡易ベッド。
窓から見える景色は、道路脇のすぐ向かいの家の壁に阻まれていて、夜でも明るい空は、視界の三分の一程度。
この家の壁に囲まれて、目が覚めたら世界が変わっていたらいいのにと、何度願ったことか。
幾度となく裏切られても、そう願わずにはいられない。
どうにもならないって、いい加減あきらめらたいいのに。
今日はもう、このまま寝る。
朝になって、臨時休業の張り紙を店の前に出してから、動物病院へと向かった。
「いや~驚きましたよ! カリスマ経営者の荒間尚子と、超人気アイドルの荒間千里が姉妹だったなんて!」
先生は、連絡先が記載されたカルテを指差しながら、「この住所と電話番号であってます?」とか聞いてくる。
なにかあったら、連絡するために必要らしい。
「でも、そう言われてみると、顔とかそっくりですよね、ホントよく似てますよね、やっぱりお姉妹なんだなぁ~」
病院の奥から連れてこられた導師は、ゲージのなかでぐったりと横たわっていた。
「朝イチで検査したので、麻酔がまだ効いてるんです。もう少ししたら元気になりますから、お家につれて帰ってもらって大丈夫ですよ」
命に関わるような怪我はないから、おうちでゆっくり様子をみたのでいいと言われた。
お金は尚子が払ってくれていたらしく、預かり金があるからいらないと言われた。
ぐったりとした導師を抱いて、俺は家に戻る。
空は秋晴れの気持ちのいい空で、土手の上を歩いているうちに、導師はもぞもぞと動き出した。
目は閉じているから、まだ疲れているのだろう。
「ねぇ導師。空がきれいだよ」
むぅ、という小さな鳴き声がして、導師は寝返りをうった。
麻酔はもう、切れたみたいだ。
家にたどり着いて、俺は居間での導師の定位置に、座布団を敷いて寝かせた。
「ニャー」
「どうしたの、導師?」
座布団の上で、ゆっくりとのびをして顔を上げる導師。
導師はこちらを見上げるばかりで、なにも言わない。
後ろあしで、あごの下を掻いた。
「導師、体はどう?」
導師は、目を細めて鼻をひくひくさせる。
「ねぇ、導師ってば」
耳の後ろに手を伸ばした俺に、導師が答えた。
「ニャア」
「ねぇ、なにそれ、ニャアだけじゃ分かんないよ」
導師を膝に抱き上げる。
導師はゆっくりと目を閉じて、また開けた。
「病院はどうだった? なんで車になんか、ひかれたんだよ」
導師は黙ったまま、気持ちよさそうに目を閉じる。
「ねぇ、今日はなに食べたい? 今日だけは、特別に導師の好きなもの作ってあげる」
導師は俺の膝から下りると、首の下を掻いた。
あくびをして、その場にうずくまる。
「ねぇ、導師、なにかしゃべってよ」
「ニャー」
俺は、伸ばした腕ごと、全身が固まった。
「え、なにそれ、ちょっと待ってよ」
もしかして、導師の声が聞こえなくなってる?
どうしよう、なんで? なにがあった?
「だからお兄ちゃんも、いい加減、携帯電話持ちなって!」
「なんだよ」
家に帰りつくなり、うるさい女共に囲まれた。
「導師が、車にひかれて倒れてたの!」
何を言われているのか、耳の理解を超える言葉の羅列。
世界が凍りつく。
俺はすぐに、身を翻した。
「どこに行くのよ!」
「あたしとお姉ちゃんとで、もう病院に連れてって、入院させてるから!」
振りむいたら、むっつりとふくれた二つの女の顔。
「外傷はないけど、内臓がどうなってるのか分からないから、今夜は病院で様子みるって」
「明日、お見舞いにいってあげて」
二人からそう言われて、なにも返さず二階へ上がった。
子供の頃から何も変わらない、小さな部屋。
小学生の時から使っている、机と簡易ベッド。
窓から見える景色は、道路脇のすぐ向かいの家の壁に阻まれていて、夜でも明るい空は、視界の三分の一程度。
この家の壁に囲まれて、目が覚めたら世界が変わっていたらいいのにと、何度願ったことか。
幾度となく裏切られても、そう願わずにはいられない。
どうにもならないって、いい加減あきらめらたいいのに。
今日はもう、このまま寝る。
朝になって、臨時休業の張り紙を店の前に出してから、動物病院へと向かった。
「いや~驚きましたよ! カリスマ経営者の荒間尚子と、超人気アイドルの荒間千里が姉妹だったなんて!」
先生は、連絡先が記載されたカルテを指差しながら、「この住所と電話番号であってます?」とか聞いてくる。
なにかあったら、連絡するために必要らしい。
「でも、そう言われてみると、顔とかそっくりですよね、ホントよく似てますよね、やっぱりお姉妹なんだなぁ~」
病院の奥から連れてこられた導師は、ゲージのなかでぐったりと横たわっていた。
「朝イチで検査したので、麻酔がまだ効いてるんです。もう少ししたら元気になりますから、お家につれて帰ってもらって大丈夫ですよ」
命に関わるような怪我はないから、おうちでゆっくり様子をみたのでいいと言われた。
お金は尚子が払ってくれていたらしく、預かり金があるからいらないと言われた。
ぐったりとした導師を抱いて、俺は家に戻る。
空は秋晴れの気持ちのいい空で、土手の上を歩いているうちに、導師はもぞもぞと動き出した。
目は閉じているから、まだ疲れているのだろう。
「ねぇ導師。空がきれいだよ」
むぅ、という小さな鳴き声がして、導師は寝返りをうった。
麻酔はもう、切れたみたいだ。
家にたどり着いて、俺は居間での導師の定位置に、座布団を敷いて寝かせた。
「ニャー」
「どうしたの、導師?」
座布団の上で、ゆっくりとのびをして顔を上げる導師。
導師はこちらを見上げるばかりで、なにも言わない。
後ろあしで、あごの下を掻いた。
「導師、体はどう?」
導師は、目を細めて鼻をひくひくさせる。
「ねぇ、導師ってば」
耳の後ろに手を伸ばした俺に、導師が答えた。
「ニャア」
「ねぇ、なにそれ、ニャアだけじゃ分かんないよ」
導師を膝に抱き上げる。
導師はゆっくりと目を閉じて、また開けた。
「病院はどうだった? なんで車になんか、ひかれたんだよ」
導師は黙ったまま、気持ちよさそうに目を閉じる。
「ねぇ、今日はなに食べたい? 今日だけは、特別に導師の好きなもの作ってあげる」
導師は俺の膝から下りると、首の下を掻いた。
あくびをして、その場にうずくまる。
「ねぇ、導師、なにかしゃべってよ」
「ニャー」
俺は、伸ばした腕ごと、全身が固まった。
「え、なにそれ、ちょっと待ってよ」
もしかして、導師の声が聞こえなくなってる?
どうしよう、なんで? なにがあった?