あのお腹の子は、誰の子供なんだろう。

「あれ、ちょっと、どこへ行くんですか?」

「ちょっと、さんぽ」

店の外に出た俺の目の前に、菜々子ちゃんが立っていた。

「違うの! 用事があって、ここを通っただけなの!」

「うん、俺も、散歩に行こうと思ってただけで、菜々子ちゃんに会いたいなんて、思ってもなかったよ」

彼女は、くるりと背を向けた。

駆けだしていく小さな背中を、俺は追いかけることができない。

「お~い! 菜々子! 約束してた塾のテキスト、持ってきてやったぞ!」

北沢くんのその言葉に、菜々子ちゃんは振り返った。

「バーカ!」

捨て台詞というには、あまりにも哀しいひびき。

「おい! なんだよ、せっかく持ってきてやったのに! ねぇ、バカとか酷くないです?」

そんなことを言ってる北沢くんは、俺の横に立っている。

「追いかけていかないの?」

「追いかけていって、なにするんですか?」

北沢くんは、動かない。

俺も、動けない。

「でも、追いかけていった方が、いいような気がする」

「まぁ、本来はそうなんでしょうね」

彼とまた目が合った。

所詮、俺たちはこの程度で、これが限界なんだ。

追いかけていって、何をしよう。

俺はただ見上げている北沢くんと、全く同じ顔をして北沢くんを見下ろしている。

追いかけていって、なんて言おう、追いかけていって、何が出来るんだろう。

「僕、テキスト、持ってき損ですよね」

「うん」

「なんか、気を使って、損しましたよね」

「うん」

男二人は居間に戻って、何となくいつもの流れでお菓子の袋をあけたけど、誰も手をつける人がいない。

「なんか、静かですね」

「うん」

「静かになって、よかったんですかね」

「さぁ」

長い沈黙。

男二人だと、本当に間が持たない。

「なんか、しゃべってくださいよ」

そんなことを言われてからの、数秒経過。

「菜々子ちゃんってさ」

北沢くんは減らないお菓子を見つめていて、俺も減らないお菓子を見つめている。

北沢くんが、それを一つ手に取った。

「どんなお菓子が好きだっけ」

「あいつ、出てるものなら、何でもだいたい食べますよね」

「今度さ、それを聞いといてよ。なにが好きなのか」

俺が彼女を追いかけられなかったのは、多分それを知らなかったせい。

「分かりました」

そう言って彼は、手にしていた細長いスナック菓子の一本を、元に戻した。

「なんか、つまんないから、僕、もう帰りますね」

気がつけば、いつの間にか北沢くんがいなくなっていて、そのことにふと気づけば、部屋も薄暗くなっていて、千里が帰ってきていたことにすら、俺は気づいていなかった。

きっと北沢くんなら、こんどから菜々子ちゃんを追いかけられるだろう。

彼女の好きなお菓子を、知ってさえいれば。