今日は土曜日。

朝の開店の準備、といっても、シャッターを上げるくらいのもんだけど、三枚あるシャッターを全て上げきらないうちに、もう菜々子ちゃんがそこに立っていた。

「今日も、来ていい?」

「どうぞ」

居間にあがる前に、菜々子ちゃんは私立中学の入試問題を立ち読みして頭に入れる。

受験する気はないけど、もう普通の参考書じゃ物足りないんだって。

俺はとりあえずレジ台に座ってはみたものの、することはないし、したいことは出来ない。

「ちょっと、導師探してくる」

のれんをかき分けて菜々子ちゃんにそう言うと、彼女はぐっと俺をにらみ返した。

「猫なんて、自分で帰ってくるよ。それよりも、もっとやること、あるんじゃないの?」

「俺には、俺のしたいことがあるんだよ」

「したいことって、なによ」

なんかもう、言うことまでも千里や尚子に似てきた。

なんで女って、みんなこうなんだろう。

「ないしょ」

「は?」

「内緒なの」

菜々子ちゃんの舌打ちの音が聞こえる。

店を出て行こうとした俺の横を、北沢くんが通り過ぎた。

「ちーす」

彼は、ちょっと変わった、見たことの無い鞄を肩に引っかけている。

「塾に行く前に、ちょっと寄ってみただけです」

北沢くんは靴を放り投げて居間に上がると、戸棚から勝手にお菓子を取り出してほおばる。

「あ、出かけるんですか?」

もぐもぐ。

「塾まで、店番してますよ」

「ありがとう」

「ちょっと! それが大人のやること? おかしくない?」

「勉強なら、僕が教えてやるよ。それでも、いいだろ?」

「はぁ?」

「あ、和也さん、いってらっしゃ~い!」

菜々子ちゃんの怒鳴り声が外まで聞こえる。

こういう時って、男同士は簡単で分かりやすくていい。

菜々子ちゃんが勉強したいのと同じくらい、俺は、魔法使いになりたいんだ。

導師が探す、白猫がいた河原に行ってみる。

当然のように白猫も導師もいない。

俺が見ていたのは、草むらから伸びた白い前足。

「導師ー!」

風が吹いた。

「魔法使いの修行、するんじゃなかったのー!」

瞬間、強く吹いた一陣の風に、くるりと振り返る。

「お前は、魔道師の資格を有するものか?」

声の主を探す。どこにも姿が見えない。

「はいはいはいはい、そーですよぉ!」 

その資格を有するものは、とっても不名誉なんだということは、この際気にしない。

「どこにいるの?」

声の聞こえる方に、足を踏み出す。

「こっちだ」

かすかに響く声に導かれて、たどり着いたのは町外れの小さな神社。

白い大きな石造りの鳥居のてっぺんに、純白の大きな猫が、吹く風にその長い体毛を揺らして座っていた。

神々しい、という言葉が、こんなにもぴったりとした猫を、俺は初めて見た。