店の外に出てみたはいいけれど、すでに彼らの姿はない。

昼間の方が薄暗いアーケード街の隅っこ。

俺は右と左と、どちらに行こうか迷っていた。

「あら、和也くん、どうしたの?」

古くからの顔なじみのおばさんが、声をかけてくる。

「いや、ちょっと修行中だったんですけどね」

「あらまぁ、なんの修行中?」

「魔法使いです」

おほほほほ、と、玉を転がしたように智代さんは笑った。

「さっき、猫が飛び出してきませんでした? 焦げ茶の」

「さぁ、見てないわね」

そうですか、分かりましたと頭を下げ、俺は導師の捜索を始めた。

平日の午前中なんて、外を歩いているのは老人と幼い子供を抱えたお母さんぐらい。

そんな中で、俺みたいなのがぷらぷら歩いてると、非常に目立つ。

みんな、どこで何をしてるんだろう。

「お~い、導師~。どこ行ったぁ~?」

あてもなく歩いていると、ふと聞き覚えのある声がして、公園の隅で北沢くんを見つけた。

ランドセルを背負っている。回りには、制服姿の中学生。

「あ、北沢くん! 導師見なかった?」

北沢くんの服と顔は汚れていて、左の頬がなんだかちょっと赤くなっている。

三人の中学生は、俺が近寄るとどこかへ行ってしまった。

「導師、見なかった?」

「見てねぇーよ」

北沢くんは、切れた唇の端を手の甲でぬぐうと立ち上がった。

「なにしてたの?」

「は? お前、バカか」

北沢くんの着ている服は、今は汚れているけど、いつだって高そうな服で、その七分丈のお洒落なズボンのポケットに、彼は両手をつっこんで歩く。

「どこいくの? 学校は今日も休み?」

「今から行くんだよ」

ランドセルを背負って歩く彼の後ろ姿は、やっぱりなんだか大人びて見えて、小学校っていう場所が、似合わないかんじがする。

「ねぇ、大丈夫?」

「大丈夫なわけねぇだろ。学校じゃ、誰もいない」

そう言って、北沢くんは振り返った。

「今度から、余計なことするなよ」

余計なことって、なんだろう。

そういえば、いつも尚子や千里にも言われてる。

あの二人は、大概俺のやることなすこと全てが気に入らない。

俺の全てが、あいつらにとって余計なこと、だ。

太陽が空のてっぺんに来て、少し西に傾いた。

お腹もすいてきたし、導師も見つからない。

たまたま目に入ったラーメン屋さんでお昼を済ませて、午後からの捜索を再開する。

北沢くんと初めて会った、土手に来てみた。

河原の草原に立つ一本の木。

行ってみようかと舗装された土手の道を歩いていると、赤いランドセルの菜々子ちゃんを見かけた。

彼女はしゃがみ込んで、土手の草むらに向かって、ちぎったパンを投げた。

「なにしてるの?」

その言葉は、彼女にとって不意打ちだったようで、ビクリとして振り返った。

「な、なんでもない」

草むらには、小さなパンの固まり。

白い影が、スッと草むらに消えると、どこかへ走り去った。

菜々子ちゃんは手にしていた給食のパンを、あわてて後ろに隠す。

「給食、食べきれなかったの?」

色とりどりの、カラフルなランドセルを背負った子供たちがが、すぐ横を通り抜ける。

「うわ、またこいつ給食のパン、持ち帰りしてるぜ!」

「ダメなんだよ、持って帰っちゃ」

「動物にエサやりも禁止だし!」

「違うよ、うちでご飯食べられないから、持って帰って食べてるんだってよ!」

「えぇ~! やだ汚い古い、お腹壊しそう」

赤いランドセルの女の子って、もう多数派じゃないんだな。

この世で一番正直でまっすぐで、嘘の無い人たちが走り去っていく。

菜々子ちゃんは、そんな彼らを黙って見送った。

「菜々子ちゃん?」

「うるさい!」

俺からも、逃げていく必要なんて、ないのにな。

走り去る彼女を追いかけてもよかったけど、多分彼女は今、そんなことを求めたりしていない。

それよりも、俺は早く導師を探し出して、魔法使いにならなければ。

「導師~! 早く修行しようよぉー!」

俺が今一番やらなくてはいけないこと、魔法使いになること。

自分を取り巻くこの世界を、少しでも変えること。

それが俺の、一番の望み。