ハンバーグを焼いていたら、裏の玄関の引き戸が開く音がして、千里が帰ってきた。

「ちょっと何よ、あの部屋の散らかり具合!」

「お帰り~」

「なんなの? お兄ちゃんは、いまだに小学生男子なの?」

俺はフライパンの火を止めて、千里を見る。

「お帰り」

「ただいま」

俺たちは家族じゃないけど、一緒にご飯を食べる。

いただきますもする。

焼き上がったハンバーグを、皿の上にのせた。

「あの部屋を先になんとかして! 家中がお菓子くさくて、耐えらんない!」

まぁ確かに、千里がそんなことを言いたい気持ちも分かる。

俺は畳に転がっていた、空のポテトチップスの袋を拾い上げた。

「早く御飯にしたいなら、千里も片付け手伝って」

「はぁ? 私は今からお風呂入るんだから。その間に片付けといてよね、ご飯はその後よ」

「御飯は、みんなで『いただきます』だろ!」

「あんたはこないだまで一人で食べてたくせに、なに言ってんの?」

「今は違うでしょ」

「なにが違うのよ」

「一緒に住んでる」

「それが何よ」

俺と千里とのにらみ合いが続く中、家の黒電話がなった。

俺は携帯電話を持っていない。カネがないからだ。

電話に出ると、尚子だった。

『あ、今日私のご飯、いらないから』

それだけ言って、すぐに切れた。俺は受話器を叩きつける。

千里はすでに、二階に消えていた。

「一緒にご飯食べられないんだったら、今すぐここを出て行け!」

着替えを抱えて降りてきた千里は、あっかんべーをしてから浴室に消えていく。

俺は、小さなちゃぶ台に並んだ三人分の食事を見下ろした。

誰も一緒に食わないなら、俺が先に一人で食ってやる!

「いただきます!」

手を合わせて、挨拶をしてから食べる。

一人でも、そうする。

誰も血の繋がらない人間同士なのに、何が家族だ。

そんな都合のいい言葉に、もう俺は騙されないぞ!

自分の分の食事を、押し流すように胃に突っ込んで、千里が風呂から出てくるまえに食べ終えた。

そのあと、尚子の分を冷蔵庫にしまってから、俺は二階へと上がって、寝た。

ざまーみろ、だ。

翌日は、朝早くから、北沢くんがランドセルを背負ったまま、本当にやってきた。

「おはようございます」

彼は相変わらずの爽やかな笑顔で、堂々と店に入ってくる。

「今日も学校休みだったの、忘れてたんですよね」

北沢くんは、ランドセルを背負ったままレジ台の横から居間に上がり込むと、テレビのチャンネルを変えた。

「ジュースかなんか、あります? あ、いいですよ、自分で取りますから」

背負っていた、ちょっと風変わりなランドセルを放り投げた彼は、台所に入っていった。

そして、寝起きの千里と鉢合わせる。

「ちょ、お兄ちゃん? 誰よ、この子!」

「北沢くん」

「は?」

「北沢くん」

「バカ、違うって!」

千里も混乱していたけど、千里以上に混乱していたのは、北沢くんの方だった。

「え、えぇっ? えぇー!」

どすっぴんの千里に視線を奪われたまま、手足だけは、バタバタと動いてる。

「さ、桜坂花百合隊の、ちりりん?」

その言葉に、パッと千里のアイドルスイッチが入った。

「あ、君、北沢くんっていうの?」

「はい!」

千里は、テレビでしか見たことのない顔で笑う。

「実はね、ここ、私の実家なの、実家って、分かるかな?」

「わ、分かります!」

北沢くんは、頬を真っ赤に染めて、夢見るように千里を見上げる。

「みんなには、このこと、内緒にしておいてくれるかな、千里からのお願い、ね?」

「はい!」

千里は北沢くんの頭越しに、スゴイ目で俺をにらんでくる。

にらまれたって、そんなこと知るか。

ここに住むと勝手に決めたのは千里自身で、勝手にやってきたのは北沢くんだ。

その北沢くんは、すっかり夢見る少年に変わってしまった。

千里はこれからレッスンがあるからとかなんとか、多分適当な嘘を言って出て行った。

北沢くんは、きちんと正座をしてちゃぶ台の前に座る。

「いや、驚きました。こんな運命の出会いって、本当にあるんですね」

どこからか入って来た導師が、ちゃぶ台の上に飛び上がる。

「私は魂の指導者」

「もしかして、この猫もちりりんの飼い猫ですか?」

北沢くんは、昨日は見向きもしなかった導師の頭をなでた。

俺は正座をして、導師と向き合う。

「ところで、本日の修行だが」

「はい」

「わぁ! やっぱり、そうなんだ!」

北沢くんは、いきなり導師を背後から抱きしめた。

びっくりした導師は、逃げようとしてあばれてる。

なんとか北沢くんの腕から逃れた導師は、どこかへ走り去ってしまった。

「あぁ! 行っちゃった」

今日もまたすることがなくなった俺と、北沢くんの目が合った。

「これから、どうします? ちりりんの、お部屋の掃除でもしておきましょうか」

「勝手に入ったら、殺されるよ」

「それはいけませんね」

「俺は、店番があるから」

「じゃ僕は、持ってきたゲームでもしながら、適当に過ごします」

店先から見える屋根付きの通りは、いつでも薄暗い。

北沢くんは、しばらくうちでごろごろしてたけど、昼前に一度戻ると言って出て行ってしまった。

本当は、魔法使いになる修行をしないといけないんだけど、導師もいないし、どうしたもんだか。