「イエネコの祖先は、元々ヨーロッパのリビアヤマネコと言われていましたが、最近の研究では、中東の沙漠に生息していたリビアヤマネコが祖先と分かったんです。それで、日本の場合はですね、現在一般家庭で飼育されているイエネコの頭数は……」
少年がずっと猫の歴史とか飼育方法とか、彼が本で読んだ内容の朗読を続けるから、俺はただぼんやりと、導師がいるであろう辺りの草むらを見つめ続けている。
導師が姿勢を低くしてしまうと、その姿は草に埋もれてしまって、全く見えない。
「科学雑誌のサイエンスに、ミトコンドリアDNAの解析結果が発表されたことで、世間に知れ渡ったんですよねー」
にこっと笑って、下から俺をのぞき込んできた。
「ご存じありませんか? サイエンスとネイチャー」
「お姉ちゃんがいるの?」
「違いますよ」
彼はクスクスと笑って、とても上品な仕草で、また俺を見上げた。
「姉ちゃんじゃなくて、ネイチャーです」
導師が尻尾をピンと立てて、振り返った。
それは、こっちに来いという合図だ。
俺は立ち上がった。
「あれ? どこに行くんですか? 話しはまだ終わっていませんよ?」
「導師が呼んでるから、またね」
土手を駆け下りる。
その足元からぴょんぴょん何かの虫が飛び跳ねるけど、踏んづけちゃってたら、ゴメンね。
「導師、なに?」
「トカゲは食うか?」
「食わない」
「トカゲも食わないのか」
「トカゲも、食べる人もいるし、食べない人もいる」
「……。相変わらずややこしいな、人間は」
さっきの少年が、俺の後を追って土手を駆け下りてきた。
「待ってくださぁ~い!」
そのとたん、彼は何かにつまづいて、思いっきり転んだ。
本当に、見事なこけっぷりだった。
そして、そのまま立ち上がらず、しばらく寝転がったままでじっとしている。
何をしているのかよく分からなかったので、そのままずっと見ていたら、ちゃんと自分で起き上がって近づいてきた。
「やだなぁもう、助けおこしに来てくださいよ、大人でしょ」
すりむいてわずかに血がにじむ膝を、俺に向けた。
「あーぁ、血が出ちゃった。手当て、してもらえます?」
決して痛がっているようにみえない笑顔でそう言うから、きっとこの子は大丈夫。
「いま忙しいから、無理」
「何してるんですか?」
「大魔王になる、修行中」
足元には、トカゲをくわえた導師がいる。
嘘じゃない。
「あはは、冗談うまいですね、僕を子供だと思ってバカにしてます?」
少年はやっぱりにこにこ笑顔で、とても愛想がいい。
「そんな冗談通じませんよ、じゃあ僕も、魔法使いになる修行しちゃおっかなぁ!」
「えぇっ! 本当に? じゃあ、一緒にやる?」
正直いうと、一人じゃちょっとさみしかったんだ。
仲間が出来ればラッキーじゃないか。
「わぁ~い、やったやったぁ!」
「やったぁ! やったね!」
手を取り合って喜びあう俺たちを、導師はもしゃもしゃトカゲを食べながら見上げてる。
「そいつはダメだ」
「えぇ! なんで?」
「魔法使いの修行が出来るのは、齢三十を越えてからだ」
あぁ、そうか、そうだった。
ゴメン、君にはまだ、その資格がなかった。
魔法使いは魅力的だけど、こんな不名誉な条件を、誰かに強制するわけにもいかない。
俺は泣きそうなくらい残念な気持ちで、少年の手を離した。
「ごめん、君はまだ、条件を満たしていないらしい」
「は? 何ですか、その条件って」
それを教えていいのかどうか、導師をちらりと見たら、首を横に振った。
「魂の指導者のいる前で、その存在を知り得た者が知識を得、純潔を守ったとしても、その者の前に指導者が現れることはない」
そっか、うっかり教えてしまったら、彼の将来の可能性をひとつ潰してしまうことになるのか。
それならば、俺としても絶対に教えるわけにはいかない。
「ごめん、それは、教えられないんだ」
「あぁ、いいですよ、別に」
意外だった。
さっき、あんなに喜んでいたのに、彼は残念じゃないんだろうか。
「適当な嘘が思いつかなかっただけですよね、いいですよそういうの、僕みたいな子供相手だからって、気を使わなくても」
幼いのにとても紳士的な彼は、やっぱり笑顔を崩さない。
「さ、もう冗談はお終いにして、怪我の手当てをしてください。あなたが僕に怪我をさせたこと、弁護士である僕の両親には、内緒にしておきますから」
「あぁ、うん」
俺がそう言ったら、彼はまたにこっと笑った。
その笑顔は、確かにとても素敵なんだけど、なんだかちょっと、変な気分がする。
少年がずっと猫の歴史とか飼育方法とか、彼が本で読んだ内容の朗読を続けるから、俺はただぼんやりと、導師がいるであろう辺りの草むらを見つめ続けている。
導師が姿勢を低くしてしまうと、その姿は草に埋もれてしまって、全く見えない。
「科学雑誌のサイエンスに、ミトコンドリアDNAの解析結果が発表されたことで、世間に知れ渡ったんですよねー」
にこっと笑って、下から俺をのぞき込んできた。
「ご存じありませんか? サイエンスとネイチャー」
「お姉ちゃんがいるの?」
「違いますよ」
彼はクスクスと笑って、とても上品な仕草で、また俺を見上げた。
「姉ちゃんじゃなくて、ネイチャーです」
導師が尻尾をピンと立てて、振り返った。
それは、こっちに来いという合図だ。
俺は立ち上がった。
「あれ? どこに行くんですか? 話しはまだ終わっていませんよ?」
「導師が呼んでるから、またね」
土手を駆け下りる。
その足元からぴょんぴょん何かの虫が飛び跳ねるけど、踏んづけちゃってたら、ゴメンね。
「導師、なに?」
「トカゲは食うか?」
「食わない」
「トカゲも食わないのか」
「トカゲも、食べる人もいるし、食べない人もいる」
「……。相変わらずややこしいな、人間は」
さっきの少年が、俺の後を追って土手を駆け下りてきた。
「待ってくださぁ~い!」
そのとたん、彼は何かにつまづいて、思いっきり転んだ。
本当に、見事なこけっぷりだった。
そして、そのまま立ち上がらず、しばらく寝転がったままでじっとしている。
何をしているのかよく分からなかったので、そのままずっと見ていたら、ちゃんと自分で起き上がって近づいてきた。
「やだなぁもう、助けおこしに来てくださいよ、大人でしょ」
すりむいてわずかに血がにじむ膝を、俺に向けた。
「あーぁ、血が出ちゃった。手当て、してもらえます?」
決して痛がっているようにみえない笑顔でそう言うから、きっとこの子は大丈夫。
「いま忙しいから、無理」
「何してるんですか?」
「大魔王になる、修行中」
足元には、トカゲをくわえた導師がいる。
嘘じゃない。
「あはは、冗談うまいですね、僕を子供だと思ってバカにしてます?」
少年はやっぱりにこにこ笑顔で、とても愛想がいい。
「そんな冗談通じませんよ、じゃあ僕も、魔法使いになる修行しちゃおっかなぁ!」
「えぇっ! 本当に? じゃあ、一緒にやる?」
正直いうと、一人じゃちょっとさみしかったんだ。
仲間が出来ればラッキーじゃないか。
「わぁ~い、やったやったぁ!」
「やったぁ! やったね!」
手を取り合って喜びあう俺たちを、導師はもしゃもしゃトカゲを食べながら見上げてる。
「そいつはダメだ」
「えぇ! なんで?」
「魔法使いの修行が出来るのは、齢三十を越えてからだ」
あぁ、そうか、そうだった。
ゴメン、君にはまだ、その資格がなかった。
魔法使いは魅力的だけど、こんな不名誉な条件を、誰かに強制するわけにもいかない。
俺は泣きそうなくらい残念な気持ちで、少年の手を離した。
「ごめん、君はまだ、条件を満たしていないらしい」
「は? 何ですか、その条件って」
それを教えていいのかどうか、導師をちらりと見たら、首を横に振った。
「魂の指導者のいる前で、その存在を知り得た者が知識を得、純潔を守ったとしても、その者の前に指導者が現れることはない」
そっか、うっかり教えてしまったら、彼の将来の可能性をひとつ潰してしまうことになるのか。
それならば、俺としても絶対に教えるわけにはいかない。
「ごめん、それは、教えられないんだ」
「あぁ、いいですよ、別に」
意外だった。
さっき、あんなに喜んでいたのに、彼は残念じゃないんだろうか。
「適当な嘘が思いつかなかっただけですよね、いいですよそういうの、僕みたいな子供相手だからって、気を使わなくても」
幼いのにとても紳士的な彼は、やっぱり笑顔を崩さない。
「さ、もう冗談はお終いにして、怪我の手当てをしてください。あなたが僕に怪我をさせたこと、弁護士である僕の両親には、内緒にしておきますから」
「あぁ、うん」
俺がそう言ったら、彼はまたにこっと笑った。
その笑顔は、確かにとても素敵なんだけど、なんだかちょっと、変な気分がする。