つい、うふふと笑って導師を見下ろすと、導師の真顔が俺を見上げた。

「そこから動くなよ、じっとしてろ」

「うん」

そう言ってから、導師は頭を動かさず、視線だけで辺りをくまなく観察していて、俺は内心でものすごくうきうきしながら、導師の次の指示を待っている。

「よし、ちょっとだけ動け」

両手の平をぱっと地面につけると、そこから数匹の虫が一斉に飛び出した。

そのうちの一匹を、導師はお口でお見事キャッチ。

「うまい!」

むしゃむしゃと、捕まえた大きなバッタを食べる導師。

「お前もやってみろ」

「はい?」

「うまいぞ」

「……」

そんなことを言われても、俺に出来るわけがない。

いやいや、バッタを捕まえることは出来るだろうけど、それを食べろと言われても、ちょっとしんどいかも。

「うん、無理」

また飛び出した一匹の虫を、導師はぱっと前足ではたいて、たたき落とした。

それを口にくわえて、美味しそうにほおばる。

「自分で食うものくらい、自分で取れないでどうする。修行とは、まずそこからだ」

「虫なんて、食べないよ」

「食べられないのか?」

俺は、大きく首を横に振った。

「人間は、虫を食べないわけじゃないけど、あんまり食べない」

「なんだそれ」

「食べないわけじゃないけど、食べる人もいるし、食べない人もいる」

「どっちだ」

「どっちなんだろ」

「私は、お前のことを聞いているんだ」

導師は草むらの陰から、じっと俺を見上げる。

「お前が虫を食う奴なら、私についてこい。食わない奴なら、そこで黙って見ていろ」

がさごそと音を立てて、導師は草むらの中へと消えていく。

言われたことをしばらく考えてみたけど、少なくとも俺は今までに虫を食べたことはないし、これからは……どうなるのか分からないけど、とりあえず食べる予定は今のところないから、今は黙って見ておこう。

時々思い出したように飛び跳ねる、導師の焦茶色の背中を見ながら、俺はゆっくりと後ずさりして、土手の上に腰掛けた。

高みの見物。

だけど、これじゃ俺の修行にはなってないような気がする。

「あの逃げた猫を、捕まえに来たんですか?」

その声に振り返ると、小学校四、五年生くらいの、すごくお上品で高そうな服をきた、賢そうな少年が立っていた。

「よかったら、僕も手伝いますよ」

少年は、にこっと笑って腰を下ろす。

「僕、動物、大好きなんです」

そうして、あれこれ一人でずっとおしゃべりを続けながら、ぶちぶちとその手に触れる草をかったぱしから抜いていく。

「猫は、警戒心が強い生き物ですからね、こちらから近寄らずに、寄ってくるのを待つ方がいいんです。あの猫の好きなおもちゃとか、おやつは持ってますか?」

首を横に振る。