「うふ……」
思わず笑みがこぼれる。パソコンで文字を入力するたびにうっすらと爪先のパーツが光る。ネイルがこんなにテンションの上がる物とは思わなかった。テンションが上がっているのはかのん君のせいってのも大きいだろうけど。
「長田、顔がやばいよ」
突然、社内メッセージのポップアップが上がる。桜井さんからだ。向かいの桜井さんを見ると、彼女は小さく頷いて席を立った。私も少しだけタイミングをずらして席を立つ。桜井さんは休憩室でコーヒーを淹れていた。
「はい、ブラック」
「ありがと桜井さん」
「で、今日のにやにやはなんな訳」
「えっと……これ」
私は爪を桜井さんに差し出した。
「お、長田が珍しい。ネイルかわいいじゃん」
「週末にかのん君と一緒にやってもらったの」
「さすが、ジェンダーレス男子。ネイルもバッチリなのね。どれ、SNSに上げてるかな。ほうほう。表参道のサロンとな」
桜井さんはかのん君のアカウントを表示するとチェックしはじめた。そういえば、私かのん君のSNSチェックをした事ないや。チェックするまでもなく鬼メッセくるしね。大量にハッシュタグの付いたその画像を見ていると私の知っているかのん君とは別な人に思えてくる。
「いろんな人がかのん君を知ってるんだよね……」
「そらそうよ。あんた、油断してるとガチ恋勢に殺されるわよ」
「ガチ恋……?」
桜井さんは、本当に何も知らないのねーと呆れながら私に説明してくれた。
「本当にかのん君に恋心抱いちゃってる人たちのこと」
「え、だって会った事もないのに?」
「でもSNSの情報や雑誌でかのん君の内面も知ってる訳じゃない。私が会った感じだとかのん君は猫かぶってる感じでもなかったしさ。それよりも何にも知らないで付き合うことになったあんたの方が異常っちゃ異常よ」
そうか……。かのん君の仕事の事も考えなきゃなのかな。おうちでデートとかがやっぱ無難なのかも知れない。
「私がガチ勢じゃなくてよかったねー」
「そっか……気を付ける」
そして仕事を終えた帰り道。急にかのん君に会いたくなった。スマホのスタートボタンを押すとすぐにかのん君にメッセージを送る。
『あいたい』
それだけ入力して駅前のコーヒー店に入る。仕事終わりのコーヒーは私の癖みたいなものだ。仕事とプライベートを分ける為の。
かのん君に会った時もべろべろに酔っ払いながら、きっとこのコーヒー店に入ったんだろうな。
口をつけるとコーヒーの香りと温かさが伝わってくる。張り詰めていた脳のどこかがこれでほぐれていく。
『真希ちゃん、今どこ?』
かのん君から返信が来た。私はちょっと迷ってこう返信した。
『駅前のコーヒー屋さん。かのん君の家に行ってもいい?』
すぐにピコン、とスマホが反応する。そこにはすごい勢いでうなずくウサギが『OK!』と主張していた。私はまだ少しコーヒーを残したまま店を出た。
「どうしたのー? 真希ちゃんから会いたいなんて俺うれしいんですけど」
「うーん、なんと申したものやら」
なんとも歯切れの悪い返答をしながら、かのん君の部屋に入る。
「ここ、座って。夕飯は?」
「まだ食べてない」
「そっか、カレーあるけど食べる?」
「うん!!」
かのん君が出してくれたカレーは雑穀米のキーマカレーだった。すごい。普通のおうちカレーだと思った。
「おいしい……こんなの家で出来るんだ」
「えー? 簡単だよこんなの」
いちいちオシャレなんだよね。そっかこれがネットの向こうから見えているかのん君か。
「今度のデートどうしようか? 水族館とかどう? 日曜は休みなんだけど」
「あっ、それなんだけど……おうちでとかどうかな?」
「えー、そんなー。まだまだ色んな所に行きたいのに」
「その、周りの目が、ね」
そう言った瞬間、かのん君の表情が真顔になった。はじめてだ、こんな顔のかのん君は。
「もしかして、俺と一緒に歩くの恥ずかしい?」
とても悲しそうにかのん君は呟いた。そっか、かのん君はいつも自信満々に見えるけど人と違うことで色々言われることもきっと多いに違いない。
「違うよ、そんな事思った事ないよ。ただ……かのん君モデルでしょ? 人気商売ってやつでしょ? 私とフラフラ出歩いたりして大丈夫かなって」
「なんだー、そんなこと」
かのん君はほっとしたように微笑むと、ソファーに放り投げてたスマホを取りにいった。
「はい、真希ちゃんチーズ!」
私の肩を組むと、かのん君はセルフィーを撮り始めた。何度かやり直しをして、スタンプで私の顔を隠すとそれをSNSにアップした。『俺のだいすき彼女』というコメントを付けて。
「これでいいでしょ? 俺、彼女を隠してまでモデルはしたくないもん」
そう言うかのん君は私にはいつになく男っぽく逞しく見えたのでした。
思わず笑みがこぼれる。パソコンで文字を入力するたびにうっすらと爪先のパーツが光る。ネイルがこんなにテンションの上がる物とは思わなかった。テンションが上がっているのはかのん君のせいってのも大きいだろうけど。
「長田、顔がやばいよ」
突然、社内メッセージのポップアップが上がる。桜井さんからだ。向かいの桜井さんを見ると、彼女は小さく頷いて席を立った。私も少しだけタイミングをずらして席を立つ。桜井さんは休憩室でコーヒーを淹れていた。
「はい、ブラック」
「ありがと桜井さん」
「で、今日のにやにやはなんな訳」
「えっと……これ」
私は爪を桜井さんに差し出した。
「お、長田が珍しい。ネイルかわいいじゃん」
「週末にかのん君と一緒にやってもらったの」
「さすが、ジェンダーレス男子。ネイルもバッチリなのね。どれ、SNSに上げてるかな。ほうほう。表参道のサロンとな」
桜井さんはかのん君のアカウントを表示するとチェックしはじめた。そういえば、私かのん君のSNSチェックをした事ないや。チェックするまでもなく鬼メッセくるしね。大量にハッシュタグの付いたその画像を見ていると私の知っているかのん君とは別な人に思えてくる。
「いろんな人がかのん君を知ってるんだよね……」
「そらそうよ。あんた、油断してるとガチ恋勢に殺されるわよ」
「ガチ恋……?」
桜井さんは、本当に何も知らないのねーと呆れながら私に説明してくれた。
「本当にかのん君に恋心抱いちゃってる人たちのこと」
「え、だって会った事もないのに?」
「でもSNSの情報や雑誌でかのん君の内面も知ってる訳じゃない。私が会った感じだとかのん君は猫かぶってる感じでもなかったしさ。それよりも何にも知らないで付き合うことになったあんたの方が異常っちゃ異常よ」
そうか……。かのん君の仕事の事も考えなきゃなのかな。おうちでデートとかがやっぱ無難なのかも知れない。
「私がガチ勢じゃなくてよかったねー」
「そっか……気を付ける」
そして仕事を終えた帰り道。急にかのん君に会いたくなった。スマホのスタートボタンを押すとすぐにかのん君にメッセージを送る。
『あいたい』
それだけ入力して駅前のコーヒー店に入る。仕事終わりのコーヒーは私の癖みたいなものだ。仕事とプライベートを分ける為の。
かのん君に会った時もべろべろに酔っ払いながら、きっとこのコーヒー店に入ったんだろうな。
口をつけるとコーヒーの香りと温かさが伝わってくる。張り詰めていた脳のどこかがこれでほぐれていく。
『真希ちゃん、今どこ?』
かのん君から返信が来た。私はちょっと迷ってこう返信した。
『駅前のコーヒー屋さん。かのん君の家に行ってもいい?』
すぐにピコン、とスマホが反応する。そこにはすごい勢いでうなずくウサギが『OK!』と主張していた。私はまだ少しコーヒーを残したまま店を出た。
「どうしたのー? 真希ちゃんから会いたいなんて俺うれしいんですけど」
「うーん、なんと申したものやら」
なんとも歯切れの悪い返答をしながら、かのん君の部屋に入る。
「ここ、座って。夕飯は?」
「まだ食べてない」
「そっか、カレーあるけど食べる?」
「うん!!」
かのん君が出してくれたカレーは雑穀米のキーマカレーだった。すごい。普通のおうちカレーだと思った。
「おいしい……こんなの家で出来るんだ」
「えー? 簡単だよこんなの」
いちいちオシャレなんだよね。そっかこれがネットの向こうから見えているかのん君か。
「今度のデートどうしようか? 水族館とかどう? 日曜は休みなんだけど」
「あっ、それなんだけど……おうちでとかどうかな?」
「えー、そんなー。まだまだ色んな所に行きたいのに」
「その、周りの目が、ね」
そう言った瞬間、かのん君の表情が真顔になった。はじめてだ、こんな顔のかのん君は。
「もしかして、俺と一緒に歩くの恥ずかしい?」
とても悲しそうにかのん君は呟いた。そっか、かのん君はいつも自信満々に見えるけど人と違うことで色々言われることもきっと多いに違いない。
「違うよ、そんな事思った事ないよ。ただ……かのん君モデルでしょ? 人気商売ってやつでしょ? 私とフラフラ出歩いたりして大丈夫かなって」
「なんだー、そんなこと」
かのん君はほっとしたように微笑むと、ソファーに放り投げてたスマホを取りにいった。
「はい、真希ちゃんチーズ!」
私の肩を組むと、かのん君はセルフィーを撮り始めた。何度かやり直しをして、スタンプで私の顔を隠すとそれをSNSにアップした。『俺のだいすき彼女』というコメントを付けて。
「これでいいでしょ? 俺、彼女を隠してまでモデルはしたくないもん」
そう言うかのん君は私にはいつになく男っぽく逞しく見えたのでした。