今日は待ちに待った週末。かのん君とようやくゆっくりと過ごす事が出来る。待ち合わせはやっぱり駅前。また着るのはどうかと迷ったけれど、かのん君に買って貰ったワンピ―スを身につける。

「うわーそれ着てくれたんだ」
「うん、今一番気に入ってる服だし……」
「ありがと、真希ちゃん」
「えへ、今日はどうするの。かのん君」
「あー……あのね、本当はまったりおうちデートがしたかったんだけど……」

 はじめて見る、かのん君の申し訳なさそうな顔。一体どうしたんだろう。

「ちょっと、軽く仕事入っちゃって……」
「え、じゃあ早く行きなよ」
「うん、これから行くよ。さ、行こう」

 そう言ってかのん君は私の手を引いた。え? 仕事って言わなかった?

「私も行くの?」
「うん、急な依頼だったから彼女も連れてくよって言っちゃった」
「そんな強引な……ってどこに行くのよ」

 かのん君はいたずらっぽい顔をして、掌を顔の前で交差してひらひらとさせる。

「なんとー、これからネイルサロンに行きますー」
「えっ、私行った事ない……」
「じゃないかなーって思った。真希ちゃんの施術も頼んどいたから」
「えー、でも会社が……」
「飲食って訳じゃないんでしょ? 地味なオフィス向けのデザインにして貰えば大丈夫だよ」

 そう言われると、会社でネイルをしている人なんていくらもいる。ええい、これも経験かな?

「わかった。私なんにも分からないから、かのん君またアドバイスしてくれる?」
「もちろん。よろこんで」

 私達は表参道にあるというそのネイルサロンに向かうため電車に乗る。今日のかのん君のコーディネートは薄紫の大きめロゴの入ったトレーナーに黒のスキニーパンツに厚底スニーカーを履いている。髪の色と相まって妖精さんみたいだ。

「さ、ここだよー」
「どうみてもただのマンションのおうちじゃない?」
「個人サロンだもん」

 かのん君はオートロックマンションのインターホンを押した。

「はーい」
「かのんですー。ついたよー」
「はい開けますー」

 その声とともに自動ドアが開く。エレベーターを上がると、ドアを開いて女性がこちらを見つめていた。

「どうもー、ごめんね。無理言っちゃって」
「ほんとだよ、デートだったんだから」
「彼女さんの分もサービスしますから! あ、私田村っていいます。このネイルサロンのオーナーです」

 深々と頭をさげた田村さん。サラサラのボブカットが大人っぽい美人だ。

「うちは男性用ネイルも出来るのを売りにしてるんです。けどモデルの子が、急に体調崩しちゃって」

 そう言いながら田村さんは部屋の中に招き入れてくれる。貝殻の形のソファーの横には机と様々なネイル器具を収めてあると思われる棚が置かれている。

「先にかのん君の分、やっちゃうから。これ飲んで、カタログ見ながら待っていて貰えるかしら」
「はい、ありがとうございます」

 田村さんが出してくれたのはハーブティー。ほーっと落ち着く香りがする。それを頂きながらずっしり重いネイルのチップの束を覗き混む。うわあ……色々あるなぁ。どうしよう。

「じゃあ、かのん君。まずはネイルオフからね」
「はーい。今回はどうするの?」
「テーマは宇宙!」
「何それ―」

 キーンとなにやら小さいドリル……電動のやすりかな、あれは。それでかのん君の爪が削られていく。

「この間の『MIRAN』見たよー。決まってたねー」
「うん、次に狙うは表紙だねー」
「かのん君ならすぐだよ」

 田村さんとかのん君の世間話をBGMに私はネイルデザインの海にまた目を落とす。どれにしよう。これはカワイイけど大きなパーツがどっかに引っ掛かりそうで怖い。こっちは素敵だけどちょっと派手すぎる。あの怖い主任に目を付けられそうだ。……はぁ、なんだかクラクラしてした。


「真希ちゃん! まーきーちゃん!」
「ふぁっ!」
「ふふっ、振り向いたら寝ちゃってるんだもん」
「うわ、かのん君ネイルは?」
「もう終わった。ほら」

 かのん君の爪は深い藍色に染められ、金色の線の左右に貝殻の真珠層のようなパーツが配置されていた。

「わー、ちょっと夏っぽい?」
「うん、6月のカタログ見本だからね。真希ちゃんは、デザイン決まった?」
「それが全然……普通にピンク一色にしてもらおうかと……。あ」
「どうしたの?」
「そのかのん君のしているパーツ……私もつけたい」

 藍色のネイルには出来ないけど、ちょっとだけよくみないと分からないけど……かのん君とおそろい。

「田村さん、ピンク基調にシェルのパーツ付けたいって」
「OK、まかせて」

 田村さんの柔らかい手が私の手を取る。甘皮を処理して薄いピンクを塗る。そして貝殻のパーツが乗せられる。掌に咲いた、サクラ貝の魔法。

「さ、出来上がり」
「うわぁ……」

 かのん君が出来上がった私のネイルに重ねるようにして指を出す。

「おそろい、ね」
「うん」

 この爪を見る度に、私はかのん君と一緒にいるような気分になれるかしら。