「あー、真希ちゃん、いたいた」
「かのん君、こちら同僚の桜井さん」
「へー、写真よりかわいいねー。よろしくー」
「かっ、かのん君……顔ちっちゃ……」

 桜井さんの先程の勢いはどこへやら。小さく震える声で呟くと、かのん君の差し出した手をおずおずと握った。

「私達は生追加かな? かのん君はどうする?」
「うーんビール苦手なんだよね、苦いから……。これにする、カシスオレンジ」
「はーい」

 私が呼び出しボタンに手を伸ばそうとすると、桜井さんが小声で「かわいいかよ……カシオレ……かわいいかよ……」と呟いていた。桜井さんのSAN値が削れていっている!
 それから追加のおつまみも頼んで、三人の飲み会が始まった。

「あの、なんで長田とかのん君に接点が……?」

 桜井さんは意を決したようにかのん君に問いかけた。それは私自身も聞きたかった事だ。気が付いたら……朝だったし、酔っていたのは聞いていたけど具体的に自分がなにをやらかしたのか聞くのが怖いのもあって聞いてないのだ。

「ああ、拾ったの」
「ふえっ!?」
「かのん君! もうちょっと言い方ってものが!」

 桜井さんは呆然とし、私は恥ずかしさから裏返った声がでた。

「えーと、酔っ払った真希ちゃんが駅の前に座り込んでて、俺が水をあげたの」
「ほうほう」
「そしたらね、涙でぐっちゃぐちゃに泣いていて」
「ほうほう、でしょうな」
「桜井さん、近い近い」

 前のめりになる桜井さん。空のジョッキがガチンとテーブルに転がった。

「それで、いきなり真希ちゃんが俺を拝み出して」
「えっ、嘘!」
「ホントだよー。キレイ、かわいいって連呼して、お願いだから結婚してって言ったの。だから俺もいいよーって」
「長田ぁ!! 何やってんだてめぇ!」

 桜井さんが鬼の形相で振り返った。あばばば。

「お、覚えてないんですぅ……」
「それで、おうち帰れないっていうから俺のうちで寝かしつけたんだ。あ、手は出してないよ?」

 もう、私には桜井さんの方を向く勇気はなかった。顔が炎のように熱い。

「かわいいとか正直、俺言われ慣れてるけど、真希ちゃんが本当に宝物見つけたみたいに言ってくれたからうれしくて、つい」

 ……そんな事があったんだ。かのん君は本当に嬉しそうににっこり笑っている。

「ごめん、かのん君……私酔っ払ってて……その……」
「覚えてないんでしょー? もう、いやんなっちゃう」
「申し訳ない……」

 向日葵の種を詰めたハムスターみたいにふくれたかのん君。ああ、本当にかわいい。

「でも、多分本音だと思います、はい」
「だよね―? 真希ちゃん好きぴっ」

 かのん君ががばっと私の腕にすがりつく。あっちょっと、桜井さんもいるんだけど。

「ごほんごほん」
「あっ、ほらとん平焼き美味しいよ。かのん君も食べなよ」
「じゃあ、真希ちゃんがあーんして?」
「ごほんごほん!」

 桜井さんの咳払いが激しくなっていく。とん平焼きくらいは一人で食べてくださいかのん君。私はこれ以上、かのん君がひっつかないように職場のそんなに楽しくもない話でその場を濁した。それぞれ、三、四杯のお酒を飲み干した頃十時を回ったのでお開き、という事になった。

「はぁーっ、見せつけられたわー」
「すいません、桜井さん」
「ごめんねー、俺いっつもこんなんで」

 桜井さんはでっかいため息をつきながらも、ニコッっと笑った。

「でも良かったわ、長田がハッピーそうで」
「ははは……」
「よーし、私も彼氏作るぞー! かのん君いい人紹介してよ!」
「え? 俺の知り合いでいいのー?」

 気合い十分の桜井さんはかのん君に食らいついた。

「うんうん。きっとWデートとかも楽しいと思うなぁ?」
「Wデート……」

 ああっ、桜井さんが悪魔の囁きを! 

「かのん君、普通のデートもそんなにしてないのに」
「あっ、そっか。じゃあ桜井さん……誰か良さそうな人がいたら教えるよ」

 勝手にWデートの妄想をしはじめたかのん君を引き戻して、お会計を済まして店を出た。JRの駅の改札をくぐってそれぞれの家路へと向かう。とはいえ私とかのん君は近所なので同じ電車。
 火曜の夜だというのにまだ人の多い中央線でもまれていると、スマホにメッセージの着信があった。

「あ、桜井さんだ」
「なんて?」
「……今日は楽しかったって」
「そっかー、よかった」

 本当はそこには『長田 おぼえていろよ』と書いてあったんだけど。とほほ。