「それってなんに対してのごめんなのかな」

 私はさくらちゃんに問いかけた。かのん君は事務所の方針どおりにさくらちゃんを訴えるつもりだ。それが私の為だとも思っている節がある。だけど、それじゃ今回の問題の根本の所は解決しないと私は思っていた。

「その……勘弁して欲しいの、訴えるとか……」
「さくら!」

 かのん君が私が初めて聞くようなキツい口調でさくらちゃんを叱責した。そんな大声をだされたのはさくらちゃんも初めてだったようで、さっと下を向いてしまった。

「さくらちゃん、なんであんな事したの? それだけ聞かせて」
「……だって、南と一緒にずっといたのはさくらなんだもん。いきなり彼女連れてきて、紹介されたって納得できない……モデルの仕事もあるのに」
「それで嫌がらせを? そしたら離れると思った?」
「……南を分かってるのはさくらだもん」

 そしてまたさくらちゃんは挑戦的な目つきで私を睨んだ。

「さくらちゃんの中ではかのん君は小さい南くんのままなんだね」
「……え?」

 さくらちゃんが今度は気の抜けた声を出して私を見た。

「かのん君はもう大人の男の人なんだよ」
「そうだよ、さくら。俺、なんにもできない泣き虫の子供と違うんだ。だから……さくらに守ってもらう必要はないんだよ。むしろ、俺は彼女の真希ちゃんを守らないといけない」
「……南」

 さくらちゃんの目からボロボロと涙がこぼれはじめる。

「だって……南……ずっと一緒って……」
「一緒のつもりだったよ、一番の友人として今までは。でも」
「はい、そこまで」

 私はパン、と両手を叩いた。顔も服も濡れてボロボロだけど、精一杯の笑顔を作る。

「さくらちゃん、もしこのまま嫌がらせを続けるようならやっぱりかのん君の言うように訴えたりしないといけないかもしれない」

 訴える、という言葉に、さくらちゃんはまた反応した。それが刑罰なのか金銭的なものかまだ言ってもいないけれど、彼女の保母さんという職業柄だいぶそれはまずいことなのだろう。

「でもね、それだとかのん君はきっと悲しむから。こんな事言ってるけどまださくらちゃんの事、友達だって思ってる。そうでしょ、かのん君」
「……真希ちゃん」

 かのん君の目の奥には迷いの色が見えた。小学校からいままでの時間築いてきた関係がこんなあっさり崩れるなんてやっぱ寂しいよね。

「だから、さくらちゃん。もうこんな事はしないって約束して。私はそれでいいから」
「真希さん……」
「あと!」

 そうそう、これも言って置かなきゃ。今日、一番言いたかったこと。

「正々堂々、奪いにくるなら私立ち向かうから」

 好きなら好きって言葉にしないと。さくらちゃんの敗因はきっとそれだ。だってこんなにかわいいんだもの。

「……なんですか、それ。私結構ねちっこいですよ?」
「それは今回ので十分分かってる」
「そっか……」

 さくらちゃんは真っ赤になった目を拭って、ナプキンで鼻をかんだ。

「南、南の彼女はばかだね」
「ふふ、そういう所が好きなのかも」
「南もばかだわ。あー……もう」

 さくらちゃんはさらにナプキンを引っ張り出して、涙や鼻を拭った。十九年間貯めていた思いがだくだくと溢れ出るのがとまらないらしい。

「気を付けてくださいね。油断したらとっちゃうから」
「うん、大丈夫負けないから。いくらさくらちゃんが昔のかのん君を知っていたとしても、今のかのん君の彼女は私だから。絶対にゆずらない」

 私ははっきりとさくらちゃんに宣言した。

「……言ったね。南も聞いたよね? 私、南が好きだから二人の邪魔するから」
「はい……はい?」
「ふふふ、南は鈍いからなー」

 その時、宏明さんが温かいコーヒーを持って席へやってきた。

「ほら、冷えたでしょこれでも飲んで」
「ありがとうございます」
「ヒロさん、私甘いのじゃないと飲めない」
「さくらちゃんのはこの蜂蜜ラテね」

 さっきまで重々しい空気で対峙していた私達は温かいコーヒーを飲んで、ようやく落ち着いた。真っ向勝負のライバルなら上等。絶対にまけません。

「……おかしいなぁ。かっこよく真希ちゃんを助ける予定が……」

 ただ一人、かのん君だけがそうぼそぼそと呟いていたけれど、十分かっこよかったですよ。