「かのん君、スマホ忘れてるよ」
「あっ、ありがとう」

 珍しい。かのん君がスマホを忘れるなんて。やっぱり動揺してるんだろうか。心配だ。かのん君はさくらちゃんを宏明さんのお店に呼び出していた。

「さっ、行こう。大丈夫私が付いてるから」
「真希ちゃん、それ俺の台詞だよ」

 うん、冗談が出るくらいなら大丈夫か。私達は家を出て、かのん君の地元両国まで向かった。

「あ、雨」

 梅雨の合間の空はしとしとと濡れて、私達の気分のように憂鬱だ。

「ほら、濡れちゃうよ。ちゃんと傘差して?」

 かのん君がようやくいつものように私の肩に触れた。さぁ、気が向かないけれど対決の時間が迫っている。行かなくては。



「あっ、南こっち! こっち……え?」

 カフェ&バーHIROの扉を開けると、さくらちゃんが待ちかねていたように立ち上がりそしてすぐに後ろの私に気が付くと不可解な顔をした。

「時間とって貰ってごめん」
「ううん、かまわないけど……」

 ちらちらと私を見ているさくらちゃん。それには触れないでその向かいの席に私達は腰掛けた。

「南、久々にお茶しようっていうから来たのに……」

 不満そうにしているさくらちゃんだけど、この後告げられる内容を聞いたらそんな態度ではいられないだろう。

「さくら、てっとり早く聞くね」
「うん? なあに?」

 かのん君の声色には怒りとあと割り切れない戸惑いが混じっている。長いこと一緒に過ごした幼馴染みだもん。そりゃショックだよね。

「これ、やったのさくらちゃんだね?」
「え?」

 かのん君はネット炎上した際のスクリーンショットの画像をさくらちゃんに見せた。さくらちゃんはビクッと身を一瞬強ばらせたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「なぁに? これ?」
「これがきっかけで炎上して大変だったんだよね」
「へーそうなんだー。南、災難だったね」

 あくまでシラを切ろうとするさくらちゃん。かのん君はもう半分泣きそうになりながら一枚の紙をとりだした。

「書き込みの犯人を弁護士さんを通して調べてもらった。煽る書き込みをした人物含めて事務所は訴えるつもりなんだ。今回、真希ちゃんっていう一般人が巻き込まれた訳だし」
「そ……そんな捨てアカでやったのに……」
「さくら、ネットってそんな匿名じゃないんだよ」

 さくらちゃんの顔色がみるみる青くなっていく。そしてその怒りの矛先は私の方に向いてきた。

「あんた! 南になに言ったの!?」
「動いたのはかのん君だよ。私は何もしてない。犯人を聞いたのは昨日聞いたばかりだし」

 他人、という部分を特に強調して私はなるべく冷静に答えた。
「聞いて無いと思って、わざわざ投書したのに……」
「ああ、やっぱりあれもさくらちゃんだったんだ。悪いけど、あんなのでかのん君と別れるとか会社辞めるとかありえないから」

 自分から自爆したさくらちゃんは私をキッとにらみつけたが、その横で手の節が白くなるくらい拳を握りしめているかのん君をみると怯えたような顔をした。私もそうだけど、さくらちゃんもこんな怒っているかのん君を見るのは初めてだったのだろう。

「……だって……こんなのおかしい……」

 さくらちゃんのハムスターのような黒目がちの瞳からポロポロと涙がこぼれる。

「なんで、なんで! さくらじゃないの! こんなのなの!」

 そう言ってさくらちゃんは目の前のお冷やをとって中身を私にぶちまけた。……本当に水をかけられるなんて事あるのね。

「逆ギレ? 自分がおかしいとは思わなかったの?」

 思ったより冷たい声が自分から発せられた。さくらちゃんの叫びと水音を聞いた宏明さんが小走りでタオルを持ってきてくれた。

「……じゃあ、訴えるって事でいいかな。かのん君」
「うん……しかた無いね」

 さくらちゃんにそう最終通告を告げると、さくらちゃんはカタカタと震えだし顔色は青を通り越して白くなっていった。

「ごめんなさい……」

 さーて、これからどうするか。私とかのん君は顔を見合わせた。