「……と、いう訳なのよぉ……」

 昼間の顛末をかのん君に愚痴りながらビールを呷っていると、コトンと目の前にタコのアヒージョが置かれる。本日はかのん君の家で宅飲みである。といっても飲んでるのは私だけなんだけど。だって飲みたい気分にもなるじゃない。一緒に飲もうともちろんかのん君も誘ったんだけど明日撮影だからと断られた。

「あふっ、あふ」
「真希ちゃん熱いから気をつけて」
「ビールにあう! おいしい」
「タコは今が旬だからねー」

 仕事から帰ったら、冷たいビールと小洒落たつまみを用意してくれる彼氏がどれほどいるだろう。

「かのん君は出来る子だぁ……」
「ちょっとピッチ早くない?」
「だってさ、普通ってなによ? 見た目? 見た目だけならハルオは普通かもしれないけど中身はひどかったもん」

 さらにビールを喉に流し込む。今度はニンニクと魚介の旨味のしみ出したオイルをバケットに染み込ませていただく。あーおいしい。

「真希ちゃん……真希ちゃんのそういうとこ好きだよ」

 手に付いたおいしいオイルも堪能していると、かのん君が顔を寄せてきた。

「キスしていい……?」
「うん……はっ! やっぱダメ!」
「なんで!」
「ニンニク食べたばっかり!」
「ああ! 俺のバカ! なんでアヒージョ作っちゃたんだ……」

 キスはその、あとで歯磨きしてからしましょう。

「結局犯人は誰だったんだろうねーってか分かる物なの? あれって匿名じゃないの?」
「真希ちゃんそれなんだけど……あとは俺に任せてくれないかな」

 かのん君が急にトーンを落としてそう言った。どうしたんだろう様子がおかしい。というか今日ここにきてからかのん君の様子はちょっと違っていた。

「どうしたの、なんかかのん君変だよ」
「そうかな……」
「隠し事はやだよ。なんかあったんでしょ」

 なるべく問い詰めるような口調は押さえながら、かのん君の肩にそっと手を乗せて聞いて見た。

「……犯人わかったんだ」
「うん」
「だけど……俺もちょっと動揺してて……それで……」
「かのん君、言って。かのん君だけが抱える事ないよ」

 そう言ってかのん君の顔を覗き込む。その目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。

「……さくらだったみたい」
「さくら? さくらってかのん君の幼馴染みのさくらちゃん?」

 かのん君は無言でこくりと頷いた。そりゃ、ショックだわ。あれ、被害者は私なんだけど……?

「最悪、告訴って形になると思う……」
「待って、待って私そこまで望んでないよ!?」
「でも真希ちゃんの会社に投書したのも多分さくらなんだよ」
「でも……」

 ネットに上げられた写真、あれは周年のパーティの時だった。そっから炎上騒ぎが起こって……そうださくらちゃんとはお茶もしたっけ。その裏でこんな事してたなんて……ぞっとするけど。

「ねぇ、さくらちゃんとまず話をしよう」
「え……弁護士さんからは直接話しちゃダメって言われてて」
「でも、それでいいの? さくらちゃんはかのん君の大事な幼馴染みでしょう?」
「うん、でも許せないよ。こんな事」
「それはそれでいいよ。かのん君の気持ちを曲げてなんて言わない。けど、それを全くの他人任せにしてお仕舞いってして納得できる?」

 私なら出来ない。ちゃんと彼女の話を聞いて、直接言わないと。

「私も行くから、三人で話をしよう。それでダメだったら弁護士さんに動いて貰おう」
「真希ちゃん……」
「さくらちゃん、かのん君のこと好きだったんだよ」

 それは初めて会った時から独占欲を剥き出しにしていた。そこをぽっと出の私にかっさわれたのだから面白くないのは分かる。やった事はタチ悪いけど。

「さくらが……そっか……」

 俺、無神経だったのかな、そう小さく呟くかのん君を背中からぎゅっと抱きしめた。いつも頼ってばかりの背中がこの時ばかりは小さく感じられた。