「ふう……」
「何を飲む? 落ち着いてきたからカクテルも作れるよ?」
「あ、じゃあジンバックを……」

 一息着いていると、宏明さんが声を掛けて来てくれた。私はちょっとほっとしながら飲み物を注文した。宏明さんはオジサンっていったら失礼な感じ。ナイスミドルとかオジサマって感じである。

「ちょっと疲れちゃったのかな?」

 宏明さんはカクテルのグラスを差し出しながら少し微笑んでそう言った。

「かのん君が人気者すぎて、ビックリしちゃっただけです」
「そうか」

 私は状況を濁して答えたけれど、宏明さんにはお見通しのようだった。

「今度は通常営業の時に来てくれたら、サービスするよ」
「はい……」
「南が連れてきたのが真希ちゃんみたいな子でちょっとオレは安心してるんだ」
「え?」

 さっきまでアレクに欠陥品扱いされていたので、驚いてしまった。

「最初はモデルの仕事はオレは反対していたんだ。友人もあんな派手なタイプだし……まぁ悪いやつらじゃないんだけど」
「そうなんですか」
「ああ、南はああ見えて頑固でね。自分で決めた事は譲らない」
「わかる気がします」

 手元のグラスを弄びながら、私は答えた。かのん君は強引だ。こうと決めたら即実行。

「でも、よく周りを見てるし……昔から賢い子だよ。だから真希ちゃんなんだろうな」

 じっと、かのん君の面影のある宏明さんに見つめられると変な気分になる。

「いやーそんな感じの出会いじゃなくて、ほんと偶然っていうか」

 出会いの時はボロボロに泣いていた。起き抜けの間抜けな顔をしている時に告白された。なにもかも私は最悪の所からのスタート。

「……私、正直自信ないんです」

 ツン、と鼻の奥が熱くなる。やばい、泣きそう。でも数メートル先にはかのん君もさくらちゃんも居る。ちくしょう、泣くもんか。

「かのん君から好きだっていっぱい言って貰ってるんですけど」
「うんうん」
「それを私が受け取っていいのかなっていつも考えちゃって……」

 考えても仕方の無い事だって分かっていてもグルグルしてしまう。

「そっか、じゃあ聞くけど。もしさくらが南を落としたらどう思う?」
「えっ? 嫌です!」
「……どうして?」

 責める口調はいっさいなく、優しく宏明さんは私に問いかけた。

「だって……かのん君のいいところ、私知ってますもん」
「さくらは分かってないって?」
「それは……その付き合いが長いのは分かります。でもさくらちゃんが言ってるかのん君は昔のかのん君で……その……」

 そこまで言って、ハッと気づいた。そうだ。今のかのん君を一番知っているのは私だ。そしてかのん君は今の自分が大好きだ。

「かのん君の好きなかのん君を一番知ってて大好きなのは私なんです!」

 今度ははっきりと口に出せた。うん、だから譲れない。

「ブラボー」

 宏明さんは小さく手を叩いた。

「南は努力家だよ。痴漢にあったら合気道を始めたし、好きな事を見つけたら一直線だし。それを分かってくれる真希ちゃんを南は大切にしているんじゃないかな」
「……ありがとうございます」

 かのん君の合気道は痴漢が原因だったのか。これってかのん君が痴漢されたほうだよね。

「それじゃあ、あっちに戻れるかな?」
「はい、もう大丈夫です」

 私は、さっきまで居たソファー席へと背筋を伸ばして戻っていった。

「あ、真希ちゃん。何飲んでるの?」
「ジンバック。ここのジンジャーエール辛口で私好きだな」

 迎えてくれたかのん君はいつものかのん君。ううん、今日だって最初からかのん君はかのん君だった。勝手に私が線を引いていただけ。

「ちょっといる?」
「うん……あ、ほんとだスッキリしていて真希ちゃん好きそう」
「かのん君は甘い物好きだもんねー」

 私は甘い飲み物は割と苦手。かのん君はお菓子のカロリーは気にするくせに甘い飲み物が好き。これが今の私とかのん君の認識。

「ちょっとそこ、いちゃつきやがって!」
「アレクも彼女作れば?」
「僕はみんなのアレクさん、でいいの。しばらくはね」

 アレクとのやり取りももう嫌みに聞こえない。

「……なんか急にスッキリした顔してるわね」

 レネさんはそんな私を見てそう呟いた。私も今度は堂々とその視線を受け止めて微笑み返した。宏明さんの助言のおかげでようやくこの濃い面子と顔見知りになれた、と思った。その時は……。