「おーい、これ持って行って!」
「あ、行かなきゃ」

 人並み外れた容姿の人々に囲まれて小さくなっていると、カウンターから宏明さんに声を掛けられてかのん君がそこを離れてしまった。ああ、黒いサロン姿も良く似合う。じゃなかった、行かないでー。

「おーし、なんだっけ名前? ミキ?」
「真希です……」

 かのん君の目が離れたのを確認してから、アレクが私に絡んできた。

「ふううううううん?」

 じろじろと無遠慮な視線が私に刺さる。近い近い!

「……普通だな」
「はぁ」
「並の並、十人中のど真ん中」
「私のことですか……?」

 そう聞くと、アレクはわざとらしく盛大にため息をついた。ご指摘はごもっとも。だけど初対面でそんな事を言われる筋合いはなくない?

「かのんの彼女ってマジなのかよ」
「マジ……ですよ。かのん君の言う通りです」
「まぁ、かのんがこの手の冗談言う訳ないか。……くそ!」

 アレクは突然、大声を出して頭を抱えた。うわっ、この人怖い!

「なんでこんな……俺のかのんはもっと子ウサギみたいな子とかセクシーなお姉さんとか……」

 はい、私はそのどれでもありません。

「うーん? 胸はけっこうあるか……?」
「こら! セクハラ!」

 ガイン、とアレクの頭部が揺れた。見るとかのん君がお盆を持って、ふんと鼻を鳴らしている。

「何するんだよ、モデルの顔を!」
「ぶったのは頭でしょ、アレクはこれ以上バカになりようがないからね」
「それで、なんだ。やっぱりおっぱいなのか? なぁ!?」

 頭をどつかれたアレクがかのん君に縋り付きながら質問をぶつける。かのん君の言う通り

「胸……」

 レネさんがつぶやきながら目を細めて私の胸元に目を落とす。

「……まぁ、抱き心地は大事よね」
「ちょ、ちょっと!」

 抱かれてないです! まだ清い関係です! とは大声で言えずに私は口ごもった。

「いーだ! 真希ちゃんの魅力がわかんないなんてかわいそー!」

 かのん君はアレクと小学生のような言い争いをしている。不毛だ……そしてこの場になじめそうにない……。私が頭を抱えている所に、今度は高い女性の声が降ってきた。

「南! ちょっと久し振りじゃない」

 みると、そこには小柄な、茶色いウェーブの髪を二つ結びにした美少女が立っていた。

「さくら、遅かったね」
「さっきから居たんだけど、人が多くて」
「ちびだからね、さくらは」

 ははは、と笑うかのん君の顔はとっても自然体だ。

「かのん君、妹さん?」
「ぷっ」

 かのん君にそう聞くと、彼はおかしそうに吹きだした。

「この子はさくら。俺の幼馴染みだよ小学校から中学まで同級生だったんだ」
「鹿島さくらといいます」
「え? 同級生って事は……?」
「これでも成人済みです」

 かのん君の幼馴染みはまるで小動物のようでとても二十三歳には見えなかった。目もくりんと黒目がちで、髪型も相まってカワイイ系の代表です!って感じだ。

「おーい、さくらちゃん。やっと来たのか」
「だからさっきから居ましたってー」

 アレクはさっきまでの様子とは打って変わって気軽にさくらちゃんに声を掛けた。二人が並ぶと凄い身長差だ。

「まーったくー、みんなさくらの事馬鹿にしてー」

 さくらちゃんがグーを作ってアレクを殴るまねをした。アレクはさくらちゃんの頭を押さえて届かないようにして遊んでいる。

「あーあー、さくらちゃんがかのんの彼女なら僕も文句ないのに」
「彼女……?」

 きょとん、と音がしそうな素振りでさくらちゃんが首を傾げた。

「あーそうだ。さくら、俺の彼女紹介するね。長田真希ちゃん。仲良くしてね」
「彼女……あなたが……?」
「あ、はい。彼女です……」

 それまでただかわいいだけだったさくらちゃんの表情が微妙な色を滲ませる。あれ? これって……勘違いじゃなければ、嫉妬ってやつではないだろうか。

「改めて、こんばんは。南の幼馴染みの鹿島さくらです。保母さんやってます」
「あー、長田真希です。事務員やってます……」

 微妙な、ひりついた空気が私達二人の間に飛び交った。