「かのん君、今度の土曜の予定は?」

 あの元彼事件以降、私達は仕事終わりに都合の付くときはお互いの家で夜の一時を過ごすようになっていた。お泊まりは……あの日以来してないけど。

「あー……ちょっとバイト入っちゃって」
「例の叔父さんのところ?」
「うん。この頃ちっとも入ってなかったし、お店の周年で人手が欲しいんだってさ」
「そっかぁ……」

 残念。そうしたら、どうしよう。最近梅雨入りして一人でハイキングってのも難しいし。

「そうだ、真希ちゃんも来ない?」
「え? いいの」
「周年パーティでいろんな人来るし、俺もみんなに彼女紹介したいし」
「じゃあ……いっちゃおうかな」

 かのん君はスマホを取り出すと、私にお店の場所のリンクを送ってくれた。

「夜の八時から、立食で簡単なパーティするから。まぁ、いつ来てくれても大丈夫だけど」
「うん、じゃあせっかくだからお祝いに行かせて貰うよ」

 自宅に戻り、かのん君の叔父さんの店を確認する。場所は両国か。ここから一本ね。駅からすぐ近くでかのん君は喫茶店って言っていたけど夜はバー経営もしてるようだ。

「カフェ&バーHIRO 両国駅より徒歩3分、か」

 両国ってお相撲さんの街でしょ? 沿線沿いだけど一度もおりた事ないや。どうせなら夕方くらいから行ってお散歩してもいいかもしれない。かのん君の叔父さんかあ……どんな人だろう。



「フラワーアレンジメントをお願いします。5000円くらいで」

 私は次の土曜日、高円寺駅前の花屋さんでお花を買うと総武線に乗り込んだ。職場も新宿方面なので本当に東京の東側に行くのは久し振りだ。

「うわ、本当にお相撲一色だ」

 駅を降りた改札の所からお相撲一色。顔ハメの記念撮影用のパネルまである。一人ではどうしようもないけど。駅を出るとすぐに両国国技館が見えた。ちなみに今は場所中じゃないらしい。

「はじめて本物見た」

 とりあえずバシャバシャと写真を撮ってみる。そこからプラプラと江戸東京博物館に向かおうとしたが途中にお寺のようなものがあった。

「回向院? えこういんって読むのか」

 スマホで調べてみるとねずみ小僧のお墓があって、そこの墓石を削って持っていると金運UPらしい。

「ちょっと寄ってみよう」

 広くてキレイなお寺だ。目的のネズミ小僧のお墓の前には石が置いてあって、これを削っていいらしい。

「よーし、金運こいこい」

 私はその石を削るとティッシュにくるんでお財布の中に入れた。さて、気を取り直して博物館だ。閉館が19時半なのでそこから向かえば十分だろう。

「……お花が重たい」

 両国にお花屋さんがあるのか分からなかったので高円寺で買ったけれどもちょっと邪魔だ。雨でなかったのがせめてもの救いだけど。そう思いながら博物館に向かうと、ありがたい事にコインロッカーがあった。ほっとしてフラワーアレンジメントをそこにしまう。

「ほー……」

 身軽になって思いの外広い博物館の中をぶらぶらと歩く。高い吹き抜けの天井の展示室には江戸の街並みを再現したジオラマが並んでいる。それから、等身大の花魁の人形は圧巻だった。そうやって館内を散策していると閉館のアナウンスが流れて来た。

「そんな時間かー。あっという間だったな」

 そう思いながら、江戸東京博物館を後にする。そうそう、お花も忘れずに回収しなきゃ。

「場所はこっちを真っ直ぐ行って……」

 そうして私はスマホのマップを頼りにかのん君のバイト先のカフェへと向かった。