「おはよ」
「……おはよ」

 柔らかい朝の光がいつかのようにカーテンを揺らす。目覚めると、静かに微笑みながら私を見つめているかのん君と目が合った。かのん君の裸眼は少し色素が薄くて茶色がかっていた。

「よく眠れたようだね」

 かのん君の指が優しくマッサージするように私の目の下を押さえる。うん、夢を見ていたのかどうかもわからないくらい熟睡してしまった。

「うーん、スッキリ!」

 私が笑顔を向けると、かのん君はふふっと笑って私の頬にキスをした。私は悶々と思い悩んでいた、どうしてかのん君が自分を好きなのかなんてどうでも良くなってしまう。どうせまたウジウジ考えてしまう時もあるんだろうけど、目の前のかのん君は私だけを見ている。それだけは、揺るぎない事実。

「さ、顔を洗っておいでー」
「私一度着替えに帰らないと……同じ服で出社するわけにいかないし」
「ああ、それなら」

 かのん君は布団を跳ね上げてクローゼットを開ける。その中から白いトップスを出して私に渡してきた。

「これとかなら会社に着ていっても平気じゃない? ほかにもあるけど」

 ……そうでした。かのん君の家にはレディース服も完備なのでした。私は顔を洗って、着替えた。伸縮性のある生地だけど、これかのん君着れちゃうんだよなぁ。

「あ、ご飯今トースト焼いてるから焦げないか見てて。あと冷蔵庫に牛乳あるから」
「はーい」

 入れ替わりにかのん君が洗面所に消えて行く。私はトースターを覗きながら、コップを棚から出して牛乳を注いだ。なんか変な感じ。……一緒に住んだらこんな感じなのかしら。なんちゃって。

「真希ちゃん何時に出れば間に合う?」
「うーん、七時半かな?」
「そっかー。そしたら手抜きだけど朝ご飯さっさと食べちゃおう」

 トーストとミルクのシンプルな朝食。うん、やっとこう庶民的なごはんが出てきた。

「真希ちゃん、はちみつパンに塗る?」
「うん。え? これなに?」
「コムハニー。スーパーフードで健康にいいんだって」

 かのん君が私に差し出したのは六角形の蜂の巣そのものだった。これ、食べられるの? ってかのん君はぱくぱく食べてるけど。恐る恐るスプーンを差し込むとサクサクと巣が崩れて中からとろりと蜂蜜がわき出てくる。

「うーん、まあ美味しい」

 味は蜂蜜そのもので、ちょっとコリコリとした食感だ。へー、蜂の巣って食べられるんだ。

「かのん君は色々知ってるね」
「周りに気を遣ってる人も多いしねー。これももらい物なんだー……ってあ、そろそろ時間やばい」

 え、まだ七時になったばかりだよ? 私は時計を確かめたが体内時計に狂いはない。かのん君の家は私より駅に近いし、まだ大丈夫だと思うんだけど。

「ほらっ、早く歯を磨いてきて。メイクしなきゃ!」
「あ……うん……」

 かのん君に急かされて歯を磨く。その間にかのん君は大きなプロ仕様みたいなメイク道具のボックスをリビングのローテーブルに広げていた。

「はい、真希ちゃんここ座って」
「はーい」

 かのん君はとっても嬉しそうにガサガサとボックスを漁っている。

「真希ちゃんの肌質は?」
「うーん、乾燥するほう」
「じゃあこの下地にしよう。ファンデはこの色かな……うん」

 塗り塗り、かのん君の指がスポンジが化粧筆が私の顔を駆け巡る。

「万人受けのピンクリップで! よし! 完成!」
「うわー。上手―! 美容部員さんにやって貰った時みたい」
「でしょうー」

 得意気にしているかのん君もカワイイ。私はかのん君作の顔面をぶら下げて、職場へと急いだ。



「ゆうべはおたのしみでしたね」
「なっ、なにも無かったよ!」

 出社した途端に桜井さんの目が鋭く光った。何も無かった! 結局泊ったけど。すぐに否定したが桜井さんは首を振った。

「メイクが全然違う! かのん君がやったでしょ」
「ひっ、なぜそれを」
「あんたの五分間メイクと比べものになるか!」

 結局服ではお泊まりはバレなかったが顔面でバレた。その後も他の同僚や男性上司などに「今日は何かあるの?」とか「メイク変えた?」とか聞かれまくるはめになったのだった……。

「うーん、キレイにやって貰ったのはいいけど……」

 私自身の普段メイクがもうちょっとマシにならないかぎり、かのん君メイクは特別な時にだけやって貰おう……。私は心にそう誓った。