「そこのソファーに座って待ってて」
「はいっ」

 かのん君の部屋はいつもキレイにしてるな。なんていうか、生活感が薄い。キチンと整頓されているのと、緑と茶系統であわせてあるので落ち着くインテリアなはずなんだけど、私はなんだかモジモジしてしまう。

「あの、かのん君」
「どうしたの?」
「私手伝うよ」

 キッチンに立ったかのん君の後ろからおずおずと話しかける。

「いや、簡単にパスタ作るだけだから、真希ちゃんはゆっくりしていて」

 なんだかひどく気を遣われているように思うのは気のせいか。

「真希ちゃんってさ、好き嫌いないよね」
「え、ないことないよ。グレープフルーツとか苦手」
「へー。今日は出て来ないから安心して」

 他愛の無い会話の最中も私はかのん君に問いただしたい気持ちで一杯だ。でも、口にする勇気が出てこない……。

「ソース大目に作って冷凍しといて良かった。かのん特製和風肉味噌パスタにするよ」
「わー美味しそう。かのん君はマメだよねぇ」
「作る分量がいつもおかしいんだよね。すぐ多く作っちゃうから……」

 そう言うとかのん君はこちらを向いた。居心地悪そうにしている私に気づいたのだろうか、ニッコリと微笑んだ。

「じゃあ、右から三段目の黒いお皿出して?」
「あ、うん」

 お手伝いを命じられた小学生のように、私はお皿をキッチンへと運ぶ。

「ハイできた!」
「くはぁ……おいしそう……」

 茹でたてパスタには香ばしい肉味噌と彩りに水菜が飾られ、てっぺんに玉子の黄身が盛ってある。白身はスープに入れて無駄にしない所にも料理スキルの高さがうかがえる。

「適当に混ぜて食べてね」

 つん、と黄身を崩してパスタと肉味噌を和える。味噌のコクと塩気が黄身と混ざっていい塩梅だ。

「うーん、美味しい。かのん君お店だせるよ」
「そっかー、叔父さんの見よう見まねなんだけど」
「叔父さん?」
「うん、俺のバイト先叔父さんのやってるカフェっていうか喫茶店なんだ」
「あー、それで融通が利くんだ」
「そういう事。モデルの仕事が増えてきたから最近は週一くらいでしか入ってないんだけど」

 かのん君のごはんがカフェ仕様に思われるのはそれが原因なのかな?

「じゃあ、和食……煮物とか炊き込みご飯とかは好き?」
「うん、好きだよ」
「そっか、安心した……かのん君はそういうのもしかしたら食べないかもってちょっと思っちゃって」
「なにそれ」

 かのん君は私の告白に吹きだした。そ、そんなに笑わなくても。

「今日はあれだったけど、次は絶対かのん君に食べてもらうから」
「うん、期待してる」

 夕飯を終えると、かのん君は自分のジャージを取り出して私に差し出した。

「お風呂入っちゃってよ……覗かないから」
「のぞ……あー、メイク……すっぴんになるし……帰るよ」
「すっぴんなら初日に見たし」
「そうだった……でも悪いから」

 そう伝えると、かのん君は口を尖らせた。

「何に遠慮してるの。真希ちゃんは俺の彼女なんだから、俺の部屋でくつろぎまくっていいんだよ」
「ふぁー……」

 この殺し文句。私はかのん君の匂いのするジャージを握りしめて床に座り込んだ。

「俺も真希ちゃんの家でだらだらしてたし……真希ちゃん?」
「かのん君ずるい……」
「え?」
「わっ、私お風呂入ってくるから! ありがとう、いただきます!」

 私はかのん君にこれ以上ドキドキするのが怖くなってお風呂場へと逃げ込んだ。あのカワイイ見た目でかっこいい台詞を普通に言うんだもの。反則だよ。
 お風呂場にはしっかりメイク落としも装備されていて、申し訳ないけどそれを使わせてもらった。ラベンダーだろうか、ほっとするアロマのオイルクレンジング。これ、私も欲しいかも。

「お風呂いただきました……あの、ドライヤー使っていい?」
「うん。あ、やっぱダメ」
「え?」
「おいで、真希ちゃん。俺が乾かしてあげる」

 リビングでかのん君に抱きかかえられるようにして髪の毛を乾かされる。人に髪の毛を乾かされるのってなんだかくすぐったい。

「うん、こんなもんかな。じゃあ俺もお風呂入ってくるけど……逃げちゃダメだよ」

 かのん君はウインクをすると鼻歌交じりにお風呂場に消えて行き、私はあんまりの甘酸っぱさにただ膝を抱えたのだった。