「あっ、待った?」

 先に着いて待っていようと思った私は店内ですぐにかのん君を見つけた。どんな所であってもきっとかのん君はすぐに見つけられてしまうのだろうけど。テディベアのベストが良く似合っている。かのん君は女性的な服を身につけるけれど、絶妙なバランスで男性ぽいテイストを入れているのが好きみたいだ。

「申し訳ない、面倒事に巻き込んで」
「そんな他人行儀な言い方しないの。どうせならうちにしばらく居てもいいんだよ」
「そこまでは……」

 まだ私はかのん君といると緊張してしまうし。ハルオが仮にうちに押しかけたとしても鍵をかけちゃえばいい訳だし。

「それより、かのん君。とにかく待たせてごめん」
「ううん、仕事みたいな事していたし」

 かのん君は机にタブレット端末を広げていた。広げてあるのは画面はいろんなSNSの画面。それからメールの画面がチラッと見えた。

「かのん君てさ、最初会った時ってフリーターって言ってたけど、ほとんどモデルしかしてなくない?」
「え? ああ、最近ぐっと増えちゃって。空いてる時間はヒマだから親戚の店手伝ってたんだけど今は真希ちゃんと会う時間が欲しいからあんまり行ってないの」
「大丈夫なの?」
「うん、元々そういう約束だったし……それに真希ちゃん、最初からモデルですって言っても信用しなかったし」
「そう……だったの」

 酔っ払ってる時の話だな。どんな事を口走ったのやら……。

「今ならちゃんと信用するから! そのベストもかのん君じゃなきゃ着こなせないって今なら分かるし」
「ありがと! これ気に入って買い取りしたんだー」

 ほうほう、あの芸能人やモデルの言う「買い取り」というやつか。

「ちょっと、カチッとして見えるでしょ?」

 そう言いながらかのん君はポーズをとる。まぁ、いつもに比べればちょっとそんな風に見えるかもしれないけど。でもテディベアの柄なんだよね。

「なんせ、真希ちゃんの元彼にエンカウントするかもしれないんだもん、気合い入れなきゃ」
「いやー? それはどうかなー?」
「真希ちゃんの元彼ってどんな人か全然わからないんだもん。真希ちゃんが話したいなら聞こうって思ってたけど……こうなったからには聞かせてよね」
「うん……」

 私はそれ以上の立ち話もなんなのでカウンターでコーヒーを買ってくると、かのん君に元彼のハルオとの出会いから話しはじめた。
 元々は桜井さんと行った合コンで知り合った事。男らしい言動に惹かれていたけど、それはタダの強引でしかないんじゃないかと最近は思っている事、そして誕生日の顛末。

「それで連絡よこさないってキレ気味のメッセージ寄越すなんておかしいよ」
「でしょ? それに私にはかのん君がいるし。返事もするのもいやだったの」
「それでブロックしたんだ」
「やり過ぎて返って刺激するって桜井さんにしかられちゃった……」

 それを聞いたかのん君はうーんと頬杖をついて考えこんでしまった。

「どうしたの?」
「いやぁ、我が身を振り返って……俺も強引だよなぁって」
「それは、ほら……かのん君だからOKってやつで」
「真希ちゃんからブロックされたらどうしよう。よよよ」

 大げさにかのん君は机に突っ伏して泣き真似をする。本気じゃないのは分かってるけど。

「ま、俺には真希ちゃんのラブパゥワーがあるからね、勘違いな元彼君にもしあったらびしっと言ってやるから」
「いやー、無理しないでね」

 細身の華奢なかのん君。しっかりと男性ではあるんだけど、荒事に向いているようには見えない。それにかのん君の職業はモデルなのだ。顔にでも怪我をされたら。

「さ、これ以上ここで粘ってても仕方ないし。寝るのも遅くなるからそろそろ行こう」
「あ、うん」

 私の心配を余所に、鼻歌でも歌い出しかねない勢いでかのん君は店を出た。私はとぼとぼとその後に続く……大丈夫だろうか。ああ、胃が痛い。

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