「わぁー!」

 私と、かのん君がイルカショーが開催されるというスタジアムに足を踏み入れると、その名にふさわしい360度から見渡せる円形のプールが私達を出迎えた。

「前は結構濡れるみたいだよ。これを着て、真希ちゃん」
「うん。楽しみ!」

 かのん君が係員から受け取った水濡れ防止のポンチョのような物を渡される。私達はウキウキと最前列に陣取る。
 光の演出に合わせて高くジャンプするイルカ達。飼育員さんとの息のあったダンスも素晴らしい。

「ここで、今日皆様にお知らせしたいことがございます」

 そんなショーに感動していると、司会の女性が突然言いだした。なんだろう……。そう思っていると、客席にスポットライトが当たった。一組の男女が階段を降りてくる。

「今日、このお二人がご結婚され幸せの一歩を踏み出しました。どうか皆様祝福の拍手を!」

 会場中に拍手の渦が湧き上がる。ウェディングドレス姿の新婦とスーツの新郎がはにかみながらその祝福を受け取っていた。
 そして、新郎新婦が合図を送ると、イルカ達がジャンプをした。

「お二人のはじめての共同作業です!」

 再び会場から拍手が湧き上がる。光がキラキラと輝き、サプライズなウェディングイベントは終了した。

「あーびっくりしたー」
「すごかったね、かのん君」
「でもいいなー、知らない人にも祝って貰えて」
「うん、そうだね」
「俺達も……ああいうのしようか」

 ああ、また。かのん君の甘い囁き。あまのじゃくな私はついその言葉に素直になれずにつれない態度をとってしまう。

「まだ、そんなの早いよー」
「いいじゃん、色々妄想するのも楽しいじゃん」

 かのん君がきゅっと私の手を握りながら、顔を覗いてくる。カラーコンタクトの金の瞳はいつも少しだけ本音が伺いにくい。

「……に、しても……」
「結構、濡れたね」

 調子にのって最前線にいた私達は服こそ濡れなかったが顔に水をバシャバシャ浴びた。お化粧がやばい。かのん君のメイクもちょっと滲んでしまっている。

「ちょっと化粧直ししてくる」
「俺も」

 かのん君なら化粧直しタイムにお待たせする事もないのだ。と、言う訳でトイレで軽く化粧を直した。

「おまたせ、かのん君……かのん君?」

 トイレから出るとかのん君の姿が見えない。それから五分後くらいにかのん君は現れた。まさかの私の方が待たされるとは。

「ごめんー! 待った?」

 出てきたかのん君のリップはツヤツヤ。サクランボみたいな赤リップが似合うのは世界でかのん君だけかもしれない。

「ううん、さっき出てきたところ」
「じゃあ、あっちの売店行かない?」
「そうだね、会社にお土産買おう」

 水族館の売店で私はクッキーのセットを買った。みんなのおやつにして貰おう。

「これかわいい。桜井さんへのおみやげにしようかな」

 チンアナゴのストラップも追加で購入する。

「俺、これ買っちゃおうかなっ」

 かのん君はクラゲのぬいぐるみを抱きしめている。気に入ってたもんね。ああ可愛すぎる。

「イルカはいいの?」
「あーそれもあるかー。そうだ、真希ちゃんおそろいで買おう?」
「え……う、うん」

 ちょっとだけ躊躇ったのは、自分のお部屋におそろいのぬいぐるみがあったらいつもかのん君の事を思い出してしまいそうだったから。


「それでこれがあたしへのお土産だって?」
「うん、可愛かったよチンアナゴ」
「ふーん、まぁありがたく貰っとくわ。なんか御利益ありそうだし」

 会社で休み時間に桜井さんにお土産を渡すと、彼女はそんな事を言いながらも家の鍵にさっそくつけてくれた。

『お土産よろこんで貰えた!』

 終業後の帰り道、かのん君にそうメッセージを送る。かのん君の返信が来ないかな、と電車に揺られながら画面を眺めていると通知が来た。

『お前、いつまで連絡寄越さないつもりだよ』

 しかし、それは私の望んだものではなかった。トーク画面の表示は『藤田 春雄』。
二週間前に別れたはずの元彼ハルオからのメッセージだった。

「次は高円寺―。高円寺―」

 電車のアナウンスでハッと私は顔をあげた。もやもやとした気持ちを抱えながら電車を降りる。

「今更……どういうつもり?」

 楽しかったデートの余韻がかき消されて行くのを感じる。既読の印は付いてしまった。無視するべきか……それとも。私は電車のホームでしばらく考え込んでしまったのだった。