呼吸が苦しげなわたしに気づき、少しだけ腕を緩められる。百瀬のはなんてぎこちない抱きしめ方。昔、父や母にしてもらったのとは違う。


わたしは知ってる。百瀬は誰にでも容易に触れられる人じゃない。


わたしは知ってたはず。百瀬は、こんな甘い言葉を、何処でも誰にでも言う人じゃない。


「一番近くにいるのは僕だけど、気持ちが向いてくれるかなんてわからない。どうやったら意識してもらえるか必死で考えた。離れてみたらいいのか、どれだけ優しくすれば、甘やかしたらいいのか。どうやってって、どうやってって」


それは……


「最近はずっと焦ってた。どうしよう。このままじゃ、僕の腕の中に、こうして抱きしめられないって。誰かに横取りされるなんてこと日常の何処にでも転がってるんだ」


……わたしのことなの?


「なんで、百瀬はそんなに焦るの?」


もし、もしわたしのことだったら、わたしは、誰にも恋なんてしていなかった。


「そんなの。前触れなんてなくて、突然やってくるものだろう? 気が気じゃなくなる時間は増えていって……もう気長にいることも限界なくらい……」


「……、限界?」


「うん。みーちゃんの水着姿なんか正気で見られないくらい限界だ、とかね」


「っ!? バッカじゃないのっ!!」


力づくで腕を解いて突き飛ばしてしまった。けど、百瀬は転がっていくこともせず、とても近くに。わたしの正面でたまらなく幸福だとでもいう顔で微笑む。