田舎の夜支度は始まるのが早くて、住宅街の人の往来はもうまばらだ。さっき一台の自転車に追い越されていったきり、わたしたち以外に辺りに人の気配はない。
土がついた制服は、もうこれ以上手ではらっても汚れは落ちなさそう。……貸してもらったカーディガンにも、少し土がついてしまった。クリーニングをして返さないといけない絶対に。急ごう。寒くならないうちに。百瀬が風邪をひかないうちに。
「……それにしても、みんながわたしを見て、少し驚いてたね」
そう。地上に出たわたしの姿を確認すると、洋助さん以外のご家族が途端にそんな表情で固まった。一瞬のことだったけど。
「ああ、それは――もう多分、言ってもいいかな」
隣の百瀬が意味深に独りごちたものだから、わたしは首だけ百瀬に傾けその続きを待った。
「何かあるの?」
「自分がいなくなるまでは言わないでって、洋助さんが。可能なら、ずっと言わないでとも言われたけど」
百瀬がカバンから一冊の小説を取り出した。年季の入った、あちこちずいぶん汚れてはいるけど、丁寧に修復された本。
「洋助さんが僕にくれた。綺麗だろうって、誇らしげに」
それは、さっきまでの穴の中で百瀬から語られた物語。洋助さんが一番だと誇る、ひどく純粋な物語。
本のページを捲ると、何やら紙が挟まっているところで百瀬の手が止まる。栞みたいにも見えた紙の正体は、色褪せた写真だった。
モノクロのその写真に写っていたのは、長い髪の、わたしたちより少し年上の女の人だった。
それは、
……わたしに、似てる……?
「亡くなった洋助さんの奥さんで、初恋の人」