会話の流れを変えることにする。
「洋助さん、っていうんだね。おじいちゃんの名前」
「そうだよ。――洋助さんとね、夏休みの間、わりと話す機会があったんだ」
「うん。プールから見えてた」
きっと、たくさんの話をしていたんだろう。夏の暑さも気にならないくらいに充実した時間だったんだろう。そう思えるくらい、百瀬がおじいちゃんのことを話す様子は穏やかだった。
「本をね、貸してもらったりもしたんだ」
けど、そんな柔らかな出来事を――
「――わたしなんかに話しちゃったらいけないよ」
なのに百瀬は語りだす。百瀬の声で、わたしはまた夢列車に乗せられてしまう。
紡がれたのは、洋助さんが気に入っていた、ひとりの男性が主人公のお話。
「男性はね、もう動けなくなってしまって外に出られない恋人の為に、毎日毎日、両手いっぱいの花束を持って、恋人を訪ねるんだ。やがて、恋人の病室は花で埋まる。それでも男性は毎日――毎日」
百瀬の声が物語を色づかせる。その物語の中の色彩がモノクロからカラーへと。やがてそれは極彩色の光景になって。
「花の中で、ふたりはいつも、とても幸せな時間を過ごすんだ」
「何それ。花代は? 男性は仕事とか平気なの? あっ……わたしは心配してるんだよっ」
情緒がないねって、百瀬が苦笑する。違う。上手く言葉が出てきてくれなくて。
「ある日、男性はね、山へ行くんだ。ずいぶん前に恋人と登った山。そこでしか咲かない花を見つけに。恋人が大好きな花を見つけに。男性は見つけた。けど、そこは崖の途中で……」
「っ、わかったっ! 言わなくていい。……でも、恋人が、気になる」
「うん。恋人はね、男性からの花束に囲まれて考えている。彼はもうすぐ来るかしらって。そしてね、その幸せな気持ちのまま、永遠の眠りについた。ふたりの人生は、同じ時に止まったんだ」
それで終わりだと、百瀬は言った。