百瀬に悟られないように、金子さんは唇を固く結んで、最期の涙を流した。その儚い身体がノイズみたいに一瞬歪んで、そして透明に近くなっていく。
「っ、金子さんっ!!」
今まで目の前の光景に固まってしまっていたわたしがようやく叫ぶと、金子さんが呆れたように溜め息をついた。
「最期にしたいことは済ませました。――それに、桜の下でなんて、私のような存在にはおあつらえ向きではないですか」
「違っ。桜じゃなくて柳だからそういうのっ、今行っちゃ駄目っ」
もう、混乱ばかりで意味のないことしか口から出てこない。言いたいことは他にあるのに。
「違っ……違うの……っ、ごめんなさいっ!!」
もっと、もっとあるのに。
「あなたに謝られたくは、ありません。――百瀬さん。もう少ししたら、早く、あの人を引きずって校舎に戻って下さいね。百瀬さんが、風邪を患ってしまうのは嫌です。せっかく治ったのですから」
「引きずっては、いかないけどね。――うん。そうするよ」
「百瀬っ……金子さん……」
「それでは――」
――さようなら。
最期の言葉と同時に、金子さんは本当に消えてしまった。
可能がいた百瀬の腕の中には、カーディガンが一枚、ふわりと残った。