嘘でしょ。声が出そうになった。各クラスから集められた生徒に仕事を割り振っているのは、上野先生ではなくて、ツトムだった。私を見つけると、ねっとりと舐めるように見てきた。寒気がした。
「お前か。最近、鈴鹿とはどうだ?」
「先生に関係あります? それ」
 間。
 ツトムはわら半紙を一枚私にくれた。体育館のシートをたたんで、隅に重ねておくのが一つ。放送室から機材を運び出すのが一つ。簡単な仕事だ。遠藤君に「これ、一人でもできるよね」と半ば脅迫的に言った。もちろん、途中まで手伝うけど。
「思うんだけど」
 と遠藤君が提案した。
「早く二人で終わらせれば、そんな『途中で抜ける』なんて気にしなくていいんじゃない」
 私は彼の顔をまじまじと見つめた。抜本的な解決策だった。
 厚手のシートを、彼が向こうから持ってくる。端で重ねる。たたんでいく。体育館のゴミとシートがこすれ合って、静電気がぱちぱちと私たちの手を刺した。
「痛ったいね、これ」
「我慢だよ、我慢」
 そんなもん? と私は聞いた。シートを最後に重ねるとき、遠藤君と手が重なった。彼は恥ずかしそうに手を引っ込めた。こっそりスマホを確認すると、先輩は体育館の裏手で待っているらしかった。

 放送室には初めて入った。体育館のステージ袖にある階段を登った先にあった。古びた小部屋だった。外から中が見えないように、遮光の小さな窓ガラスが一枚だけ張ってあった。そこからは、体育館の中が見渡せた。薄暗くて、まるで、薬品が入っている遮光瓶の中にいるみたいだった。
 音響機材も、かなり古そうに見えた。遠藤君は「多分、こんなのだからずっと借りられるんだろうね」と言った。
「ほら、本当に高性能なやつなら、借りた日に返すとかじゃん」
 それもそうか、と同意した。
 
 物を運び終わった後、遠藤君は堅いソファに座って、「なんかここおちつく」と言った。相当、魂が抜けた言い方だったので、笑ってしまった。
「いや、本当に落ち着くんだって」
「信じるよ」
 と私は言った。そして、「後はお願いね」と伝えて、階段を降りていった。ステージからジャンプして出口に駆け抜ける。職員室は開いているはずだ。