最初の企画会議の日から数えると、もう十か月が経過していた。
間もなくシンポジウム開始の時間になろうとしている。
シンポジウムのテーマは「地元愛」。多くの聴講者、マスコミに囲まれる中で、O市の良いところ、伸ばしていくべきところをしっかりと情報発信していこう、という趣旨だった。
客寄せパンダであるフクロウは、意図的に最初と最後に出番が来るようなプログラムとなった。講演順番は一番目。最後のパネルディスカッションにも出番がある。
講演者控え席が講演会場の最前列に用意されているが、お願いして舞台袖で待たせてもらっていた。舞台袖からでも聴講者の熱量を十分に感じ取れる。それほどまでに、会場の期待感とボルテージが高まっていた。
自分は今、嘘で塗り固めてこの場にいる。
企画会議の時、「犯罪歴のある人を壇上に」という議論をしていたことを思い出す。 嘘で塗り固められた自分は、ある意味そういうことなのかもしれない。
今日の演者は、中小企業庁で地方創生を担当している課長補佐、地元の名産品キャベツを主力作物としている農業法人の代表取締役、地元の名所となっている神社の宮司、という構成だった。我々のアイデアの集大成ともいえるラインナップではあるが、並べてみるとまとまりの欠片もない。こんな面子でディスカッションなどできるのだろうか。
そうこうしているうちに、開会時間を迎えた。司会者が壇上にあがる。
O市長による開会挨拶は、可も不可もない無印象のままに終わり、いよいよ本題に突入。
「それではフクロウさん、よろしくお願いします」
司会者からの呼び込みを受け、舞台へと足を向けた。
舞台袖から一歩一歩講演台に向かう。
大量にたかれるカメラのフラッシュ。マスコミ以外の聴講者も、講演中以外は撮影可能というレギュレーションにしていた。聴講者たちからは、声援のようなものもあがっているが、どちらかと言えば戸惑いと思われるざわつきの方が大半を占めているように感じた。
覆面をかぶっての登場となるので、それが真っ当な反応というものだろう。
出演する条件は覆面をかぶること。公的機関のイベントでこれが許されたのは画期的なことだった。何を最優先すべきか、という点で組織の想いが一致したことは大きいと思う。
ふと聴講者に目を向けると、編集者の高坂の姿が目に入った。本件のキープレーヤーの一人である。高坂のリークから全てが始まった。
聴講者の中でフクロウの本来の姿を知っているのは高坂ぐらいのものである。彼女はこのシンポジウムで何を思うだろうか。彼女にだけは終了後にもう少し事情を伝えた方が良いかもしれない。
そういえば、高坂からの連絡をなかなかもらえなくて、やきもきしたこともあった。今となってはそんな日も良い思い出になっている。
講演台にたどり着き、マイクを手に取る。
大丈夫、練習したとおりに行うだけだ。
講演原稿というお守りをポケットに忍ばせながら、講演を開始した。
講演を開始した瞬間、カメラのフラッシュは最高潮に達した。
講演中の写真撮影は禁止としていたが、マイクを握った画を撮りたがることは予想できたので、講演冒頭だけはうるさく取り締まることはよそう。そんな話し合いをあらかじめ行っていた。
自分を知る高坂の存在がどうしても気になる。高坂の方は極力見ないようにして、覚えた原稿内容を淡々と声に変えていく。
聴講者の最前列に、A県知事とO市長の姿が見える。覆面への反応は心配だったが、その隣に座っている部長のにこやかな顔を見ていると、特段悪い印象には繋がっていないようだ。盛り上げることさえできれば、フクロウの本当の顔には興味がないということかもしれない。
定員五百名の会場は満員御礼となっていた。駆け付けたマスコミは三十社以上。報道のされ方は気になるものの、今回のシンポジウムは成功だと言い切っても差し支えないだろう。
講演は順調に進められている。
何とか原稿を見ることなく、やりきれそうな感触である。
スライドを用いた説明も終わり、最後はメッセージで締める。
「私はこのO市に生まれ、O市に育てられました。O市を深く愛しています。今日来てくださっているO市の皆さん、今後も一緒にO市を盛り上げましょう。O市以外の皆さん、また是非O市に遊びに来てください。皆さんがO市に捧げてくれた活動が、私の創作の原動力です」
何とか言い切ることができた。
講演を終え、会場前方の講演者控え席に着く。だが、ここにきて大きな問題が発生していた。覆面というものは、長時間装着するのはあまりに苦行であることに気付いたのである。
早く帰りたい。
兎にも角にも、このシンポジウムが無事に終わることに思いを馳せた。
間もなくシンポジウム開始の時間になろうとしている。
シンポジウムのテーマは「地元愛」。多くの聴講者、マスコミに囲まれる中で、O市の良いところ、伸ばしていくべきところをしっかりと情報発信していこう、という趣旨だった。
客寄せパンダであるフクロウは、意図的に最初と最後に出番が来るようなプログラムとなった。講演順番は一番目。最後のパネルディスカッションにも出番がある。
講演者控え席が講演会場の最前列に用意されているが、お願いして舞台袖で待たせてもらっていた。舞台袖からでも聴講者の熱量を十分に感じ取れる。それほどまでに、会場の期待感とボルテージが高まっていた。
自分は今、嘘で塗り固めてこの場にいる。
企画会議の時、「犯罪歴のある人を壇上に」という議論をしていたことを思い出す。 嘘で塗り固められた自分は、ある意味そういうことなのかもしれない。
今日の演者は、中小企業庁で地方創生を担当している課長補佐、地元の名産品キャベツを主力作物としている農業法人の代表取締役、地元の名所となっている神社の宮司、という構成だった。我々のアイデアの集大成ともいえるラインナップではあるが、並べてみるとまとまりの欠片もない。こんな面子でディスカッションなどできるのだろうか。
そうこうしているうちに、開会時間を迎えた。司会者が壇上にあがる。
O市長による開会挨拶は、可も不可もない無印象のままに終わり、いよいよ本題に突入。
「それではフクロウさん、よろしくお願いします」
司会者からの呼び込みを受け、舞台へと足を向けた。
舞台袖から一歩一歩講演台に向かう。
大量にたかれるカメラのフラッシュ。マスコミ以外の聴講者も、講演中以外は撮影可能というレギュレーションにしていた。聴講者たちからは、声援のようなものもあがっているが、どちらかと言えば戸惑いと思われるざわつきの方が大半を占めているように感じた。
覆面をかぶっての登場となるので、それが真っ当な反応というものだろう。
出演する条件は覆面をかぶること。公的機関のイベントでこれが許されたのは画期的なことだった。何を最優先すべきか、という点で組織の想いが一致したことは大きいと思う。
ふと聴講者に目を向けると、編集者の高坂の姿が目に入った。本件のキープレーヤーの一人である。高坂のリークから全てが始まった。
聴講者の中でフクロウの本来の姿を知っているのは高坂ぐらいのものである。彼女はこのシンポジウムで何を思うだろうか。彼女にだけは終了後にもう少し事情を伝えた方が良いかもしれない。
そういえば、高坂からの連絡をなかなかもらえなくて、やきもきしたこともあった。今となってはそんな日も良い思い出になっている。
講演台にたどり着き、マイクを手に取る。
大丈夫、練習したとおりに行うだけだ。
講演原稿というお守りをポケットに忍ばせながら、講演を開始した。
講演を開始した瞬間、カメラのフラッシュは最高潮に達した。
講演中の写真撮影は禁止としていたが、マイクを握った画を撮りたがることは予想できたので、講演冒頭だけはうるさく取り締まることはよそう。そんな話し合いをあらかじめ行っていた。
自分を知る高坂の存在がどうしても気になる。高坂の方は極力見ないようにして、覚えた原稿内容を淡々と声に変えていく。
聴講者の最前列に、A県知事とO市長の姿が見える。覆面への反応は心配だったが、その隣に座っている部長のにこやかな顔を見ていると、特段悪い印象には繋がっていないようだ。盛り上げることさえできれば、フクロウの本当の顔には興味がないということかもしれない。
定員五百名の会場は満員御礼となっていた。駆け付けたマスコミは三十社以上。報道のされ方は気になるものの、今回のシンポジウムは成功だと言い切っても差し支えないだろう。
講演は順調に進められている。
何とか原稿を見ることなく、やりきれそうな感触である。
スライドを用いた説明も終わり、最後はメッセージで締める。
「私はこのO市に生まれ、O市に育てられました。O市を深く愛しています。今日来てくださっているO市の皆さん、今後も一緒にO市を盛り上げましょう。O市以外の皆さん、また是非O市に遊びに来てください。皆さんがO市に捧げてくれた活動が、私の創作の原動力です」
何とか言い切ることができた。
講演を終え、会場前方の講演者控え席に着く。だが、ここにきて大きな問題が発生していた。覆面というものは、長時間装着するのはあまりに苦行であることに気付いたのである。
早く帰りたい。
兎にも角にも、このシンポジウムが無事に終わることに思いを馳せた。