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「……美希サン」

「何?」

「これ……デート?」

「そうですけど?」

 人差し指を唇の前に立てて、私は上坂に静寂を促す。

「図書館ではお静かに」

「ああ……こんなとこじゃいちゃいちゃとかべたべたとか……無理……」

「なんか言った?」

「いえ、何も」

 私は、なにやら魂抜けたような顔をしている上坂をほっといて、また手元の本に視線を落とした。




 私たちは、地元の市立図書館でテーブルを挟んで向かい合っていた。

 予約しておいた本が用意されているというので、今日はそれを取りに来たのだ。その中の一冊が貸出禁止の資料で持ち帰ることができなかったため、館内で読んでしまわなければならない。本とノートを広げる私を眺めながら、上坂が前の席から声をひそめて聞いた。


「何かの課題?」

 私の読んでいたのは、歴史書だった。

「ううん、違う。先週の日本史の授業、細かいとこまで伊藤先生がやらなかったから、いくつか疑問が残って」

「ああ、鎌倉時代から室町に入るとこでしょ? うちのクラスもそうだった。なに、中間考査に出そう?」

「そういうわけじゃないけど……私が気になっただけ」

「じゃ、いいじゃん、テストに出ないんだったら、テキトーにやっときゃ」

「気になったら、ちゃんと押さえとかないと落ち着かないのよ」

「ふーん。俺、そういうめんどくさいのパス」

「あんたにも同じことやれとは言わないわよ」

 よくこんなんで、学年十位なんて入ってるわね、この人。

「俺もなにか読もっと」

 独り言のように言って、がたりと上坂は席を立った。そうして雑誌のコーナーへ向かい、ファッション雑誌を数冊持ってきて、また私の前に座る。

 しばらくは、二人とも黙って自分の作業に没頭する。

 ノートにめぼしい項目を書き写しながら時折上坂を盗み見ると、やつは真剣な顔で雑誌を読んでいた。きれいな服で着飾ったモデルさんたちの写真を、上坂は、じ、と集中して見ている。流行を研究中、ってとこかしら。

 そんな上坂の今日の服装は、ざっくりとしたニットにジーパン。何気ない服装なんだけど、もしかしていろいろ計算してこうなのかな。同じジーパンなのに、私とは全然イメージが違う。……うん、同じになろうなんて、そもそも思ってないけどさ。

 雑誌を読んでいるだけのくせに、その姿はやけに様になっていて、時折、近くを通りかかる女性たちが上坂に視線をむけていく。

 やっぱり、格好いいんだなあ。

 いつの間にか私は、まじまじと上坂を見つめていた。その視線に気づいた上坂が、顔を上げて笑顔をつくる。

「ん?」

「ううん、何でもない」

 あわてて私は、手元の資料に意識を戻した。


 結局、図書館を出たのは、そろそろ日も暮れようとする頃だった。

「つきあってくれて、ありがと」

「どういたしまして。充実した時間をありがとう」

 上坂の目が若干うつろに見えたのは、私の気のせいだよね。そうだよね。

「あの、ちょっと夕飯には早いけど、よかったら何か食べて帰らない? おごるから」

 このまま別れるのは、さすがに悪い気がして。

 すると、上坂は少しだけ目を見開いた。