ヴィンセントとサラは敵同士のようにキッと睨み合う。
「文句があるなら言えばいいじゃない」
 サラの先制攻撃だった。
「逃げないところを見ると、君は関係なさそうだ。おそらくあのソバカスとメガネが主犯者なんだろう」
「レベッカとケイトのこと? あの二人がジェニファーに余計なことを告げ口したっていいたいのね」
「筋が判るなら、話は早い。もうこれ以上俺の邪魔をするな」
 ヴィンセントはぶっきらぼうにそれだけ言って去ろうとした。
「ちょっと、待って。聞きたいことがあるの」
 サラが呼び止めると、ヴィンセントは面倒くさそうに振り返る。
 構ってる暇はないと威圧するような目を向けた。
 サラはそれにも怖気ず、矢を放つように堂々と質問する。
「あなたはベアトリスのことが本気で好きなの? それともホワイトライトの力を手に入れたいだけなの?」
 ヴィンセントは少し間を置き言葉を選ぶ。
 まともに質問に答えるのが馬鹿馬鹿しかった。
 何を言ったところで結論はいつも一括りにされるのが目に見えていた。
「俺がダークライトだと、ディムライトのお前達には後者と見なすんだろう。ダークライトは悪の権化の嫌われ者だからな。ホワイトライトの力を手に入れた ダークライトはこの世を滅ぼす。そう思われてるんだろう。それを阻止するために、ホワイトライトに特別に力を与えられたディムライト達が必死に守る。お前 達はホワイトライトの召使いだからな。まあせいぜい悪者にしてくれ」
 ヴィンセントはため息混じりに声を落とした。
 ダークライトという偏見で見られることが屈辱だといわんばかりにやるせない気持ちを露にする。
 開き直ったとでもいうヴィンセントの態度の裏に、ダークライトとしての野望がサラには見えてこなかった。
 純粋にベアトリスを思う気持ちがヴィンセントの切なく寂しげな瞳を通じて真実を語っていた。
 その目はサラの敵意を緩ませ、声が和らいだ。
「そうなの、わかったわ。本気だったのね。本気で好きなんだ。だからジェニファーをベアトリスに近づけさせた。ベアトリスを憎み、嫉妬するものを間に入れ ればベアトリスを守っているシールドの力が分散されて、あなたをはじく力が弱まる。あのシールドはベアトリスを守るためにネガティブな心を持つものにも反 応するからね。その時だけベアトリスに近づけたと言う訳ね」
 サラが真っ向から否定してこない言い方にヴィンセントも敵意が薄れた。
「ああ、その通りだ。幸いジェニファーは俺に気があった。だがいつも俺がベアトリスを見てたことに彼女は気付き、そして嫉妬が湧いた。ジェニファーはプラ イドが許せなかった。学校一の美貌をもつ自分よりも、ベアトリスに心奪われる俺がありえなかったんだろう。だから彼女は気を引こうと、俺の視界に入るため に、ベアトリスに近づいた。自分の方が数倍も美しいと強調するためにね」
 ヴィンセントの話にサラはいつしか素直に耳を傾ける。それは顔にも表れ、ヴィンセントにどこか興味を持つ好奇心の目になっていた。
 ベアトリスに夢中になる男だと思うと、尚更色々話が聞きたくなった。
「ジェニファーは自信があったのね。一緒にいれば、美しさを認められてあなたの気を引けると思った」
「ああ、そうだ。あれは偶然の産物だった。あの時気がついたんだ、ベアトリスに嫉妬や憎しみを強く持った人間が彼女に近づくと、シールドが弱まるというこ とを。これを利用するしかなかった。だから二人が一緒のときに俺もアプローチした訳さ。ジェニファーが常にベアトリスと行動するために、俺は、二人が親友 なんだと決め付けた。ベアトリスは慌ててたけど、いい印象を俺に与えようとジェニファーはまんまと俺の策に乗ってくれた。それに周りも上手い具合に俺たち が恋人同士と勝手に思い込んで、ジェニファーにもいい条件になった」
 ヴィンセントは一気に吐き出すように言った。
「だけど、ジェニファーは最初からベアトリスが嫌いだった。そしてレベッカとケイトが昨日あなた達が一緒に居たことを告げ口したために大爆発起こしちゃったという訳ね。プライドを傷つけられて、あなたも許せなくなったってことか」
「ああ、そういうことになるな。俺も必死にまた元に戻るようにいい訳なり、説得したけど、俺が下手に出るとわかると、図に乗り出してきた。今は彼女のペースにはめられてしまってるよ」
「これからどうするの? また新たにベアトリスを憎む人を探すの?」
「そんなの探したところで、ジェニファーのようにはならないさ。あれは本当に偶然の僥倖だったんだ」
「じゃあ、ベアトリスのシールドを取り除くことはできないの? 私が初めてベアトリスと話したとき、あの時シールドはなかったわ。だから私もベアトリスの存在に気がついたんだけど、あれはあなたの仕業じゃないの?」
「ああ、初めて彼女のシールドが解除された時のことか。そうさ、あれは俺が仕掛けた。初めて上手くいったときだった。今までにも何度も仕掛けたけどね。こ れも偶然が偶然を呼んでそうなったみたいだ。だが、あの時君が余計なことをふきこんだんだね。ベアトリスの様子がおかしくなったんで、お陰で大変なことを してしまったよ」
「もしかして、あの火災報知器の誤作動の原因はあなた?」
「そうさ、ベアトリスがふさぎこんで、すぐに側に行けないもどかしさから、欲望が高まって影を呼び込んでしまった。あいつらはダークライトの己の欲望にす ぐに反応して手を貸しに来るからね。あいつらが集まると熱を発する。それが誤作動の原因さ。そしてホワイトライトのベアトリスを見つけて襲い掛かってし まった。ホワイトライトはあいつらにはご馳走だ。取り入れたものは力を得てしまう。でも誤算だったよ。まだ完全にシールドが解除されてなくて、俺は彼女に 触れたとたん、血が沸騰するほど熱くなり野獣の姿をさらけ出してしまった。ベアトリスが気絶したお陰でなんとかごまかしたけど、やばかった」
「その次の日が完全にシールドが解除されたってことね。だからあなたは大胆にベアトリスに近づけた」
「そうさ、あれは願ってもないチャンスだった。彼女をこの手に触れても血は熱くならずこのままの俺で接しられた。とても楽しかったよ。その後で全部元に戻ってしまって、こんなことになってしまったけど…… なんか尋問されてすっかりベラベラしゃべってしまったな」
 少し呆れ気味にヴィンセントは笑った。
 しかし誰にも言えなかったことを吐き出せたのはすっきりしたのか、顔つきが優しくなっていた。
 その表情にサラはまだ聞けるとばかりに話続けた。
「シールドが解除されたら、ベアトリスが危なくなる。だけどシールドがあればあなたはずっと近づけない。ベアトリスが真実を知らない限り、あなたには不利ね」
「真実を知らせたら、俺はもっとベアトリスに近づけなくなる。自分の正体がばれたら彼女は俺を怖がるだろう。それならば何も知らないままでシールドを解除して俺が側にいて守る方がいい」
「アメリアがそんなこと許すわけがないわ」
「そんなこと判ってるさ。一番いいのはアメリアとベアトリスを離すことができたらなんだが、そうすればあの水からベアトリスを遠ざけられる。あれを摂取する限り、彼女のシールドは破れない」
「水か…… ライトソルーション、光の溶液のことね」
「ああ、そうだ。ホワイトライト達が作るポーションのことさ。そんな名前があるとは知らなかったけど。ベアトリスの食事に混ぜたり、おそらくシャンプーな んかにも入ってるんだろう。俺はそれを燃やすことができるが、ベアトリス自身に直接の被害はないとはいえ、自分が燃やされるところをみたらショックだろ う。できたら摂取させないようにしたいのさ」
「そして、いい方法が見つからず、ベアトリスに気持ちが伝わることもなく、苛ついて、自分をも傷つけ、それでも足らず、学校に八つ当たったって筋書きね」
 ヴィンセントはそこまで見破られたかと、ズタズタのシャツを鷲づかみに握り締め顔をしかめる。
 しかし本当のことなだけに、隠しようもなく、悪ぶりながら堂々と肯定することにした。
「そうさ、俺の悪い癖さ。思うようにならないと怒りが爆発する。どうせ俺はダークライトだからな」
 ヴィンセントは自分で言っておきながらあまりのかっこ悪さに情けなくなり、ふっと息を漏らして目を伏せた。
「関係ないものを巻き込むのは頂けないけど、なんかあなたに同情するわ。好きな人に気持ちが伝わらないことほど辛いものはないもの」
「ダークライトに向かって同情する奴なんて今まで居なかった。そっか、君も同じような経験をしてるってことか」
「ちっ、違うわ、私は……」
 サラが慌てて否定するが、どうでもいいことだとヴィンセントはすぐに言葉を返した。
「長話してしまったな。俺はこれで失礼する。気持ちを吐き出して少しはせいせいした。あっ、そうそう、あのソバカスとメガネに伝えといてくれ。許して欲しかったらもう俺の邪魔をするなって。それじゃ」
 背を向け、手をバイバイと振る仕草を見せてヴィンセントは今度こそ去っていった。
 サラは黙って動かずじっとしている。
 ヴィンセントの背中を見ていると、 哀愁を感じずにはいられない。
 心がずたずたに傷ついてるのが背中から滲みでているようだった。
 ダークライトを嫌ってるとはいえ、サラはヴィンセントには悪い印象を不思議と抱けなかった。

 サラは感慨深くヴィンセントとの会話を思い出しながら歩いていた。
 ヴィンセントの時折見せた、口元を少しあげただけの切ない微笑がやけに脳裏に残る。
 ダークライトとして生まれた自分を卑下したようにも見えた。
 サラはもし自分がダークライトだったらと仮定すると、同じように自分を呪ったかもしれないと考えていた。
 たまたまディムライトの地位を得たが、どうせなら何も知らないノンライト(=人間)が一番幸せなのかもと考えていた。
「ホワイトライト、ディムライト、ノンライトそしてダークライトか。階級付けされたら、最後のものは常に見下される運命。ノンライトだけが、力が備わって ないだけに他の存在のことも全く何も知らず、のん気なもんね。だけど、ホワイトライトとダークライトの恋なんて無謀すぎる。ノンライトの世界でいうなら、 天使と悪魔。でも私はなんか応援したくなってきた。ベアトリスがヴィンセントと難なくくっつけばパトリックだって……」
 サラが独り言を頭で並べ立てているとき、ベアトリスたちの姿が目に入った。
 レベッカとケイトが尻尾を振って、ベアトリスにじゃれつく子犬に見える。グレイスも構って欲しそうに足元に擦り寄る子猫に見える。
 三人ともベアトリスにすっかり魅了されていた。
 ホワイトライトは慈悲の愛をもたらすもの。光を与え心を癒し人々を救いへ導く。
 シールドがされて力を押さえ込まれていてもベアトリスのホワイトライトの能力の強さはサラには推測できた。
 この時になってふと気がつく。
「これほどの力を持つホワイトライトがなぜ地上界に自分の身分を知らされず生活しているのだろう。ホワイトライトは普通地上界に長居はしないもの。地上界に居れば私達と同じ命の長さになる。ホワイトライトは永遠の命を持つものなのに。ベアトリス一体あなたの目的は何?」
 ベアトリス自身、何も知らされていないのはわかっていたが、はっきりしない存在が驚異的にも見え、そしてサラの心に否定的なものが芽生えていく。
「あっ、サラだ」
 ベアトリスが大きく手を振った。
 三人も一緒になって手を振りだした。
 学校がダメージを受け暗い気持ちになってるものが多い中、あそこだけは光に満ちて明るい。サラはベアトリスをじっとみる。
 ほんの少しだけ一緒に過ごしたとはいえ、サラの目には、頼りなく、自信喪失で自分のイメージとはかけ離れてたベアトリスの姿が映っていた。
 おっとりとしすぎてイライラする。
 パトリックの婚約者、そしてホワイトライトということで素敵な女性像を描き、想像だけで憧れを抱きすぎていた。 それ故に失望感が大きく、この時全てのものが崩れていった。
「あの笑顔、あの包容力、そして何より心を癒す力の持ち主。見かけは全く冴えないのに。レベッカも、ケイトも、人見知りの激しいグレイスですら、しっかり と取り込まれてしまった。 ダークライトのヴィンセントすら夢中にさせる。長く会ってないとはいえ、パトリックももしここに現れてベアトリスを見たらその時はきっと同じように……  そんなの絶対嫌!私は認めない。ベアトリスなんか認められない」
 心の中で叫んでいた。
「あれ、どうしたの、なんか暗いけど、何かあったの」
 ベアトリスが心配そうに聞いた。
 サラはなんでもないと笑っていたが、ふと自分がジェニファーになったような気分になった。
 しかし身分の違いですでにもう負けている。
 ホワイトライトはディムライトには絶対的存在。ノンライト(=人間)だったものが、ライトソルーション、すなわちあの『水』を与えられホワイトライト につくすように選ばれた者たち。
 ホワイトライトから『水』を得られなければただのノンライトに戻ってしまう。
 絶対に逆らえない。
 あの『水』を摂取すれば英知を授けられ、ノンライトよりもはるかに高い能力が得られる。
 ディムライトは競ってそれを奪い合う。ホワイトライトに気に入られるためにありとあらゆる手を尽くす努力を惜しまない。
 パトリックがベアトリスと小さいときに婚約させられたのも、ホワイトライトの力が欲しかっただけで政略結婚みたいなものだとサラは納得していた。
 ホワイトライトが身内になればディムライトの頂点に立ち、ライトソルーションの心配をしなくてもよくなる。
 誰もが手に入れたい存在。それがホワイトライト。
 だがこの時、崇拝していた存在が突然嫉妬の対象に変わる。
 割り切っていたものも納得がいかないものへとわだかまりを残す。
 馬鹿なことだと思っていても、感情が自然に湧き出てしまう。
 それでもそれは最小限のものでサラはまだ自分を押さえることができた、この時までは──。
 サラは偽りの笑顔を作り、ベアトリスと仲いいフリをして皆の輪に入っていった。