リチャードに対する不信感からベアトリスは逃げることだけを考え、目の前に差し出されたコールが運転する車を助け舟とその時は思った。
車に乗り込んだものの、暫く走ってから、落ち着いてよく考えれば、隣で車を運転している人物は自分の天敵であるとハッとする。ベアトリスは正気に戻り自分がしていることを酷く後悔しだした。
向かいの車がすれ違う時に発せられるライトの光がポールに成りすましているコールに反射する。
光の当たり具合で顔の凹凸の明暗が頻度に変化し、笑っているのにそれは狂気に満ちて気味が悪かった。
ベアトリスは機嫌を伺いながら不安に問いかける。
「ポール、どこへ行くの? あの、やっぱりホテルに戻りたい」
「ベアトリスは優柔不断だ。一人で抱え込んで一人で悩んで、そして振り回されすぎて、自分で解決できずにすぐ逃げて、結局は後悔して、またスタート地点に戻る。それの繰り返し」
コールは呟くように喋っていた。
ベアトリスは全くその通りだと、何も言えなくなった。
「あーあ、またふさぎ込んじまった。自分がいい加減いやになるだろう。なあ、もうそういうのやめたいと思わないか?」
痛いところをつかれてベアトリスは下を向いて黙り込んでいた。
「ほら、自分でもわかってるじゃないか。苦しいんだろ。自分のことですら信じられずにダメだと思い込んでいる。そんな自分が嫌いでたまらないんだろう。 黙ってないでなんとか言えよ」
「その通りよ。何をやってもうまくいかない。自分を信じることもできない。人に頼らないと何もできない。私はダメな人間よ。だからポールも私にイライラしていじめたくなるんでしょ」
ベアトリスはヤケクソになって叫んでしまった。
「そうだな。じれったいのはイライラさせられるけど、俺はベアトリスに興味があるんだ。だからお前を救ってやりたいなんて思ってたりするぜ。それが俺にも役に立って一石二鳥ってところなんだが」
「私を救う? どうやって」
「それは後のお楽しみ。とにかくまずは自分自身のことを良く知ってみたらどうだ?」
「私自身のことを知る?」
「ああ、知りたいと思わないか? なぜヴィンセントもお前のプロムデートも執拗にお前を追い求めるのか。お前が一体何者なのか、そして両親の事故のことや、婚約のこと、気にならないのか? 今こそ逃げないで向き合うときじゃないのか」
ベアトリスの頭の中は混乱していた。ホテルの部屋でヴィンセントとパトリックが言い争っていたことを考えていたが、ところどころのキーワードがよくわからない。
もう真実は一歩手前まで見えてきている。ベアトリスはじっと目を瞑り、体に力を込めていた。これ以上それから逃げられないと思うと、全てを知る覚悟をして、コールに首を向けた。
「あなたは私のことを知っているの? だったら教えて」
ベアトリスが真剣な表情でコールを見つめると、コールは前を向いたままニヤリと口元をあげた。
「いいだろう。教えてやろう。まずはお前の正体からだ。以前話したことがあるだろう。この世の中大きく分けてどんな人間がいるかって。そしてその一番上に いる、天上人、すなわちホワイトライトのことだ。それがお前だ。そして力を与えられたもの、ディムライトが、あのパトリックという男。最後に邪悪なもの、 ダークライトと呼ばれるのがヴィンセントだ」
「天上人…… それが私?」
「そうだ。お前は自分の地位を告げられずに隠されてこの世で生活している。周りがお前を守っていたのさ。心辺りはないか? 例えば特別な水を飲まされたとか」
「水! あの壷の水。あれを私も飲んでいた?」
「あれはライトソルーションと言って、お前が飲むと身を守るためにホワイトライトの力を押さえ、邪悪なダークライトから遠ざける見えないバリヤーを体に張 り巡らすのさ。それがあるとダークライトはお前を感知できない。ただ近くに寄ったダークライトには攻撃力を与える。だからダークライトのヴィンセントは近 寄ると体を焼かれるように苦しくてお前に近づけなっかたってことだ。心当たりあるんじゃないか」
ベアトリスは手で顔を覆った。自分の仮説どおりだったと思うと涙があふれ出してくる。
「ヴィンセント……」
「ああ、アイツも苦しんでたよ。なんか今回変なこと企んでいたようだったけど、奴なりにお前と一緒に居たくて必死だったんだろうな。きっとこれが初めてのことじゃないはずだ。その前にも色々と何かを仕掛けては一緒に過ごそうとしてたんじゃないのか」
ベアトリスは物置部屋で一緒に過ごしたことを思い出すといたたまれなくなった。
「さあ、次は何について話そうか。まだまだ知ることは一杯あるぜ」
コールは不気味に笑いながら、あの屋敷へと向かっていた。自分の姿に戻ったとき、ベアトリスのライフクリスタルを手に入れることを楽しみに、チラチラと時々ベアトリスを見ながら運転していた。
ホテルの会場内は無法地帯となり、男女隔てることなく誰もが殴り合い、物を投げ合って収集がつかなくなっていた。
「ヴィンセント、影をおびき出す空間を作れ」
リチャードが指図すると、ヴィンセントは集中して、辺りを真っ赤に染め上げ、普通の人間が耐えられないくらいの圧迫したゼリー状のような空間を作り上げた。
次々に人々は不快な空間で意識を失い床に倒れこんでいく。
影が入り込んだ人間が倒れこむと、次々と体からあぶりだされるように出ては宙に漂っていた。
ヴィンセントは爪でそれを次々に切り裂き、パトリックはデバイスから出る光の剣で突き刺して退治していく。
リチャードはゴードンを見つけ、素早く駆けつけると首根っこを掴んだ。
ゴードンの背中から影が出てくると、指をパチンと鳴らして、それを一瞬で燃やした。
ゴードンはだらっと首をうなだれて意識を失っていた。
全てが片付き、空間はまた元に戻った。辺り一面、人が重なり合って倒れこんでいる。足の踏み場も難しいところだった。
「当分は彼らも目を覚まさないだろう。起きたときに何を思うかだが、とんでもないプロムになってしまったもんだ」
リチャードは周りを見回していた。
「そんな同情してる暇はねぇよ。ベアトリスを助けに行かなくっちゃ。おい、お前起きろ」
ヴィンセントはゴードンの頬を何度も叩く。
「とにかくここではなんだから外に出よう」
パトリックが会場を離れてホテルのロビーに出る。ロビーにいた人たちはプロムパーティの混乱で慌しく右往左往していた。そこでうろたえてるアメリアとかちあった。
「パトリック! 一体何が起こってるの? ベアトリスはどこ?」
「アメリア…… 申し訳ございません。僕がついていながら、ベアトリスは……」
その先が言葉にできなかった。
ヴィンセントも後から現れ、アメリアに気がつくと思わず顔を背けてしまった。そしてリチャードがゴードンを引きずりながらアメリアの前に現れた。
「その男は私の首を絞めた男。まさかベアトリスはダークライトに連れ去られたの?」
「アメリアすまない。油断していた。コールがベアトリスを連れて行ってしまった」
アメリアは、ショックで全身の力を失いバランスを崩し倒れると、パトリックとヴィンセントが慌てて支えた。近くにあったソファーにアメリアを座らせる。
アメリアは頭を抱えながら嘆いた。
「どうして、こんなことになるの。あなたたちが一緒にいながら何をしてたの」
ヴィンセントが下を向きながら弱々しい声で事の発端を説明し出した。そしてリチャードの鉄拳が飛ぶ瞬間パトリックがヴィンセントの前に立ちはだかり庇っ た。
「いえ、これはヴィンセントだけの責任じゃありません。真実を洩らした僕にも責任があります。どうか今は落ち着いて下さい。まずはベアトリスの救助が先です」
「いや、責任は私にもある。変化を目の前にしながらコールの計画を見抜けなかったのは私の過失だ」
リチャードも拳をおろし悔やんだ。
「責任はどうでもいい、とにかく早くベアトリスを救って。このままじゃ殺されてしまう」
アメリアは発狂しそうになりながら、目に涙を一杯溜めていた。
「とにかくコイツを起こさないと」
パトリックはデバイスを取り出し、それから出る光をゴードンに向けた。
全く明かりのない豪邸の前でベアトリスを乗せた車は停まった。大きなその屋敷は暗闇で何かに取り憑かれた雰囲気を持ち、ベアトリスは息を飲んだ。心に浮かんだ感情は素直に怖い──。
「まだ話が聞きたいんだろ、だったらついてこい。次はもっと面白いものが見られるぜ」
コールはすーっと暗闇にすいこまれるように豪邸の中に消えていく。辺りは闇そのものだった。
時折風が吹くと草木がすれた音に脅かされ、ベアトリスもドキッとし た弾みでコールの後について行っ た。
大きくて立派な建物だが、外見と同様、中も古ぼけてどこをみても不気味だった。床には大きく何かをこぼした黒ずんだ染みが浮き上がってみえた。
深く考えないように急ぎ足でコールの側についた。
コールが案内した部屋へ入ると、薄暗いが蝋燭の光がぼんやりと部屋を照らし、ベッドに人が寝ている姿とその側で女性が座っているのが見えた。
「あっ、意外と簡単につれて来たんだね。その子がベアトリスなんだね」
マーサがベアトリスの前に立ちまじまじと顔を見つめた。ベアトリスはたじろぐ。
「こいつはマーサだ。俺はちょっとこれから支度があるので、それまでこいつと退屈しのぎに話してな」
「一体何をするつもり?」
ベアトリスはここまで来ておいて後悔で一杯だった。
「まあ、みてなって。さてこの体ともお別れか。まあ今となってはそんなに悪くもなかったかな」
「そうだね、なかなかよかったかも…… なんていったら不謹慎かい?」
マーサは意味ありげな笑いを見せていた。
ポールの姿はこれで最後と、コールは左手の黒い輪っかのようなものを外し、寝ている本当の自分の腕につけた。そのとたんにポールの体から黒い気体のようなものがすーっと出てきて横たわっているコールの体へとすっと入り込んで行った。
ポールの体は気を失ったようにバタンと床に倒れた。その瞬間、寝ていたコールの目がぱっと見開いた。
「コール!」
マーサが嬉しさのあまり名前を叫んだ。
ベアトリスは何が起こっているのかわからずに、ただ驚いて息を飲んだ。床で転がってるポールが死んだように見えて、怖くなって青ざめていた。
「くそっ、長いこと自分の体を留守してたら、思うように動かせない」
「落ち着きな、コール。すぐ元通りになるよ。慌てることないじゃん」
「マーサ、ベアトリスが退屈しないように、過去の記憶を呼び覚ましてやってくれ」
マーサは了解と、水晶玉を取り出した。
「あんた記憶をリチャードに塗りつぶされてるんだろ。その闇を取り除いてやるよ。あいつ酷いよな。あんたの両親を殺した上に、過去の記憶を封じ込めちゃうんだから。さすがダークライトの帝王だよ」
「ほんとにヴィンセントのお父さんが私の両親を殺したの?」
「ああ、あんたのボーイフレンドの記憶を見たことがあるんだけど、彼はしっかりその様子を見てた。ついでにあんた、眼鏡をかけた冷たい感じのする女に殺されかけてた」
「えっ、アメリアが私を?」
「とにかくそこのソファーに座りな。あんたかなり色んな奴らにコントロールされてるみたいだね。可哀想に」
ベアトリスはマーサに体を押されて、よたつくようにソファーに無理やり座らされた。マーサもその隣に腰掛け静かに笑いを見せると、いいことなのか悪いこ となのか判らずベアトリスは強張った顔になった。
水晶を目の前に見せられそれが怪しく光る。何度も自分に向けられたので、それを持てという意味だと気がつくと、恐々と受け取った。両手で水晶を抱え、マーサもベアトリス の手を包むように上から抱え込んだ。
二人は一緒に水晶を持った。光が二人の顔を照らし青白く暗闇の中で浮いて見えた。
「いいかい、リラックスするんだ。ほら、見てご覧、あんたの手から黒い影が水晶に吸い取られてるよ。かなりの強い闇だ。でもこの闇、私には美味しいんだ。 これが私の力を強くしてくれる」
水晶が真っ黒くなっていくと光がさえぎられたが、うねる煙のような闇の隙間からところどころ光が洩れていた。それに反応するかのようにベアトリスの記憶が蘇り色んな場面が洩れる光に合わせてフラッシュしだした。
子供の頃のヴィンセントの顔。初めて会ったときのこと。一緒に遊んだ夏。そしてヴィンセントの母親の死の場面とヴィンセントが怒りをコントロールできな くて自分が必死で抱きしめていたことも思い出し、全ての記憶が繋がった。
ベアトリスは目を瞑り、じっと動かなかった。水晶を持つ手が震え、そして涙が頬を伝わる。
「私にも見えるよ、あんたの記憶。あんたあのボーイフレンドより、リチャードの息子が好きなんだね」
マーサの指摘でベアトリスは反射的に目を開け突然立ち上がり、水晶玉から手を離して落としそうになった。マーサが慌てて掴んだ。
「ちょっと気をつけてよ。これがないと私商売できないんだから」
ブツブツと文句をいっていた。
その時、ベッドからコールが起き上がった。
車に乗り込んだものの、暫く走ってから、落ち着いてよく考えれば、隣で車を運転している人物は自分の天敵であるとハッとする。ベアトリスは正気に戻り自分がしていることを酷く後悔しだした。
向かいの車がすれ違う時に発せられるライトの光がポールに成りすましているコールに反射する。
光の当たり具合で顔の凹凸の明暗が頻度に変化し、笑っているのにそれは狂気に満ちて気味が悪かった。
ベアトリスは機嫌を伺いながら不安に問いかける。
「ポール、どこへ行くの? あの、やっぱりホテルに戻りたい」
「ベアトリスは優柔不断だ。一人で抱え込んで一人で悩んで、そして振り回されすぎて、自分で解決できずにすぐ逃げて、結局は後悔して、またスタート地点に戻る。それの繰り返し」
コールは呟くように喋っていた。
ベアトリスは全くその通りだと、何も言えなくなった。
「あーあ、またふさぎ込んじまった。自分がいい加減いやになるだろう。なあ、もうそういうのやめたいと思わないか?」
痛いところをつかれてベアトリスは下を向いて黙り込んでいた。
「ほら、自分でもわかってるじゃないか。苦しいんだろ。自分のことですら信じられずにダメだと思い込んでいる。そんな自分が嫌いでたまらないんだろう。 黙ってないでなんとか言えよ」
「その通りよ。何をやってもうまくいかない。自分を信じることもできない。人に頼らないと何もできない。私はダメな人間よ。だからポールも私にイライラしていじめたくなるんでしょ」
ベアトリスはヤケクソになって叫んでしまった。
「そうだな。じれったいのはイライラさせられるけど、俺はベアトリスに興味があるんだ。だからお前を救ってやりたいなんて思ってたりするぜ。それが俺にも役に立って一石二鳥ってところなんだが」
「私を救う? どうやって」
「それは後のお楽しみ。とにかくまずは自分自身のことを良く知ってみたらどうだ?」
「私自身のことを知る?」
「ああ、知りたいと思わないか? なぜヴィンセントもお前のプロムデートも執拗にお前を追い求めるのか。お前が一体何者なのか、そして両親の事故のことや、婚約のこと、気にならないのか? 今こそ逃げないで向き合うときじゃないのか」
ベアトリスの頭の中は混乱していた。ホテルの部屋でヴィンセントとパトリックが言い争っていたことを考えていたが、ところどころのキーワードがよくわからない。
もう真実は一歩手前まで見えてきている。ベアトリスはじっと目を瞑り、体に力を込めていた。これ以上それから逃げられないと思うと、全てを知る覚悟をして、コールに首を向けた。
「あなたは私のことを知っているの? だったら教えて」
ベアトリスが真剣な表情でコールを見つめると、コールは前を向いたままニヤリと口元をあげた。
「いいだろう。教えてやろう。まずはお前の正体からだ。以前話したことがあるだろう。この世の中大きく分けてどんな人間がいるかって。そしてその一番上に いる、天上人、すなわちホワイトライトのことだ。それがお前だ。そして力を与えられたもの、ディムライトが、あのパトリックという男。最後に邪悪なもの、 ダークライトと呼ばれるのがヴィンセントだ」
「天上人…… それが私?」
「そうだ。お前は自分の地位を告げられずに隠されてこの世で生活している。周りがお前を守っていたのさ。心辺りはないか? 例えば特別な水を飲まされたとか」
「水! あの壷の水。あれを私も飲んでいた?」
「あれはライトソルーションと言って、お前が飲むと身を守るためにホワイトライトの力を押さえ、邪悪なダークライトから遠ざける見えないバリヤーを体に張 り巡らすのさ。それがあるとダークライトはお前を感知できない。ただ近くに寄ったダークライトには攻撃力を与える。だからダークライトのヴィンセントは近 寄ると体を焼かれるように苦しくてお前に近づけなっかたってことだ。心当たりあるんじゃないか」
ベアトリスは手で顔を覆った。自分の仮説どおりだったと思うと涙があふれ出してくる。
「ヴィンセント……」
「ああ、アイツも苦しんでたよ。なんか今回変なこと企んでいたようだったけど、奴なりにお前と一緒に居たくて必死だったんだろうな。きっとこれが初めてのことじゃないはずだ。その前にも色々と何かを仕掛けては一緒に過ごそうとしてたんじゃないのか」
ベアトリスは物置部屋で一緒に過ごしたことを思い出すといたたまれなくなった。
「さあ、次は何について話そうか。まだまだ知ることは一杯あるぜ」
コールは不気味に笑いながら、あの屋敷へと向かっていた。自分の姿に戻ったとき、ベアトリスのライフクリスタルを手に入れることを楽しみに、チラチラと時々ベアトリスを見ながら運転していた。
ホテルの会場内は無法地帯となり、男女隔てることなく誰もが殴り合い、物を投げ合って収集がつかなくなっていた。
「ヴィンセント、影をおびき出す空間を作れ」
リチャードが指図すると、ヴィンセントは集中して、辺りを真っ赤に染め上げ、普通の人間が耐えられないくらいの圧迫したゼリー状のような空間を作り上げた。
次々に人々は不快な空間で意識を失い床に倒れこんでいく。
影が入り込んだ人間が倒れこむと、次々と体からあぶりだされるように出ては宙に漂っていた。
ヴィンセントは爪でそれを次々に切り裂き、パトリックはデバイスから出る光の剣で突き刺して退治していく。
リチャードはゴードンを見つけ、素早く駆けつけると首根っこを掴んだ。
ゴードンの背中から影が出てくると、指をパチンと鳴らして、それを一瞬で燃やした。
ゴードンはだらっと首をうなだれて意識を失っていた。
全てが片付き、空間はまた元に戻った。辺り一面、人が重なり合って倒れこんでいる。足の踏み場も難しいところだった。
「当分は彼らも目を覚まさないだろう。起きたときに何を思うかだが、とんでもないプロムになってしまったもんだ」
リチャードは周りを見回していた。
「そんな同情してる暇はねぇよ。ベアトリスを助けに行かなくっちゃ。おい、お前起きろ」
ヴィンセントはゴードンの頬を何度も叩く。
「とにかくここではなんだから外に出よう」
パトリックが会場を離れてホテルのロビーに出る。ロビーにいた人たちはプロムパーティの混乱で慌しく右往左往していた。そこでうろたえてるアメリアとかちあった。
「パトリック! 一体何が起こってるの? ベアトリスはどこ?」
「アメリア…… 申し訳ございません。僕がついていながら、ベアトリスは……」
その先が言葉にできなかった。
ヴィンセントも後から現れ、アメリアに気がつくと思わず顔を背けてしまった。そしてリチャードがゴードンを引きずりながらアメリアの前に現れた。
「その男は私の首を絞めた男。まさかベアトリスはダークライトに連れ去られたの?」
「アメリアすまない。油断していた。コールがベアトリスを連れて行ってしまった」
アメリアは、ショックで全身の力を失いバランスを崩し倒れると、パトリックとヴィンセントが慌てて支えた。近くにあったソファーにアメリアを座らせる。
アメリアは頭を抱えながら嘆いた。
「どうして、こんなことになるの。あなたたちが一緒にいながら何をしてたの」
ヴィンセントが下を向きながら弱々しい声で事の発端を説明し出した。そしてリチャードの鉄拳が飛ぶ瞬間パトリックがヴィンセントの前に立ちはだかり庇っ た。
「いえ、これはヴィンセントだけの責任じゃありません。真実を洩らした僕にも責任があります。どうか今は落ち着いて下さい。まずはベアトリスの救助が先です」
「いや、責任は私にもある。変化を目の前にしながらコールの計画を見抜けなかったのは私の過失だ」
リチャードも拳をおろし悔やんだ。
「責任はどうでもいい、とにかく早くベアトリスを救って。このままじゃ殺されてしまう」
アメリアは発狂しそうになりながら、目に涙を一杯溜めていた。
「とにかくコイツを起こさないと」
パトリックはデバイスを取り出し、それから出る光をゴードンに向けた。
全く明かりのない豪邸の前でベアトリスを乗せた車は停まった。大きなその屋敷は暗闇で何かに取り憑かれた雰囲気を持ち、ベアトリスは息を飲んだ。心に浮かんだ感情は素直に怖い──。
「まだ話が聞きたいんだろ、だったらついてこい。次はもっと面白いものが見られるぜ」
コールはすーっと暗闇にすいこまれるように豪邸の中に消えていく。辺りは闇そのものだった。
時折風が吹くと草木がすれた音に脅かされ、ベアトリスもドキッとし た弾みでコールの後について行っ た。
大きくて立派な建物だが、外見と同様、中も古ぼけてどこをみても不気味だった。床には大きく何かをこぼした黒ずんだ染みが浮き上がってみえた。
深く考えないように急ぎ足でコールの側についた。
コールが案内した部屋へ入ると、薄暗いが蝋燭の光がぼんやりと部屋を照らし、ベッドに人が寝ている姿とその側で女性が座っているのが見えた。
「あっ、意外と簡単につれて来たんだね。その子がベアトリスなんだね」
マーサがベアトリスの前に立ちまじまじと顔を見つめた。ベアトリスはたじろぐ。
「こいつはマーサだ。俺はちょっとこれから支度があるので、それまでこいつと退屈しのぎに話してな」
「一体何をするつもり?」
ベアトリスはここまで来ておいて後悔で一杯だった。
「まあ、みてなって。さてこの体ともお別れか。まあ今となってはそんなに悪くもなかったかな」
「そうだね、なかなかよかったかも…… なんていったら不謹慎かい?」
マーサは意味ありげな笑いを見せていた。
ポールの姿はこれで最後と、コールは左手の黒い輪っかのようなものを外し、寝ている本当の自分の腕につけた。そのとたんにポールの体から黒い気体のようなものがすーっと出てきて横たわっているコールの体へとすっと入り込んで行った。
ポールの体は気を失ったようにバタンと床に倒れた。その瞬間、寝ていたコールの目がぱっと見開いた。
「コール!」
マーサが嬉しさのあまり名前を叫んだ。
ベアトリスは何が起こっているのかわからずに、ただ驚いて息を飲んだ。床で転がってるポールが死んだように見えて、怖くなって青ざめていた。
「くそっ、長いこと自分の体を留守してたら、思うように動かせない」
「落ち着きな、コール。すぐ元通りになるよ。慌てることないじゃん」
「マーサ、ベアトリスが退屈しないように、過去の記憶を呼び覚ましてやってくれ」
マーサは了解と、水晶玉を取り出した。
「あんた記憶をリチャードに塗りつぶされてるんだろ。その闇を取り除いてやるよ。あいつ酷いよな。あんたの両親を殺した上に、過去の記憶を封じ込めちゃうんだから。さすがダークライトの帝王だよ」
「ほんとにヴィンセントのお父さんが私の両親を殺したの?」
「ああ、あんたのボーイフレンドの記憶を見たことがあるんだけど、彼はしっかりその様子を見てた。ついでにあんた、眼鏡をかけた冷たい感じのする女に殺されかけてた」
「えっ、アメリアが私を?」
「とにかくそこのソファーに座りな。あんたかなり色んな奴らにコントロールされてるみたいだね。可哀想に」
ベアトリスはマーサに体を押されて、よたつくようにソファーに無理やり座らされた。マーサもその隣に腰掛け静かに笑いを見せると、いいことなのか悪いこ となのか判らずベアトリスは強張った顔になった。
水晶を目の前に見せられそれが怪しく光る。何度も自分に向けられたので、それを持てという意味だと気がつくと、恐々と受け取った。両手で水晶を抱え、マーサもベアトリス の手を包むように上から抱え込んだ。
二人は一緒に水晶を持った。光が二人の顔を照らし青白く暗闇の中で浮いて見えた。
「いいかい、リラックスするんだ。ほら、見てご覧、あんたの手から黒い影が水晶に吸い取られてるよ。かなりの強い闇だ。でもこの闇、私には美味しいんだ。 これが私の力を強くしてくれる」
水晶が真っ黒くなっていくと光がさえぎられたが、うねる煙のような闇の隙間からところどころ光が洩れていた。それに反応するかのようにベアトリスの記憶が蘇り色んな場面が洩れる光に合わせてフラッシュしだした。
子供の頃のヴィンセントの顔。初めて会ったときのこと。一緒に遊んだ夏。そしてヴィンセントの母親の死の場面とヴィンセントが怒りをコントロールできな くて自分が必死で抱きしめていたことも思い出し、全ての記憶が繋がった。
ベアトリスは目を瞑り、じっと動かなかった。水晶を持つ手が震え、そして涙が頬を伝わる。
「私にも見えるよ、あんたの記憶。あんたあのボーイフレンドより、リチャードの息子が好きなんだね」
マーサの指摘でベアトリスは反射的に目を開け突然立ち上がり、水晶玉から手を離して落としそうになった。マーサが慌てて掴んだ。
「ちょっと気をつけてよ。これがないと私商売できないんだから」
ブツブツと文句をいっていた。
その時、ベッドからコールが起き上がった。