時計の針はプロム開始の時間に刻々と迫っていった。
参加するものは心躍らせてドキドキしているというのに、支度するギリギリまで自分の部屋のベッドの上で寝転がり、ベアトリスだけは時計を見つめてため息を一つこぼしていた。
「ベアトリス、そろそろ支度しないと間に合わないわよ。早く私の部屋にいらっしゃい」
いつまでも準備をしようとしないベアトリスをせかすようにアメリアが呼びに来た。
ベアトリスは立ち上がり、アメリアの部屋へ向かった。
パトリックがその様子を見ながら廊下でニヤニヤしているとアメリアは忠告する。
「いい、準備が完全にできるまで、覗きはだめよ」
「はいはい。その時を楽しみにしてますよ」
アメリアはベアトリスを自分の部屋に入れ、気合を入れるような眼差しを向けニコッとした。自分以上にテンションが高くなってるのを見ると、ベアトリスはアメリアが自分の代わりにプロムに行けばいいのにと思ってしまった。
アメリアの手伝い方は、プロのスタイリストかと思う程、爪の手入れ、髪のスタイリング、そしてメイクと全てをこなす。
ベアトリスはベッドに腰掛け、されるがままになっていたが、無表情で感情が抜け落ちていた。
時々部屋の隅にある壷に目をやっては、自分の知ってはいけない真実に悩まされ心を締め付けられた。
「どうしたの? 全然楽しくないみたい。何かあったの? もしかして…… ヴィンセントのこと?」
アメリアは手元を止めて、心配そうにベアトリスを見つめた。
「ううん、ヴィンセントのことはもうどうでもいいの。もう忘れた。今はパトリックのこと真剣に考えてるわ」
ベアトリスは目を少し伏し目にして寂しげに語る。アメリアにはそれが無理をしていることくらいすぐに判った。
だが、助言も確認も何もできない。重苦しい空気を吸いながらアメリアは苦しいながらもそれでいいと肯定するしかできなかった。
「そう、ベアトリスがそう決めたのなら、私も何も言えないわ」
「アメリアは一度学校に来たことがあったね。私の友達を知っておきたいとかいって、私が、ジェニファーとヴィンセントを紹介したんだよね。今だから言うけど、アメリアはあの時ヴィンセントにあまりいい印象を持ってないように見えたんだ」
「そうだったかな。親代わりとしては異性の友達はやっぱり警戒してしまうところがあったのかもしれない」
「アメリアはいつも私に対して何かを心配していた。だけどパトリックがやってきたとき、あんなに警戒していたのに、あっさりと彼のこと気に入っちゃったんだね。それだけパトリックが信用できるって思ったんでしょ」
「そうね、彼の両親とは面識があったし、パトリックも全く知らない子ではなかったわ。それに暫く一緒にいたから彼のことよく見えたっていうのもあるわ」
「そっか、だから結婚を認めたってことなのか」
アメリアは言葉を失い、手元が完全に静止した。
「私、偶然書類を見ちゃったんだ。最初はショックと怒りで裏切られた気持ちになったけど、今はそれでもいいかって思ってるんだ。私みたいな何もできない人 間にはもったないくらいのいい話だよね。しかもパトリックは私のこと好きでいてくれてとても大切にしてくれる。こんないい条件ほんとないよね」
「ベアトリス……」
「私がここを出たらアメリアも楽になるよね。だから私、パトリックと……」
ベアトリスが言いかけたことを我慢できず、畳み掛けるようにアメリアは言葉を発した。
「私は、親代わりとして書類を作ってしまった。あれは私にもしものことがあったとき、パトリックが適任だと思ったからなの。あなたの意見を無視してこんな ことが許されるなんて本当は思ってないわ。でも私はこれからのことを思うと、これももう一つの方法かもしれないってそう思ったらあの書類を……」
アメリア自身、矛盾を充分承知した苦しい言い訳だった。
「もう、いいの。アメリアを責めるために言ったんじゃないの。私も気がついたの。ヴィンセントとはすれ違ってばかりで、私が思うほど彼はなんとも思ってな いんじゃないかって。そう思うのは辛かったけど、これ以上苦しむのも嫌だった。だから距離を置くことにしたの。そしてもう一つ、きっかけになったことがあ る。それは私が背負ってるものがあるって気がついたこと」
アメリアの顔が真っ青になった。
「アメリアもパトリックも何かを隠してるんでしょ。私が知ったら困ること。私が問い詰めたらパトリックはいつか話してくれるって言ったけど、彼のあまりにも真剣な態度でそれを知るのは私には耐えられそうもないって直感で感じたの」
アメリアはただ驚いていた。ベアトリスがここまで知って、自分に話してくるのが恐怖でならない。逃げ道がないと追い詰められていくようだった。次第に目も赤くなり、涙が溢れ出しそうになってきた。
「アメリアのそんな表情を見てたらやっぱり隠し事があるんだってまた確信しちゃった。よほど私が知っちゃいけないことなんだね。だったら私も知りたくない。このままでいたい」
「ベアトリス、本当にごめん。ごめんなさい」
アメリアはとうとう泣きだしてしまった。そしてベアトリスを抱きしめた。
「以前なら知りたいって無理にでも聞き出そうとしたかもしれない。だけど私、これ以上何かを抱え込むともう耐えられないんだ。ずっとずっと体に鉛を抱えて いるような気分なの。だからもう私も聞かないし、私が放棄したんだからアメリアも隠してるからとか罪悪感なんてもたないでね。あっ、こんなことしてたら遅れちゃう。早く準備しなくっちゃ。アメリアも泣いてないで最後まで手伝って」
アメリアはぎゅっと唇を噛んで落ち着こうとしていた。ベアトリスはそれすら目をそらし、もう何も考えないことにした。
ベアトリスの思考回路は遮断されたように、都合が悪いことだけは排除された。そしてどんどん心から感情が消えていく。無理に笑うことすらできなくなっていくよ うだった。
楽しいはずのプロムのドレスアップだが、アメリアはただ必死でベアトリスを着飾っていた。
ベアトリスはどこを見ているのかわからない焦点をぼかした瞳で黙って従っていた。
そこにはワクワクするような気分など見当たらない。ベアトリスもアメリアも言葉を交わせず沈黙が暫く続いた。
準備が整ったとき、アメリアはベアトリスをウォークインクローゼットの中の鏡の前に連れて行く。
「ほら、とてもきれいよ」
「ほんと、私じゃないみたい。ありがとう。アメリア」
光沢のある薄っすらとした優しげなピンク色のドレス。肩は露出され、胸のふくらみが強調される。下は沢山のレイヤーがあるふわっとしたフレアタイプのドレス。アクセントに大きなリボンが左前についていた。
「ベアトリス、今日は思う存分楽しんでらっしゃい」
「うん。判ってる」
ベアトリスは安心させようと一生懸命に笑おうとするが、それは却ってアメリアを苦しめた。我慢できずに、ベアトリスを強く抱きしめてしまった。
「アメリア、大丈夫だから。もう忘れよう。私がそれでいいって言ってるんだから、アメリアは何も気にすることはないんだって」
ベアトリスはもう一度鏡の中の自分を見つめる。ドレスアップした姿は別人だった。
虚ろな目でみる自分の姿は、表面はきれいに飾り立てても、中身は空っぽで空疎に見えた。
しかし自分が選んだことに、もうとやかくいうこともなかった。
全ては流されるままに、そして自分という自我を閉じ込めた。
居間では黒のタキシードに着替えたパトリックがそわそわしながら待っていた。
部屋のドアが開く音がすると、ぱっと目を大きく見開きその瞬間を楽しみにドキドキしだした。そして後ろを向いて大人しく立ち自分の襟元を正して、にやけていた。
「パトリック、お待たせ」
ベアトリスが声を掛けると、ゆっくりとパトリックは振り返る。その瞬間、声を失い、ベアトリスに目が釘付けになり動かなくなった。
「パトリック? どうしたの? もしかして気に入らなかった?」
「違うよ。その反対。あまりにも美しいから、僕、その、心臓止まった気分」
「ありがとう。パトリックもとても素敵」
パトリックはピンクのバラの花をあしらったコサージュをベアトリスの左腕に飾り付ける。ベアトリスも赤いバラのブートニアをパトリックの襟元につけた。
アメリアが二人の姿を写真に収めていた。
「二人とも本当に素敵よ」
「それでは、責任を持ってベアトリスを今夜預からせて頂きます」
パトリックは真面目な顔つきで、アメリアに訴える。最後まで紳士的でいると誓っているようだった。
二人は車に乗り込み会場へと向かった。
プロムがある日は、着飾ったカップル達が団体でレストランや誰かの家に集まってパーティが始まる前に先に食事を済ませたり、本番の前のウォーミングアップで友達と軽く騒ぎあう。至る所で華やかなドレスやタキシードに身を包んだ高校生達を見かけることも多い。
リチャードも外で仕事中、着飾った高校生達を見かけていた。
自分の息子もプロムに参加してるんだと軽く同僚と話しているときだった。
事件の連絡が入り、緊張感が走った。現場に出かければダウンタウンの近くの川に死体が上がっていた。損傷が激しかったが、リチャードはダークライトの残り香を一瞬で感じ取った。
鋭い目つきで、目の前の遺体を隅々まで見渡す。遺体は鑑識に回さないと身元がわからないが、半信半疑になりながらも、急ぎ足で心当たりのある場所へとやってきた。
そこはザックのアンティークショップだった。店は閉店と書かれたサインが窓際に飾られている。中は荒らされた様子もない。
近辺の聞き込み捜査を開始すると、ザックの店はここ数週間閉まったままだと知らされた。
「ザックは年も取りダークライトでも全く力をなさないタイプだ。まさか何かコールと関連性でもあるというのか」
リチャードは更にマーサの店へと足を運んだ。
リチャードは自分の勘を頼りに確認を急いだ。
「ベアトリス、会場に着いたよ。なんだか僕も緊張するよ」
パトリックがホテルの駐車場に車を停める。辺りは同じように駐車し、車から出てきた着飾ったカップルが駐車場の暗いコンクリートの建物の中で花を咲かせたように目立っていた。
パトリックが先に車を降り、助手席に回るとベアトリスの車のドアを開け、手を差し伸べた。ベアトリスは彼の手を取り、覚悟を決めたように、力を入れて立ち上がった。
二人が会場に向かって歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「よぉ、ベアトリス! へぇ、なかなか、いかしてるじゃないか。いつものお前じゃないな。最後の…… いや最高の日にふさわしい艶姿だぜ」
ポールの皮を被ったコールだった。隣でアンバーが露骨に気を悪くしていた。早く行こうと催促するが、コールはベアトリスの側から離れたくないと、一緒に行動をしようとした。
これにはアンバーだけでなくパトリックも驚く。ベアトリスの手を握り、急ぎ足になった。それでもコールはぴったりとついてきた。
そしてホテルの会場の入り口に来たときだった。ベアトリスが目を見開いて突然立ち止まった。
目の前にはアイボリー色のタキシードを来たヴィンセントがクリムゾンのカクテルドレスを纏ったサラと一緒に会場に入ろうとしている。
ベアトリスは見なかったことにしたかったのに、パトリックが積極的にベアトリスをそこへ連れて行く。ヴィンセントがいることで賭けを思い出させようとしていた。
「パトリック、ちょっと待って。もうちょっとしてから会場に入ろう。今はその……」
ベアトリスの言葉など耳に入ってないように、パトリックはサラに声をかけた。
「やあ、サラだったよね。君も来てたんだ」
その言葉でサラとヴィンセントは振り返る。サラはパトリックの姿に惚れ惚れするような表情でにこやかになり、ヴィンセントを放っておいて、パトリックの側に寄って話しかけた。
ヴィンセントは少し離れてベアトリスの姿に暫し見とれていた。だがベアトリスはヴィンセントから目を逸らした。
後ろでコールが待機していた。アンバーは何が起こってるのかわからずそれぞれの様子を唖然とみていた。
ヴィンセントがベアトリスに近づくと、パトリックは顔をしかめた。
──なぜヴィンセントがベアトリスに近づけるんだ。
パトリックは辺りを見回すと、アンバーの存在に気がついた。アンバーが嫌な顔をしているのを見て、ベアトリスのシールドに影響を与えていると思い込んで しまい、本当の原因がサラだとはこのときまだ気がつかなかった。
「ベアトリス、とても美しいよ。あの時の白いドレスもよかったけど今日のドレスもかわいいね」
ヴィンセントが優しく微笑んで語った。
「あの時の白いドレス?」
ベアトリスは、はっとした。彼のアイボリーのタキシードには見覚えがあった。そして自分がその時白いウエディングドレスを着ていたのを思い出す。
──どういうこと。あの時の夢のことヴィンセントが知ってるなんて考えられない。でもなぜ……
ベアトリスが混乱しているとき、パトリックが意地悪い笑みを浮かべヴィンセントに向けた。
「サラ、紹介してくれないか、君のプロムデートを」
「ああ、この人はヴィンセントといって、ベアトリスのクラスメートよ。今回私がプロムに参加したくて無理に相手として私がお願いしたの。だって行きたい人と行けないから誰ともいかないとか言ってたのよ。勿体無いじゃない。だから、渋々って感じで無理に参加させちゃった」
それを聞いてベアトリスは驚いてヴィンセントを見つめた。ヴィンセントはその通りだと頷いていた。
パトリックは嫌な方向に流れる懸念を感じて、ベアトリスを自分の側に引っ張った。彼女は自分のものだとアピールしているつもりだった。
ヴィンセントはパトリックといつものように暫く睨みあってる間に、サラはベアトリスに近づき女同士を強調してさっさと会場に足を向けた。
大人しく先についてきたのはコールだった。慌てて、アンバーが駆け寄ると、ヴィンセントとパトリックもこんなことはしていられないと後を追いかけた。
会場の入り口に一歩踏み入れると、そこは舞踏会のように華やかに飾られ、着飾った人々でごった返しになっていた。
前にはステージも設けられ、催しの準備が整っているのか飾りや小道具が置かれ何かが用意されてそうだった。これからまさに大イベントが始まる雰囲気がどこを見ても伝わってくる。
大きなホールの中では6人掛けの丸テーブルが幾つも並べられ、それぞれ席についていた。アンバーがジェニファーを見つけ側に行こうとしてもコールは無視をしてベアトリスと一緒のテーブルについた。
「ちょっとポール、なんでこの人たちと一緒に座るのよ」
「仕方ねぇだろ、ジェニファーの隣にはブラッドリーがいるんだから。アイツ俺のこと恐れてるし、離れてやった方がいいんだよ」
アンバーはそうだったと諦めて、がっくり感が拭えなかった。諦めて大人しくコールの右隣に腰掛けようとさらに自分の右隣のパトリックに軽く会釈をして席に着いた。
コールの目の前にはベアトリスがいる。隣のアンバーよりもベアトリスばかり見ていた。アンバーは益々不機嫌になり、ベアトリスを見ては露に不快感を見せ付けて睨んでいた。
アンバーの負の感情のためにヴィンセントがベアトリスの側に来てもシールドが効かないと、側に座るアンバーにパトリックは苛立っていた。
サラはベアトリスに負の感情を持ってることをパトリックに悟られないことでアンバーに感謝したい気持ちだった。この計画がうまく行きそうとニヤリと笑っては目の前のパトリックをチラリと見つめた。
ヴィンセントは左隣に座るサラを飛び越えてベアトリスに熱い視線を送り続ける。この日何が起こるかもう後には引けないと最初から飛ばしてい た。
またそれを見たパトリックはヴィンセントの態度に心かき乱された。そして疑念が沸々とわいてくる。
──あいつ、何か企んでいるに違いない。サラも無理に頼んだとはいえ、自分のプロムデートが他の相手に気を取られて、どうしてあんなに平気で僕を見て笑っ てられるんだ。さっきはヴィンセントがプロムに参加した姿をベアトリスに見せることに気を取られて深く考えなかったが、よく考えたら、ディムライトがダー クライト と一緒に行動すること自体変だ。まさかサラも一枚噛んでるのか。
ヴィンセントの右隣にはコールが座っている。コールはパトリックとヴィンセントがベアトリスの取り合いに必死になってる様子に気がつき、最後に笑うのは 自分だと、二人を嘲け笑っていた。
ベアトリスはこのテーブルのメンバーに落ち着かず、ただ下を向いていた。そしてヴィンセントが言った言葉に惑わされていた。
──自分しか知らない夢なのに、ヴィンセントは知ってるような口ぶりだった。でも、あの時ヴィンセントが口にした言葉…… まさかそんなことありえない
閉じ込めていた思いがヴィンセントを目の前にしてまたくすぶり始める。
そして、プロムの開始。
会場が一気に盛り上がる中、このテーブルだけはベアトリスを見つめるそれぞれの目が怪しく光る。各々の計画のために──。
会場は色とりどりに着飾った高校生達が、各々の思いを抱き、いつもは味わえないパーティに酔いしれていた。
ステージでは催しが始まり、それに合わせて盛り上がる人もいれば、無視 して好き勝手に騒いでいる人もいたりと楽しみ方も人様々だった。
全てのものが正装しているために、パーティは格式高く、見る者全てが豪華で夢のような一時を過ごしている。
そう、誰もが楽しく過ごしているはずだった。しかしベアトリスが座るテーブルだけは違った空間のように重たい空気がどんよりと漂っていた。
パトリックは油断ならないとヴィンセントを警戒し、火花を散らせるように見つめている。
ヴィンセントは計画を成功させたいためにパトリックに注意を払いながら、平常心を装うが、時折ベアトリスを見つめては実行のときのことを考えると緊張感で目つきが真剣になっていた。
そこにコールがまた視線を投げかけていやらしく笑みを口元に浮かべている。
ただならぬ雰囲気が漂い、ベアトリスは落ち着かず下を向いていると、サラが話しかけた。
「ねぇ、ベアトリス、少し痩せたんじゃない?」
サラはベアトリスの体をまじまじ見つめて言った。
「そうかな。そうだったらいいけど」
「だけど、ベアトリスって結構胸あるんだね」
サラは少し嫉妬の目で眺めてしまう。自分でも気になって見てるくらいだったので、パトリックは当然ジロジロ見ていたと思うと、無性に悔しくなってきた。
それでもこの日の計画を無事に終わらせたいと、それだけを考えて無理に笑顔を顔に浮かべる。
二人が女同士の会話をしている最中も、パトリックとヴィンセントは気が抜けないとテーブルを挟んであからさまに睨み合っていた。
アンバーは仲良くない連中と同じ席に座っていることに不満を抱き、始まったばかりなのに折角のプロムが台無しだと嫌な顔をして、テーブルに肘を突き、頬に手をあて拗ねていた。
「アンバー、つまんなさそうだな。まだ時間もたっぷりあるし、それじゃ踊ってやろうか」
コールがそういうと、アンバーの顔は晴れやかになり、勢いよく立ち上がった。
「お前も来いよ、ベアトリス。そこのパートナー誘って。だけど本当はヴィンセントと踊りたいんじゃないのか」
これにはパトリックが憤慨した。即座に立ち上がり、コールの前に立ちふさがる。
「君、失礼じゃないか」
「パトリック、止めて! この人にかかわっちゃだめ」
ベアトリスが二人の間に入り、パトリックの体を押さえた。
「ポール、パトリックは私の大切な人なの」
ベアトリスの言葉に、パトリックはすぐに落ち着きを取り戻し、身を引いた。
「ふん、相変わらず煮え切らないぜ、お前は。正直になればいいものを」
コールはアンバーを連れてダンスホールへと向かった。
ベアトリスは何事もなかったようにパトリックしか見ていないという目を向けた。必死にパトリックが大切だと訴えている。
そしてパトリックの手を取り、自らダンスホールへと向かった。
サラはそれを危機感とばかりに眉間に皺を寄せて見ていた。
「ヴィンセント、気合を入れないといけないわよ。ベアトリスは本気でパトリックのことを考えているわ」
「えっ、どうしてそんなことがわかるんだ」
「ポールとかいう人の言葉に挑発されて、必死にそうじゃないと打ち消そうとしてる。目立つことが嫌いなベアトリスが自分からダンスホールにパトリックを連れて行ったのよ。これって、それだけムキになってパトリックとの関係を深めようとしてるっていうのがわからないの」
ヴィンセントは言葉を失った。
「だけど、あのポールって人、なんか怪しい。なんだろう、あの人、妙にベアトリスに絡んでくるというのか、ただの意地悪ってだけじゃない感じがする」
「あいつ、昔はあんな奴じゃなかった。太ってて自分に自信がなくて大人しかったのに、急に別人になっちまいやがった」
「だけど、今はあいつのことを議論してる場合じゃないわ。勝負はこれからよ。それに今が飲み物に睡眠薬を入れるいいチャンス」
サラはホテルのスタッフに手を上げると、新しい飲み物を持ってこさせた。テーブルに赤いカクテルを思わせるような飲み物の入ったグラスが置かれた。ヴィ ンセントは辺りを見回し、ばれないように気を配りながら、パトリックとベア トリスのグラスにサラが薬を入れるのを手助けした。
薬は赤い液体の中で怪しく混ざり合う。ヴィンセントとサラにだけ毒薬の様に見えた。
「後はあの二人がこれを飲み干すように仕向けないと」
サラがそう言うと二人はグラスを静かに見つめていた。
ベアトリスはパトリックをダンスに誘ってみたものの、どうしていいのかわからなかった。焦りながら気まずい思いを抱き、苦笑いして誤魔化していると、パトリック が大丈夫だと微笑み、ベアトリスの腰に手を回し体を左右にゆっくりと動かした
「僕の腰に手をまわして、僕に合わせるように体を動かしてごらん。それだけで踊ってるように見えるから」
背筋が伸びたパトリックは優雅に体を動かす。踊ることよりもベアトリスと二人で密着して向かい合ってることの方が嬉しいとばかりに笑っていた。
パトリックの笑顔にベアトリスも次第とリラックスしていく。
──パトリックに合わせてついていけば本当に楽だ。
そう思ったとき、またコールがアンバーと踊りながらわざと絡んできた。
「さっきは変なこと口走ってすまなかったな。あまりにもベアトリスがじれったいから、つい意地悪してしまった。だけどあんたはなんでベアトリスが好きなんだ。彼女に隠された魅力でもあるのか。例えば自分の利益になるとか」
ニヤリと意地悪い笑みを浮かべてパトリックを挑発する。
「君は謝りながらも、とことん失礼な奴だな。君の質問に何一つ答える義務はない」
「まあ、いいさ。ベアトリス、その男には気をつけるんだな」
「気をつけるのは君のことのようだが」
「それも、そうだ。一番気をつけるのはこの俺様だ。そうだった。ははははは」
コールは愉快とばかりに大笑いする。
パトリックは頭のいかれた奴だと軽蔑の眼差しを向けた。
アンバーはコールに合わせながらも、この状況にどう反応していいのかわからず、困惑したまま黙って踊り続けていた。
ベアトリスは、コールが以前言っていた言葉を思い出し、妙に気になり始めた。
──あの人、私のことについて何かを知っていて、そして悩みを解放してやるとか言っていた。こんなにも絡んでくるのは何か意図があってのことなの? だけど利益になるってどういうこと?
ベアトリスが沈んだ顔になっているのをパトリックが気づくと踊るのをやめた。
「大丈夫かい。僕が無理に頼んだばっかりに嫌な思いさせてしまったね」
「そんなことない。こんなにきれいに着飾って、パトリックと一緒に来れたんだもん。よかったと思ってる。パトリックは頼れるし、一緒にいてて安心す る。本当にありがとう」
ベアトリスの笑顔を見ると、パトリックは事をはっきりさせたくなり話を切り出した。
「一つ聞いていいかい、ベアトリスが思いを寄せていたのは、あのヴィンセント…… って男なんじゃないかい」
パトリックは、初めて事実を知ったフリをする。
「もう隠す必要もないから正直にいうと、その通り。でももういいの。私はパトリックの側に居たいから、彼のことはどうでもいいの」
「えっ? それは本当かい」
「うん」
「それじゃ、結婚のことも」
「前向きに考えてる。あっ、だけど、今すぐにはちょっと、まだ高校生だし」
「ああ、式は先でもいい。君が側にずっといてくれるなら」
あまりの嬉しさに、パトリックは飛び上がって発狂しそうになった。それを必死に押さえるが、顔のにやけが止まらない。
暫く二人の世界に浸り見つめて突っ立っていると、混み合ったダンスホールでは邪魔だとどんどん端においやられ、仕舞いにはフロアーから追い出されていた。二人は居場所がないと笑ってしまい、そして席に戻ることにした。
席に戻ると、パトリックはヴィンセントに勝利の笑みをきつく投げかけ、ベアトリスの手を握ってわざと見せ付けた。
ヴィンセントはパトリックの策に冷静さを失い焦りを感じ、テーブルの下で片足をゆする。サラが足で軽く蹴っては落ち着けと牽制していた。
サラにもこの状況は耐えられない。望みの綱はヴィンセントの行動にかかっていると思うと、年下でありながらも司令塔のように指図をせずにはいられなかった。
ヴィンセントもサラも睡眠薬が入ったグラスに視線を注ぐ。
早く飲めとどちらも心の中で願っているが、パトリックもベアトリスもそのグラスに見向きもしなかった。
時間だけが刻々と過ぎ、グラスの氷も溶け出した。
痺れを切らしたサラは次の作戦を考える。
「ねぇ、乾杯しようか」
サラは自分のグラスをもちベアトリスに向けた。
「何に乾杯するの?」
ベアトリスは、ただ合わせてグラスを持つが、あまり乗り気ではなかった。
「とにかくなんでもいいわよ。折角のパーティなんだから」
サラは無理にベアトリスのグラスに自分のグラスをぶつけ、そしてパトリックにも催促する。
パトリックも圧倒されて一応グラスを手にして、サラのグラスと合わせた。
サラはヤケクソになって飲み干すが、ベアトリスもパトリックも唖然とそれを見ているだけで一向に飲まない。
イラッとしながら、サラはまたヴィンセントの足をテーブルの下で蹴った。
ヴィンセントも何とかしなければと自分のグラスを手にして宙にあげる。
「今夜という日が素晴らしい日となるように、僕も乾杯」
ヴィンセントがそういうと、パトリックはそれにのせられてニヤリと笑った。
「ああ、そうだな。今夜は本当に素晴らしい日だよ。特にベアトリスと僕にとっては。乾杯しなくっちゃな」
パトリックはベアトリスとグラスを合わせた。
ヴィンセントはパトリックの鼻の付く態度に腹を立てながらも、とにかくそれを飲めと歯を食いしばって耐えていた。
そしてパトリックが飲み始めると、ベアトリスもつられて飲みだした。
ヴィンセントもサラも固唾を呑んでその様子を見ていた。
その時パトリックはふとこの状況がおかしいことに気がついた。
──ちょっと待て、今ここにベアトリスに負の感情を持っているあの女性がいない。しかし、なぜヴィンセントはこんなにベアトリスの近くで平然としていられるんだ。まさか、負の感情を持っているのはサラなのか?
パトリックは半分も飲まないうちにグラスを置いた。
ヴィンセントはチェッと小さく舌打ちする。
ベアトリスも全てを飲み干してないことにサラも焦りを感じ出した。もう勢いで実行するしかないとサラが立ち上がった。
「ベアトリス、ちょっと付き合ってくれない」
「ちょっと待って、どこへ行くんだ」
パトリックがサラに警戒の眼差しを向けた。
「やだ、女性にそんなこと聞くなんて。もちろん化粧室に決まってるでしょ」
パトリックが何も言えないまま、サラはベアトリスの手を取って無理やり引っ張っていった。そしてヴィンセントに何かを伝えるような視線を投げかけた。計画の実行の合図だった。
残されたヴィンセントとパトリックは対峙し合う。
「正直に話せ。何か企んでいるんじゃないのか」
パトリックが噛み付かんばかりに攻撃の目を向けた。
「なんのことだ」
「なぜベアトリスの側に平然とお前がいられるんだ。サラが負の感情を持ってるからじゃないのか」
「だったらどうなんだよ」
「それを利用してお前が何か企んでいるってことじゃないのか」
「俺は別に何もしてないじゃないか」
「ああ、今はな。でももう何をしたところで無駄さ。ベアトリスは僕の側にいたいと言ってくれた。それに僕との結婚を前向きに考えてくれている。だからもう僕たちの邪魔をしないでくれ」
「俺はまだ彼女の口からは何も聞いていない。お前が諦め悪いように、俺も諦めが悪いものでね」
二人が険悪な雰囲気の中、コールとアンバーが席に戻ってきた。
「おっ、なんか一触即発って感じだな。ところでベアトリスはどうした?」
「トイレ!」
ヴィンセントとパトリックは声を揃えて言った。二人はお互いを殴り飛ばしたいほどに苛立っていた。
その頃、リチャードはマーサの店のドアを叩いていた。
怪しげな色合いに光るネオンのサインの電源が入っていない。ドアノブをガチャガチャするが中から何の応答もなかった。
気を研ぎ澄まし、辺りにダークライトの気配が残ってないか確かめ、うろうろしていたときだった。
近辺に住んでいる年寄りのおばあさんがお節介に声をかけ てきた。
「あんたマーサのいい人かい?」
「いえ、私はただの知り合いでして」
「どうでもいいけど、マーサは今若い男に夢中だよ。しかも高校生くらいのね。今日もデートなんじゃないかな。昼間も来ていたようだ」
「高校生?」
「ああ、最近頻繁に現れていたよ。私もね、あまりにも若い男の子だったからちょっと気になって観察してたんだけど、その子もマーサに恋をしてからなのか最初は太っていたのに、急に痩せ出して、かなり体が締まっていったよ。恋はマジックだね」
「痩せた? ばあさん、その高校生だけどどんな感じの子だ」
「そうだね、ちょっと人を小馬鹿に見るようなきつい目つきで、体が締まってからはフットボール選手みたいになってたね」
「まさか…… 」
リチャードは顔を青ざめた。
──あの遺体がザックだとしたら、コールはザックを使ってノンライトに成りすまし、ヴィンセントに近づいた。そしてザックは口封じに殺された。そう考 えればヴィンセントが言っていた絡んでくる奴がいると言う話の辻褄が合う。アイツはヴィンセントから情報を得ようとしてたんだ。あのときアメリアが言って いたコールの姿を見たときの話もバックミラーを通じてだった。なぜ気がつかなかったんだ。ザックが力のないダークライトだと思い込みすぎて見落としてい た。油断していた。なんてことだ。
自分の思っていることが正しければベアトリスが危ない。慌ててプロムが開かれているホテルへとリチャードは足を向けた。
ベアトリスはサラに引っ張られてホテルのエレベーターに乗せられた。
「どこへ行くの?」
「実は部屋を取ってあるの。ほらこんな格好でしょ、お化粧崩れにも気を遣わないといけないし、大人数のパーティだとトイレって混み合うから、ゆっくりできるように個室のトイレを確保したって感じね」
ベアトリスは唖然と聞いていた。
エレベーターが止まると、サラは真剣な顔になり、部屋へ向かう。ベアトリスはただ言葉なく後をついていった。
カードキーを差込みドアを開け、二人は部屋へ入る。サラの緊張感が高まり、事がうまく行くことを願いベアトリスを見つめて静かに微笑した。
ベアトリスは何も知らず、部屋を見渡した。
クィーンベッドが一つあり部屋の真ん中辺りに置かれている。ベッドの前には引き出しつきの棚、その上には大きなテレビも置かれ、窓際には小さなテーブル とゆったりと座れる椅子が二つ置かれていた。その端にはデスクがあった。
壁紙や絨毯の色合いも暖かみのある暖色で落ち着き、高級感が漂っていた。
「きれいなお部屋なんだね」
ベアトリスが窓際に寄って景色を眺めている。そして大きく欠伸をした。その欠伸をサラは見逃さなかった。
「ベアトリス、ちょっと疲れたんじゃない? 時間かかるかもしれないからベッドで少し横になってていいよ。それじゃ、バスルームでちょっと身支度してくるね」
サラがバスルームのドアをバタンと閉めると、ベアトリスはベッドの端に腰掛けた。座りながら窓の景色を見ている。
そしてまた欠伸が出て、それが短い間隔で何度も出るようになってしまった。
「やだ、なんか眠たくなってきた」
堪えようとするが、強い睡魔が瞼を重くする。何度抵抗しても、その眠気は決して追い払えなかった。そして10分経ったころには、ベッドに体を横たわらせ眠りについていた。
バスルームのドアをそっと開け、サラはベアトリスの様子を見る。ベッドに倒れこんだように横になっているベアトリスを見ると、息をふぅーっと吐いた。
「薬が効いたみたいね。だけど、あまり長く持ちそうにないわ」
サラはベアトリスの足をベッドに乗せ体をごろんと押してベッドの中央付近に来るように寝かせてやった。横向きになりベアトリスは無防備に眠っていた。
「これを見たらヴィンセントは理性を保てないかも」
そんなこと言ってる暇はないと、サラは大急ぎで会場に戻って行った。
同じ頃、ヴィンセントと睨み合いを続けていたパトリックが睡魔に襲われ、こっくりと何度も首をうなだれ始めた。
ヴィンセントが静かに笑う姿が何重にもダブってみえていた。
「くそっ、急に眠たくなってきやがった。しかも抵抗できないくらい、体が沈むように眠たい。ヴィンセント、まさかお前、飲み物に何かいれた…… ん じゃ……」
パトリックは立ち上がろうとするが、突然がくっと電池が切れたロボットのようにテーブルの上に顔を伏せて崩れた。
ヴィンセントは静かに立ち上がり、テーブルを後にする。
「おい、ヴィンセント、どこへ行くんだ。お前こいつに何をしたんだ」
ヴィンセントはコールを無視した。そしてこれからが本番と気合を入れた。
ホテルの廊下でサラと出会う。言葉を交わさず、目だけで合図をしてすれ違った。
テーブルにサラが戻ってくると、コールは怪しげに見ていた。
「おい、ベアトリスはどうしたんだ?」
「あら、先に戻ってるっていってたけど、まだ戻ってなかったのね」
サラはパトリックの側に寄り、辺りを見回してホテルのスタッフを呼んだ。
「ん? お前ら一体何を企んでいるんだ。ベアトリスはどこなんだ」
サラもまたコールを無視をする。そしてホテルのスタッフが二人が現れると、パトリックの腕をそれぞれの肩に抱えてどこかへと運ぼうとしていた。サラはその後をついていった。
「ちょっと待てよ」
コールが立ち上がろうとすると、アンバーが彼の腕を掴み、睨みつけた。
「もう、いい加減にして、私がプロムデートなのに、ベアトリスのことばかり。もう我慢ならない。最後まで私に責任もって付き合ってよね」
「おい、放せよ」
「嫌っ!」
アンバーも必死ですがりついていた。
上昇中のエレベーターの中でヴィンセントはタキシードの襟元を正した。これからが勝負と、強張った表情でかなり緊張している。
エレベーターが止まり、ドアが開く。それぞれのドアの部屋番号を確認しながら、サラから予め与えられたカードキーを持つ手に力が入った。
そして頭に描いていた番号と一致するドアの前に立つ。一度大きく深呼吸をしてカードキーを挿入し、カチッとロックが解除された音と共に、ドアノブ附近に付いていたビーズほどの小さなランプが赤から緑へと変わった。
息を飲んでドアをそっと開けた。
心臓がドキドキと激しく高鳴り痛いほどだった。ベアトリスのシールドも働き体も締め付けられる。それをぐっと堪えて、部屋に進入──。
ベアトリスが何も知らず眠らされてベッドに横たわっている姿が目に飛び込むと、罪悪感が突然襲い一度顔を背けてしまった。
息苦しくなり、蝶ネクタイを外した。
体をくの字にかがめながら、暫く顔を背けたままだったが、過去に二度ベアトリスに近づけても満足に何もできなかったと思うと、ヴィンセントは腹の底から力を込めて覚悟を決めた。
ベアトリスと向かい合い、右手をあげて、指をパチンと鳴らすと、青白い炎がベアトリスに放たれた。
あっという間に青白い炎はベアトリスを包み込み、体の中のライトソルーションを激しく燃やしていく。
ごくりと唾を飲み込み、ヴィンセントは不安になりながら燃えるベアトリスを静かに見つめていた。
ベアトリスは何も気がつかず、炎に覆われながらも安らいで寝ている。やがてその火は勢いをなくし、そしてすっと消えていった。
ヴィンセントはゆっくりとベアトリスに近づき、苦しくないのを確認した。
ベアトリスの頬に触れようと、手を伸ばす。その手は神聖なものに触れるかのように恐々と震えていた。
温かく柔らかい頬に触れると、ほっとした笑みが自然とこぼれたが、次の瞬間突然表情が厳しくなった。それが何を意味しているか、ヴィンセントにはよくわ かっていた。
ベアトリスがもっとも危険な状態。
もう後には引けない、そして失敗もできない。このチャンスを逃せば、ベアトリスはパトリックのものとなってしまう。
相当な覚悟を持ち、ヴィンセントは暫くベアトリスの顔を眺めていた。ベアトリスが目覚めるその時を静かに待った。
パトリックが二人のホテルのスタッフに抱えられ、エレベーターに乗せられようとしているときだった。
突然ぱっと目が覚め、抱えられている手を払いのけた。
一瞬のうちに置かれている立場を把握する。
「何をするんだ」
パトリックは少しふらつきながら、普段見せない恐ろしい怒りの目を側に居たサラに向けた。
「卑怯じゃないか。飲み物に薬なんか入れて、僕を眠らせるなんて。ベアトリスはどこにいる。ヴィンセントは? まさか、あいつベアトリスを眠らせて手を出そうとしてるんじゃ」
サラは血の気が引いた。睡眠薬入りの飲み物を半分しか飲んでないとはいえ、異常な程に効き目が短かったことに計算が狂った。
サラの誤算だった。パトリックはベアトリスと一緒に住んでいる間、ライトソルーションの影響を受けたバスルームで、ベアトリスと同じように表面から吸収 していた。普通のディムライトよりも摂取量が増え、その能力も増し、薬の効き目も効果が薄れた。
サラはその場で崩れるように泣き出した。何度もごめんなさいと繰り返した。パトリックに嫌われてはもうお終いだった。
パトリックは機転を利かす。脅してはいけないと急に優しい態度を見せ、サラに近づき肩に軽く手を置いた。
「サラ、落ち着くんだ。全てはヴィンセントが企んだことなんだろう。君は利用されただけなんだ。ベアトリスはどこにいるんだ。お願いだから教えて欲しい。 正直に答えてくれたら僕は君の事を許すよ」
パトリックの巧みな言葉にサラは呑まれ、部屋のカードキーを渡し、フロアーとルームナンバーを呟いた。
パトリックはそれを受け取り、エレベーターのボタンを押して、開いたドアに滑るように乗り込み、フロアーのボタンを拳で叩いた。
上昇する間、フロアーの数字を睨みつける。目的の階につくと、ドアが開く前から真正面に立ち、少しの隙間をこじ開けるように飛び出した。
慌てて、つんのめりそうに走りながら言われた部屋の番号を見つける。そしてカードキーを差込み、部屋に入り込んだ。
物音に驚きヴィンセントが振り返ると、そこにはパトリックが恐ろしい表情で立っている。計画の失敗に髪が逆立ちそうなぐらい驚き、ヴィンセントは目を大きく見張っていた。
パトリックはベッドに横たわるベアトリスの側でヴィンセントが立っているのを見ると、腹の底から煮えくり返った怒りが噴出する。
「ヴィンセント、なんて卑怯な。見損なったぜ」
パトリックはヴィンセントに近づき、殴りかかろうとすると、ヴィンセントは素早く避け、パトリックの腕を掴んだ。
「くそっ! あっ、お前、ベアトリスのシールドを……」
ヴィンセントがベアトリスの側で平然としていることにパトリックがすぐに気がついた。
「ああ、解除したよ。こうするしか俺はベアトリスに近づけない」
「お前、何をやってるのかわかってるのか」
「ああ、判ってるさ。何もかも承知の上さ」
パトリックはもう片方の手で殴りかかろうとするがどちらもヴィンセントに掴まれ手の自由を失った。
「放せ」
「殴られるのはごめんだ」
二人が怒りをぶつけ言い争いに気をとられているとき、ベアトリスは目が覚めるが、暫く状況を把握できずにベッドでぼーっと横たわっていた。
──あれ、ヴィンセントとパトリック?
「卑怯なことをしておいて、何が殴られるのはごめんだ。やはりお前はダークライトだ。やり方が汚すぎる」
──ダークライト? どっかで聞いたことがある。
「ディムライトのお前だって卑怯なところがあるだろうが。お前の親がベアトリスの正体に気がついたとたん彼女の親に金と権力を見せびらかせてその地位を約 束し、ベアトリスの意思も無視して親同士で勝手に婚約させちまいやがった。地位を手に入れるためなら手段を選ばない。そしてお前もホワイトライトの力が欲 しかったんじゃないのか。だから親の言いなりになって婚約した」
──ディムライト? 私の正体? ホワイトライトの力が欲しくて婚約?
「違う、僕はお前があの夏現れる以前からずっとベアトリスのことが好きだった。お前があの夏僕たちの町にやってこなければ、ベアトリスはこんなことにならなかったんだ。全てはダークライトのお前のせいだ」
──あの夏、ヴィンセントが町にやってきた? どういうこと?
「全ては俺が引き起こしたことなのは認める。だが俺もベアトリスがホワイトライトだと気づく前から彼女のことを好きになっていた。ずっとずっとその気持ち を抱いて今に至る。だが、俺がダークライトのせいで、彼女に近づけなかった。不公平じゃないか。彼女のシールドを取り除かない限り、俺は近づくことも自分 の気持ちも伝えられない。それなのに、お前はアメリアの弱みに付け込んで、ベアトリスとの結婚を認めさせた。そっちこそ卑怯じゃないか」
──二人は何を言ってるの。
「それは自分の都合だろ。そこまで僕に責任転嫁されても困るぜ」
「俺が近づけないことを良いように利用してそう仕向けただけだろ。俺がベアトリスと意識を共有したとき、彼女は俺を抱きしめてくれた。そして意識が戻ったとき一番に俺の名前を呼んだのをお前も聞いたはずだ」
「ヴィンセント、見苦しいぞ。それは過去のことだ。今は違う。今は彼女は僕を選んだんだ。それに、お前の父親がベアトリスの両親を殺したこと知ったらどうなると思う」
──ヴィンセントのお父さんが私の両親を殺した?
「違う。親父は誰も殺してなんかいない。あれは……」
ベアトリスはもう黙って聞いていられなくなった。
「止めて! 一体どういうことなの。何を話しているの。これが私の知ってはいけない真実なの?」
ベアトリスはベッドから体を起こした。両親の死因を聞いてショックで放心状態になっていた。
「ベアトリス、聞いていたのか」
パトリックが、しまったと顔を歪めた。
ヴィンセントも掴んでいたパトリックの手を離し、自分の頭を抱える。我を忘れて言い争ってベアトリスが起きていたことに気がつかなかったことを悔やんだ。
「二人は知り合いだったの? そしてあの夏ヴィンセントが私の住んでた町に来ていたの? 私も小さい頃にヴィンセントに会ってたってことなの?」
ベアトリスはもう真実から逃げられなくなった。ヴィンセントとパトリックを交互に見て、失望を抱いたように潤んだ瞳で震えている。沈黙が暫く続く。
パトリックが近づいてベアトリスに触れようとする。
「触らないで、側に来ないで」
ベアトリスはコールが言っていた言葉を思い出した。
『その事故、ほんとに事故だったと思うかい? そしてどうして子供の時に婚約させられたかも不思議に思わないのかい?』
頭の中が混乱する。一つ判ったことは、自分は何かに利用されているということだった。
──だったら私は一体何者?
「ベアトリス、落ち着いて」
パトリックが焦りながら対応する。
「落ち着くのはお前の方だろうが」
ヴィンセントがつっこんだ。
「お前は黙っていろ。元はといえば全てお前が引き起こしたこと。お前が卑劣な方法でベアトリスに手を出そうとしたからこうなった」
「俺はただ、ベアトリスと二人きりになりたかったんだ」
「だからといってこんな手を使うことないだろう。卑怯者」
「こんな手でも使わないと二人っきりになれなかったんだよ」
パトリックは腹立たしさでヴィンセントに殴りかかる。不意をつかれてヴィンセントは頬を殴られると、一気に怒りが湧き起こり、応戦した。
目の前で激しい殴り合いをする二人に、ベアトリスの心に怒りが吹き荒れた。それと同時に眠っていた力が呼び覚まされる。
「もう二人とも止めて!」
そう叫んだとき、眩しいばかりの閃光が爆発のごとくベアトリスの体から四方八方に放たれた。
ヴィンセントもパトリックもその眩しさに目をやられて動けなくなった。ベアトリスは自分自身が恐ろしくなり、気が動転して部屋から飛び出した。
ちょうど階に来ていたエレベーターに乗り込んだ。
ヴィンセントとパトリックの視界が徐々に元通りになると、目の前にベアトリスがいないことに気がつき、慌てて、部屋を飛び出し追いかけた。
ベアトリスが乗ったエレベーターのドアが直前で閉まるところを見て、不安に襲われた。
「ベアトリス!」
二人とも大声で叫ぶ。パトリックはそのまま、次のエレベーターを焦る気持ちの中待っていたが、ヴィンセントは階段を使った。そして飛ぶように駆け下りた。
その頃コールはアンバーにまだ手を引っ張られたまま、テーブルから動けないでいた。
「アンバー、いい加減に放せ」
「嫌よ」
「しょうがねぇーな」
コールは口笛を吹いた。すると突然目の前にゴードンが現れ、赤い目で辺りを見回していた。
アンバーは突然現れた男にビックリして、手を緩めた。コールがその隙にアンバーから離れた。
「ゴードン、暴れる時間だぜ。頼むぜ」
ゴードンは各テーブルに次々に瞬間移動しては、テーブルの飲み物や食べ物を投げつけた。ゴードンの動きが早いために皆、目の前の人物にされたと思い込 み、衣装を汚されたものは仕返しとばかりに手当たり次第のものを投げつけた。誰もが怒り喧嘩をし始めると、あっという間に辺りは蜂の巣を突付いたような大 混乱となっていった。こ れも余興の一種だと思うものまでいて自ら参加するものも現れた。
そして、ベアトリスがロビーに到着すると、すぐに電話を探した。化粧室の隣に電話があるのを見つけると、コレクトコールでアメリアに電話をする。
「アメリア、お願い。迎えに来て」
「どうしたの? ベアトリス」
そのときジェニファーが化粧室から出てきた。ベアトリスには以前ほど抱いていた怒りはなく、落ち着いた行動で無視をしてそのままふんと通りすぎていく。 しかし体に潜んでいた影がベアトリスの正体に気がつき、自らジェニファーの体を抜け出した。
ベアトリスは何者かに見られている気配と、肌を突き刺す殺気を感じ後ろを振り返った。
そこに、恐ろしい形相の黒い影が自分に襲い掛かろうとしていたのを見ると、悲鳴をあげた。
「キャー」
その声はちょうどエレベーターから降りたパトリック、階段を下りてロビーに到着したヴィンセント、そして辺りをうろついていたコールにも届いた。
三人はすぐに駆けつける。
ベアトリスは電話の受話器を投げつけ必死に逃げる。
「ベアトリス、どうしたの? 何があったの」
ただならぬ事態にアメリアは顔を青ざめ、車に飛び乗りホテルへと向かった。
「あの時と同じだ」
ベアトリスは全てが夢じゃなかったと気がついた。
「ベアトリス!」
パトリックがデバイスを取り出し、光の剣を構えて影に立ち向かう。
ベアトリスは身を縮めながらそれを見ていた。
影はパトリックの攻撃をかわし、そして容赦なくパトリックに襲い掛かった。
そこへヴィンセントも加わり、手だけ黒く変化させ長い爪を影に向かって引っ掻いた。
影はそれも避けるがすぱっと体の一部が切られて動きが鈍くなった。
一瞬の怯みをついてパトリックが影の頭に剣を貫くと、影は消滅していった。
ベアトリスは息をするのを忘れるぐらい、その光景に目を見開き、二人を凝視していた。
「ベアトリス大丈夫か」
パトリックが声をかける。
ヴィンセントも心配そうにベアトリスを見つめている。
「嫌っ、側に来ないで、お願い、一人にして」
ベアトリスは走り出す。混乱して怖くなり、この状態でまともに二人と話などできないと思うと逃げることしかできなかった。
「ベアトリス!」
ヴィンセントもパトリックも同時に叫んでいた。
コールは一部始終見ていた。影が自ら襲ったことでベアトリスのシールドがなくなっていることに気がつくと、チャンスだとばかりに笑みを浮かべ、その瞳は邪悪に輝きだした。決行の時が来たと脳内で歓喜の音楽が流れていた。
ベアトリスは無我夢中でホテルの外に飛び出すと、そこで人とぶつかってしまった。
「ベアトリス…… じゃないか」
「あなたは、ヴィンセントのお父さん」
──どういうことだ、ベアトリスのシールドが完全に解除されている。
ヴィンセントとパトリックが後を追ってくる姿にリチャードが気がついた。
「何かあったのかい」
優しそうな目でベアトリスを気遣うが、ベアトリスは急に怯え出した。
──この人、私の両親を殺した?
ベアトリスは咄嗟にリチャードをも避けた。
そしてさらに走り出す。
そこに車が滑り込むように止まって助手席のドアが開いた。
「ベアトリス、さあ、乗れよ。送っていってやるよ。悩みのない場所にな」
コールだった。
「だめだ、ベアトリスその男に近づいちゃいかん」
リチャードがベアトリスを捕まえようとすると、ベアトリスはそれに恐れて、却ってコールの車に乗り込む選択しかなくなってしまった。
ベアトリスは車に乗り込んでしまった。そしてドアが閉まり、車は猛スピードで走り去っていく。
「しまった」
リチャードが慌てた。
コールの車は後を追いかけられないくらいにあっという間に視界から消えていった。
その時、ホテルがパニックに陥ったように沢山の悲鳴が一つになって大きく辺りを震撼させた。ゴードンは影も呼び寄せ、辺りは殴り合いの派手な喧嘩になっ ていた。
冷静なリチャードが顔を歪ませて焦った。
「一体ホテルで何が起こってるんだ。とにかくヴィンセント、よく聞け、何がなんでもベアトリスを見つけろ。あの車に乗っていた男はコールだ」
「なんだって。どうみたってアイツはポールじゃないか」
ヴィンセントが驚いた。
「あの男がコールだって? どういうことなんだ」
パトリックは驚きのあまり、呼吸困難になりそうだった。
「大変な誤算をしていたんだ。コールはノンライトに成りすましていた。それがお前のクラスメートだったんだ。まんまとコールの策略に我々はひっかかってしまったんだ」
リチャードが悔しさを滲ませながら、ベアトリスを救える方法を同時に模索する。
「くそっ、なんで気がつかなかったんだ。あんなにポールがおかしくなってたのに、ダークライトの気ばかり気にしすぎて目に見える事を見逃していたなんて」
ヴィンセントは己の愚かさを呪い、ベアトリスのことが心配で気が狂いそうになっていた。体を震わせ、息を激しくしては爆発しそうな怒りを必死に体に封じ込めていた。
「今、後悔している暇はない。なんとしてでもベアトリスを見つけなければ、ライフクリスタルを奪われてしまう。きっと共犯者がいるはずだ。そいつが会場を荒らしているに違いない。そいつを捕まえて場所を聞くんだ」
パトリックが助けられる方法があると二人に叫んだ。
「ゴードンか」
リチャードはゴードンを探しに混乱している会場に乗り込んだ。その後をヴィンセントとパトリックも続く。会場は既にプロムの華やかさはなく、狂気に満ち溢れた闘技場となっていた。
リチャードに対する不信感からベアトリスは逃げることだけを考え、目の前に差し出されたコールが運転する車を助け舟とその時は思った。
車に乗り込んだものの、暫く走ってから、落ち着いてよく考えれば、隣で車を運転している人物は自分の天敵であるとハッとする。ベアトリスは正気に戻り自分がしていることを酷く後悔しだした。
向かいの車がすれ違う時に発せられるライトの光がポールに成りすましているコールに反射する。
光の当たり具合で顔の凹凸の明暗が頻度に変化し、笑っているのにそれは狂気に満ちて気味が悪かった。
ベアトリスは機嫌を伺いながら不安に問いかける。
「ポール、どこへ行くの? あの、やっぱりホテルに戻りたい」
「ベアトリスは優柔不断だ。一人で抱え込んで一人で悩んで、そして振り回されすぎて、自分で解決できずにすぐ逃げて、結局は後悔して、またスタート地点に戻る。それの繰り返し」
コールは呟くように喋っていた。
ベアトリスは全くその通りだと、何も言えなくなった。
「あーあ、またふさぎ込んじまった。自分がいい加減いやになるだろう。なあ、もうそういうのやめたいと思わないか?」
痛いところをつかれてベアトリスは下を向いて黙り込んでいた。
「ほら、自分でもわかってるじゃないか。苦しいんだろ。自分のことですら信じられずにダメだと思い込んでいる。そんな自分が嫌いでたまらないんだろう。 黙ってないでなんとか言えよ」
「その通りよ。何をやってもうまくいかない。自分を信じることもできない。人に頼らないと何もできない。私はダメな人間よ。だからポールも私にイライラしていじめたくなるんでしょ」
ベアトリスはヤケクソになって叫んでしまった。
「そうだな。じれったいのはイライラさせられるけど、俺はベアトリスに興味があるんだ。だからお前を救ってやりたいなんて思ってたりするぜ。それが俺にも役に立って一石二鳥ってところなんだが」
「私を救う? どうやって」
「それは後のお楽しみ。とにかくまずは自分自身のことを良く知ってみたらどうだ?」
「私自身のことを知る?」
「ああ、知りたいと思わないか? なぜヴィンセントもお前のプロムデートも執拗にお前を追い求めるのか。お前が一体何者なのか、そして両親の事故のことや、婚約のこと、気にならないのか? 今こそ逃げないで向き合うときじゃないのか」
ベアトリスの頭の中は混乱していた。ホテルの部屋でヴィンセントとパトリックが言い争っていたことを考えていたが、ところどころのキーワードがよくわからない。
もう真実は一歩手前まで見えてきている。ベアトリスはじっと目を瞑り、体に力を込めていた。これ以上それから逃げられないと思うと、全てを知る覚悟をして、コールに首を向けた。
「あなたは私のことを知っているの? だったら教えて」
ベアトリスが真剣な表情でコールを見つめると、コールは前を向いたままニヤリと口元をあげた。
「いいだろう。教えてやろう。まずはお前の正体からだ。以前話したことがあるだろう。この世の中大きく分けてどんな人間がいるかって。そしてその一番上に いる、天上人、すなわちホワイトライトのことだ。それがお前だ。そして力を与えられたもの、ディムライトが、あのパトリックという男。最後に邪悪なもの、 ダークライトと呼ばれるのがヴィンセントだ」
「天上人…… それが私?」
「そうだ。お前は自分の地位を告げられずに隠されてこの世で生活している。周りがお前を守っていたのさ。心辺りはないか? 例えば特別な水を飲まされたとか」
「水! あの壷の水。あれを私も飲んでいた?」
「あれはライトソルーションと言って、お前が飲むと身を守るためにホワイトライトの力を押さえ、邪悪なダークライトから遠ざける見えないバリヤーを体に張 り巡らすのさ。それがあるとダークライトはお前を感知できない。ただ近くに寄ったダークライトには攻撃力を与える。だからダークライトのヴィンセントは近 寄ると体を焼かれるように苦しくてお前に近づけなっかたってことだ。心当たりあるんじゃないか」
ベアトリスは手で顔を覆った。自分の仮説どおりだったと思うと涙があふれ出してくる。
「ヴィンセント……」
「ああ、アイツも苦しんでたよ。なんか今回変なこと企んでいたようだったけど、奴なりにお前と一緒に居たくて必死だったんだろうな。きっとこれが初めてのことじゃないはずだ。その前にも色々と何かを仕掛けては一緒に過ごそうとしてたんじゃないのか」
ベアトリスは物置部屋で一緒に過ごしたことを思い出すといたたまれなくなった。
「さあ、次は何について話そうか。まだまだ知ることは一杯あるぜ」
コールは不気味に笑いながら、あの屋敷へと向かっていた。自分の姿に戻ったとき、ベアトリスのライフクリスタルを手に入れることを楽しみに、チラチラと時々ベアトリスを見ながら運転していた。
ホテルの会場内は無法地帯となり、男女隔てることなく誰もが殴り合い、物を投げ合って収集がつかなくなっていた。
「ヴィンセント、影をおびき出す空間を作れ」
リチャードが指図すると、ヴィンセントは集中して、辺りを真っ赤に染め上げ、普通の人間が耐えられないくらいの圧迫したゼリー状のような空間を作り上げた。
次々に人々は不快な空間で意識を失い床に倒れこんでいく。
影が入り込んだ人間が倒れこむと、次々と体からあぶりだされるように出ては宙に漂っていた。
ヴィンセントは爪でそれを次々に切り裂き、パトリックはデバイスから出る光の剣で突き刺して退治していく。
リチャードはゴードンを見つけ、素早く駆けつけると首根っこを掴んだ。
ゴードンの背中から影が出てくると、指をパチンと鳴らして、それを一瞬で燃やした。
ゴードンはだらっと首をうなだれて意識を失っていた。
全てが片付き、空間はまた元に戻った。辺り一面、人が重なり合って倒れこんでいる。足の踏み場も難しいところだった。
「当分は彼らも目を覚まさないだろう。起きたときに何を思うかだが、とんでもないプロムになってしまったもんだ」
リチャードは周りを見回していた。
「そんな同情してる暇はねぇよ。ベアトリスを助けに行かなくっちゃ。おい、お前起きろ」
ヴィンセントはゴードンの頬を何度も叩く。
「とにかくここではなんだから外に出よう」
パトリックが会場を離れてホテルのロビーに出る。ロビーにいた人たちはプロムパーティの混乱で慌しく右往左往していた。そこでうろたえてるアメリアとかちあった。
「パトリック! 一体何が起こってるの? ベアトリスはどこ?」
「アメリア…… 申し訳ございません。僕がついていながら、ベアトリスは……」
その先が言葉にできなかった。
ヴィンセントも後から現れ、アメリアに気がつくと思わず顔を背けてしまった。そしてリチャードがゴードンを引きずりながらアメリアの前に現れた。
「その男は私の首を絞めた男。まさかベアトリスはダークライトに連れ去られたの?」
「アメリアすまない。油断していた。コールがベアトリスを連れて行ってしまった」
アメリアは、ショックで全身の力を失いバランスを崩し倒れると、パトリックとヴィンセントが慌てて支えた。近くにあったソファーにアメリアを座らせる。
アメリアは頭を抱えながら嘆いた。
「どうして、こんなことになるの。あなたたちが一緒にいながら何をしてたの」
ヴィンセントが下を向きながら弱々しい声で事の発端を説明し出した。そしてリチャードの鉄拳が飛ぶ瞬間パトリックがヴィンセントの前に立ちはだかり庇っ た。
「いえ、これはヴィンセントだけの責任じゃありません。真実を洩らした僕にも責任があります。どうか今は落ち着いて下さい。まずはベアトリスの救助が先です」
「いや、責任は私にもある。変化を目の前にしながらコールの計画を見抜けなかったのは私の過失だ」
リチャードも拳をおろし悔やんだ。
「責任はどうでもいい、とにかく早くベアトリスを救って。このままじゃ殺されてしまう」
アメリアは発狂しそうになりながら、目に涙を一杯溜めていた。
「とにかくコイツを起こさないと」
パトリックはデバイスを取り出し、それから出る光をゴードンに向けた。
全く明かりのない豪邸の前でベアトリスを乗せた車は停まった。大きなその屋敷は暗闇で何かに取り憑かれた雰囲気を持ち、ベアトリスは息を飲んだ。心に浮かんだ感情は素直に怖い──。
「まだ話が聞きたいんだろ、だったらついてこい。次はもっと面白いものが見られるぜ」
コールはすーっと暗闇にすいこまれるように豪邸の中に消えていく。辺りは闇そのものだった。
時折風が吹くと草木がすれた音に脅かされ、ベアトリスもドキッとし た弾みでコールの後について行っ た。
大きくて立派な建物だが、外見と同様、中も古ぼけてどこをみても不気味だった。床には大きく何かをこぼした黒ずんだ染みが浮き上がってみえた。
深く考えないように急ぎ足でコールの側についた。
コールが案内した部屋へ入ると、薄暗いが蝋燭の光がぼんやりと部屋を照らし、ベッドに人が寝ている姿とその側で女性が座っているのが見えた。
「あっ、意外と簡単につれて来たんだね。その子がベアトリスなんだね」
マーサがベアトリスの前に立ちまじまじと顔を見つめた。ベアトリスはたじろぐ。
「こいつはマーサだ。俺はちょっとこれから支度があるので、それまでこいつと退屈しのぎに話してな」
「一体何をするつもり?」
ベアトリスはここまで来ておいて後悔で一杯だった。
「まあ、みてなって。さてこの体ともお別れか。まあ今となってはそんなに悪くもなかったかな」
「そうだね、なかなかよかったかも…… なんていったら不謹慎かい?」
マーサは意味ありげな笑いを見せていた。
ポールの姿はこれで最後と、コールは左手の黒い輪っかのようなものを外し、寝ている本当の自分の腕につけた。そのとたんにポールの体から黒い気体のようなものがすーっと出てきて横たわっているコールの体へとすっと入り込んで行った。
ポールの体は気を失ったようにバタンと床に倒れた。その瞬間、寝ていたコールの目がぱっと見開いた。
「コール!」
マーサが嬉しさのあまり名前を叫んだ。
ベアトリスは何が起こっているのかわからずに、ただ驚いて息を飲んだ。床で転がってるポールが死んだように見えて、怖くなって青ざめていた。
「くそっ、長いこと自分の体を留守してたら、思うように動かせない」
「落ち着きな、コール。すぐ元通りになるよ。慌てることないじゃん」
「マーサ、ベアトリスが退屈しないように、過去の記憶を呼び覚ましてやってくれ」
マーサは了解と、水晶玉を取り出した。
「あんた記憶をリチャードに塗りつぶされてるんだろ。その闇を取り除いてやるよ。あいつ酷いよな。あんたの両親を殺した上に、過去の記憶を封じ込めちゃうんだから。さすがダークライトの帝王だよ」
「ほんとにヴィンセントのお父さんが私の両親を殺したの?」
「ああ、あんたのボーイフレンドの記憶を見たことがあるんだけど、彼はしっかりその様子を見てた。ついでにあんた、眼鏡をかけた冷たい感じのする女に殺されかけてた」
「えっ、アメリアが私を?」
「とにかくそこのソファーに座りな。あんたかなり色んな奴らにコントロールされてるみたいだね。可哀想に」
ベアトリスはマーサに体を押されて、よたつくようにソファーに無理やり座らされた。マーサもその隣に腰掛け静かに笑いを見せると、いいことなのか悪いこ となのか判らずベアトリスは強張った顔になった。
水晶を目の前に見せられそれが怪しく光る。何度も自分に向けられたので、それを持てという意味だと気がつくと、恐々と受け取った。両手で水晶を抱え、マーサもベアトリス の手を包むように上から抱え込んだ。
二人は一緒に水晶を持った。光が二人の顔を照らし青白く暗闇の中で浮いて見えた。
「いいかい、リラックスするんだ。ほら、見てご覧、あんたの手から黒い影が水晶に吸い取られてるよ。かなりの強い闇だ。でもこの闇、私には美味しいんだ。 これが私の力を強くしてくれる」
水晶が真っ黒くなっていくと光がさえぎられたが、うねる煙のような闇の隙間からところどころ光が洩れていた。それに反応するかのようにベアトリスの記憶が蘇り色んな場面が洩れる光に合わせてフラッシュしだした。
子供の頃のヴィンセントの顔。初めて会ったときのこと。一緒に遊んだ夏。そしてヴィンセントの母親の死の場面とヴィンセントが怒りをコントロールできな くて自分が必死で抱きしめていたことも思い出し、全ての記憶が繋がった。
ベアトリスは目を瞑り、じっと動かなかった。水晶を持つ手が震え、そして涙が頬を伝わる。
「私にも見えるよ、あんたの記憶。あんたあのボーイフレンドより、リチャードの息子が好きなんだね」
マーサの指摘でベアトリスは反射的に目を開け突然立ち上がり、水晶玉から手を離して落としそうになった。マーサが慌てて掴んだ。
「ちょっと気をつけてよ。これがないと私商売できないんだから」
ブツブツと文句をいっていた。
その時、ベッドからコールが起き上がった。
ホテルのロビーではスタッフや宿泊客が騒がしく慌てふためいていた。めちゃくちゃになったプロムパーティと気絶した人々の手当てに尋常じゃない切羽詰った緊迫が漂っていた。
それを引き起こした中心人物たちはそんなことは全く重要じゃないと、自分達の問題に頭を抱える。
ベアトリスを救うにはゴードンから場所を聞き出さなければならない。
誰もが気を失ってだらりと首をうなだれているゴードンを各々の思いの中で見つめていた。
パトリックの持つデバイスから煙のような光が出ると、それをゴードンの鼻へ向けた。
ゴードンはその煙を鼻から吸うと、目をぱっと開いた。
「あれ? ここどこ。あっ、リチャード。殺さないで、殺さないで」
頭を庇うように手を掲げて、ゴードンは怯えていた。
「ゴードン、コールはどこだ。正直に言えば、許してやる」
「おいら、おいら……」
ゴードンは状況を把握できず、コールのことも裏切れず、ただ震え上がっていた。
ヴィンセントは苛つきゴードンの胸倉を掴み、恐ろしい形相で睨んだ。
「よせ、そんなことをしても無駄だ。これ以上脅かすな」
ヴィンセントはリチャードに施されるが、苛立ちまで押さえられずに力強く手を離した。
リチャードは根気よく続ける
「ゴードンよく聞くんだ。コールはお前に影を仕掛けていた。そんな奴を庇うのか。そして目的を達成するためにザックを殺したんじゃないのか」
「あっ、ザック、ザック!」
ゴードンは思い出し、子供のように泣きじゃくった。
「落ち着くんだ。ゆっくりと何があったか話すんだ」
「オイラはコールと一緒にライフクリスタルを手に入れて賢くなって皆を見返してやるんだって」
「そっか、それで」
「でも、リチャードが邪魔で難しかった。そこでザックを使ってコールは高校生に成りすまし、ヴィンセントから情報を得ようとしたんだ。そしたらザックを口封じに殺してしまった。おいらそれから何をしたか覚えてない」
「その間コールの本当の体はどこにあったんだ?」
ゴードンは答えに詰まり躊躇している。判断に困りながらそれ以上喋らなくなった。
「親父、そんな生ぬるいことしてたらいつまで経ってもコイツは本当のことを言わない。こんな馬鹿に優しくする必要なんてないんだ」
ヴィンセントは一刻も無駄にできない状況に怒り、イライラを吐き出した。
「あっ、オイラのこと馬鹿だって言った。お前、嫌いだ。オイラもう何も言わない。殺すんなら殺せ」
ゴードンは自分の嫌いなキーワードに開き直り、拗ねて床に胡坐をかいて腕を組んで座り込み、口を頑なに閉じてしまった。
「おい、ヴィンセント、事を荒立てるな、余計に酷くなっちまったじゃないか。どうすんだよ。このままじゃベアトリスは……」
パトリックは絶望感で体を振るわせた。歯をぎゅっと食いしばり、高ぶる感情を拳に詰めてぐっと握りつぶす。
「ベアトリスは今、シールドが解除されているのよね。それならまだ救える方法がある。彼女次第だけどパトリックかヴィンセントどちらかがベアトリスの元へいけるかもしれない」
アメリアが二人に小さく呟いた。
パトリックがはっとして目を見張った。そしてヴィンセントを咄嗟にきつく睨む。
「なんだよ、急に睨みやがって。どういう意味だ」
「お前は知らないみたいだな。それならそれでいい。俺が消えたときは恨むなよ」
「消える?」
ヴィンセントは一度経験があるのにその意味について何も知らなかった。
リチャードも状況を把握して、何も言わず背広のポケットから携帯電話を取り出し、ヴィンセントに手渡した。アメリアも自分のをパトリックに渡す。
「なんだよ、急に携帯電話なんか」
「ベアトリスの場所がわかったら、連絡をするに決まってるだろうが。お前は持ってるだけでいい。僕が電話する」
話が見えないとヴィンセントは不思議がっていた。パトリックはその顔を見ると説明する気にもなれなかった。
心の底ではヴィンセントが消えることを恐れている。それがベアトリスの本心を表すことをパトリックはわかっていた。
コールは首を左右にふり、大きく伸びをして、ベッドからゆっくりと立ち上がった。
蝋燭の火の明かりの中に照らされる見知らぬ男。黒い塊に見え、目だけがギラリと光りベアトリスを捉えている。
さらに床に転がっていたポールの体を邪魔だと容赦なく蹴飛ばした。
ベアトリスの高鳴る心臓は体から発する危険信号。これほどの恐怖を味わったことがないほどに震え上がった。
無意識に後ずさるが、壁にぶつかるともう逃げ道がないことを思い知らされ戦慄が走った。
「まだ少ししびれるが、やっと動けるようになった。ベアトリス待たしたな」
「あなたは誰?」
「姿が変わるとやはり判らないものか。ヴィンセントもリチャードもすっかり騙されたくらいだもんな。俺はコールさ。さっきまでポールの体に居たけどな。 これが俺の本当の姿だ」
「どういうこと?」
ベアトリスが床に転がってるポールの姿を見たとき、彼はちょうど意識を取り戻し上半身が起き上がった。
辺りを見回し、状況を把握すると慌てて立ち上がり突然悲鳴をあげた。
「折角俺が雰囲気変えて一目置かれるようにしてやったのに、これじゃ元の木阿弥か」
コールが睨みを利かすと、更にポールは怯え上がった。
「コール、いい加減にしてやりなよ。さっきまでその体だったんだから、愛着とかないのかい? 私も全く関係ないっていいきれないからね。あんた結構いい体してたよ」
マーサが薄ら笑いを浮かべてポールに近づき、そっと胸元を指で撫ぜた。
ポールは自分の体を見ては、腹や胸を触り、そして腕を曲げて筋肉が盛り上がることに驚いていた。
「痩せてる…… 一体、僕はどうなったんですか。なぜタキシードを着ているんでしょう」
ポールはキョトンとしてコールを見つめた。
「どうだ、その体気に入ったか。お前は生まれ変わったんだよ。どうでもいいから俺の目の前から消えてくれ。それとも殺されたいか」
「あっ、いえ、出て行きます」
ポールは一目散にドアに向かって、逃げていった。
「これでわかっただろう。俺はアイツに成りすましていただけなんだ」
「何のためにそんなことを?」
ベアトリスは質問した。
「ヴィンセントから情報を得て、ホワイトライトのあんたを探すためだったんだよ」
「私を?」
「そうさ、俺はヴィンセントと同じようにダークライトさ。以前に言っただろう、悪魔だって。その悪魔が欲しがるもの、それがホワイトライトの持つライフク リスタルなのさ」
「私、そんなもの持ってないわ」
「それが、持ってるんだよ」
コールは素早くベアトリスの前に移動し、彼女の心臓を指差した。
「ここにな。お前の命さ」
ベアトリスはやっと自分がなんのために連れてこられたか理解したがもう遅かった。
「嫌っ!」
逃げようとするが、前にコールがふさがっては身動きできない。
「今さら逃げてどうするんだ。悩みを一杯抱えて苦しいんだろう。俺がそれを取り除いてやるっていったじゃないか。あんたは目を瞑っているだけでいいんだ。 安心しな。すぐに楽にしてやるから」
コールの顔が薄明かりの中で不気味に生える。ベアトリスは恐怖で息が止まりそうになるほど怯えた。もう動くことができなかった。
顔を背け、目を強くギュッと瞑る。
──これが逃げてきたことへの結果。そして私はこのまま人生を終える……
「いい子だ。そうだ、そうやっていればすぐに楽になる。何もせずに俺に任せるだけで、お前はこの苦しみから解放される」
──何もしないでこのまま終わる? そんなの嫌!
ベアトリスは突然目を見開いた。コールの迫る手を突然掴んでもてる限りの力で噛んだ。
コールは悲鳴をあげたとき、一瞬の隙をついて突き飛ばし、コールからすり抜けてドアに向かった。
「ベアトリス、やってくれるじゃないか。窮鼠猫を噛むってところか。しかし、俺には通用しないんだよ」
素早い動きは、目にも止まらずにあっという間にベアトリスの目の前に現れた。
コールは不気味な笑いを浮かべて、容赦なく手を振りかざしベアトリスの頬を殴り飛ばした。ベアトリスは跳ね返るように後ろに飛ばされ、床に倒れこむ。
「ちょっとコール、少しは手加減してやんなよ。女の子なんだよ」
マーサは庇う割には面白がって笑っていた。
ベアトリスの頬は赤く腫れ、口の中が切れて血が出ていた。
「なぜ、最後まで苦しもうとするんだ。抵抗しても無駄なことがわからないのか」
コールはベアトリスと同じ目線にしゃがみこみ、彼女の顎を指で持ち上げお説教する。
「ほんとにお前は最後まで苛つかせてくれるよ。そんなに苦しみたかったら、お望みどおりにそうしてやる」
コールはまたベアトリスの頬を叩く。ベアトリスはそれでも立ち向かおうとコールを睨みつけた。心の中は悔しさと怒りで爆発寸前だった。最後まで諦めるものかと必死に歯を食いしばった。
「まだ抵抗するのか。逃げてばかりのお前が最後に立ち向かうとは皮肉なもんだな。しかし無駄だけどな」
コールの手が再び振りあがったときだった。突然ベアトリスから光が放たれた。その光に目をやられて、コールは一瞬怯んだ。
ベアトリスは尽かさずドアに走りより、部屋を飛び出した。
「くそっ、あいつ、ホワイトライトの力を使いやがった」
暫くコールの目が見えなくなった。ベアトリスはその間に部屋を飛び出し、出口求めて必死に玄関のドアめがけて走った。
しかしドアを開けたときだった、目の前にコールが立っている。ベアトリスが驚く暇もないまま、突然首を掴まれそのまま強く押さえられた。徐々に後ろに追いやられて最後に力強く床に倒された。
「言っただろ。無駄なんだよ。俺はダークライトだ。悪魔なんだ。俺から逃げられるわけがないんだ。お前がここまで抵抗するとは思わなかった。その努力は認めてやろう。しかし、お遊びはここまでだ。お前のライフクリスタル頂く」
ベアトリスは今度こそもうダメだと思った。首を押さえられ、息も苦しい。意識が遠のく中、最後だと覚悟したとき、一番会いたい人が頭に浮かんだ。
抵抗していたベアトリスの体から力が抜けると、コールは首を押さえていた手を離す。ベアトリスの胸から何かを吸い取るようにコールが彼女の心臓めがけて 手をかざし、恍惚とした取り憑かれた眼差しでその瞬間を待つ。柔らかい光りがベアトリスの胸から放たれると、それはコールの掲げている手に引き寄せられ た。そしてコールの手の中で形を形成していくように徐々に膨らんでいった。
コールは上機嫌で声を高らかに上げて笑っていた。
「やめろ!」
声と同時にコールは後ろから何者かに掴まれ思いっきり投げ飛ばされた。そのせいで吸い取られていた光はまたベアトリスの胸へと戻っていった。
「あと一歩のところで完全なライフクリスタルとなり奪い取れるところだったものを誰だ邪魔するのは」
頭を上げたとき、目の前にいた人物にコールは驚いた。
リチャードは一刻も争うこの事態に自らの焦りを押さえ、根気よくゴードンを説得しているが、表情には余裕がなく切羽詰ったジレンマを押さえ込もうとする反動で眉間に皺が寄っていた。
コールの居場所を聞きだすためにはゴードンの口を割らせないことには始まらない。脂汗を掻き、時々それを拭って深い息を吐きながら、それでも必死でゴー ドンをなだめていた。
ヴィンセントはじれったいと足をがたつかせてそれを見ている。パトリックもさすがに堪忍袋の尾が切れそうになり、ゴードンを殴り飛ばしたくなっていた。
「お前の父親、なんて悠長なことを」
パトリックがヴィンセントに耳打ちする。
「いや、あれは切れる寸前だ。それを必死に我慢してやがる。本当なら殴ってでも吐かせたいんだろうが、一応刑事だから公の場ではできないだけだ」
「だったらお前が変わりに殴れよ」
「俺だってそうしたいが、親父がああしている以上、俺も殴れるわけがないだろうが。ああ、くそっ」
「こんなことしている間にベアトリスの命が危ない」
「お前のデバイスはホワイトライトの感知に使えないのか」
「これは護身用だ。ダークライトには反応するが、ホワイトライトには関係ない」
二人は落ち着かずに好き勝手に話している。そして一緒になってゴードンを睨み付けた。
「ところでさっきの話だが、消えるってどういうことだ?」
ヴィンセントの質問にパトリックは息をぐっと詰まらせた。
自然に湧き起こる不安がパトリックの嫉妬をかき立てる。ホワイトライトの思い人を呼び寄せる力のことを素直に言えない。それがヴィンセントであった時のことを恐れている。
個人的な感情からヴィンセントに説明するのも腹立たしく黙り込んでしまった。ヴィンセントは何も知らずパトリックの説明を待っていたが、説明する前にそれは現実に目の前で起こってしまった。
「今、ベアトリスが俺を呼んだ……」
ヴィンセントがそういった時、異変が起こった。
「そんな、ヴィンセントが消えていく」
ヴィンセントに触れようとパトリックは咄嗟に手を出すが、手ごたえもなくすーっと消えていった。
パトリックは呆然と立ちすくんでしまった。
アメリアは申し訳なさそうな表情でパトリックに近寄ると、肩に手を置いた。
「パトリック、今はベアトリスの救出だけ考えて。早くヴィンセントに電話を掛けて居場所を聞いて」
パトリックは震える手で携帯電話を操作した。
「ヴィンセント、どうしてお前がここに」
コールは邪魔が入って怒りを露にした。
「俺もそんなこと知るか! 気がついたらここにいたんだ」
ヴィンセントはベアトリスに走りより抱きかかえた。
「ベアトリス、大丈夫か」
「ヴィンセント?」
ベアトリスは涙を一杯溜めて、ヴィンセントに抱きついた。
「もう大丈夫だ。怖かっただろう。こんなに怪我して…… 立てるか?」
ベアトリスは小さく頷き、ヴィンセントに支えられヨロヨロと立ち上がる。
ヴィンセントは盾になるようにベアトリスを自分の後ろに立たせてコールを睨みつけた。
「コール、ベアトリスをこんな目に遭わせやがって、許さない」
「お前に何ができる。言っておくが、力は俺の方が上だぜ」
その時、突然、携帯電話がヴィンセントのジャケットのポケットから鳴り響いた。
一瞬の隙をつかれてコールが素早くヴィンセントに飛び掛ってきた。
ヴィンセントは咄嗟にベアトリスを後ろに押し、体を構えてコールの攻撃を受けとめる。
コールは素早い動きでヴィンセントの後ろに回りこみ、首に腕を回して羽交い絞めにして強く締め上げた。
ヴィンセントは動きを封じ込まれ、苦しそうにうめき声を上げた。その側でまだ携帯電話の音が鳴り響く。
「なんだ、もう終わりか。電話にも出られないな」
「くそっ!」
ヴィンセントの首はきつく締め付けられる。力の差は歴然だった。コールと互角に戦うには己の醜い姿をさらけ出すしか方法がない。
だが、ベアトリスを目の前にしてそれを躊躇していた。
「ヴィンセント!」
ベアトリスは我慢できずに走り寄り、コールの背中を夢中で叩く。
「マッサージにもなってないぞ、ベアトリス」
コールは片手でベアトリスを払いのけた。ベアトリスは宙を舞うように部屋の隅まで飛ばされ、ドシンと言う音とともに体を強く打って気を失ってしまっ た。
「ベアトリス!」
ヴィンセントはもうなりふり構っていられなかった。全身が黒い塊となり、つりあがった目つきと尖った牙を持つ野獣へと変身する。
動きに邪魔だと上半身に身につけていたものを引き剥がし、そしてコールの腕を取り、投げ飛ばした。
コールはくるっと宙を回転してバランスよく着地した。
「とうとう本性を現したか。ダークライトの中でも変身するタイプは数少ないが、野獣になるものは下等でクズだ。その中でも卑しい部類とされている。そんな姿で戦わねばならないほど、お前も落ちぶれたもんだ」
「ああ、笑えばいいさ。こんな姿にならなくても俺は元々落ちぶれた奴さ」
今度はヴィンセントがコールに飛び掛る。二人は取っ組み合い、激しく殴り合う。ヴィンセントは腕を高くあげ爪をむき出しにして降りかかり、コールの胸元を引っ掻くが、コールに避けられ服をかすっただけだった。
コールは余裕の笑みを浮かべ、ヴィンセントをさらに挑発する。ヴィンセントは闇雲にコールにダメージを与えようとするがさっと交わされて無駄な動きが多くなっていた。
思うように動けないヴィンセントを嘲笑うかのように、コールは素早い動きで後ろに回りこみ、ヴィンセントの首を羽交い絞めにしようとした。
「さっきと同じ手は喰らうか」
ヴィンセントも機敏に動き身をかがめすぐさまコールの首を掴み床に倒して押さえ込んだ。それでもコールはまだ笑みを浮かべていた。
「甘いな」
コールは足でヴィンセントを蹴り上げ、隙を突いてすり抜けた。どちらも引けを取らずに互角に戦う。応戦は暫く続いた。
携帯電話は破れた服のポケットの中でまだ鳴り響いていた。
「ヴィンセントは何をしているんだ。早く電話に出ろ」
ヴィンセントが消えてから電話を掛けるが一向に繋がらない。
パトリックは自分を見失うほど心を乱していた。電話をアメリアに渡すと、ゴードンの側に行き八つ当たりするように腹部に何度も蹴りを入れた。
「パトリック止めるんだ」
リチャードが止めに入るが、パトリックはリチャードも振り払い怒り狂っていた。
「パトリック、落ち着きなさい」
アメリアが叫んだ。
パトリックはデバイスを取り出し、光の剣をゴードンの喉に向けた。
「さあ、言え、ベアトリスはどこにいる」
ゴードンは震え上がった。口を開くどころか恐ろしさのあまり全ての機能が停止していた。
パトリックは我慢ならずに剣を振りかざし、ゴードン目指して振り下ろしてしまった。
ゴードンは頭を抱え込んで泣き叫ぶ。
剣は確かに何かを切った手ごたえがあった。赤い血がぽたぽたと滴り落ちるのを見たとき、パトリックは正気に戻った。
リチャードが自分の左腕を犠牲にしてゴードンを庇っていた。
「パトリック、私情の怒りでそのデバイスを使ってはいけない。それは自分の身やホワイトライトを守るための護身用だろ」
パトリックはハッとした。その場でただ突っ立ってリチャードの傷口を青ざめて見ていた。
「リチャード、どうしてオイラを庇った」
ゴードンが不思議そうにリチャードを見つめる。
「お前は根は素直な奴なのを知ってるからだ。ゴードン、もう誰にも利用されるな。ライフクリスタルを手にしても賢くなんてならないんだぞ。賢くなりたかっ たら、誰の言いなりにもならずに自分の意思で判断するだけでいいんだ。お前は決して馬鹿なんかじゃないんだぞ。そんな言葉に惑わされるな」
「オイラ、ライフクリスタルなくても賢くなれるの?」
「ああ、もちろんだ」
「リチャード、だったらオイラ言う。コールが居る場所。だから全てのこと許して欲しい」
「判った。お前は影に操られていただけだ。自分の意思でやったんじゃない」
リチャードは遂にゴードンを説得し、居場所を聞き出した。
しかしリチャードの傷口は思った以上に深く切り込まれていた。血がまだ止まらない。リチャードはネクタイを外し、自分の傷口を固く縛った。痛いのか、顔が少し歪んでいた。
パトリックは罪悪感で胸が一杯になり、それに押しつぶされた表情で必死に頭を下げた。
「すみません。僕がいけないんです。あなたにそんな傷を負わせてしまって」
「大丈夫だ。私がこれくらいでやられると思うか」
リチャードは余裕で笑顔を見せた。
「場所はわかったわ。とにかく急ぎましょう」
アメリアは一刻も時間を無駄にできないとせかした。
「オイラ、一人ならそこへ瞬間移動で連れて行ける」
ゴードンが提案する。
「それなら僕を連れて行ってくれ」
パトリックが名乗りを上げた。
リチャードもそうしてくれと目で知らせると、ゴードンは頷いてパトリックとすぐに消えていった。
「アメリア、私達も急ごう」
二人も現場に向かった。
ベアトリスは意識を取り戻し、頭を押さえながら体を起こした。目の前で凄まじい音を立てながら、暗闇の中、二つの影がぶつかり合っているのが見えた。
フラフラしながら立ち上がり、目を凝らした。
「あれは、あの時見た野獣…… ヴィンセント……」
ベアトリスは驚きも恐ろしさも何もなかった。やっと真実に向き合えた喜びが心に湧く。
だが喜んでもいられない。二人が戦っている様子はどうみてもコールの方が優勢にみえた。ベアトリスは祈りながら、ヴィンセントを見守る。
ヴィンセントは戦いに慣れてなかった。力は互角でも、実践になれたコールの方が技術的に上だった。
「どうした。野獣に変身しても大したことないじゃないか。得意の破壊は使わないのか」
コールに嘲笑われるが、コールの動きの速さでは破壊力を使っても、狙ったとたんにかわされるのが落ちだった。折角の攻撃力を持っていてもコールには通用しない。
──親父の言った通りだ。コールの方が断然強い。俺はどうしたらいいんだ。このままじゃ……
ヴィンセントの息が上がってきた。このまま持久戦になれば負けるのが見えていた。
部屋の隅でベアトリスが祈るように見ている。野獣の姿を見ても落ち着いて、心配しているのが伝わってくる。
──俺はベアトリスを守る。そのためにこの力があるんだ。
気持ちを奮い起こし、渾身の力を込めて、捨て身になり接近してコールの攻撃をわざと受け、至近距離から破壊の力を向けた。
凄まじい青白い光とスパークがコールに向かって行く。
コールは避けきれずそれを咄嗟に受け止めるしか逃げ道はなかった。
コールも負けてはいない。打ち消すバリアーを両手から放ち、破壊のパワーと押し合った。だがヴィンセントの攻撃力の方が強く、コールは爆発と共に押しや られて壁に叩きつけられ大きくダメージを受けてしまった。
口から血が流れ体はぐにゃりと床に転がり動かなくなった。
──やったか。
ヴィンセントは息をハアハアさせて身をかがめて立っていたが、コールをやっつけたことに安心してがくっと膝を突いてしまった。
ベアトリスが思わずヴィンセントに走り寄る。そして野獣の姿のままのヴィンセントに抱きついた。
「ヴィンセント。無事でよかった」
「ベアトリス…… 俺が怖くないのか」
「怖いですって? どうして。言ったでしょ。私はヴィンセントが何者でもいいって、どんな姿でもヴィンセントはヴィンセントだから真実を受け入れるって。 それに私、昔の記憶を取り戻したの。ヴィンセントとあの夏一緒に過ごしたこと全て思い出した」
ヴィンセントはベアトリスの言葉を聞くや否や、我を忘れて力強く抱きしめた。ベアトリスもずっとずっと押さえていた感情を解放して無我夢中で抱きつき返した。
そしてその時、ゴードンとパトリックが現れ、パトリックは目の前の光景をまともに見てしまった。ベアトリスが野獣の姿のヴィンセントと抱きついている。
ヴィンセントの全てを受け入れたベアトリス。
燃えるような嫉妬がパトリックを襲った。気が狂いそうになるのを必死に押さえ込もうと震えていた。
ゴードンはパトリックを連れてきたが、異様な雰囲気を察知して突然何かに怯え出し、逃げるようにまたぱっと姿を消した。
ゴードンが感知した危険はパトリックの背後にじりじりと迫る三体の影だった。パトリックは目の前の光景に気を取られて危機を感知できずにいると、影は遠慮なくパトリックの体にすっと馴染むように入り込んでいった。
パトリックの目が赤褐色に染まった。
そして笑い声が部屋の隅から響くとコールがむくっと立ち上がった。
「コール、生きていたのか」
やっつけたと思った相手が不気味に笑って立ち上がるその姿は、ヴィンセントとベアトリスを震え上がらせた。
「俺がそんな簡単にお前ごときにやられると思うのか。それよりもお客さんがいるぞ。ベアトリスの婚約者が」
「パトリック!」
ベアトリスは思わず叫んだ。ヴィンセントと抱合っていたところを見られたことが後ろめたいのか、体が縮小したように身構え、ヴィンセントから少し 離れた。
「お前、いつやってきたんだ」
ヴィンセントが口を開くと、パトリックはその声に反応するかのように赤い目で睨みつけデバイスを取り出して光の剣を黙って向けた。
「おい、相手が違うだろう。それを向けるのはあっち」
ヴィンセントはコールを指差すが、パトリックは爆風のような殺気を向けてヴィンセントに容赦なく襲い掛かる。
「いつものパトリックじゃないわ」
「ベアトリス離れるんだ」
ヴィンセントは向かってくるパトリックの剣を避けたが、腕に少しかすって血が滲んだ。
本気のパトリックだが、コールの時と違って攻撃ができない。ヴィンセントは非常事態に危機感を募らせた。
「まさか、影を仕込まれたか。どうして」
「そいつは影が三体も入り込むほどの憎しみと嫉妬の感情を抱いていたよ。どうだ、味方に攻撃を喰らう気分は」
コールは愉快に笑っていた。
「パトリック、お願いだからやめて」
「ベアトリス、今のコイツに何を言っても無駄だ。影に支配されて我を忘れている。とにかくベアトリスは離れていて。俺がなんとかする」
パトリックは何度もヴィンセントに剣を振りかざした。ヴィンセントは避けながらどうすべきか考える。
圧迫した空間を作って影をおびき出そうとしてもパトリックは力のあるディムライトなために通用しない。
パトリックの行動と自分の身を守ることに気を取られてしまい、他の事まで目が行き届かなかった。
二人は暫く応戦しあっていた。
そこに部屋の奥からマーサが痺れを切らしたかのように現れた。目の前にベアトリスが立っている。
──まだライフクリスタル奪ってないの。とっくに終わってるかと思ったのに。でもなんか急にお客も増えてどうなってるの。
マーサは後ろからベアトリスの口を手でふさぎ、もう片方の手で抱き抱え込むように押さえつけた。
ベアトリスは不意を襲われて、身動きが取れなくなってしまった。
「コール、何してんのよ。ほら捕まえたわよ。早くライフクリスタル取ってしまいなよ」
「さすがマーサだ。気が利くぜ」
パトリックとヴィンセントが戦っている側を、コールは悠々と歩いてベアトリスに近づく。
「コール! 卑怯だぞ。やめろ!」
パトリックの攻撃を受けながらヴィンセントは叫ぶ。
「何が卑怯だ。戦いに卑怯もくそもあるか。ベアトリスを救いたいのならそいつを始末したらいいことだろ」
コールに正々堂々とした策など、はなっから通じないのはヴィンセントも判りきっていた。
「パトリック、目を覚ませ。ベアトリスが危ないんだ。頼むから目を覚ましてくれ」
懇願するヴィンセントに容赦なくパトリックの剣はヴィンセントの肩を貫く。ヴィンセントは声を上げ酷く苦しみだした。
ベアトリスは口を押さえられたまま、目の前の状況に悲痛の叫びをこもらせた。このままではヴィンセントはパトリックに殺されてしまう。二人を助けたいがために、近づいてきたコールに救いの眼差しを投げかける。そして自分がどうすべきか悟っていた。
「さて、ベアトリス。さっきは邪魔が入ったが、今度こそライフクリスタルを頂く。もう抵抗するなよ」
ベアトリスは体の力を抜きあっさりと大人しくなる。マーサは自分は必要ないと押さえていた手を離し、コールの邪魔にならないように少し離れた場所に移動 した。
「なんだちゃんと言うことを聞けるじゃないか。いい子だ」
「お願い、パトリックを元に戻して。そして二人には手を出さないって約束して。そしたらライフクリスタルあなたにあげてもいい」
「取引きか。いいだろう。最後の願いくらい聞いてやろう(と一応言っておこう)」
「ベアトリス! そいつが約束なんか守るはずがない。俺のことはいいから、早く逃げるんだ」
ヴィンセントはパトリックを抑えながら必死に叫ぶ。
「もう逃げても無駄なのは私がよく一番知ってる。コールからは逃げられない」
ベアトリスは目を閉じた。
コールは再びベアトリスの胸に手をかざして光を吸い取る。光が徐々に集まりだし形を形成し出した。ベアトリスの意識が遠のき始める。
「ベアトリス! くそっ! パトリックいい加減に目を覚ませ、ベアトリスが死んじまうぞ!」
ヴィンセントは一か八かに賭けた。パトリックの首根っこを押さえつけて持ち上げる。パトリックは息ができなくなり苦しさで足をバタバタさせていた。
死の淵を彷徨うほどに窒息しかけていたとき、背中から影が三体浮き上がりそうになってきた。パトリックが先に死ぬか、影が先に出るか、ヴィンセントの手も震え出す。
パトリックの顔は真っ青で危険な状態となり、影はとうとう見切って三体ともパトリックの体から飛び出した。ヴィンセントはすぐにパトリックから手を離 し、三体の影を切り刻んだ。
パトリックは床によつんばになって、何度も苦しそうに咳き込んで喘いでいる。
「パトリック生きてるか」
「ああ、生きてるよ。僕に何をしたんだ」
「説明は後だ。ベアトリスが危ない」
二人がベアトリスを見たとき、ベアトリスは伐採した木のごとく床に倒れこんだ。
そしてコールの手には光り輝く丸みを帯びた透明な石が握られていた。それを手にしながらコールは大声で笑っていた。
「ベアトリス!」
ヴィンセントもパトリックも悲痛な叫び声を上げた。
その瞬間破るようにドアが開き、リチャードとアメリアが駆け込んできた。二人は一瞬で状況を把握すると真っ青になった。
「遅かったなリチャード。ライフクリスタルは頂いたよ。これで全てが俺のもの」
コールは高らかに笑い勝利宣言をした。
ヴィンセントは床に無残に転がったベアトリスを見て怒りを爆発する寸前まで来ている。
「ヴィンセント、怒りで爆発させても何も解決にはならない。落ち着くんだ」
リチャードが叫んだ。
パトリックも、アメリアも、呆然と立ちすくみ、悲痛な思いで泣き叫んでいた。怒りと悲しみが絡み空気がよどむくらいの振動があたり一面にいきわたる。
誰もがショックで打ちのめされていたとき、周りが急激に乳白色の柔らかい光に包まれ、暗い部屋から突然違う空間へと移された。周辺は霞が漂った柔らかい感触の光で満ち、優しい白さに包まれて癒されるような空間だった。
「なんだ、ライフクリスタルを奪った影響なのか。もしやここはホワイトライトの住む場所か」
コールは周りを見ながら呟いた。
「大雑把に言えばそうでもあるが、厳密にいうとここは私が作った隠し部屋みたいなもんだ。ここも時間の概念がない。永久に永遠の場所。ここに居る限り全てはそのままで何も変化しない」
「誰だ?」
突然コールの側にブラムが姿を現した。コールは警戒して身構えた。
「ブラム! どうしてもっと早く来てくれなかったのよ。ベアトリスのライフクリスタルが奪われしまった。彼女は彼女は」
アメリアが責め立てて泣き叫ぶ。側でリチャードがなだめるように彼女の両肩を支えていた。
「安心しなさい。ベアトリスはまだ死んではいないし、そのライフクリスタルもまだ完全じゃない」
「あんたも、ホワイトライトか。どういうことだ、これが完全じゃないとは」
コールが聞く。
「それはあることをして初めて意味を成す。ほらごらん、その証拠にベアトリスが目を覚ましたよ」
ベアトリスは目を開き、体を起こそうとするが力がなく立ち上がれない。重力に押し付けられるように地面に倒れこんでいた。
パトリックが咄嗟に走りより、ベアトリスを支えた。
「パトリック、元に戻ったんだね。よかった」
ベアトリスは声を絞り出し笑顔を見せる。パトリックは言葉につまるが、涙を一杯溜めた目で慰めようと精一杯の笑顔を返した。
ベアトリスが辺りを見回し、アメリアとリチャードが居ることを知って安心した表情になった。ヴィンセントも野獣の姿ながら無事を確認して満足していた。 そして髪の長い男に視線がいった。
「あなたは、あの時の人」
「やあベアトリス、覚えていてくれたんだね。中々私を呼んでくれないから、近づきようがなかったよ。忘れられたかと思っていた」
ブラムが状況も把握せず何事もなかったかのように軽く笑いながらしゃべる。
「ブラム、どういうこと。いつベアトリスに接触したの」
アメリアが驚いて口を挟んだ。
「そんなに驚くことでもない。私は少しベアトリスの苦しみを和らげようと試みただけだ。自己紹介も兼ねてだったが。だが無視されてしまったようだがね。 おっと、こんなことはしてられない。ライフクリスタルを奪われたらこの空間でもベアトリスの存在が危うくなってしまう」
「おいおい、勝手なおしゃべりは遠慮して貰おうか。それよりもどうすればこのライフクリスタルが完全になるんだ。教えろ」
コールはブラムに飛び掛るが、ブラムはすっと姿を消したように避ける。
「俺よりすばしっこいじゃないか」
「コール、そなたは私を捕まえることはできない。以前もそうであっただろう。私の気を掴みながら見つけることもできなかった」
「おまえ、あの時の奴か。やはりからかっていたのか。くそー」
コールは意地になりブラムを追いかけるが何度捕まえようとしても手を延ばしたとたんに姿を消して、違うところに現れた。
「ブラム、遊んでないでベアトリスを助けて」
アメリアが叫んだ。
「パトリック、ベアトリスをこっちに連れて来い」
「はい、ブラム様」
パトリックはベアトリスを抱きかかえ、ブラムの側に運ぶ。
ブラムは空中で息を吹きかけやわらかな白い霧を発生させる。それをかき集めベッドのようなものを作り上げた。
パトリックはベアトリスをその上に寝かせる。そのベッドはふかふかとした真綿でできた空に浮かんだ雲のように見えた。
「ベアトリス、寝心地はどうだい」
ブラムが聞くと、ベアトリスは寝心地のよさを弱々しい笑顔で表現していた。
「かなり弱ってきたみたいだ。言葉も発せられないか。これは早くしないとヤバイかもしれない」
「ブラム様、ベアトリスは助かるんですか。教えて下さい」
パトリックが不安でたまらない表情を見せる。
「コールの持ってるライフクリスタルを元に戻さない限り、ベアトリスはこのままでは消滅してしまう」
コール以外の全てのものは嘆いた。
「おいおい、いい加減にしてくれないか。追いかけっこさせられるだけでも頭にくるのに、さっきから途切れ途切れに話すから話が見えずにイライラするじゃな いか。もっと俺にもわかるように説明してくれないか」
コールがライフクリスタルを何度も宙に投げたり掴んだりとこの状況に呆れだした。
ベアトリスの命でもあるライフクリスタルを玩具のように扱うコールに、ヴィンセントもパトリックも我慢ならない。隙をついて奪い返そうと気を抜かずに コールを睨んでいた。
「ライフクリスタルはホワイトライトの命でもあるが、持ち主があることをしなければそれは奪われても正常に機能しない仕組みになっている。ライフクリスタ ルを奪われてもホワイトライトは暫く生きていられるが、ある程度の時間が経てば体は消滅しそれは死を意味する。アクティベイトしていないライフクリスタル もまた同じように消滅する」
「だったらどうすれば、これはアクティベイトするというんだ。ベアトリスが消えるまでに何をすればいいんだ」
コールはクリスタルライフを握り締め問うた。
「私がそれを言うと思うか。このままではライフクリスタルまで消滅してしまうぞ。ここは一度ベアトリスに返した方がいいのではないのか」
「そんな手に乗るか。お前が白状しないのならこっちから聞き出すまでさ」
「だから無理だというのがわからないのか。私を捕まえられぬ」
「だったらこれはどうだ」
コールは素早いスピードでアメリアを人質にしようと襲い掛かった。しかしブラムはお見通しのように余裕で笑みを浮かべる。
「だから無駄だというのが判らないのか」
アメリアはすっと姿を消すと、ブラムの側に瞬間移動をした。コールは肩透かしにあい、近くにいたリチャードに取り押さえられた。
「アメリア、これで判っただろう。思い人を引き寄せる力。私が君を愛していなければ使えない力だ」
アメリアを目の前にブラムは微笑んで語った。アメリアはそれでも素直になれず、顔を背けた。
「思い人を引き寄せる力…… 愛していなければ使えない力」
ヴィンセントが呟いた。
コールはリチャードと揉み合った。リチャードも必死にベアトリスのライフクリスタルを奪おうと、コールを締め上げるが、コールに怪我をした傷を攻撃され、 一瞬の怯みに取り逃がしてしまった。
「いつまでそこに突っ立てるんだ、ヴィンセント。命を賭けてでもベアトリスを守るんじゃなかったのか」
ブラムに言われ、ヴィンセントははっとする。野獣の姿のまま、恐ろしい形相で立ち向かう。破壊の力を使おうとするが、パトリックに刺された肩が痛く力が入らなかった。
リチャードも左腕に負った傷を庇いながらヴィンセントと協力してコールに立ち向かう。
傷が邪魔をして二人とも本来の発揮ができないでいた。
「あの傷はデバイスの剣で負ったもの。パトリックがやったのか」
ブラムが三人の戦う姿を高見の見物のように見ながら聞いた。
「全く二人を傷つけるつもりはなかったのですが、結果的にそうなってしまいました」
「そうか。そんなに悲観するな。ディムライトとしてダークライトを始末するのは悪いことではない。お前は当然の義務を果たしただけだ。コールはともかくとして、あの二人も我々には邪魔な存在。パトリック、あの二人を始末するんだ」
パトリックは衝撃を受けていた。
「ちょっと何を言ってるの、ブラム。リチャードもヴィンセントも私達の味方。それはあなたもわかっていることじゃない。パトリックだってそんな命令に従えるはずがない」
アメリアが非難した。
「パトリックは私の支配下にある。そして私に忠誠を誓ったディムライト。私の命令には背けない。背けばそれが何を意味するかパトリックにはわかっているは ずだ。今ならあの二人はコールに気を取られている。不意をついて背後から剣で突き刺せば始末できる。それにヴィンセントは君にとっても邪魔な存在だろ。さ あ、やるんだ」
「ブラム、めちゃくちゃなこと言わないで。パトリック、言うことなんて聞かなくってもいい。ブラムは狂ってるわ」
「私が狂ってる? その狂ってる私を好きでいてくれたのは誰だ? 呼び寄せる力は、本人が愛しているだけでなく、相手も同じ気持ちを持っていなければ反応しないのはアメリアも良く知っているだろう」
「やめて!」
アメリアは子供のように耳をふさぎ、無駄だと判っていても頭を強く振って逃れようとした。ブラムの言う通りと判っていても自分の本心が素直に認められず許せない。
ブラムの言葉ですっかり心乱され周りが見えなくなった。
「さあ、パトリック、あの二人を始末しろ。その間にコールは私が始末をしてライフクリスタルを奪い返す。早くしないとベアトリスが消えてしまうぞ」
パトリックはブラムの命令には逆らえなかった。ホワイトライトは絶対的存在であり、命令に従わなければ自分自身の存在、家族や親戚、そして自分の町の全ての ディムライトに影響を与えてしまう。
パトリックは背に腹は変えられなかった。
ベアトリスの青ざめた顔を見つめ、パトリックは覚悟を決めた。
デバイスを握る手に力が入り、勢いで蓋を開けると同時に光が鋭い閃光になり剣の形を成す。
ヴィンセントの背中にフォーカスすると何も考えられず、一心不乱で構えを崩さずパトリックは走り出した。
加速した勢いに任せその剣をヴィンセントの背中にずぶりと突き刺す。
「うっ」
ヴィンセントは声を漏らし、視線を胸元に向けると、光の剣が突き出ているのを目にする。痛みよりも、突然の予期せぬ攻撃に判断力を奪われ戸惑った。
パトリックは歯を食いしばり、悲痛な叫び声とともにその剣を抜いた。
それと同時に口から血が吐き出され、ヴィンセントはガクッと跪いた。
「ヴィンセント!」
リチャードが驚き、動きが止まる。
コールもまさかの展開に一瞬静止した。それをブラムは見逃さなかった。すっとコールの側に瞬間移動して手に持っていたライフクリスタルをあっさりと奪い取った。
ブラムは口角を少し上げて冷ややかな笑いを浮かべたとたん、コールの腹に手をかざしてまぶしい光を大砲の弾を発射するかのごとく解き放つ。
その光はコールの体を勢いよく通り抜けていった。
コールは腹を抱えこみ膝をつき、上から見下ろすブラムを目を見開いて固まったように凝視していた。体が震え出すと前屈みに倒れ込み、深い吐き出すような 咳がゴホッと二、三回溢れ出ては苦しそうに喘いでいた。
「すまないね。だがそなたの火の粉だ。それが自分に降りかかっただけだ」
ブラムは冷血な眼差しを向けた。
パトリックは今度はリチャードにフォーカスする。そして剣をリチャードに向けて突き刺そうとするが咄嗟に避けられた。
「どうしたんだ、パトリック。なぜ私達を狙う」
パトリックは自分の意思ではないと葛藤した苦しい歪んだ顔をリチャードに向けた。リチャードはすぐにブラムの仕業だと読み取った。
だがパトリックはやり遂げなければならなかった。地響きがするくらいのありったけの声をあげリチャードに再び襲い掛かる。
リチャードは覚悟を決めて抵抗はしなかった。あっさりとパトリックの剣がリチャードの体を突き抜けた。
パトリックは断腸の思いで剣を引き抜き、息を荒くして呆然と立つ。リチャードは傷口を押さえ、フラフラとしながら地面に倒れこんでいるヴィンセントの元で崩れこんだ。
ヴィンセントは辛うじてまだ息をして、意識があった。急所は外れているようだった。
リチャードに支えられ体を起こした。
リチャードも急所を外れるようにわざと刺されたので命には別状がなかった。だがダメージは大きい。とにかく様子を見るしかなかった。
「パトリック、よくやった。お前はやはり優れたディムライトだ。誇りに思う」
「早くベアトリスを助けて下さい」
パトリックは一刻も争うとブラムをせかした。
ブラムは落ち着けと言わんばかりの余裕の笑みを見せるが、その笑は次第に声を伴い、最後には天下を取ったような勝ち誇った態度で声を高らかにあげた。
パトリックはその態度を見て、困惑していた。
ヴィンセントとリチャードも訳が分からないと様子を見ていた。
「ヴィンセント大丈夫か」
「ああ、なんとか生きてるよ。親父はどうなんだ。なんでパトリックが俺たちを殺そうとするんだ」
苦しそうに喘ぎながらヴィンセントは答えた。
「パトリックはブラムに逆らえないだけだ。命令を下したのはブラムだ」
「しかしなぜ。俺たちはただベアトリスのライフクリスタルを取り返そうとしただけだ。それなのにどうしてこんな仕打ちを」
「これには何かある。とてつもないことをブラムは企んでいる」
「コールはどうなったんだ」
「アイツは虫の息だ。このままでは奴が死ぬのは時間の問題だ。そして私達も危うい。最後にブラムは私達にもとどめを刺す事だろう」
二人はこれからどうなるのか、声を上げて笑っているブラムを窮しながら見ていた。
ブラムの笑い声が消えると共に、彼は突然姿を消した。全てのものが唐突なブラムの行動に戸惑い、彼を探し求めた。
そしてブラムが再び現れたとき、彼の腕には静かに眠った美しい女性が白い布に包まれて大切に抱えられていた。ブラムの女性を見る目つきで取り憑かれたほ どに心を奪われているのが誰の目にも映った。
肌の色は透き通るように白く、それに映えるように 栗色の長い髪がとてもつややかに光っている。
雲のようなベッドをベアトリスが寝ている側でまた作り、その女性を丁寧に寝かした。二つのベッドが横に並んでいる。そのベッドの間にブラムは挟まれて立っていた。二人の顔を交互にみて落ち着きを払っている。
ブラムが連れて来た女性を見て一番驚いたのはアメリアだった。
「ブラムこれはどういうことなの。どうして彼女がここにいるの」
「エミリーのことかね。彼女はここでずっと眠っていたんだよ」
「彼女は死んだはずよ。崖から海に飛び込んだはず」
「見つかったのは、遺書と彼女の持ち物、そして海に浮かんだ彼女の服の一部。だが死体は見つからなかったんじゃなかったのかい?」
アメリアはその通りだと黙りこんだ。
「彼女は確かに海に飛び込んだ。私はそれを見ていたのさ。そして彼女を救っただけ」
「じゃあ、どうしてこんなところで眠っているの…… まさか」
ブラムの意図に気づいたアメリアの体から震え上がるような恐ろしさがこみ上げる。ベアトリスを見つめ引き裂かれるほどの悲痛な表情に顔を歪めた。
「やっとわかったかい。私はこの時を待っていた。エミリーに永遠の命を授けるためにね。ベアトリスのライフクリスタルを狙っていたのはこの私だ。私が全てのことを仕掛けた」
これにはそこで話を聞いていた全てのものが仰天した。命が消えかけそうなコールですら、少しの命のともし火がある中で驚いていた。
「ブラム様! どういうことですか。あなたは最初からベアトリスのライフクリスタルを狙っていたっていうことは、はなっからベアトリスを救うことなどな かったということなんですか。それを承知で僕にこの二人を殺せと命令したなんて」
パトリックの心は悔しさと悲しみで絶望していた。しかし怒りが強く心に現れると、ベアトリスを救おうとブラムに剣を向けていた。
「愚かもの! 私に逆らえばどうなるかわかっているんじゃなかったのか」
ブラムは容赦なくパトリックに光の矢を放つ。
「パトリック危ない!」
持てるだけの力を振り絞るようにヴィンセントは立ち上がり、必死で素早くパトリックの前に立ちはだかった。野獣の固い腕に光の矢が刺さった。
「ヴィンセント、お前…… どうして僕なんかを庇うんだ。僕はお前を殺そうとしたんだぞ」
「ああ、二度もな。だが、お前はわざと急所を外した。本当は殺したくなかったのはわかっていたよ。どんなに俺のことを憎んでいてもな」
ヴィンセントは矢を引き抜きながら振り返りブラムを睨んだ。
「さあ、そのライフクリスタルを返してもらおう。それはベアトリスのものだ」
「そうは行かない。私はどれだけ絶望にひしがれていたと思う。どうしてもライフクリスタルが欲しかった。だが私はホワイトライトだ。仲間の命を奪えるわけがない。そんな時ベアトリスは私の願いを叶えるように生まれた」
「お前の願いを叶えるために生まれただと、どういうことだ」
「ホワイトライトは永遠の命を持つもの。自分達の世界では年を取らず、時間は永遠に止まったまま。そこでは子供も作れない。本当に子を望むものは地上に降 りて子を授かるしか方法はない。そして子供がある程度大きくなればホワイトライトの力も宿り、いつでも自分達の世界に戻れたはずだった。だがベアトリスは 違った。彼女の母親は出産直後に不幸にも命を落としてしまった。地上界ではホワイトライトといえども死が訪れてしまう。そしてホワイトライトは永遠の命を もつだけに母親の命を奪って生まれてきた子供を非常に嫌う。その子供はホワイトライトとしては認められずノンライトとしてここで暮らさねばならない。その 時力は封印されるが、10年以内にホワイトライトの力が一度でも芽生えればライフクリスタルが体に成形され、もう二度と封印できなくなるということだ」
ヴィンセントはそんな理由があったと知って、自分が原因で引き起こしたことをまたここでも悔やんだ。
ブラムはさらに話を続けた。
「ダークライトに奪われればホワイトライト界が危うくなることから、力が宿ればベアトリスは抹殺されることが決まっていた。それが私には都合がよかったと いうことだ。彼女の持つライフクリスタルを堂々と手に入れることができるからだ」
「それで何も知らない私にあの時ライフクリスタルを奪わせようとしたのね」
アメリアが口を挟んだ。
「そうだ。君は私から縁を切ることを条件に意味も知らずにこの仕事を引き受けた。だがもう少しというところでリチャードが邪魔をした。ベアトリスを守るため、ディムライトたちからも遠ざけるために、あのとき、ベアトリスの養父母たちが事故に遭ったように見せかけて、影を使って偽装した」
「そうだ、私は息子を救ってくれたベアトリスを守りたかった。ライフクリスタルを奪われないためにも私たちが守り通すとあの時あなたの目の前で誓ったはず だ。それなのにあなたは最初から奪うチャンスを狙っていたなんて…… いや、違う、狙っていたんじゃない。最初からそう仕向けていたんだ」
リチャードは突然はっとした。
「今さら気がついたのか。そうさ、お前達親子があの町に行くように仕向けたのも、ベアトリスがホワイトライトの力を発揮させるように私が企んだ。私の計画 としてはリチャードが自分の病弱な妻の命を救いたいがために、ベアトリスを利用すると思っていたのさ。ダークライトはホワイトライトには敏感だ。絶対気が つくと思っていた」
「だが、力を目覚めさせたのはこの俺だったってことか」
「ああ、読みは外れたが、却ってより強力にベアトリスは力を発揮することができた。実は私も焦っていたんだ。10年を過ぎてからでは力が失われるために、 その前にどうしてもベアトリスの力を目覚めさせなければならなかった。お前には本当に感謝してるくらいだ。ヴィンセント」
「僕はそんな事も知らずにブラム様に忠誠を誓い、本来守るべきベアトリスを陰で裏切っていたということなのか」
パトリックが押さえきれない感情を抱えて自分の立場を酷く呪っていた。
「通りで、何もしなかった訳だ。これも最初からコールにベアトリスを狙わせるように仕向けていたってことか。俺たちも随分もてあそばれたもんだ」
ヴィンセントの目が一層赤く炎のように燃え出した。怒りが収まらない。
「さて、おしゃべりが過ぎたようだ。早くしなければ折角のベアトリスのライフクリスタルが無駄になってしまう」
ブラムはすっかり冷え切ったベアトリスの腕を取った。
「一体ベアトリスをどうする気なの」
アメリアがベアトリスを渡さないようにと横たわっている彼女を守ろうと抱きつく。
「そんなことをしても無駄さ。私は彼女の一滴の血がほしいだけだ」
ベアトリスの指先をブラムはかみそりの刃を振りかざすように細い光を爪に灯して切った。
赤い小さな玉が彼女の指先から現れた。
そしてライフクリスタルを下にして上に掲げた彼女の指先から小さな赤い雫が滴った。
血がライフクリスタルの表面に落ちたとき、化学反応を起こしたように輝き出した。まるで命を与えられた生き物のようにリズムを打って光っている。
「完全なライフクリスタルの完成だ」
ブラムは歓喜に溢れる。それをエミリーの心臓めがけてはめ込もうとした。
アメリアがブラムの腕を掴み泣きながら叫んだ。
「やめて、ダディー!」
ブラムの動きは止まったが、アメリアの一言で周りのものも驚きで息を飲む。
「ブラムが、アメリアの父親…… そうするとあれは母親?」
ヴィンセントが無意識に呟いていた。
アメリアはブラムに抱きつき懇願した。
「ダディ、こんなことしてもママは喜ばない。お願い、やめて」
「アメリア」
「ママは私に謝っていた。ダディを私から遠ざけたことは全て自分の責任だって。ママもダディを愛していたから、どうしてもダディを守りたかったの。自らを犠牲にしても」
「どういうことだ」
「ダディはいつも傷だらけになっていた。地上ではダークライトに命を狙われてたからいつも襲われた。ダディが強いのはわかっていたわ。その傷もすぐに治せ ることも。だけどママはそれを毎回見るのが耐えられなかった。そこまで危険を冒して自分と過ごす意味があるのかママは悩んでいた。いつかダディがやられる んじゃないかって思うとママは心配で夜も寝られなかったの。ママはノンライトだったけど、ダディの世界のことを一生懸命理解しようとしていた。そんなとき ママはダークライトに襲われたの。ダークライトがママを利用してダディの命を狙おうと企んでいた。でもそのときは運良くディムライトの助けもあって逃げる ことができたけど、この先も同じことが起こったり、今度は私にも危険がふりかかるかもしれないと、ダディを追い詰めると思って我慢できなくなった。その時 自分が不治の病に侵されていることを知って、それで別れる決心が固まったの。ダディを解放するためにわざと愛想をつかしたフリをしたのよ。そして私を里子 にやって身を隠させ、自分もまたダークライトに利用されないようにと自ら命を絶った」
ライフクリスタルを持つブラムの手が震えていた。
アメリアはブラムに抱きついた。今度は自分の心情を語り出す。
「ダディ、私は自分の気持ちに嘘をついていた。ダディはいつも優しくてかっこよくて私の憧れの存在だった。私には自慢のダディ。でもホワイトライトの力を 知ってそれが憎らしかった。私が子供の頃、興味本位で黙ってダディのライトソルーションを飲んでしまってから私の体のメカニズムが変わってしまった。ダ ディにとても怒られたのを覚えているわ。ダディに怒られたのはあれが初めてだった。ダディは地上界で私にホワイトライトの苦しみを与えたくなかったんで しょ。私もホワイ トライトの世界へいけない身分だったから。でもあの水を飲んだあとは遅かった。中途半端な力を得てしまい、私は一生あの水を飲まないとここで生きていけな い体になってしまった」
全ての者はアメリアの話を静かに聞いていた。アメリアが自分に厳しく誰にも容赦しない態度を取る理由がわかるようだった。彼女の心の痛みが見えてくる。
「それからよ、私はホワイトライトの力を恨んだ。ママや私をダディから遠ざけ、苦しみしか与えなかった。何が人々を幸せに導く力よ。私達を却って不幸にし ただけ。そしてそれに関わるディムライトですら憎らしかった。自分の利益のために、力に支配されその通りに動き、私に媚を売る人々が鬱陶しかった」
アメリアが目に涙を溜めながらブラムを見つめる。
「私は怒りの矛先をダディに向けてしまった。本当は大好きでたまらないのに、全てはダディのせいだって、ダディに素直に向き合うことができなくなった。そ んな時またダディは私に接触をしてきた。その時、この計画を思いついたのね。だけど久々に会ったダディの昔と全く変わらない姿に私はショックを受けた。私 はダディの年に近づき、そしていつかはダディよりさらに年を取ると気がついたから。益々ホワイトライトを恨んだわ。自分の父親より年を取るのが惨めだっ た」
「アメリア、すまない。どんなに償おうとしても君には償いきれない」
「いいえ、できるわ。ベアトリスのライフクリスタルを返して。もうこれ以上ダディを憎ませないで」
「アメリア、許してくれ。私にはエミリーが必要なんだ。エミリーがいない世界は私には耐えられない。彼女は初めて私の心を満たしてくれた存在。いい加減といわれるこの私を優しく包み込んで全てを受け入れてくれた」
──全てを受け入れてくれた……
ブラムの言葉をヴィンセントは感慨深くじっと聞き入っていた。自分のベアトリスを想う気持ちと全く同じだった。
「だからといって、他のものを犠牲にしてその上でママが幸せになるとは限らない。苦しみしか残らないはずよ。お願いダディ、目を覚まして。ベアトリスが死んでしまったら、ダディと全く同じ気持ちを持つ者がいるのよ」
ブラムははっとした。じぶんと同じ気持ちを持つ者。ヴィンセントに無意識に目がいった。暫く睨み合いが続き、ブラムはキッと口を一文字に結んで 何かを決意した。
「ならば、ヴィンセント、私と勝負をしろ。お前が勝てばこれはベアトリスに返してやろうじゃないか。しかし私が負けるとは思わないが」
ブラムは蔑んだようにヴィンセントを睨みつけ勝負を叩きつけた。
「いいだろう。その勝負受けて立つ」
「いいか、これは真剣勝負だ。命を賭けてかかって来い。私を殺すつもりでな。私も容赦はしない」
「やめてダディ、それではなんの解決にもならない。ヴィンセントもそんな挑発に乗っちゃだめ。そんな傷を負って無茶だわ」
ブラムはライフクリスタルを高く放り上げると、それはどちらかの勝利を見守るように宙に浮かんだ。
ベアトリスは必死で消え行く自分を保とうとしていた。弱々しく力が抜けていくのを耐えながら全ての話に耳を傾けていた。
引きとめようとするアメリアを強く払いのけ、ブラムはヴィンセントにシャープな視線を突きつけてゆっくりと距離を縮めていく。
静けさの中の張り詰めた空間。ブラムとヴィンセントの気持ちはぶつかり合い、押し込めるような重苦しさが二人にのしかかる。
背筋が伸び、自信たっぷりに貫禄を見せ付けるブラムに対し、ヴィンセントは黒光りする肌のあちこちから皮膚が裂けた赤いラインが浮かび上が り、すでにボロボロの状態だった。
だが負けられないと気迫だけは辺りを溶かしてしまうほどに熱く燃え滾る。
二人は至近距離からにらみ合った。
美しい姿のブラムと恐ろしい野獣の姿のヴィンセントは天使と悪魔の対決を連想させた。
「わかってると思うが、私を殺すにはお前は私のライフクリスタルを奪わなければならない。ここだ。ここから光を吸い取れば奪い取れる。それができない限り、どんなに私にダメージを与えたところで、私は自分で傷口を治せることを忘れるなよ」
自分の胸を押さえブラムは余裕の笑みを見せ付け、ヴィンセントを見る目は冷たく見下していた。
「本気で殺せということか」
「そうだ。情けをかけると命取りになるということだ。私は愛するもののためなら手段を選ばない。それはお前も同じなはず。覚悟してかかれ」
「その通りだ。ベアトリスを守るためならどんなことだってやってやる」
緊迫した空気が二人の間にピリピリと流れる。ブラムが片方の口角を上げてニヤリとしたとたん一瞬にして姿が消え、ヴィンセントの後ろに現れると手を構えてダメージを与える光を素早く向けた。
ヴィンセントは予め読んでいたのか、上空にジャンプしてそれを避ける。そして真上から破壊の力を手のひらに溜め込み、青白い炎とともにブラムに放した。
ブラムは余裕で笑みを浮かべて姿を消し、ヴィンセントの破壊の力はかすりもしなかった。
ヴィンセントが地面に足をつけると、ブラムは同時に目の前に現れ、ヴィンセントの腹めがけて拳をお見舞いした。
「なかなかやるな。だがやはりお前には私は倒せない。力を使わなくとも素手でやっつけられそうだ」
ヴィンセントは咳き込み、前屈みになりながら後ずさりした。
コールとの戦いの傷とパトリックから受けた傷が酷く不利にさせた。腹部を殴られただけで体は悲鳴をあげてしまった。
「ダディ、もうやめて。こんな戦いフェアじゃない。ヴィンセントの体は限界にきている」
「言ったはずだ、これは真剣勝負。どちらかが死ななければこの問題は解決しない」
「ヴィンセント、逃げて! このままではあなたは殺されてしまう」
「嫌だ! 俺はベアトリスを守るんだ」
アメリアが何を叫ぼうともう二人を止めることはできなかった。
パトリックも無茶な戦いに我慢がならず、デバイスの剣を手にした。だがいつのまにかリチャードが側により、そっと剣を持つ手に触れた。言葉なく、ただ首を横に振っている。
「リチャード、自分の息子が殺されようとしてるんですよ。何もしないで見ているだけなんですか」
「これは男と男の真剣勝負。そこに第三者は入り込めない」
「そんな悠長なことを言ってどうするんですか」
「私も愛するものを失ったもの。どちらの気持ちも痛いほどわかるんだ。私がブラムならやっぱり同じ事をしていたと思う。愛するものを取り戻す方法があるのなら、誰しもそこから抜け出せずそれに執着してしまうことだろう」
パトリックは黙り込んだ。リチャードの言う通りだった。だが自分は何もできないとがっくりと膝を落として地面を何度も叩いて嘆き出した。リチャードはパ トリックの肩に優しく手を置き、そう思うことも当たり前の行為だと肯定してやった。
ヴィンセントが必死でブラムの動きについていこうとするが、常に瞬間移動をされ捕まえることも側に寄ることもできない。
振り回されて余計な体力を使い消耗が激しくなる。
動きが鈍った隙をつかれ、ブラムが四方八方から再び現れるときに攻撃を受け、さらなるダメージを受けていた。
ヴィンセントはそれでも諦めず、鋼鉄の気力をもって挑んだ。捨て身の戦いだった。
コールは消え行く命の中、横たわりヴィンセントとブラムの戦いを見ていた。
命がけで愛するものを守る姿勢を見ていると、かすかにマーサの姿が浮かんできた。死を直前に気弱になり、最後の最後で何かを大切に思う気持ちに気づいたことを自分らしくないと嘲笑った。
そして暫く一緒に過ごしたゴードンのことも脳裏によぎる。一人で強がっていても、何かに慕われて側で支えてくれていた有難さがこの時になって身に染みる。
これが人生の最後に考えることなのかと死の淵でありながらおかしくなり、弱々しくも笑っていた。
全てを覚悟して、その時を迎えるまでコールは目の前の戦いを見続ける。
客観的に見ていたとき、ブラムの動きに不自然なところを見つけた。瞬間移動するとき、必ずと言っていいほど、ブラムは一度両手を合わせていたことに気づいた。
はっとすると同時に、腹から声を絞り出して必死に伝える。
「ヴィンセント、奴の手を狙え。そいつは両手を合わせないと瞬間移動できない!」
その声が届いたのか、ヴィンセントはブラムが瞬間移動で手を合わせないように咄嗟に破壊の力を数発連続で送り込んだ。それを避けようとブラムが気を取られている隙をつき、ヴィンセントはブラムの前に素早く移動し、彼の片方の手首を掴んだ。
まじかで顔を合わせ睨み合いながら、ヴィンセントはありったけの強い力を出し切ってブラムの手首を握り潰すと、うめき声と共に鈍くボキボキと砕ける音が聞こえた。
「それで私の動きを封じ込めたつもりかね」
ブラムは全く応えていないとヴィンセントの腹に膝で蹴りこむ。
ヴィンセントは蹴りをまともに受け、苦しい歪んだ表情でふらつきながら後ずさった。その間にブラムは砕けた手首をもう片方の手で握り締めると、手首は乳白色の光に包まれて、元に戻っていった。
その手首を動かし無駄だったとヴィンセントに見せ付ける。
「言ったはずだ。私は自分で傷を治せると。まあいいだろう。瞬間移動ばかりではまともに戦うこともできないだろうから、それは封印してやろう。それにそろそろとどめをさす頃だ」
息を切らして激しく肩を上下にヴィンセントは動かしていた。この時ブラムの攻撃を受けたらひとたまりもないことをヴィンセント自身体で感じ取っていた。
気力で立っているだけでもう攻撃する力も残っていない。そのとたん悔しさを滲ませてヴィンセントは元の姿に戻った。せめて死ぬときは人間の姿でいたいというつまらない意地だった。
「そっか覚悟を決めたということか」
ブラムはクリスタルが幾つも隆起したような光を構えた手から発生さすと、それをヴィンセントめがけて放ちた。
それを見ていた誰もがヴィンセントの死を予想した。
父親であるリチャードも歯を食いしばり、我が子が目の前で殺されるのを助けることもできずにひたすら直視していた。
ブラムの放した光はヴィンセントの体を突き抜けた。
ヴィンセントは倒れそうになるのを必死に堪えて死に場所を求めベアトリスの元へ足を動かした。
「ベアトリス…… ごめん、俺、君を救えなかった」
誰もブラムの前では何もできず、ただその光景を悲痛な思いで静観することしか選択はなかった。
ベアトリスはヴィンセントの声をキャッチした。ありったけの思いを込めてヴィンセントを強く求める。ヴィンセントは思い人を呼び寄せる力によって、ベア トリスの側に瞬間移動した。
ベアトリスを覗き込み、笑みを浮かべて、最後の力を振り絞りヴィンセントはしっかりと彼女を抱え抱き上げた。
「俺にこんな風に抱かれるのが嫌だっていつか言ってたね。でも俺はほんとはあの時こうしたかったんだ。君を大切に抱きかかえたかった」
ベアトリスは涙を流し、消え入りそうな声で囁いた。
「ヴィン…… セント、あ…… いして…… る」
「俺もだ」
ベアトリスを抱えながら、ヴィンセントは尻餅をつくように倒れこんでしまう。
ベアトリスを抱きしめる手は決して放さなかった。ベアトリスを胸に抱きヴィンセントは一つになろうと愛しく抱擁する。二人は重なったまま静かに倒れこんだ。それでも一緒に死ねることが最高の幸せだとでもいうくらい二人は満ち足りた幸福の顔をしていた。
アメリアはそれを見て泣き叫ぶ。怒り狂うほどの炎が見えるくらいの目でブラムを呪った。ブラムに近寄り、手を彼の胸の前にかざす。
「私があなたのライフクリスタルを奪ってやる。嫌なら今度は私を殺すといい」
ブラムはアメリアの手首を握り、その時ばかりは父親らしい目で自分の娘を愛しく奏でるように見つめた。
「父親らしいこと何もしてやれずにすまなかった。それでも私は君のことをいつもいつも愛していたよ。エミリーと同じ目を君はしている。その目で見つめられ るのが私の喜びだった。私が犯したことは最低だ。自分でもよくわかっている。さあもっと憎むがいい。その方が私も救われる」
ブラムは握っていたアメリアの手を自分の胸に近づけ自ら自分のライフクリスタルを掴ませた。
アメリアは、目の前の光景に気が動転して抵抗することもなくブラムのなすがままになっている。
ブラムのライフクリスタルがアメリアの手の中で形をなしたとき、ブラムは自ら指を噛み血を流す。その血をライフクリスタルに滴らせた。
「ダディ、どういうこと」
「さあ、これをヴィンセントに埋め込むんだ。早く」
ブラムは宙に浮いていたベアトリスのライフクリスタルに向かって、指で何かの指示を与えると、それはベアトリスの胸へと戻っていった。
誰もが予期せぬブラムの行動に驚きを隠せなかった。
「ヴィンセントが息を引き取る前に、早くそのライフクリスタルをはめ込むんだ。さあ、もたもたするな」
背中を押され、何が起こってるかわからないままアメリアはヴィンセントに近づく。後ろを振り返ると、ブラムは呼び寄せる力を使ってエミリーを抱きかかえていた。
「ヴィンセント!」
ベアトリスが命を吹き返した。そして血だらけで倒れているヴィンセントを見て取り乱して叫んでいる。その声にはっとしてアメリアは咄嗟にかけより、ブラムのライフクリスタルをヴィンセントの胸に埋め込んだ。それはすっと彼の胸の中に溶け込んでいく。
まぶしい光がヴィンセントの胸で閃光を放つと、彼もまた命を吹き返し体を起こした。ベアトリスは素肌を露にしたヴィンセントに激しく抱きつく。
「一体どうなってるんだ。なんで俺生きてるんだ? 傷も治ってる」
ヴィンセントとベアトリスは一緒に立ち上がり、目の前のブラムに説明して欲しいと、疑問の目を向けた。
「この世界もそろそろ崩れてしまう。ベアトリスその前に、あそこにいるコールの傷を治してやってくれないか。今ならまだ彼を救える」
「私が? でもどうやって」
何もわからないまま、ベアトリスはコールに近づいた。コールはベアトリスを目の前に情けない表情を浮かべどうしていいかわからないでいた。目を思わず逸らした。
「彼の傷口に手をかざすんだ。そして心にイメージしたままの気を込めるといい」
ブラムに言われて、ベアトリスはその通りにしてみた。ぼわっと乳白色の光が傷口を包み込む。そして気力が回復されてコールもまた体を起こし、何が起こっ たか手で体のあちこちを触りまくって確かめていた。
「お前もほんと馬鹿だな。殺そうとした俺を助けるなんて」
ふんと鼻でコールは笑っていたが、その瞳は優しく輝き、ギラギラしたダークライトの野望が一切消えていた。
ベアトリスも思考能力が状況に追いつけない。キョトンとして自分の両手を見つめ、またブラムに視線を移した。
ベアトリスの側にヴィンセントが寄ると、リチャードもパトリックも助かってよかったと集まってきた。
パトリックはヴィンセントの肩に軽くパンチをお見舞いした。そしてベアトリスを見つめる。二人がお似合いだとパトリックは見守った。もう心の整理はできているようだった。
アメリアはブラムとエミリーを前に、悲しみに明け暮れた顔をして立っていた。
「ダディ」
「これでやっとエミリーと同じ世界にいける。最初からこうすべきだったのかもしれない。だけど私は意気地なしだった。だが、ヴィンセントとベアトリスが死 の淵で幸福な顔をしているのを見て思ったよ、死も悪くないってね。もういい加減永遠の命にも飽きてしまった。これ以上君が私より年を取るのも見たくないし ね」
「ダディ、ダディ! 私、ダディを愛してる」
「そんなこと判ってたよ、愛しのアメリア。さあ、私の力も弱くなってきた。この世界は崩れる。地上に戻ろう」
白い何もない空間から、辺りは朝日が柔らかく差し込むあの屋敷の中へと戻っていた。
そしてブラムとエミリーは地上の時間の流れに溶かされるように、その姿は突然に風化して輝く砂となって床にこぼれていく。そして最後には風にでも吹き飛ばされるかのようにすっと消えていった。
「ダディ、ママ。」
アメリアは笑顔で見送った。
ベアトリスがそっと側に寄り優しくアメリアを抱きしめた。
「これでよかったのよ、私のことは心配いらないわ。これからは自分とヴィンセントのことを考えなさい」
ベアトリスはヴィンセントを見つめた。全ての真実を知り、ようやくヴィンセントと向き合える。
リチャードもパトリックも祝福するように見ていた。
「コール! 一体どこへ行ってたのよ。急にみんなで姿を消すからビックリしたわよ。ところでライフクリスタルはどうなったの?」
マーサがコールに抱きついた。
「ライフクリスタル? そんなものもういらない。俺だけ長生きしたってお前がいなきゃ意味ないだろう」
コールはマーサを愛しく抱いた。
「どうしたの? なんだか急にやさしくなったみたい」
ヴィンセントとベアトリスに視線を移すとコールは声を掛けた。
「と、言う訳だ。もう俺はお前達を狙わない。だけど他のダークライトには気をつけるんだな。まあ襲われそうになったときは助けにいってやってもいいがな」
「ああ、その時は頼むよ」
ヴィンセントもコールに対してわだかまりはもうなかった。全てを水に流すことにした。
コールはバツが悪そうになりながら照れた笑みを返し、そして今度はリチャードに許しを請う。
「リチャード、俺はこの後どうすればいい? 罪を償うためにもお前に逮捕されるべきか」
「さあ、ザックの件は証拠があがれば逮捕できるが、あの状態ではお蔵入りだ。ザックには悪いが、お前は一生をかけて自分で罪を償え。もう悪いことしないと誓ってな。そうすれば私も見て見ぬふりだ」
「そっか、今すぐには中々変えられないだろうが、人を殺すことは封印するよ」
「当たり前だろうが!」
リチャードが突っ込むと辺りはブラックジョークにも取れる受け答えに少し苦笑いした。
だが、凶悪なコールが心を入れ替えたことは歓迎していた。
どこか和やかな雰囲気が漂う中、全てがこれで解決して終わるはずだと誰もがそう思っていたその時、突然十数人の白い服を着たものが現れ、ヴィンセントはその中の二人に素早く腕を掴まれ押さえ込まれた。
「お前達は誰だ。俺に何をする」
アメリアだけがその事態を飲み込み、真っ青になった。