朝が来ると、憂鬱さが一層増し、学校に行きたくない気持ちが現れ、起きられずに、ベッドの中でぐずぐずとしてしまう日が多くなった。
何もかも普通に暮らしていた日々が今となっては懐かしい。
ジェニファーの親友と思われ、ヴィンセントとも友達として仲がよかったあの頃のことを思う。
ヴィンセントを好きになればなるほど苦しく、そして最悪の状態になっていく。親友を失い、ヴィンセントともすれ違い、そして自分は一人ぼっち。
学校という場所が針のムシロとなり、苦しみしか味わえなくなった。
少しでも苦痛を回避したいがために、ヴィンセントとは目を合さないようにしてしまう。改善しようと立ち向かう気持ちなど全くなかった。
かつて思いを強く胸に抱いて頑張ろうとしていた気持ちは、ヴィンセントを見ると意気消沈し、そういう気持ちを持ったことを後悔する程、彼と向き合えなくなっていた。
それならきっかけを作らないことにこしたことはない。ベアトリスは傷つくのを恐れて前を向いて進むことをやめてしまった。
サラが昼休みになると教室にやってきては、ベアトリスとヴィンセントを一緒にさせようとするが、ベアトリスは用事があると嘘をつく。
サラが間に入れば状況は更に悪化する。余計な感情を持たないためにも離れるしかなかった。
どこかへ行くベアトリスの後姿を見ながらサラは呟いた。
「私が協力すればするほど、事態は悪くなるばかりだね。もうこうなったらプロムに賭けるしかない。その時まで私も大人しくしておく」
「ああ、すまない。だけど、それも実行しない方がいいのかもしれない」
ヴィンセントが寂しげに目を逸らした。ヴィンセントもまた弱気になっている。
「ちょっと今さら何を言い出すの。私もうドレス用意しちゃった。それを無駄にする気? あなたいつからそんなに弱気なダークライトになったの。あれだけ学校を破壊しておいて」
「おい、声が大きいって」
慌てふためきヴィンセントは辺りを見回した。我の強いサラの前ではまるで下部のように弱い立場になっていた。
「とにかく、プロムは外せないからね」
「わかったよ」
結局はサラに丸め込まれたようにヴィンセントは渋々返事した。だが無謀なサラの計画にはこの時になって躊躇ってしまう。しかしベアトリスと二人っきりになるチャンスだと思うと欲望は完全に消せなかった。
この二人が廊下で話しているところを遠くからジェニファーとアンバーが見ていた。
「あの子、下級生でしょ。最近ヴィンセントと一緒にいるよね。ベアトリスもあの二人を避けてるみたい。まさかヴィンセントの新しい彼女? あっ、ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて」
アンバーはつい思ったことを口にしてしまった。やばいと思わず手で口を覆った。
「そうならそれでいいんじゃない」
「どうしたの、ジェニファー。あなたらしくもない」
「もういいの。ヴィンセントは最初っから私のことなんとも思ってなかったのよ。それにベアトリスとくっつくよりはまだましだわ。本当のところそうでも思わ ないとやっていけないんだけどね。私も気分転換にプロムの相手ブラッドリーに決めちゃった。アンバーは誰と行くつもり?」
「えっ、まだ決まってない」
「早く決めないと、ロクなのしか残らなくなるわよ」
「うん、そうだね」
アンバーはそういいながら、偶然廊下を歩いているポールを見ていた。
ポールといっても中身はコール。
だが短期間のうちに、コールは通常の常識を覆すほどの運動をし、体を鍛えたお陰で、筋肉が浮き上がるほど体は締まった。 顔つきも元々太いというだけでそんなに悪くなかったので痩せて見栄えがよくなっていた。
コールの性格上、悪ぶってる態度がこの時の体とマッチしてワイルドな魅力でかっこいい思われるようになっていた。知らない間に他の女生徒からも注目を浴び始める。
アンバーは認められない男から屈辱的な仕打ちを受けたことに対し、それに不覚にもときめきを抱いたことが許せないと、最初は敵意をむき出しにして何かあるごとに つっかかっていた。
だが結局は否定をすることで自分を保っているだけに過ぎなかった。本当は気になる存在であり、いつも目で追うようにまでなるが、それでもまだ素直に自分の気持ちを認められないでいた。
「アンバー、アンバーったら、さっきから呼んでるのにどうしたの」
「えっ、あっ、ご、ごめん。考え事してた。私ちょっと、用事があるからまた後で」
アンバーはジェニファーを置いてどこかへ去っていった。
コールは、ヴィンセントの様子を見ているが、思ったほどの情報を得られず、高校生活にいい加減飽きてきた。周りの男子生徒と気晴らしに喧嘩をしたくとも、強すぎると学校で噂はあっと広まり、誰も刃向かうものはいなかった。
ヴィンセントに近づけば、素で接してしまうため、ダークライトの気がなくともバレるのを畏れ、中々思うようにも近づけない。
苛立ちながら午後からの授業をサボろうと昼寝ができる場所を探していた。
校舎の裏側に来たとき、ベアトリスが木の下に座って本を読んでるのが目に入る。
ニヤリと笑いながら退屈しのぎにとコールは近づいた。
「よぉ、こんなところで何してるんだ」
ベアトリスは天敵に会ったように青ざめた。
「いえ、もう教室に戻るところで」
慌てて立とうとしたが、コールがどさっと隣に腰をすえて、ベアトリスがどこへも行かないように腕を掴んだ。
「まあ、いいじゃねぇか、ちょっと話でもしようぜ。そんなに怖がるなよ。意地悪した俺が悪いんだけどさ、あんたみてたら、ついからかいたくなっちまうんだ」
ベアトリスは動けずひたすら引き攣って黙っていた。
「お前さ、なんでヴィンセントのこと好きなのに、無視してんだ。ヴィンセントのことでなんか気に入らないことでもあんのか」
ベアトリスは首を横に振るだけで精一杯だった。
「まあ、あいつは普通の人間じゃねぇからな。あんたみたいなものには理解しがたいんだろう」
ベアトリスはコールの言葉に過激に反応してしまう。怖い感情が吹っ飛び、身を乗り出してコールの話に食いついた。
「えっ、普通の人間じゃない? どういうこと」
「あんたさ、この世の中どういう人間が存在するか考えたことあるか? 国が違えば人種も違うように、もっとそれ以上の大きな人間の分類があるとしたら、どんな存在が考えられると思う?」
パトリックから聞いた話が突然ベアトリスの頭に浮かんだ。
「天上人、力を与えられた者、普通の者、そして邪悪な者……」
「なんだ、知ってるんじゃないか。へぇ、あんた、もしかしてディムライトなのか」
「ディムライト?」
「なんだ、やっぱりノンライトか。それにしても、よくそんなこと気がついたな」
「あの、ノンライトとかディムライトとかって何ですか? それに天上人ってほんとにいるんですか」
「意地悪したお詫びに教えてやるよ。天使と悪魔は本当に存在するんだぜ。そしてヴィンセントは悪魔さ。ついでにこの俺もな。ハハハハハハ」
「悪魔…… ヴィンセントが悪魔」
ベアトリスはその言葉であのイメージが頭に浮かぶ。不快な空間で見た、黒い野獣の姿。
真剣に思いつめているベアトリスの顔を見てコールは訝しげになった。普通なら真に受ける話ではない。
「どうした、なんか思い当たることでもあるのか」
「私、沢山の黒い影に襲われたことがある。もう少しで食べられるかと思った。でも黒い野獣が現れて助けてくれた」
ベアトリスは独り言のように呟いた。
コールはその言葉にはっとした。何かを言い出そうとしたとき、突然アンバーが現れ邪魔された。
「ちょっと、ポール、また意地悪してるんでしょ」
「またお前か、しつこいんだよ。俺になんで付きまとうんだ。放っておいてくれ」
「誰かがあんたを監視してないと、すぐに暴走するでしょ」
「だからなんでそれがお前なんだよ」
二人が言い合いをしだしたので、ベアトリスはそっと立って、その場を離れた。
「おい、ベアトリス、待てよ。話は終わってない」
「あんた、もしかしてベアトリスを口説いてたわけ?あんな女のどこがいいのよ」
「はっ? お前何言ってんだよ。もしかして妬いてるのか」
「そ、そんなことあるわけないでしょ。あんたみたいなデブのオタ…… クなんか……」
アンバーは言いかけたが、目の前に映るポールの姿はもう馬鹿にされるような風貌ではなかった。思わず言葉に詰まった。
「そっか、この俺の姿もまんざらじゃなくなったって訳だ。俺はガキは相手にしないんだが、鼻っぷしの強い女はそんなに嫌いじゃない。お前が望むなら相手になってやってもいいぜ」
コールは立ち上がり、アンバーをニヤリといやらしく見つめた。
「それって、プロムのパートナーってことね。判ったわ。受けてあげる」
「えっ? プロム?」
「有難く思ってよね。普通あんたみたいなのが私をプロムデートに誘えるなんてありえないことなんだから。断るのかわいそうだから受けてあげるんだから」
話の主導権を握られてコールが拍子抜けしている側で、アンバーは意地を張りながら顔はにやけて笑っていた。
「ほら、次のクラスに遅れるわよ」
アンバーはコールの腕を引っ張って歩き出した。
──勘違いも甚だしい女だぜ。まあいっか。プロムで暴れるのも悪くないかもしれない。それにしても、ベアトリスの言った言葉が気になる。あいつ、もしかして……
コールは何かがつかめそうだと急に心踊った。
放課後、ベアトリスが教室から去っていくのをコールは鋭い目つきで見ていた。ヴィンセントも同じように目で追っているのがわかると、コールはヴィンセン トに近寄った。
「そんなに好きなのに、なぜ側に寄って声をかけてやらないんだ。どうしてベアトリスと距離を取るんだ」
ヴィンセントは無視をして去ろうとする。
コールはヴィンセントの腕を咄嗟に掴んでしまった。その力は通常の強さではなかった。
「ポール、前から不思議だったんだが、いつそんな強い力を得たんだ。以前と比べたら全くの別人のようだ」
「そりゃ、これだけ痩せればそうも見えるだろう。ダイエットに成功した、それだけのことさ」
「いや、見かけの話をしてるんじゃない。中身の話だ。お前を見ていると、ある人物を思い出すんだ」
コールは少し動揺する。ばれては元も子もない。ポーカーフェイスを装い平常心を必死に保った。
「それは俺の知ったこっちゃない。勝手にその人物を思い出してくれ。それより、ベアトリスのことが聞きたい。あの子は何か問題をかかえてるんじゃないのか」
ヴィンセントの顔色が変わった。
「どういうことだ?」
「いつも一人だし、友達もいないし、結構かわいいのに男も近寄らない。何かなければ、あそこまで孤独になることないだろう。それなのに好意を寄せるお前も絶対に近づかないのはなぜだ? も しかして近づけない理由でもあるのか?」
コールの目がヴィンセントの態度を見逃さないようにするどく光った。
「なんでそんなことを聞くんだ」
「いや、ちょっと気になっただけ。あっ、そう言えばベアトリスから面白い話を聞いた」
「何を聞いたんだ」
「以前、恐ろしい形相の暴漢にあって襲われたところをヴィンセントが助けてくれたとかなんとか」
コールはカマをかける。
ヴィンセントは思い当たる節を見せて言葉に詰まってしまい、コールはそれを見逃さなかった。そしてひっかかったとばかりに嫌味な笑いを顔に浮かべた。
「おや、心当たりがあるのかい? 彼女の夢の話だったんだけど」
「何が言いたい」
「まあどうでもいいけどね。さてと、帰るかな。プロムの準備でタキシード用意しないといけなくなったし、お前はプロムの 相手見つかったのか?」
「ああ」
「相手はベアトリスじゃなさそうだな」
コールは嘲笑いながら、バイバイと手を振って教室を出て行った。
ヴィンセントはコールとの会話に引っかかりながらも、ダークライトや影の存在が見えないせいでまだ何も気がついていなかった。
コールはベアトリスの後をつけようと、辺りを探し出した。そしてパトリックと肩を並べて歩くベアトリスを遠くに見つけ、走り出す。
──あの隣に居るのは誰だ。
見つからないようにと、建物や木の陰に隠れながら、適度の距離を保って二人の後をついていった。
パトリックが視線を感じ何度も振り向く。
「どうしたの? さっきから後ろばかり見て」
「いや、なんか誰かに見られているような気がして(まさかヴィンセントが後をつけてるのか)」
ベアトリスも後ろを振り向くが何も様子が変わったことがないと伝えると、また二人は歩き出した。
パトリックはベアトリスに気づかれないようにポケットからデバイスを取り出し、ダークライトの気配がないか確認をしていた。何も反応を感じないことがわかると、気のせいだとすっかり安心した。
──あのデバイス、あいつ、ディムライトだ。
コールはパトリックの正体に気づき、自分の抱いた勘が目の前に瑞光をもたらした。そして見覚えのある場所に来てそれは確信に変わった。
──ここはリチャードのテリトリー。なるほどそういうことか。見つけた。やっと見つけた。これで全てのことが繋がる。影を仕込まれたジェニファーがベアト リスに近づくと苦しむことや、そしてヴィンセントが容易に近づけないことも、ベアトリスがホワイトライトを隠すシールドに守られているからだ。しかし、本 人は自分がホワイトライトだと言うことに気がついてなさそうだ。周りだけがそれを知っている。なぜだ。まずは少し状況を調べてから実行に移すとするか。
「さあ、これからショータイムの始まりだ」
コールは愉快と言わんばかりに高笑いしていた。
何もかも普通に暮らしていた日々が今となっては懐かしい。
ジェニファーの親友と思われ、ヴィンセントとも友達として仲がよかったあの頃のことを思う。
ヴィンセントを好きになればなるほど苦しく、そして最悪の状態になっていく。親友を失い、ヴィンセントともすれ違い、そして自分は一人ぼっち。
学校という場所が針のムシロとなり、苦しみしか味わえなくなった。
少しでも苦痛を回避したいがために、ヴィンセントとは目を合さないようにしてしまう。改善しようと立ち向かう気持ちなど全くなかった。
かつて思いを強く胸に抱いて頑張ろうとしていた気持ちは、ヴィンセントを見ると意気消沈し、そういう気持ちを持ったことを後悔する程、彼と向き合えなくなっていた。
それならきっかけを作らないことにこしたことはない。ベアトリスは傷つくのを恐れて前を向いて進むことをやめてしまった。
サラが昼休みになると教室にやってきては、ベアトリスとヴィンセントを一緒にさせようとするが、ベアトリスは用事があると嘘をつく。
サラが間に入れば状況は更に悪化する。余計な感情を持たないためにも離れるしかなかった。
どこかへ行くベアトリスの後姿を見ながらサラは呟いた。
「私が協力すればするほど、事態は悪くなるばかりだね。もうこうなったらプロムに賭けるしかない。その時まで私も大人しくしておく」
「ああ、すまない。だけど、それも実行しない方がいいのかもしれない」
ヴィンセントが寂しげに目を逸らした。ヴィンセントもまた弱気になっている。
「ちょっと今さら何を言い出すの。私もうドレス用意しちゃった。それを無駄にする気? あなたいつからそんなに弱気なダークライトになったの。あれだけ学校を破壊しておいて」
「おい、声が大きいって」
慌てふためきヴィンセントは辺りを見回した。我の強いサラの前ではまるで下部のように弱い立場になっていた。
「とにかく、プロムは外せないからね」
「わかったよ」
結局はサラに丸め込まれたようにヴィンセントは渋々返事した。だが無謀なサラの計画にはこの時になって躊躇ってしまう。しかしベアトリスと二人っきりになるチャンスだと思うと欲望は完全に消せなかった。
この二人が廊下で話しているところを遠くからジェニファーとアンバーが見ていた。
「あの子、下級生でしょ。最近ヴィンセントと一緒にいるよね。ベアトリスもあの二人を避けてるみたい。まさかヴィンセントの新しい彼女? あっ、ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて」
アンバーはつい思ったことを口にしてしまった。やばいと思わず手で口を覆った。
「そうならそれでいいんじゃない」
「どうしたの、ジェニファー。あなたらしくもない」
「もういいの。ヴィンセントは最初っから私のことなんとも思ってなかったのよ。それにベアトリスとくっつくよりはまだましだわ。本当のところそうでも思わ ないとやっていけないんだけどね。私も気分転換にプロムの相手ブラッドリーに決めちゃった。アンバーは誰と行くつもり?」
「えっ、まだ決まってない」
「早く決めないと、ロクなのしか残らなくなるわよ」
「うん、そうだね」
アンバーはそういいながら、偶然廊下を歩いているポールを見ていた。
ポールといっても中身はコール。
だが短期間のうちに、コールは通常の常識を覆すほどの運動をし、体を鍛えたお陰で、筋肉が浮き上がるほど体は締まった。 顔つきも元々太いというだけでそんなに悪くなかったので痩せて見栄えがよくなっていた。
コールの性格上、悪ぶってる態度がこの時の体とマッチしてワイルドな魅力でかっこいい思われるようになっていた。知らない間に他の女生徒からも注目を浴び始める。
アンバーは認められない男から屈辱的な仕打ちを受けたことに対し、それに不覚にもときめきを抱いたことが許せないと、最初は敵意をむき出しにして何かあるごとに つっかかっていた。
だが結局は否定をすることで自分を保っているだけに過ぎなかった。本当は気になる存在であり、いつも目で追うようにまでなるが、それでもまだ素直に自分の気持ちを認められないでいた。
「アンバー、アンバーったら、さっきから呼んでるのにどうしたの」
「えっ、あっ、ご、ごめん。考え事してた。私ちょっと、用事があるからまた後で」
アンバーはジェニファーを置いてどこかへ去っていった。
コールは、ヴィンセントの様子を見ているが、思ったほどの情報を得られず、高校生活にいい加減飽きてきた。周りの男子生徒と気晴らしに喧嘩をしたくとも、強すぎると学校で噂はあっと広まり、誰も刃向かうものはいなかった。
ヴィンセントに近づけば、素で接してしまうため、ダークライトの気がなくともバレるのを畏れ、中々思うようにも近づけない。
苛立ちながら午後からの授業をサボろうと昼寝ができる場所を探していた。
校舎の裏側に来たとき、ベアトリスが木の下に座って本を読んでるのが目に入る。
ニヤリと笑いながら退屈しのぎにとコールは近づいた。
「よぉ、こんなところで何してるんだ」
ベアトリスは天敵に会ったように青ざめた。
「いえ、もう教室に戻るところで」
慌てて立とうとしたが、コールがどさっと隣に腰をすえて、ベアトリスがどこへも行かないように腕を掴んだ。
「まあ、いいじゃねぇか、ちょっと話でもしようぜ。そんなに怖がるなよ。意地悪した俺が悪いんだけどさ、あんたみてたら、ついからかいたくなっちまうんだ」
ベアトリスは動けずひたすら引き攣って黙っていた。
「お前さ、なんでヴィンセントのこと好きなのに、無視してんだ。ヴィンセントのことでなんか気に入らないことでもあんのか」
ベアトリスは首を横に振るだけで精一杯だった。
「まあ、あいつは普通の人間じゃねぇからな。あんたみたいなものには理解しがたいんだろう」
ベアトリスはコールの言葉に過激に反応してしまう。怖い感情が吹っ飛び、身を乗り出してコールの話に食いついた。
「えっ、普通の人間じゃない? どういうこと」
「あんたさ、この世の中どういう人間が存在するか考えたことあるか? 国が違えば人種も違うように、もっとそれ以上の大きな人間の分類があるとしたら、どんな存在が考えられると思う?」
パトリックから聞いた話が突然ベアトリスの頭に浮かんだ。
「天上人、力を与えられた者、普通の者、そして邪悪な者……」
「なんだ、知ってるんじゃないか。へぇ、あんた、もしかしてディムライトなのか」
「ディムライト?」
「なんだ、やっぱりノンライトか。それにしても、よくそんなこと気がついたな」
「あの、ノンライトとかディムライトとかって何ですか? それに天上人ってほんとにいるんですか」
「意地悪したお詫びに教えてやるよ。天使と悪魔は本当に存在するんだぜ。そしてヴィンセントは悪魔さ。ついでにこの俺もな。ハハハハハハ」
「悪魔…… ヴィンセントが悪魔」
ベアトリスはその言葉であのイメージが頭に浮かぶ。不快な空間で見た、黒い野獣の姿。
真剣に思いつめているベアトリスの顔を見てコールは訝しげになった。普通なら真に受ける話ではない。
「どうした、なんか思い当たることでもあるのか」
「私、沢山の黒い影に襲われたことがある。もう少しで食べられるかと思った。でも黒い野獣が現れて助けてくれた」
ベアトリスは独り言のように呟いた。
コールはその言葉にはっとした。何かを言い出そうとしたとき、突然アンバーが現れ邪魔された。
「ちょっと、ポール、また意地悪してるんでしょ」
「またお前か、しつこいんだよ。俺になんで付きまとうんだ。放っておいてくれ」
「誰かがあんたを監視してないと、すぐに暴走するでしょ」
「だからなんでそれがお前なんだよ」
二人が言い合いをしだしたので、ベアトリスはそっと立って、その場を離れた。
「おい、ベアトリス、待てよ。話は終わってない」
「あんた、もしかしてベアトリスを口説いてたわけ?あんな女のどこがいいのよ」
「はっ? お前何言ってんだよ。もしかして妬いてるのか」
「そ、そんなことあるわけないでしょ。あんたみたいなデブのオタ…… クなんか……」
アンバーは言いかけたが、目の前に映るポールの姿はもう馬鹿にされるような風貌ではなかった。思わず言葉に詰まった。
「そっか、この俺の姿もまんざらじゃなくなったって訳だ。俺はガキは相手にしないんだが、鼻っぷしの強い女はそんなに嫌いじゃない。お前が望むなら相手になってやってもいいぜ」
コールは立ち上がり、アンバーをニヤリといやらしく見つめた。
「それって、プロムのパートナーってことね。判ったわ。受けてあげる」
「えっ? プロム?」
「有難く思ってよね。普通あんたみたいなのが私をプロムデートに誘えるなんてありえないことなんだから。断るのかわいそうだから受けてあげるんだから」
話の主導権を握られてコールが拍子抜けしている側で、アンバーは意地を張りながら顔はにやけて笑っていた。
「ほら、次のクラスに遅れるわよ」
アンバーはコールの腕を引っ張って歩き出した。
──勘違いも甚だしい女だぜ。まあいっか。プロムで暴れるのも悪くないかもしれない。それにしても、ベアトリスの言った言葉が気になる。あいつ、もしかして……
コールは何かがつかめそうだと急に心踊った。
放課後、ベアトリスが教室から去っていくのをコールは鋭い目つきで見ていた。ヴィンセントも同じように目で追っているのがわかると、コールはヴィンセン トに近寄った。
「そんなに好きなのに、なぜ側に寄って声をかけてやらないんだ。どうしてベアトリスと距離を取るんだ」
ヴィンセントは無視をして去ろうとする。
コールはヴィンセントの腕を咄嗟に掴んでしまった。その力は通常の強さではなかった。
「ポール、前から不思議だったんだが、いつそんな強い力を得たんだ。以前と比べたら全くの別人のようだ」
「そりゃ、これだけ痩せればそうも見えるだろう。ダイエットに成功した、それだけのことさ」
「いや、見かけの話をしてるんじゃない。中身の話だ。お前を見ていると、ある人物を思い出すんだ」
コールは少し動揺する。ばれては元も子もない。ポーカーフェイスを装い平常心を必死に保った。
「それは俺の知ったこっちゃない。勝手にその人物を思い出してくれ。それより、ベアトリスのことが聞きたい。あの子は何か問題をかかえてるんじゃないのか」
ヴィンセントの顔色が変わった。
「どういうことだ?」
「いつも一人だし、友達もいないし、結構かわいいのに男も近寄らない。何かなければ、あそこまで孤独になることないだろう。それなのに好意を寄せるお前も絶対に近づかないのはなぜだ? も しかして近づけない理由でもあるのか?」
コールの目がヴィンセントの態度を見逃さないようにするどく光った。
「なんでそんなことを聞くんだ」
「いや、ちょっと気になっただけ。あっ、そう言えばベアトリスから面白い話を聞いた」
「何を聞いたんだ」
「以前、恐ろしい形相の暴漢にあって襲われたところをヴィンセントが助けてくれたとかなんとか」
コールはカマをかける。
ヴィンセントは思い当たる節を見せて言葉に詰まってしまい、コールはそれを見逃さなかった。そしてひっかかったとばかりに嫌味な笑いを顔に浮かべた。
「おや、心当たりがあるのかい? 彼女の夢の話だったんだけど」
「何が言いたい」
「まあどうでもいいけどね。さてと、帰るかな。プロムの準備でタキシード用意しないといけなくなったし、お前はプロムの 相手見つかったのか?」
「ああ」
「相手はベアトリスじゃなさそうだな」
コールは嘲笑いながら、バイバイと手を振って教室を出て行った。
ヴィンセントはコールとの会話に引っかかりながらも、ダークライトや影の存在が見えないせいでまだ何も気がついていなかった。
コールはベアトリスの後をつけようと、辺りを探し出した。そしてパトリックと肩を並べて歩くベアトリスを遠くに見つけ、走り出す。
──あの隣に居るのは誰だ。
見つからないようにと、建物や木の陰に隠れながら、適度の距離を保って二人の後をついていった。
パトリックが視線を感じ何度も振り向く。
「どうしたの? さっきから後ろばかり見て」
「いや、なんか誰かに見られているような気がして(まさかヴィンセントが後をつけてるのか)」
ベアトリスも後ろを振り向くが何も様子が変わったことがないと伝えると、また二人は歩き出した。
パトリックはベアトリスに気づかれないようにポケットからデバイスを取り出し、ダークライトの気配がないか確認をしていた。何も反応を感じないことがわかると、気のせいだとすっかり安心した。
──あのデバイス、あいつ、ディムライトだ。
コールはパトリックの正体に気づき、自分の抱いた勘が目の前に瑞光をもたらした。そして見覚えのある場所に来てそれは確信に変わった。
──ここはリチャードのテリトリー。なるほどそういうことか。見つけた。やっと見つけた。これで全てのことが繋がる。影を仕込まれたジェニファーがベアト リスに近づくと苦しむことや、そしてヴィンセントが容易に近づけないことも、ベアトリスがホワイトライトを隠すシールドに守られているからだ。しかし、本 人は自分がホワイトライトだと言うことに気がついてなさそうだ。周りだけがそれを知っている。なぜだ。まずは少し状況を調べてから実行に移すとするか。
「さあ、これからショータイムの始まりだ」
コールは愉快と言わんばかりに高笑いしていた。