コールは後ろからヴィンセントを睨みつけ、いつもの癖で猫が獲物を捕獲するように、そっと詰め寄る。
ヴィンセントは殺気に気がついて、後ろを振り返った。
咄嗟にコールは表情を緩めた。
「よぉ、ヴィンセント」
「なんか用か、ポール」
「いや、別に用はないけど、あんまりお前と喋ったことがなかったから、声をかけてみた。お前、いつも一人なのか?」
お互い面識はあっても、普段言葉を交わしたこともない相手からなれなれしく声をかけられ、ヴィンセントは訝しげな表情になった。
「そんなことどうでもいいだろう。それよりポールこそ今日はどこか雰囲気が違うが、どうかしたのか」
「ああ、ちょっとな。急になんか目覚めちまって。発情期さ」
ヴィンセントはストレートな言葉に面食らって、言葉を失った。
「お前、結構純情なんだな」
コールはクククと声を噛みしめて笑っていた。
「すまないが、失礼する」
「おいおい、待てよ。ちょっと聞きたいんだが、お前、ジェニファーのことどう思ってるんだ。彼女お前に夢中だろう。あんな美人に惚れられてもなんとも思わないのか。やっぱりベアトリスの方が好きなのか」
ヴィンセントはまじまじとポールに扮したコールを眺めていた。この男からこんな話をされるとは思いもよらず、不意をつかれて動きが止まっていた。
「ポール、やっぱり変だぞ。口を慎みたまえ」
ヴィンセントは無視して歩いていった。
──ちぇっ、かっこつけやがって、ガキの癖に。しかししゃべるだけでこれじゃ俺だっていつかばれてしまいそうだ。近づくにはちょっと演技力もいるな。苦手な分野だぜ。
ちょうどその時、後ろでアンバーが友達とこそこそ話をしていた。コールの耳はしっかりと捉えていた。
「なんかあの二人が一緒にいるなんて、月とスッポンね」
「それって俺のことかい、お嬢さん」
突然にコールはアンバーの目の前に現れ、壁に手をあて、逃げられないように取り囲むと、舌で唇を舐めいやらしい微笑を見せ付けた。
アンバーの頬を指で軽く触れる程度に上から下へと線を引くようになぞる。アンバーは鳥肌が立ち恐怖におののいた。
「こんな体で馬鹿にされるけど、中身はヴィンセントよりもっと大人ですごいんだぜ。なんなら証明してやろうか」
コールはアンバーの顎をクイッと持ち上げた。
オタクで控えめなポールの顔なのに、そこには悪魔にとり憑かれた恐ろしい目つきがアンバーを見つめていた。
唇が重なるその寸前で行為を止め、耳元に息を吹きかけるように囁いた。
「どうだい、ゾクゾクしただろう。見掛けで判断すると痛い目に遭うぜ」
コールは愉快だといわんばかりに、大声で笑いながら去っていった。周りは異常な雰囲気を感じ、道を譲るように避けていた。
「アンバー大丈夫? あいつ狂ってる。あんなキャラじゃなかったのに」
友達が気遣い、アンバーは体を支えられたが、目はまだコールの後姿を追っていた。アンバーの心臓は恐怖で激しく怯えていたのが、突然ドキドキに変わっていた。
前日の夕方、ベアトリスは退院が認められ、ようやく自宅に戻ってきたが、まだ暫く学校に行けないことにヤキモキしていた。
自分の部屋でベッドの側に置いていた時計をため息混じりに見ている。ヴィンセントは学校でどうしているのだろうとそればかり考えていた。
電話で交わしたヴィンセントとの会話を思い出すと、また布団にもぐり、体を丸め恥ずかしさがこみ上げて足をバタバタしてしまう。
苦しくなると再び布団から顔を出し、水面から出たように激しい呼吸をしていた。
またヴィンセントと話がしたい──。
会いたくてたまらない──。
意識不明の中でヴィンセントに抱きしめられた感覚、現実に起こったように体が彼の温もりを覚えている。それだけじゃなく気持ちが触れ合い、心が通じているとさえ思えて、ヴィンセントへの思いは異常な程に体にしみこんでいた。
体が渇きや飢えを満たそうとするように、本能的にヴィンセントを強く求めろと心が指示を出してるようだった。
──どうしちゃったんだろう私。頭打っておかしさが増したんだろうか
落ち着かずに、ベッドの中でモゾモゾ、バタバタを繰り返していた。
ドアが叩く音が聞こえる。ベアトリスが返事をすると、パトリックが白い歯を見せて赤いエプロン姿でトレイを持って入ってきた。
「気分はどうだい。ご飯作ってきたよ。スイートハート」
「ん? ちょっとその呼び方はやめてよ。どうしたの、なんだかやけに機嫌が良さそうだけど」
パトリックはトレイを机に置き、ベアトリスのベッドに腰掛けた。
「なんかいいよね、こういうの。寝起きの妻に朝ごはんをもって、そしてチュッとかしてさ、幸せな一日が始まる瞬間って感じで」
「ちょっと、映画の観すぎ。それに今は昼よ。さらに私達結婚してないって!」
「今はね。そのうちそうなるさ」
また始まったと、ベアトリスは呆れを通り越して、突っ込む気力もなくなった。
パトリックは余裕の笑みを浮かべる。ベアトリスはその余裕が威圧に感じ、逃げられない気分にさせられた。
パトリックの様子は明らかにいつもと違っていた。強い力を得た支配者のように意を操りそうだった。
「僕がご飯食べさてあげるね。はい、あーんして」
「いいよ、自分で食べるから。でもいつも色々とありがとう」
ムキになって断れば、また何かいわれると思うと、ベアトリスは穏やかに受け答えした。
「いいっていいって。だけど、君の思い人は君が事故にあっても何も連絡してこなかったね。それとも知らなかったのかな」
折角穏やかになっていたのに、ベアトリスは過激に反応してまたムキになって答えてしまう。
「放っておいてよ。別に連絡なんていらないわよ」
パトリックはニヤリと口元を少しあげ、計算したようにことを持ち込む。
「ベアトリス、そろそろそいつのこと忘れた方がいい」
「パトリックには関係ないでしょ」
「だったらさ、賭けをしないか?」
「賭け?」
「うん。もうすぐプロムがあるんだろう。もし、そいつがベアトリスを誘ってきたら僕はベアトリスのことを諦めてそいつとの仲を応援する。でもそいつがプロムのパートナーにベアトリスを誘わなかったら、そいつのことを諦めるっていうのはどう? やってみないかい」
パトリックはヴィンセントが誘えないことは百も承知で、都合のいい賭けを腹で笑うように持ちかける。
「えっ? そんなことできない。だって…… (ヴィンセントは私に近づけないかもしれないのに)」
「どうしてだい? 誘われないのが判ってるから、怖くてそんな約束できないのかい?」
「違う! 彼はその、特別な理由があって、そういうダンスパーティには参加しない人なの(そうよ、きっとヴィンセントはプロムに参加しないわ)」
「ふーん、じゃあさ、そのプロムパーティ、僕を誘ってよ。そのときそいつが他のパートナーを誘って来てたらそいつのことを諦めるっていうのはどうだい?」
ベアトリスは返事に困って黙り込んでしまった。そんな賭けをすること自体が嫌だった。
「参ったな。僕、なんか君に意地悪してるみたいだ。ごめんごめん。だったらさ、普通に僕をプロムに誘ってよ。僕まともに高校生活送ったことないから、そう いう催し、経験したことないんだ。やっぱり高校生の思い出ってプロムは欠かせないよな」
パトリックは遠い目をして、寂しげに言った。ベアトリスはパトリックが苦労して勉強ばかりしていた話を思い出すと、無視できなくなってしまった。しかしそれもパトリックの計算のうちだった。
「ちょっと参加する程度でいい? 日ごろの感謝気持ちもあるし、それなら誘ってあげる」
「本当かい。やった! それじゃタキシードと君のコサージュ用意しなくっちゃ。ベアトリスもドレス選びに忙しくなるよね」
ベアトリスは軽はずみで返事をしてしまった。だが自分もプロムには誘われないと思っていたので、参加するつもりは最初からなかった。ほんの少しだけならと、この時はあまり深く考えずにいた。
一方、リチャードもコールとの対決後、暫く自宅で休養していたが、回復力が早く、すぐに仕事に復帰できるまで動けるようになっていた。しかし、仕事に復帰する と、犯罪が急激に増えたことが引っかかった。
それは些細な事件から、凶悪犯罪まで、ひっきりなしに同じ地域から連続して起こっていた。リチャードはコールの仕業だとすぐに気がつき、事件を未然に防ごうと影が仕掛けられてないか偵察する。
しかし、影が仕掛けられたノンライトを事前に見つけるには一苦労だった。影はノンライトに入り込むと気を隠し潜む。行動を派手に起こさない限り、見分けがつきにくい。それでもリチャードは鋭い感覚と洞察力で怪しいノンライトに注意を払っていた。
「コールの奴、何を考えているんだ。奴は今どこにいる」
リチャードはまんまとコールの作戦の渦中に納められていた。
そしてコールはポールに成りすまし、ヴィンセントの近くで何かを嗅ぎ付けようと必死になっている。
そんな中、ベアトリスは学校に復帰してきた。
ヴィンセントは殺気に気がついて、後ろを振り返った。
咄嗟にコールは表情を緩めた。
「よぉ、ヴィンセント」
「なんか用か、ポール」
「いや、別に用はないけど、あんまりお前と喋ったことがなかったから、声をかけてみた。お前、いつも一人なのか?」
お互い面識はあっても、普段言葉を交わしたこともない相手からなれなれしく声をかけられ、ヴィンセントは訝しげな表情になった。
「そんなことどうでもいいだろう。それよりポールこそ今日はどこか雰囲気が違うが、どうかしたのか」
「ああ、ちょっとな。急になんか目覚めちまって。発情期さ」
ヴィンセントはストレートな言葉に面食らって、言葉を失った。
「お前、結構純情なんだな」
コールはクククと声を噛みしめて笑っていた。
「すまないが、失礼する」
「おいおい、待てよ。ちょっと聞きたいんだが、お前、ジェニファーのことどう思ってるんだ。彼女お前に夢中だろう。あんな美人に惚れられてもなんとも思わないのか。やっぱりベアトリスの方が好きなのか」
ヴィンセントはまじまじとポールに扮したコールを眺めていた。この男からこんな話をされるとは思いもよらず、不意をつかれて動きが止まっていた。
「ポール、やっぱり変だぞ。口を慎みたまえ」
ヴィンセントは無視して歩いていった。
──ちぇっ、かっこつけやがって、ガキの癖に。しかししゃべるだけでこれじゃ俺だっていつかばれてしまいそうだ。近づくにはちょっと演技力もいるな。苦手な分野だぜ。
ちょうどその時、後ろでアンバーが友達とこそこそ話をしていた。コールの耳はしっかりと捉えていた。
「なんかあの二人が一緒にいるなんて、月とスッポンね」
「それって俺のことかい、お嬢さん」
突然にコールはアンバーの目の前に現れ、壁に手をあて、逃げられないように取り囲むと、舌で唇を舐めいやらしい微笑を見せ付けた。
アンバーの頬を指で軽く触れる程度に上から下へと線を引くようになぞる。アンバーは鳥肌が立ち恐怖におののいた。
「こんな体で馬鹿にされるけど、中身はヴィンセントよりもっと大人ですごいんだぜ。なんなら証明してやろうか」
コールはアンバーの顎をクイッと持ち上げた。
オタクで控えめなポールの顔なのに、そこには悪魔にとり憑かれた恐ろしい目つきがアンバーを見つめていた。
唇が重なるその寸前で行為を止め、耳元に息を吹きかけるように囁いた。
「どうだい、ゾクゾクしただろう。見掛けで判断すると痛い目に遭うぜ」
コールは愉快だといわんばかりに、大声で笑いながら去っていった。周りは異常な雰囲気を感じ、道を譲るように避けていた。
「アンバー大丈夫? あいつ狂ってる。あんなキャラじゃなかったのに」
友達が気遣い、アンバーは体を支えられたが、目はまだコールの後姿を追っていた。アンバーの心臓は恐怖で激しく怯えていたのが、突然ドキドキに変わっていた。
前日の夕方、ベアトリスは退院が認められ、ようやく自宅に戻ってきたが、まだ暫く学校に行けないことにヤキモキしていた。
自分の部屋でベッドの側に置いていた時計をため息混じりに見ている。ヴィンセントは学校でどうしているのだろうとそればかり考えていた。
電話で交わしたヴィンセントとの会話を思い出すと、また布団にもぐり、体を丸め恥ずかしさがこみ上げて足をバタバタしてしまう。
苦しくなると再び布団から顔を出し、水面から出たように激しい呼吸をしていた。
またヴィンセントと話がしたい──。
会いたくてたまらない──。
意識不明の中でヴィンセントに抱きしめられた感覚、現実に起こったように体が彼の温もりを覚えている。それだけじゃなく気持ちが触れ合い、心が通じているとさえ思えて、ヴィンセントへの思いは異常な程に体にしみこんでいた。
体が渇きや飢えを満たそうとするように、本能的にヴィンセントを強く求めろと心が指示を出してるようだった。
──どうしちゃったんだろう私。頭打っておかしさが増したんだろうか
落ち着かずに、ベッドの中でモゾモゾ、バタバタを繰り返していた。
ドアが叩く音が聞こえる。ベアトリスが返事をすると、パトリックが白い歯を見せて赤いエプロン姿でトレイを持って入ってきた。
「気分はどうだい。ご飯作ってきたよ。スイートハート」
「ん? ちょっとその呼び方はやめてよ。どうしたの、なんだかやけに機嫌が良さそうだけど」
パトリックはトレイを机に置き、ベアトリスのベッドに腰掛けた。
「なんかいいよね、こういうの。寝起きの妻に朝ごはんをもって、そしてチュッとかしてさ、幸せな一日が始まる瞬間って感じで」
「ちょっと、映画の観すぎ。それに今は昼よ。さらに私達結婚してないって!」
「今はね。そのうちそうなるさ」
また始まったと、ベアトリスは呆れを通り越して、突っ込む気力もなくなった。
パトリックは余裕の笑みを浮かべる。ベアトリスはその余裕が威圧に感じ、逃げられない気分にさせられた。
パトリックの様子は明らかにいつもと違っていた。強い力を得た支配者のように意を操りそうだった。
「僕がご飯食べさてあげるね。はい、あーんして」
「いいよ、自分で食べるから。でもいつも色々とありがとう」
ムキになって断れば、また何かいわれると思うと、ベアトリスは穏やかに受け答えした。
「いいっていいって。だけど、君の思い人は君が事故にあっても何も連絡してこなかったね。それとも知らなかったのかな」
折角穏やかになっていたのに、ベアトリスは過激に反応してまたムキになって答えてしまう。
「放っておいてよ。別に連絡なんていらないわよ」
パトリックはニヤリと口元を少しあげ、計算したようにことを持ち込む。
「ベアトリス、そろそろそいつのこと忘れた方がいい」
「パトリックには関係ないでしょ」
「だったらさ、賭けをしないか?」
「賭け?」
「うん。もうすぐプロムがあるんだろう。もし、そいつがベアトリスを誘ってきたら僕はベアトリスのことを諦めてそいつとの仲を応援する。でもそいつがプロムのパートナーにベアトリスを誘わなかったら、そいつのことを諦めるっていうのはどう? やってみないかい」
パトリックはヴィンセントが誘えないことは百も承知で、都合のいい賭けを腹で笑うように持ちかける。
「えっ? そんなことできない。だって…… (ヴィンセントは私に近づけないかもしれないのに)」
「どうしてだい? 誘われないのが判ってるから、怖くてそんな約束できないのかい?」
「違う! 彼はその、特別な理由があって、そういうダンスパーティには参加しない人なの(そうよ、きっとヴィンセントはプロムに参加しないわ)」
「ふーん、じゃあさ、そのプロムパーティ、僕を誘ってよ。そのときそいつが他のパートナーを誘って来てたらそいつのことを諦めるっていうのはどうだい?」
ベアトリスは返事に困って黙り込んでしまった。そんな賭けをすること自体が嫌だった。
「参ったな。僕、なんか君に意地悪してるみたいだ。ごめんごめん。だったらさ、普通に僕をプロムに誘ってよ。僕まともに高校生活送ったことないから、そう いう催し、経験したことないんだ。やっぱり高校生の思い出ってプロムは欠かせないよな」
パトリックは遠い目をして、寂しげに言った。ベアトリスはパトリックが苦労して勉強ばかりしていた話を思い出すと、無視できなくなってしまった。しかしそれもパトリックの計算のうちだった。
「ちょっと参加する程度でいい? 日ごろの感謝気持ちもあるし、それなら誘ってあげる」
「本当かい。やった! それじゃタキシードと君のコサージュ用意しなくっちゃ。ベアトリスもドレス選びに忙しくなるよね」
ベアトリスは軽はずみで返事をしてしまった。だが自分もプロムには誘われないと思っていたので、参加するつもりは最初からなかった。ほんの少しだけならと、この時はあまり深く考えずにいた。
一方、リチャードもコールとの対決後、暫く自宅で休養していたが、回復力が早く、すぐに仕事に復帰できるまで動けるようになっていた。しかし、仕事に復帰する と、犯罪が急激に増えたことが引っかかった。
それは些細な事件から、凶悪犯罪まで、ひっきりなしに同じ地域から連続して起こっていた。リチャードはコールの仕業だとすぐに気がつき、事件を未然に防ごうと影が仕掛けられてないか偵察する。
しかし、影が仕掛けられたノンライトを事前に見つけるには一苦労だった。影はノンライトに入り込むと気を隠し潜む。行動を派手に起こさない限り、見分けがつきにくい。それでもリチャードは鋭い感覚と洞察力で怪しいノンライトに注意を払っていた。
「コールの奴、何を考えているんだ。奴は今どこにいる」
リチャードはまんまとコールの作戦の渦中に納められていた。
そしてコールはポールに成りすまし、ヴィンセントの近くで何かを嗅ぎ付けようと必死になっている。
そんな中、ベアトリスは学校に復帰してきた。