ゴードンは胸を張って得意げに笑みを浮かべながら、少しもったいぶったわざとらしい口調で話しかけた。
「ねぇ、ヴィンセントの存在忘れてない? あの子もきっとリチャードから何か情報を得ているはず。あの子から聞き出すんだ」
「ゴードン、そんなことができたらとっくにやっている。リチャードの息子だぜ、あいつがベラベラしゃべる訳がない。それに俺たちが近づいたら何か企んでるとすぐに警戒するさ」
「だ、か、ら、警戒させないように近づくんだ」
「どうやって」
 コールは半ば呆れていた。ゴードンのアイデアなどはなっから大したことないものだと決めつけ、いつもなら気が立って怒鳴り散らすところだが、助けを受けた手前もあり大人しく聞いていた。
「おいらの知り合いのダークライトに面白いのがいるよ。ザックっていうんだ。そいつもおいらと同じで隠れて生活してるんだけど、そいつはノンライトの体を支配できるんだ」
「それならただの影と同じじゃないか」
「それが違うんだって。ザックは他人の意識をノンライトに植え付けられるんだ。コールがノンライトの中に入り込む手伝いをしてくれるってこと。だからダー クライトの気を一切気がつかれることなく、ノンライトとして普通に行動できる。その姿でヴィンセントに近づいてスパイするのさ。その間にコールの体は傷を ゆっくり治せる。おいらが面倒見ておく」
「なるほど、やってみる価値はありそうだな。まともにぶつかって勝てる相手じゃないのなら、まずは情報収集か。ヴィンセントのクラスメートになりすませるなら奴の行動を監視できる」
 それと同時にコールは影を仕込んだジェニファーのことも思い出していた。
「それからコールが急に動かなくなったと怪しまれてもいけないので、 片っ端からノンライトに影を仕込むのはどう? 影を仕込むぐらいなら、オイラも少しはできるし、オイラの知り合いにも頼めるよ。リチャードは刑事だから事件になれば仕事が増えるし、しばしコールの真の行動から目が離れる」
「そうだな、いい作戦だ。ゴードン、見直したよ」
「えへ、褒められておいら嬉しい。それじゃ朝になったら話つけてくる。彼はノンライト相手にアンティークショップをやってたはず。あいつが好みそうなも の、もって行けば きっとやってくれる。そしてその後はコールが成りすます相手を見つけて連れてくるね」
 ゴードンは自分のアイデアで事がこれから進むことにワクワクして、鞠のようにピョンピョン辺りを飛び跳ねた。やる気満々になっている。
 コールはゴードンの浮かれる姿に知らずと和んでいた。自分に懐く犬を側に置いてる気分になっていた。
 仲間を道具としか思わないコールには珍しい感情だった。
 その時、ゴードンの背中から影が浮き上がり、コールからの指示はないか様子を探っていた。コールは首を横に振る。影はまたゴードンの体に引っ込んだ。
 コールは一時の感情に左右されまいと、ゴードンに背を向け横向きになった。意思が揺らぐことなど一度もなかったが、ゴードンにはどこか振り回されるやりにくさを感じていた。腕にめちゃくちゃに巻かれた包帯を空虚な瞳で眺めていた。

 病院の窓から朝日が差し込むのを、ベアトリスはベッドの中からぼんやりと見ていた。
 腕に擦り傷と、足に打撲がみられるが、放っておけばすぐにでも治る程度で、体はどこも悪くなかった。
 大事をとってまだ病院に入院しなければならなかったが、一人で起き上がって家に帰りたく、それよりも早く学校に行ってヴィンセントに会いたい気持ちが高まる。
 つい起き上がるが、ソファーで毛布に包まり、仮眠を取っているアメリアに目が行ってしまった。心配してずっと付き添う姿を見る と、余計なことはできないとガス抜きをするようなため息が吐き出され、立ち上がりたい気持ちをぐっと堪え、上半身だけ起こしベッドの中に留まった。
 アメリアも先日事件に巻き込まれて精神的ショックを受けているだけに、自分の事故で要らぬ気を遣わせてしまったことに申し訳なさを感じていた。
 ベアトリスはぎゅっとブランケットを握り締めてしめてしまう。
 なぜ事故に巻き込まれてしまったか、その原因は自分の優柔不断な心にあることは充分承知していた。
 何かに影響されれば迷いはないと言い切ってもあっさりと心が揺れ、要らぬことを考えて注意散漫してしまった。
 それが原因だとは分かっていても、この時、自分を棚に上げ、何かに責任を押し付けずにはいられなかった。
 まるで何かが起こることで自分を押さえつけ、自由にさせないように阻まれているように思えたからだった。
 そしてこの時、軽く頭痛がして、無意識にこめかみを押さえた。この痛みも陰謀のように何かの忠告に思えてならなかった。
──なぜこんなにも私の周りはいろんなことが起こるのだろう。私はただ、ただ……
 ベアトリスは思うようにことが運ばないことで心に苛立ちを抱えてしまった。自分でもいつもと違う感情が芽生えていることに戸惑いを感じてしまう。体の中でそれは飛び出そうとぶつかっては何度も跳ねてるようだった。
 自分は変われると思っても、意思を強くもっても、それを阻止しようと、硬い壁に覆われて外に出られない。その硬い壁自体が自分の体自身で、まるで完全に独立した外壁のように感じられた。
 何かによって圧力をかけられて押さえ込まれている概念を強く抱いたとき、また先ほどよりもきつい頭痛に襲われた。
 ベアトリスのうめき声が洩れるとアメリアがそれに反応して目を覚ました。
「ベアトリス、どうしたの?気分が悪いの」
 急いで立ちあがり、ベアトリスの側までやってきた。
「私は大丈夫。それよりもアメリア、家に戻って。アメリアだっていろんなことがあって、疲れているはず。これ以上迷惑はかけられない」
「何を言ってるの、私は親代わりよ。あなたの面倒を見ることが私の責任」
「だから、それが私には辛いの。私はもう一人でなんでもしなくっちゃいけないはず。アメリアは私を守りすぎ。まるで私が一人で行動しちゃいけないみたい」
 アメリアはいつもと違うベアトリスの神経の高ぶった言い方に動揺してしまった。ヴィンセントと意識を共有した何かしらの影響があったのではと疑わずにはいられなかった。
「ベアトリス、まだ事故のショックで精神が不安定みたいね。一時的なものよ。余計なこと考えなくていいのよ」
 アメリアはベアトリスをベッドに横たわらせようとブランケットに手を伸ばした。反抗するようにベアトリスは手で撥ね退けてしまった。
「大丈夫一人でできるわ」
「ベアトリス」
 アメリアの目は潤み、悲しく沈み込んだ。
「ごめんなさい。心配してくれてるのに、この態度はないよね。でも私、自分がわからなくなっちゃったの。事故に遭ったのも私の不注意とわかってるんだけど、でもいつも何かが私に起こって混乱させる。それに今とてもイライラしてるの」
 ベアトリスはアメリアの顔を見ないようにと避けてふさぎ込んでしまった。
──いつものベアトリスじゃないわ。ヴィンセントがベアトリスの意識を引き出したとき、それと一緒に本来の眠った力も引き出されているかもしれない。それにライトソルーションの効き目が切れかけてるのも影響している。今はとても危険な状態だわ。
 アメリアが困った顔をしてうろたえてるときだった。大きな茶色い紙袋を抱えてパトリックが病室に入ってきた。
「おはよー。あれ、どうしたの。二人とも暗いけど。なんかあったの? あっ、わかった。お腹空いてるんだろう。そうだと思って、僕、家でご飯作ってきたんだ。ベアトリスも点滴ばかりでロクなもの食べてないだろう。しっかり食べて早く元気になろう」
「お腹空いてない」
 ベアトリスはブランケットを引き寄せ二人に背を向けるようにベッドの中に潜った。
「どうしたんだい、ベアトリスらしくないな。どこか痛いところでもあるのかい」
 パトリックは不思議そうな顔をしてアメリアに視線を移し、答えを求めた。アメリアは首を横にふり、まずいことになったとばかりに顔を歪ませた。
 パトリックはすぐに察しがつくとともに、紙袋から水筒を出した。蓋を開けると中からストローが飛び出し、それをベアトリスの目の前に差し出した。
「お腹が空いてないんだったら、水分補給だ。これだけでも飲んでくれないかい」
 ベアトリスはパトリックにも反抗の態度をとってしまう。そんな態度が失礼で八つ当たってるだけだと分かっているのに、気持ちがどうしても治まらない。
「あー、ベアトリス。事故にあって体の具合がいつもと違うから苛立ってるんだろう。心にトゲを付けてたら誰も近づけないじゃないか。ほら、お手製のレモ ネードだけど、ちょっといつもより甘くしたんだ。これで心のトゲも取れるよ。あのとき僕が取ったような行動しないでくれよ」
 ベアトリスはやられたと思った。
 目をギュッと強く瞑り、苦い顔をしている。自分が子供のときにパトリックに言った言葉を使われると、意地もはれなくなって しまった。
 またベッドから身を起こし、無表情で水筒を受け取った。
「これを飲んだら、二人とも病室から出て行ってくれる? 私一人になりたいの」
 二人は、この場はベアトリスのいいなりになるしかなかった。レモネードを飲んでもらわないともっと都合が悪くなる。
「ああ、ついでにサンドイッチも置いておくね。お腹空いたら食べるんだぞ」
 パトリックは紙袋をベッドの隣にあった台に置き、早速病室を出て行った。
 ベアトリスは少し胸が痛くなり、その気持ちを誤魔化そうとストローに口をつけた。アメリアは充分な量を飲んで欲しいと祈るようにそれを見ていた。
 一口飲んだとたん、ベアトリスは体の乾きに勝てないようにごくごくと飲みだしてしまった。アメリアはそれをみて安心すると、何も言わず出口に向かった。
「アメリア!」
 ベアトリスは呼び止め、アメリアは振り返った。
「我がまま言ってごめんね。私が何もかも悪いの。本当にごめんなさい」
「いいのよ。事故にあって精神的ショックを受けてるんだもの。平常心でいられる訳がないわ。とにかくゆっくりと寝てなさいね」
 笑顔を見せてアメリアも病室を去った。
 廊下ではパトリックが突っ立って待っていた。
「パトリック、ライトソルーション持ってきてくれてありがとう」
「お安い御用です。そろそろやばかったですね。でもベアトリス、何かがおかしくなってるんじゃないですか? 意識を引き出したとき、副作用とか現れないんでしょうか」
「私もはっきりとは分からないんだけど、記憶の闇、ヴィンセントとの意識の共有、そして彼女の本来の力、どれも影響を与える充分な要素が含まれているだけに、 説明のつかない異変が起こっても不思議じゃないわ」
 二人は暫し沈黙する。
 そしてパトリックが腹をくくったように疑問を投げかけた。
「僕たちいつまでベアトリスから真実を遠ざけられるんでしょうか」
「それは絶対に守らなくてはいけないこと。彼女が真実を知ったらもっと混乱させて、そして取り返しのつかないことになってしまう」
「だったら、僕が一生ベアトリスの側に居て、その真実から守ります。アメリアもリチャードもそこまでできないんじゃないですか」
「何がいいたいの?」
「あなたはこの一件が収まれば、ベアトリスを連れてまたどこかへ姿を消すつもりでしょう」
 パトリックの言葉でアメリアは胸の的を突かれたようにはっとさせられた。声を発せられず、焦りを帯びた驚きが図星だと知らせていた。
「僕が気がつかないとでも思ってたんですか。あなたは僕を完全に信用はしてない。でも今からはそうしてほしいんです。高校卒業後ベアトリスは自立をしよう とあなたから離れるつもりだといいました。そうなれば、一緒に住むことを強制できなくなる。無理に自立させまいとすれば、彼女は疑問を抱くことでしょう。 だけど僕ならその後を引き継ぐことができます。彼女にライトソルーションを飲ませ、外敵から守る。だから──ベアトリストと僕の結婚をあなたが認めて下さ い」
「パトリック、あなた……」
「わかってます。卑怯な手だということは。それに一度僕は彼女の前で婚約証明書を破りました。僕には今彼女と結婚するための強制手段はありません。だけど 親代わりのそして弁護士であるあなたが法的ななんらかの書類を作り、僕との結婚を勧めれば彼女もそれに従うかもしれない。そうすれば、僕はあなたの変わり に一生彼女を真実から守れるのです」
 パトリックの無謀ともいえる提案に、アメリアは露骨に顔を歪ませた。だが、自分がベアトリスを一生守れる保障もない。パトリックの言いたいことはストレートにアメ リアの胸に響いた。
「急に言われても、答えは出せないわ」
「いいえ、今出さなくちゃだめなんです。できることなら今すぐ結婚させて下さい。そうすれば何かと理由をつけて僕は彼女を安全なところへ連れいける。後からあなたもついてくればいいんです」
「今すぐ結婚といってもあなたたちまだ未成年じゃないの」
「でも親の同意があれば、未成年同士も結婚できます。僕の親はその点では問題はない。あとはアメリア次第」
 アメリアはベアトリスの言葉を思い出していた。
『私はもう一人でなんでもしなくっちゃいけないはず。アメリアは私を守りすぎ。まるで私が一人で行動しちゃいけな いみたい』
 これ以上ベアトリスと一緒に居ることが難しいことはアメリア自身も気がついていた。アメリアは選択をせまられ、静かに目を閉じた。