ベアトリスは熱いシャワーを浴びながら、泡たっぷりにまみれて頭を洗っていた。
その頃、パトリックはすでに軽くいびきを掻き夢の中にいた。
アメリアもベッドの中で本を読んでいたが、疲れて眼鏡をはずし、目頭を抑えこむ。軽く欠伸がでた後は、そのままベッドの中に潜りこんでいった。
外はすでに寝静まり、ストリートは各家から洩れる少しの電気の明かりに照らされ、薄暗さの中ぼやっと見える程度だった。
その暗闇の中、人のシルエットを形どったものがぼやけた光を発しながら現れた。
ゆっくりと歩き、ベアトリスの家の前で立ち止まると、暫く動かずじっとしていた。
同じ頃、コールは頭に血が上り、発散するかのように飛びながら素早い動きで色んな場所を走り続けていた。
ホワイトライトの捕獲に失敗し、ゴードンに連れられ、瞬間移動でなんとか拠点に戻ってきたものの、屈辱で怒りが収まらず、勢いで外に飛び出してしまったのだった。
「コール、あまり変なことしないでよ。リチャードに怪しまれるよ」
ゴードンの言葉など聞く耳持たず、好き勝手に暴れていた。
星がところどころ雲に覆われ、姿を消したり出したりしている。その雲は生き物のように形を変え空を滑るように流れていく。強い風がそうさせていた。
その風に長い髪をなびかせて、まだベアトリスの家の前に人影は静かに立っていた。
ベアトリスはその時、髪を洗い終わり、ボディーソープをスポンジにたっぷりつけて今度は体を泡まみれにしていた。そしてふと手が止まった。
「ん?」
何かを感じ、シャワーカーテンをずらしてバスルームを見渡した。
「誰も居るわけないか。なんか人の気配がしたけど気のせいか。まさかパトリックが覗きってことないよね」
そんなことはありえないと、その時は笑って鼻歌交じりにまた体を洗いだした。
最後の仕上げに再び熱いシャワーを浴びた。勢いよく出るお湯が体に心地よく、マッサージを受けてる気分だった。暫くそのまま目を閉じて水圧の刺激を楽しんでいた。
そしてその時コールも、ピタッと動きが止まった。目を閉じて神経を研ぎ澄まし一定方向に集中すると鋭い目つきになり、先ほどよりも数倍の速さで駆け巡った。
外の風が止んだとき、家の前に立っていた人影は姿をすっと消した。次にその人影が現れたのはシャワーカーテンを挟んだベアトリスの前だった。
ベアトリスは何も知らず、お湯が激しくほとばしるシャワーを浴びている。その人影は、カーテンの向こう側にいるベアトリスのシルエットを、ただ静かに見ていた。
ベアトリスがお湯を止めたときだった。急に人の気配を強く感じ、シャワーカーテンの方に目をやると黒っぽい人影が目に飛び込んだ。
──うそ、誰か居る。まさかパトリック。
ベアトリスはカーテンの端を持ち怖い気持ちを抱きながらも、勢いつけて顔だけ出した。
だがそこには何もいなかった。
「あれっ、やっぱり気のせいか。なんかさっきから変な感覚を感じる。でもバスルームのカギは閉めてるし、誰も入れるわけないか」
パトリックがいるだけで過敏になりすぎて、変な気の回し過ぎだと済ませた。
だが人影は次にアメリアの部屋に現れた。アメリアが寝ているのをいいことに、手を伸ばし首元のあたりに掲げると、優しい乳白色の光がぼわっとにじみ出だした。
アメリアはそれに反応して目を覚ました。
「ん? ブラム! 今何時だと思ってるの、それに勝手に入り込むなんて失礼じゃないの」
体を慌てて起こす。
「助けを求めたのはそっちだろう。折角地上に降りてきたんだ、もっと歓迎してくれてもよさそうなのに。やっとまたこうやって会えたんだから」
「いつも会ってるじゃない」
「あれはホログラムで、実際の私の姿ではない」
「あっ、それよりブラム。ベールをつけてないじゃない。ダークライトが気づいたらどうするの」
「大丈夫だって。長居はしないから。君の首のことが気になったから寄ってみたんだ。ちょっと手を加えといたよ。そのギプス外しても大丈夫だ。それじゃ目的は果たせたから今日はこれで帰るとしよう。またね、愛しのアメリア」
ブラムはあっさりと姿を消した。アメリアは呆れたようにため息を一つ吐いた。そしてギプスに手をかけそっと外し、首を左右にゆっくり回してみた。
ブラムの言ったとおりすっかり治っていた。ブラムの行為に素直になれない思いは、ため息になって現れた。
ふてくされたようにまたベッドに潜り体を横に向けると、何かを抱きつくように体を丸める。目をぎゅっと瞑りながら肩を震わせていた。まつ毛はその時ぬれて光っていた。
コールは加速をつけ、風そのものになっていた。だが突然危険を察知して急ブレーキをかけたように町の一角で止まった。
「これは、ダークライトのテリトリー。リチャードか! くそっ! 迂闊に近寄れない。しかし……なるほどそういうことか。リチャードに俺の動きを封じさせるための罠か。一度ならず二度までも俺をバカにしやがって」
コールの煮えくる怒りはもう少しで正気を失わせるところだった。噴火しそうなほどの怒りを抱きながら、踵を翻す。ここでは暴れることもできない苛立ちが脳天までふっ飛ばしそうに、顔を恐ろしいほどに歪めて元来た道を戻っていった。
「作戦を立てなければならない。必ずこの礼はさせてもらう」
コールのホワイトライトに対する執着は何倍にも膨れ上がった。
ベアトリスは髪をタオルで挟みながら、念入りに水分をとっていた。先ほど見た黒い影をまだ気にしていた。
「パトリックを疑う訳ではないけれど、どうも引っかかる」
ベアトリスはバスルームから出てパトリックの部屋に向かった。
明かりがドアの隙間から洩れている。そしていびきが聞こえてきた。
「やだ、電気つけたまま寝てるじゃない。やっぱりさっきのはパトリックじゃなかったんだ。自分の見間違いか。疑って悪かったかも」
ベアトリスはそっとドアを開けた。覗きをしているようで後ろめたかったが、電気を消すために仕方がないと、顔を引き攣らせて中を覗いた。
パトリックは着替えもせずに、ベッドの上に大の字になっていた。そのベッドの隣のスタンドが赤々と電気がついたままだった。
音を立てまいとそっと部屋に入り込み、パトリックの寝てる姿を見ないように背を向けて、スタンドのつまみに手を伸ばした。それを回せば電気が消えるはずだった。
しかし回すときカチャリと音がすると、驚いた声が同時に聞こえた。
「わぁ、ベアトリス、何してんだこんなところで」
突然パトリックが目を覚ましてベッドからバネのように体を起こした。ベアトリスは毛が逆立つほど驚いて振り返り、手をバタバタとあたふたしていた。言葉が出てこない。
ベアトリスのパジャマ姿とぬれた髪、本能をそそられるようにパトリックはドギマギしている。
「そ、そんな格好で僕の前に現れたら、僕どうしていいかわからないじゃないか。それともまさか僕の寝込みを襲いに」
ベアトリスは思いっきり首をブンブンと横に振った。
「ご、誤解しないで、電気がついてて、そのいびきかいてて、だから」
ベアトリス自身、何言ってるかわからなかった。
パトリックは笑い出した。
「参ったよ、そんなに僕のことが気になってたなんて」
「だから違うって言ってるでしょ! でも、ずっと寝てたの? 寝たふりとかしてないよね」
ベアトリスはここまで言われて逆切れしてしまった。その反動でバスルームに来たことを隠すためにわざといびきをかいたフリをしてたのではとまた疑ってしまう。
「なんだよ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。勝手に君から現れておいて。ああ、すっかり寝てたから、物音で目が冷めてびっくりしたんだよ。気づいていたらこんなにびっくりしないよ。ほら僕の心臓ドキドキしてるよ」
パトリックはベアトリスの手を引っ張って、ベッドに引き寄せた。その力は強く、ベアトリスはパトリックの胸元に倒れるように覆いかぶさった。
「なっ、すごいスピードで動いているだろう」
パトリックの厚い胸板の上でベアトリスは抱きかかえられていた。
「わかったから、離して」
今度はベアトリスの心臓がドキドキしだした。
「嫌だ。離したくない。君が悪いんだ。そんな格好でこんなところにくるから。僕抑えられないじゃないか」
「もうやめてよ、また冗談なんだから」
「僕は本気だよ」
パトリックのその言葉に驚きすぎて、ベアトリスは固まって動けなくなる。
「でも、安心して、何もしないから。暫くこのままでいさせて。とても心安らぐよ」
パトリックの腕の中は温かだった。
ベアトリスは判断を失いパトリックに抱かれるままになっていた。
その頃、パトリックはすでに軽くいびきを掻き夢の中にいた。
アメリアもベッドの中で本を読んでいたが、疲れて眼鏡をはずし、目頭を抑えこむ。軽く欠伸がでた後は、そのままベッドの中に潜りこんでいった。
外はすでに寝静まり、ストリートは各家から洩れる少しの電気の明かりに照らされ、薄暗さの中ぼやっと見える程度だった。
その暗闇の中、人のシルエットを形どったものがぼやけた光を発しながら現れた。
ゆっくりと歩き、ベアトリスの家の前で立ち止まると、暫く動かずじっとしていた。
同じ頃、コールは頭に血が上り、発散するかのように飛びながら素早い動きで色んな場所を走り続けていた。
ホワイトライトの捕獲に失敗し、ゴードンに連れられ、瞬間移動でなんとか拠点に戻ってきたものの、屈辱で怒りが収まらず、勢いで外に飛び出してしまったのだった。
「コール、あまり変なことしないでよ。リチャードに怪しまれるよ」
ゴードンの言葉など聞く耳持たず、好き勝手に暴れていた。
星がところどころ雲に覆われ、姿を消したり出したりしている。その雲は生き物のように形を変え空を滑るように流れていく。強い風がそうさせていた。
その風に長い髪をなびかせて、まだベアトリスの家の前に人影は静かに立っていた。
ベアトリスはその時、髪を洗い終わり、ボディーソープをスポンジにたっぷりつけて今度は体を泡まみれにしていた。そしてふと手が止まった。
「ん?」
何かを感じ、シャワーカーテンをずらしてバスルームを見渡した。
「誰も居るわけないか。なんか人の気配がしたけど気のせいか。まさかパトリックが覗きってことないよね」
そんなことはありえないと、その時は笑って鼻歌交じりにまた体を洗いだした。
最後の仕上げに再び熱いシャワーを浴びた。勢いよく出るお湯が体に心地よく、マッサージを受けてる気分だった。暫くそのまま目を閉じて水圧の刺激を楽しんでいた。
そしてその時コールも、ピタッと動きが止まった。目を閉じて神経を研ぎ澄まし一定方向に集中すると鋭い目つきになり、先ほどよりも数倍の速さで駆け巡った。
外の風が止んだとき、家の前に立っていた人影は姿をすっと消した。次にその人影が現れたのはシャワーカーテンを挟んだベアトリスの前だった。
ベアトリスは何も知らず、お湯が激しくほとばしるシャワーを浴びている。その人影は、カーテンの向こう側にいるベアトリスのシルエットを、ただ静かに見ていた。
ベアトリスがお湯を止めたときだった。急に人の気配を強く感じ、シャワーカーテンの方に目をやると黒っぽい人影が目に飛び込んだ。
──うそ、誰か居る。まさかパトリック。
ベアトリスはカーテンの端を持ち怖い気持ちを抱きながらも、勢いつけて顔だけ出した。
だがそこには何もいなかった。
「あれっ、やっぱり気のせいか。なんかさっきから変な感覚を感じる。でもバスルームのカギは閉めてるし、誰も入れるわけないか」
パトリックがいるだけで過敏になりすぎて、変な気の回し過ぎだと済ませた。
だが人影は次にアメリアの部屋に現れた。アメリアが寝ているのをいいことに、手を伸ばし首元のあたりに掲げると、優しい乳白色の光がぼわっとにじみ出だした。
アメリアはそれに反応して目を覚ました。
「ん? ブラム! 今何時だと思ってるの、それに勝手に入り込むなんて失礼じゃないの」
体を慌てて起こす。
「助けを求めたのはそっちだろう。折角地上に降りてきたんだ、もっと歓迎してくれてもよさそうなのに。やっとまたこうやって会えたんだから」
「いつも会ってるじゃない」
「あれはホログラムで、実際の私の姿ではない」
「あっ、それよりブラム。ベールをつけてないじゃない。ダークライトが気づいたらどうするの」
「大丈夫だって。長居はしないから。君の首のことが気になったから寄ってみたんだ。ちょっと手を加えといたよ。そのギプス外しても大丈夫だ。それじゃ目的は果たせたから今日はこれで帰るとしよう。またね、愛しのアメリア」
ブラムはあっさりと姿を消した。アメリアは呆れたようにため息を一つ吐いた。そしてギプスに手をかけそっと外し、首を左右にゆっくり回してみた。
ブラムの言ったとおりすっかり治っていた。ブラムの行為に素直になれない思いは、ため息になって現れた。
ふてくされたようにまたベッドに潜り体を横に向けると、何かを抱きつくように体を丸める。目をぎゅっと瞑りながら肩を震わせていた。まつ毛はその時ぬれて光っていた。
コールは加速をつけ、風そのものになっていた。だが突然危険を察知して急ブレーキをかけたように町の一角で止まった。
「これは、ダークライトのテリトリー。リチャードか! くそっ! 迂闊に近寄れない。しかし……なるほどそういうことか。リチャードに俺の動きを封じさせるための罠か。一度ならず二度までも俺をバカにしやがって」
コールの煮えくる怒りはもう少しで正気を失わせるところだった。噴火しそうなほどの怒りを抱きながら、踵を翻す。ここでは暴れることもできない苛立ちが脳天までふっ飛ばしそうに、顔を恐ろしいほどに歪めて元来た道を戻っていった。
「作戦を立てなければならない。必ずこの礼はさせてもらう」
コールのホワイトライトに対する執着は何倍にも膨れ上がった。
ベアトリスは髪をタオルで挟みながら、念入りに水分をとっていた。先ほど見た黒い影をまだ気にしていた。
「パトリックを疑う訳ではないけれど、どうも引っかかる」
ベアトリスはバスルームから出てパトリックの部屋に向かった。
明かりがドアの隙間から洩れている。そしていびきが聞こえてきた。
「やだ、電気つけたまま寝てるじゃない。やっぱりさっきのはパトリックじゃなかったんだ。自分の見間違いか。疑って悪かったかも」
ベアトリスはそっとドアを開けた。覗きをしているようで後ろめたかったが、電気を消すために仕方がないと、顔を引き攣らせて中を覗いた。
パトリックは着替えもせずに、ベッドの上に大の字になっていた。そのベッドの隣のスタンドが赤々と電気がついたままだった。
音を立てまいとそっと部屋に入り込み、パトリックの寝てる姿を見ないように背を向けて、スタンドのつまみに手を伸ばした。それを回せば電気が消えるはずだった。
しかし回すときカチャリと音がすると、驚いた声が同時に聞こえた。
「わぁ、ベアトリス、何してんだこんなところで」
突然パトリックが目を覚ましてベッドからバネのように体を起こした。ベアトリスは毛が逆立つほど驚いて振り返り、手をバタバタとあたふたしていた。言葉が出てこない。
ベアトリスのパジャマ姿とぬれた髪、本能をそそられるようにパトリックはドギマギしている。
「そ、そんな格好で僕の前に現れたら、僕どうしていいかわからないじゃないか。それともまさか僕の寝込みを襲いに」
ベアトリスは思いっきり首をブンブンと横に振った。
「ご、誤解しないで、電気がついてて、そのいびきかいてて、だから」
ベアトリス自身、何言ってるかわからなかった。
パトリックは笑い出した。
「参ったよ、そんなに僕のことが気になってたなんて」
「だから違うって言ってるでしょ! でも、ずっと寝てたの? 寝たふりとかしてないよね」
ベアトリスはここまで言われて逆切れしてしまった。その反動でバスルームに来たことを隠すためにわざといびきをかいたフリをしてたのではとまた疑ってしまう。
「なんだよ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。勝手に君から現れておいて。ああ、すっかり寝てたから、物音で目が冷めてびっくりしたんだよ。気づいていたらこんなにびっくりしないよ。ほら僕の心臓ドキドキしてるよ」
パトリックはベアトリスの手を引っ張って、ベッドに引き寄せた。その力は強く、ベアトリスはパトリックの胸元に倒れるように覆いかぶさった。
「なっ、すごいスピードで動いているだろう」
パトリックの厚い胸板の上でベアトリスは抱きかかえられていた。
「わかったから、離して」
今度はベアトリスの心臓がドキドキしだした。
「嫌だ。離したくない。君が悪いんだ。そんな格好でこんなところにくるから。僕抑えられないじゃないか」
「もうやめてよ、また冗談なんだから」
「僕は本気だよ」
パトリックのその言葉に驚きすぎて、ベアトリスは固まって動けなくなる。
「でも、安心して、何もしないから。暫くこのままでいさせて。とても心安らぐよ」
パトリックの腕の中は温かだった。
ベアトリスは判断を失いパトリックに抱かれるままになっていた。