ベアトリスは玄関を飛び出し、一目散に住宅街のストリートを走っていく。真実を確かめたい。その思いつきだけで衝動に駆られた。
──あのときの人影はヴィンセント……
パトリックの嘘から出た誠。ベアトリスが玄関を開けて辺りを見回したとき、蜂蜜色の髪をした男性が逃げるように先の角を曲がった。
この時になってベアトリスは自分が思った直感が正しいとやっと肯定できた。
なぜ、あのとき追いかけなかったんだろう。どうして確かめなかったんだろう。
いつも自分から何もしようとしない。深く考えることもせず、なんでもすぐに諦めてしまう。自分で自分を信じればいつだって真相は見えてくるはずなのに。
目の前が涙でかすむ。手でふき取りながら、それでも必死に走る。しかし角を曲がればもうそこにはあのとき見た人影はいなかった。
それでも探したいと、潤んだ目で辺りをキョ ロキョロとしていた。
「ベアトリス、どうしたんだ」
パトリックが追いついてベアトリスの腕を掴んだ。
「離して、今忙しいの」
振り切ろうと腕を振るが、パトリックの力の方が強かった。彼の手はベアトリスの腕を離さない。素直に離せないほど心乱れていた。
「落ち着くんだ。訳を話してくれ。一体何を探してるんだ」
自分がとった行動が何かと結び付けてしまった可能性を考えると、指先の切り口がドクドクとうずいてくる。まず自分が落ち着こうとパトリックは深く息をする。
ベアトリスは、邪魔をされ鬱陶しいとばかりに、苛立ってパトリックを睨みつける。
それでもパトリックは穏やかな表情を見せ笑っていた。
憎めなかったパトリックの笑顔がこの時作り物に見えた。ベアトリスをコントロールしようとする意図された笑顔に──。
「パトリック、お願い離して。私の好きにさせて。それとも何か都合でも悪いことがあるの?」
血を見せたパトリックにもまだ疑念が残る。この男も何かを知ってるに違いないと思うとベアトリスは強気につっかかる。
「君が急に走りだすから何事かと思って、その理由が知りたいだけだよ。あんな風に突進したら誰だって心配になるじゃないか。一体どうし たんだい」
「ねぇ、あの時指を切ったこと、あれはわざとだったんじゃないの。私に血を見せるために」
「何を言ってるんだい。なぜそんなことわざとしないといけないんだい。僕の不注意からに決まってるじゃないか。一体それとこれが何の関係があるっていうんだい」
パトリックがバカバカしいと頬をプクっと膨らましたように機嫌を損ねた態度をとった。
それはベアトリスには意外だった。怒るなんて思ってもいなかった。 さっきまでの強気が少し消沈する。
パトリックの見せた態度は折角のベアトリスの確信の柱を傾けた。
「ごめん、ちょっと気がかりなことがあって、それでつい」
少しおどおどしてベアトリスが気まずくなった。
「それでもまだよくわからないんだけど。それなら気が済むまで探し物見つけてきたらいい。僕は家で待ってるから」
パトリックはベアトリスの腕を離し、くるりと踵を翻して帰っていった。ベアトリスは、少し躊躇いながらもヴィンセントの姿を探しに走り出した。
パトリックは振り返り、走って行くベアトリスを見る。
自分が軽はずみで取った行動が確実に影響していることに気づくと、渋った顔になった。
下手に隠して笑顔を見せて誤魔化すより、わざと機嫌を損ねてみたが、その場しのぎの応急処置にすぎなかった。
そしてベアトリスが何を探しているかくらいすぐにわかった。
「アイツが来てたのか」
ポケットから銀色の懐中時計のような形をしたデバイスを取り出した。
蓋を開けると、ぼわっと光が浮き上がる。中には分厚いレンズのようなガラスがはまり 込んでるだけだった。
それはディムライトの中でも地位を約束されたものだけがもつ護身用の道具。
ダークライトの存在を知らせたり、また身を守るための武器となるものだった。そしてそこから煙のような光が出たかと思うと、向きを知らせるようにある方向に向かって流れ出した。流れていく方向を確認しながらパトリックは歩き出した。
我武者羅に走り続け、闇雲に手当たり次第を探し続けるベアトリスに対し、パトリックは光が示す方向を静かに歩いていた。それはベアトリスが向かった方向と全く逆を示している。
住宅街を離れ、大通りに面した道路にたどり着く。そしてバス停で男が一人ポツンと立っている姿が見えた。
パトリックの持つ道具はそこを示し、そしてそいつはバ スを待っていた。
「ダークライトが律儀にバスに乗って行動とは笑わせるね」
パトリックはデバイスの蓋を閉め、ポケットにしまいこみながら側まで近づく。
「パトリック、久しぶりだな。お前がここにいるとはな」
「君が派手な行動をとってくれたお陰でベアトリスの所在地がわかったんだ。礼を言うよ、ヴィンセント」
不自然な学校の崩壊。テレビに映りこんだベアトリス。ヴィンセントが絡んでいることはパトリックにはすぐに見通せた。
ヴィンセントは苦虫を噛んだような顔をした。何もかも全てが裏目に出てしまった軽はずみの自分の行動が腹立たしくてたまらない。拳を握り手を震わせていた。
「言いたいことはそれだけか」
「いや、他にもある。お前、ベアトリスの前で血を見せたのか」
「なんのことだ」
「とぼけるな。忠誠を誓い、魂を捧げる。その証として自分の血を見せる誓いの血のことだ」
「だったら、なんだっていうんだ」
「いつどうやって、何も知らないベアトリスにそんなことしたんだ」
「彼女は気づいてないよ。俺は本気だったけど、彼女の前ではちょっとした遊び半分でごまかした」
「余計なことをしてくれたよ。彼女はおかしいと気づいてしまったよ。僕も成り行きで同じことをしてしまったからね。まさかそれに彼女が疑問を持つとは思わなかった。それよりもお前に先を越されてるとは…… 」
パトリックは最後の言葉だけもごもごと小さく呟く。
「血ぐらいで、どうってことないだろう」
「それがあるんだよ。彼女はお前を探そうと走り出した。今も当てもなくその辺を探しているよ。おかしいと思わないか。血を見て血相を変えてお前を探 そう とする。彼女はそれがきっかけで何かを関連させて気がついたことがあるに違いない」
ヴィンセントの顔色が変わった。
パトリックは嫌な予感を感じ、間違いであってくれと思いながら質問する。
「お前、まさかベアトリスの前で」
「ああ、見せちまったよ。俺の本当の正体。でもあの時彼女は気絶した。そのお陰で夢だと片付いた」
「一体何をしたんだ。自分の立場わかってるのか。この時期にベアトリスに変なことを勘ぐられたらやばいんだよ。アメリアも襲われ、要注意ダークライ トが出回ってるときに」
「すまない」
「なんだよ、かなり素直に謝るもんだな。お前らしくもない」
「違うんだ、全ての責任は俺にある」
ヴィンセントは正直に事の発端を話し出した。ライトソルーションを燃やすために何度も仕掛けをしたことから、影やダークライトを呼び寄せ、この時に至るまでベアトリスと接触したことを隠さず話した。
「それじゃ全てはヴィンセントが引き起こしたってことなのか。ただベアトリスに近づきたいがために」
「ああ、そうだ」
「僕と同い年のお前がベアトリスと過ごしたいために学年を一年遅らせ、そしてさらに欲望が深まって、この有様か」
パトリックは憤ると体に力が入っていった。それはヴィンセントの行動にも腹を立てていたが、ベアトリスと離れていた間に、ヴィンセントが彼女と時間を共有していたことへの嫉妬の方が、どんどん膨れていった。
ヴィンセントは一年遅らせていた間、パトリックは何年も飛ばして先を急いだ。ライトソルーションを与えられていたとはいえ、能力はノンライト以上でも、 二倍速の速さで大学まで卒業するのは並大抵ではなかった。全てを勉強に費やし、ひたすら努力してきた。
自分が側にいればこんなことにならなかったのにと、パトリックは悔しくてたまらなかった。
──こんないい加減な男など許せない!
パトリックの拳がぶるぶると震えていた。
「殴りたければ殴ればいい」
「お前を殴る? そんな価値などない。だが、ベアトリスには二度と近づくな。隠れてこそこそとすることも許さない」
「判ってるよ。思いはすでに断ち切ったよ。親父の前でも同じことを言われて約束した。今日は昨日のアメリアの事件の後にダークライトが何も感づいてないか確かめに来ただけだ。幸いそれは大丈夫だった。それにお前が来てることもわかったし、これで安心だ」
ヴィンセントは飼い猫のように大人しくなり淡々と語った。
言葉とは裏腹に落ち込んで立ち直れない弱さが伝わる。
嫌いな相手ながら、ヴィンセントの態度がやるせなく、目を覆いたくなる程見たくない光景に出くわして、パトリックは戸惑った。
生意気で自信過剰な奴だったはずなのにと思うと、この態度はありえなかった。
二人はこの後、沈黙したが、バスがやってきたことでヴィンセントは無言でそれに乗った。
バスにはまばらに数名の乗客が座っているだけで空いていた。
パトリックはヴィンセントが座席に座るまで外から見ていたが、ヴィ ンセントは一度もパトリックと目を合わさなかった。
バスはウィンカーをカチカチ点滅させて、黒い排気ガスを噴出し、一般乗用車の中に紛れて去っていった。
「あいつ、口では思いを断ち切ったとか言ってるが、気持ちは全くついていってないのがバレバレなんだよ。言い訳してこそこそやってきているくらいだ、必ずまた暴走するに決まってる。あいつはそういう奴なんだ」
パトリックは来た道を戻りながら、今後の対策を練っていた。どこまで白を切れるか、パトリックもまたベアトリスに真実を知られるのを恐れた。その時自分に不利になることが見えていた。
ディムライトがホワイトライトを追いかける。
親同士が作った婚約証明書がある限り、どうみても権力を手に入れたいがための構図が出来てしまうと懸念した。
ベアトリスがなぜ自分の身分を知らされずにこの地上界にいるのか、アメリアやリチャードがなぜそれを必死に隠そうとしているのか、その謎を彼女が解いたとき、また新たな困難にぶち当たる。それもまたパトリックの頭を悩ます種だった。
そしてダークライトが動き出してしまった。
穏便に事が運ぶなどと、断然思えない。
眉間を押さえながら何かいい対策はないかパトリックは必死に考えていた。
いっそこのままベアトリスをどこか遠いところへ連れて行きたかった。だがこのタイミングでそれをしてしまうと、益々ベアトリスに怪しまれる。
危険が迫る中で秘密を守り通し、ダークライトの攻撃をかわす。
パトリックは頭が痛かった。自分でもできるかどうか不安になるほどの問題だった。しかしやるしかない。やらなければベアトリスを待ってるものは──。
考えただけでパトリックはぞっとした。それは口にだすのも恐ろしい言葉であった。
──あのときの人影はヴィンセント……
パトリックの嘘から出た誠。ベアトリスが玄関を開けて辺りを見回したとき、蜂蜜色の髪をした男性が逃げるように先の角を曲がった。
この時になってベアトリスは自分が思った直感が正しいとやっと肯定できた。
なぜ、あのとき追いかけなかったんだろう。どうして確かめなかったんだろう。
いつも自分から何もしようとしない。深く考えることもせず、なんでもすぐに諦めてしまう。自分で自分を信じればいつだって真相は見えてくるはずなのに。
目の前が涙でかすむ。手でふき取りながら、それでも必死に走る。しかし角を曲がればもうそこにはあのとき見た人影はいなかった。
それでも探したいと、潤んだ目で辺りをキョ ロキョロとしていた。
「ベアトリス、どうしたんだ」
パトリックが追いついてベアトリスの腕を掴んだ。
「離して、今忙しいの」
振り切ろうと腕を振るが、パトリックの力の方が強かった。彼の手はベアトリスの腕を離さない。素直に離せないほど心乱れていた。
「落ち着くんだ。訳を話してくれ。一体何を探してるんだ」
自分がとった行動が何かと結び付けてしまった可能性を考えると、指先の切り口がドクドクとうずいてくる。まず自分が落ち着こうとパトリックは深く息をする。
ベアトリスは、邪魔をされ鬱陶しいとばかりに、苛立ってパトリックを睨みつける。
それでもパトリックは穏やかな表情を見せ笑っていた。
憎めなかったパトリックの笑顔がこの時作り物に見えた。ベアトリスをコントロールしようとする意図された笑顔に──。
「パトリック、お願い離して。私の好きにさせて。それとも何か都合でも悪いことがあるの?」
血を見せたパトリックにもまだ疑念が残る。この男も何かを知ってるに違いないと思うとベアトリスは強気につっかかる。
「君が急に走りだすから何事かと思って、その理由が知りたいだけだよ。あんな風に突進したら誰だって心配になるじゃないか。一体どうし たんだい」
「ねぇ、あの時指を切ったこと、あれはわざとだったんじゃないの。私に血を見せるために」
「何を言ってるんだい。なぜそんなことわざとしないといけないんだい。僕の不注意からに決まってるじゃないか。一体それとこれが何の関係があるっていうんだい」
パトリックがバカバカしいと頬をプクっと膨らましたように機嫌を損ねた態度をとった。
それはベアトリスには意外だった。怒るなんて思ってもいなかった。 さっきまでの強気が少し消沈する。
パトリックの見せた態度は折角のベアトリスの確信の柱を傾けた。
「ごめん、ちょっと気がかりなことがあって、それでつい」
少しおどおどしてベアトリスが気まずくなった。
「それでもまだよくわからないんだけど。それなら気が済むまで探し物見つけてきたらいい。僕は家で待ってるから」
パトリックはベアトリスの腕を離し、くるりと踵を翻して帰っていった。ベアトリスは、少し躊躇いながらもヴィンセントの姿を探しに走り出した。
パトリックは振り返り、走って行くベアトリスを見る。
自分が軽はずみで取った行動が確実に影響していることに気づくと、渋った顔になった。
下手に隠して笑顔を見せて誤魔化すより、わざと機嫌を損ねてみたが、その場しのぎの応急処置にすぎなかった。
そしてベアトリスが何を探しているかくらいすぐにわかった。
「アイツが来てたのか」
ポケットから銀色の懐中時計のような形をしたデバイスを取り出した。
蓋を開けると、ぼわっと光が浮き上がる。中には分厚いレンズのようなガラスがはまり 込んでるだけだった。
それはディムライトの中でも地位を約束されたものだけがもつ護身用の道具。
ダークライトの存在を知らせたり、また身を守るための武器となるものだった。そしてそこから煙のような光が出たかと思うと、向きを知らせるようにある方向に向かって流れ出した。流れていく方向を確認しながらパトリックは歩き出した。
我武者羅に走り続け、闇雲に手当たり次第を探し続けるベアトリスに対し、パトリックは光が示す方向を静かに歩いていた。それはベアトリスが向かった方向と全く逆を示している。
住宅街を離れ、大通りに面した道路にたどり着く。そしてバス停で男が一人ポツンと立っている姿が見えた。
パトリックの持つ道具はそこを示し、そしてそいつはバ スを待っていた。
「ダークライトが律儀にバスに乗って行動とは笑わせるね」
パトリックはデバイスの蓋を閉め、ポケットにしまいこみながら側まで近づく。
「パトリック、久しぶりだな。お前がここにいるとはな」
「君が派手な行動をとってくれたお陰でベアトリスの所在地がわかったんだ。礼を言うよ、ヴィンセント」
不自然な学校の崩壊。テレビに映りこんだベアトリス。ヴィンセントが絡んでいることはパトリックにはすぐに見通せた。
ヴィンセントは苦虫を噛んだような顔をした。何もかも全てが裏目に出てしまった軽はずみの自分の行動が腹立たしくてたまらない。拳を握り手を震わせていた。
「言いたいことはそれだけか」
「いや、他にもある。お前、ベアトリスの前で血を見せたのか」
「なんのことだ」
「とぼけるな。忠誠を誓い、魂を捧げる。その証として自分の血を見せる誓いの血のことだ」
「だったら、なんだっていうんだ」
「いつどうやって、何も知らないベアトリスにそんなことしたんだ」
「彼女は気づいてないよ。俺は本気だったけど、彼女の前ではちょっとした遊び半分でごまかした」
「余計なことをしてくれたよ。彼女はおかしいと気づいてしまったよ。僕も成り行きで同じことをしてしまったからね。まさかそれに彼女が疑問を持つとは思わなかった。それよりもお前に先を越されてるとは…… 」
パトリックは最後の言葉だけもごもごと小さく呟く。
「血ぐらいで、どうってことないだろう」
「それがあるんだよ。彼女はお前を探そうと走り出した。今も当てもなくその辺を探しているよ。おかしいと思わないか。血を見て血相を変えてお前を探 そう とする。彼女はそれがきっかけで何かを関連させて気がついたことがあるに違いない」
ヴィンセントの顔色が変わった。
パトリックは嫌な予感を感じ、間違いであってくれと思いながら質問する。
「お前、まさかベアトリスの前で」
「ああ、見せちまったよ。俺の本当の正体。でもあの時彼女は気絶した。そのお陰で夢だと片付いた」
「一体何をしたんだ。自分の立場わかってるのか。この時期にベアトリスに変なことを勘ぐられたらやばいんだよ。アメリアも襲われ、要注意ダークライ トが出回ってるときに」
「すまない」
「なんだよ、かなり素直に謝るもんだな。お前らしくもない」
「違うんだ、全ての責任は俺にある」
ヴィンセントは正直に事の発端を話し出した。ライトソルーションを燃やすために何度も仕掛けをしたことから、影やダークライトを呼び寄せ、この時に至るまでベアトリスと接触したことを隠さず話した。
「それじゃ全てはヴィンセントが引き起こしたってことなのか。ただベアトリスに近づきたいがために」
「ああ、そうだ」
「僕と同い年のお前がベアトリスと過ごしたいために学年を一年遅らせ、そしてさらに欲望が深まって、この有様か」
パトリックは憤ると体に力が入っていった。それはヴィンセントの行動にも腹を立てていたが、ベアトリスと離れていた間に、ヴィンセントが彼女と時間を共有していたことへの嫉妬の方が、どんどん膨れていった。
ヴィンセントは一年遅らせていた間、パトリックは何年も飛ばして先を急いだ。ライトソルーションを与えられていたとはいえ、能力はノンライト以上でも、 二倍速の速さで大学まで卒業するのは並大抵ではなかった。全てを勉強に費やし、ひたすら努力してきた。
自分が側にいればこんなことにならなかったのにと、パトリックは悔しくてたまらなかった。
──こんないい加減な男など許せない!
パトリックの拳がぶるぶると震えていた。
「殴りたければ殴ればいい」
「お前を殴る? そんな価値などない。だが、ベアトリスには二度と近づくな。隠れてこそこそとすることも許さない」
「判ってるよ。思いはすでに断ち切ったよ。親父の前でも同じことを言われて約束した。今日は昨日のアメリアの事件の後にダークライトが何も感づいてないか確かめに来ただけだ。幸いそれは大丈夫だった。それにお前が来てることもわかったし、これで安心だ」
ヴィンセントは飼い猫のように大人しくなり淡々と語った。
言葉とは裏腹に落ち込んで立ち直れない弱さが伝わる。
嫌いな相手ながら、ヴィンセントの態度がやるせなく、目を覆いたくなる程見たくない光景に出くわして、パトリックは戸惑った。
生意気で自信過剰な奴だったはずなのにと思うと、この態度はありえなかった。
二人はこの後、沈黙したが、バスがやってきたことでヴィンセントは無言でそれに乗った。
バスにはまばらに数名の乗客が座っているだけで空いていた。
パトリックはヴィンセントが座席に座るまで外から見ていたが、ヴィ ンセントは一度もパトリックと目を合わさなかった。
バスはウィンカーをカチカチ点滅させて、黒い排気ガスを噴出し、一般乗用車の中に紛れて去っていった。
「あいつ、口では思いを断ち切ったとか言ってるが、気持ちは全くついていってないのがバレバレなんだよ。言い訳してこそこそやってきているくらいだ、必ずまた暴走するに決まってる。あいつはそういう奴なんだ」
パトリックは来た道を戻りながら、今後の対策を練っていた。どこまで白を切れるか、パトリックもまたベアトリスに真実を知られるのを恐れた。その時自分に不利になることが見えていた。
ディムライトがホワイトライトを追いかける。
親同士が作った婚約証明書がある限り、どうみても権力を手に入れたいがための構図が出来てしまうと懸念した。
ベアトリスがなぜ自分の身分を知らされずにこの地上界にいるのか、アメリアやリチャードがなぜそれを必死に隠そうとしているのか、その謎を彼女が解いたとき、また新たな困難にぶち当たる。それもまたパトリックの頭を悩ます種だった。
そしてダークライトが動き出してしまった。
穏便に事が運ぶなどと、断然思えない。
眉間を押さえながら何かいい対策はないかパトリックは必死に考えていた。
いっそこのままベアトリスをどこか遠いところへ連れて行きたかった。だがこのタイミングでそれをしてしまうと、益々ベアトリスに怪しまれる。
危険が迫る中で秘密を守り通し、ダークライトの攻撃をかわす。
パトリックは頭が痛かった。自分でもできるかどうか不安になるほどの問題だった。しかしやるしかない。やらなければベアトリスを待ってるものは──。
考えただけでパトリックはぞっとした。それは口にだすのも恐ろしい言葉であった。