汚れてみすぼらしさが漂う、あまり治安の良くない地域。
 こじんまりとした薄汚れた小さな家、寂れたレストランに、バーもあれば、タトゥーショップなど怪しげな雰囲気の店がごちゃまぜにメインストリートに沿って並んでいる。
 それらの家や店の窓に設置された鉄格子が、犯罪率の高さを警告していた。
 夜になれば一人で出歩くには危ない場所だと誰もが思う。
 そんな町の中をヴィンセントはズタズタのシャツのままで歩いていた。
 家とは全く反対方向。むしゃくしゃを抑えるためにはこういう場所がうってつけだった。
 感情が高ぶって何かを壊すことがあっても、それが似つかわしい場所だと思えた。
 またダークライト達のたまり場にもなるようなところだった。
 自らこういう場所にくるのはずっと避けていたはずだった。この時ヴィンセントは自己嫌悪と自暴自棄でいたたまれなくなく、自分を見失っていた。
 感情から力任せに学校を崩壊させてしまったことで、父親に酷く叱られるのが目に見えていた。
 まっすぐ家に帰れる気分にはならない。心の弱さを吐くほどに痛感する。
 そして父親から言われた言葉が改めてぐさりと突き刺ささり、どん底まで落ちて落ちて落ち続ける。

 ベアトリスを車で送り届けた前日の夕方──。
 彼女と過ごした午後は楽しかったにせよ、アメリアに自分の存在を認められず、また次の日から何もかも元に戻ってしまうと覚悟を決めなければならないことが、苦痛の何ものでもなかった。
 さらに早く帰宅していた父親と言い争いをしてしまったことが、最後の最後で後味が一層悪いものになった。
 その時の父親の言葉をヴィンセントは思い出していたのである。
 父親はあの時、居間のソファーでヴィンセントを待ち構えていた。
 ヴィンセントは家に入るなり、無言で車の鍵を父親に向かって放り投げた。それを父親がガシッと受け取り、その目の前をヴィンセントは話すことなどないと通りすぎようとしたとき呼び止められた。。
 ヴィンセントは聞く耳など持たず、不機嫌なまでのぶっきらぼうな態度を露骨に見せてしまった。
「わかってるな。今日は特別な夢を見ただけだ。もうこれ以上彼女に近づくな。変な小細工もするな。お前が仕掛けたいたずらのせいで、アメリアが被害被った。そしてベアトリスも危険にさらされた。お前がどんなに彼女が好きでも、どうすることもできないんだ。我々とは住む世界が違う」
「ほっといてくれ。何度も同じこと言うな。聞き飽きたよ」
「ヴィンセント! いい加減にしろ。お前が関与すればベアトリスはどんな危険にさらされるかわからんのか。現にあの時、影を呼び寄せてしまっただろうが。 それでもまだゲームを続けるつもりか」
「ゲームなんかじゃない。本気なんだ。だから俺が必ず守る。俺なら絶対彼女を守れる自信がある」
 ヴィンセントは父親を強く睥睨する。
「うぬぼれるな! 我々がどんな種族か分かってるだろう。自分の感情のコントロールも出来ない奴に何が出来る」
 ヴィンセントは痛いところを突かれて屁理屈に走ってしまう。
 ぐっと体に力が入った。
「親父だって、笑わせてくれるよ。親父が刑事だってベアトリスに言ったら『正義の味方だ』って言ったよ。あんたも俺もダークライトだろうが。悪の味方の ね。親父だって自分の運命に逆らってノンライト(人間)を助けようとしてるじゃないか。俺のこと馬鹿にする資格なんてねぇーよ」
「お前は何もわかっちゃいない。我々がダークライトだからこそ、悪の根源を絶たねばならない。怒り、嫉妬、野望、道理にそむく人の心に入り込み、人間に害を与える行為を無くす努力をし、そして私達にかけられた偏見を解かなければならない。ダークライトが全て悪の権化だと思われることが許せないだけだ」
「自分に酔ってんじゃねぇよ。今日、ディムライトの奴らに会ったよ。あいつら俺を軽蔑の眼差しでみるんだぜ。親父が刑事で何をやってるかわかってるくせに。ダークライトというだけで誰もが偏見を持つ。どんなに親父が正論かざして努力したところで何も変わらない。それなら最初から好きにやらせてもらう。 ダークライトだからといって遠慮することなんてないんだ。ダークライトがホワイトライトに恋をすることのどこが悪いんだ」
「ヴィンセント、落ち着け。お前がベアトリスを好きな気持ちは理解している。だが、ベアトリスは普通のホワイトライトじゃない。彼女自身、自分が何者か知らされていないのを知ってるだろう。そっとしてやるのが一番なんだ。そうじゃないと彼女は……」
 ここまで言いかけて突然口を噤んだ。
 そして最後に言おうとしていたことをかき消すように言葉を発した。
「とにかく彼女のことは諦めるんだ。お前は弱すぎる──」

  最後のこの一言だった。
──『お前は弱すぎる』──
 まさに父親が言った言葉通りだとヴィンセントは自分でも納得していた。だからこそ自己嫌悪に陥り、その感情に流されるままになっていた。
 このままではダメだと分かっていながらも──。
「くそっ、ダークライトの何が悪い。俺たち見かけは全然変わらないじゃないか。最初から決め付けられてたまるもんか」
 ヴィンセントは決め付けられた人生に嫌気がさした。心の底から怒りが噴出す。
「何もかも変えてやる。そしてベアトリスもあのしがらみから救い出してやる」
 とは言いつつ、感情が自分の理性を上回るとコントロールできないのが難癖の一つ。
 自分でもまだ理解していないダークライトの能力はヴィンセントを苦しませていた。
 感情がコントロールできない弱い奴と言われても仕方がないが、力が強すぎて少しの刺激でトリガーが引かれてしまうのも事実だった。
 ニトログリセリンが、少しの振動で爆発を起こしてしまうように、ヴィンセントもまたいつ爆発するかわからない繊細な爆弾を常に抱えている。
 落ち込み、苛つき、悲しみと複雑に絡み合ういたたまれない気持ちでジーンズのポケットに手を突っ込み、当てもなく歩いていると、ヴィンセントを呼び止めるクラクションが後ろからしつこい程鳴らされた。
 無視できず立ち止まり振り返った瞬間、目を見張ってそいつの名前が口から飛び出た。
「コール!」
 ぼさぼさの赤毛に、無精ひげを生やし、頬がこけてだらしないいい加減さが目立つ。
 青い瞳をもっているというのにぎょろりとして濁っている。
 見るものに近寄りがたい不気味さを与えていた。
 首には金の鎖のようなネックレスがいやらしく輝き、本物であってもこのいい加減そうな男が身につけるとちゃらちゃらと見掛け倒しのまがい物に見えていた。
 コールもまたその通りだと開き直ったふてぶてしい笑いを、ヴィンセントに向けた。
「よぉ、ヴィンセントじゃないか。お前がこんなところをうろついてるなんて不思議なこともあるもんだ。ベジタリアンのダークライトの癖に」
 ベジタリアンのダークライト──。
 馬鹿にされたも同然だった。
 しかし、忌み嫌われる他のダークライト達にとって、ヴィンセントとその父親のリチャードはノンライトのために尽くす裏切り者とみなされていた。
 だが、リチャードはダークライトの中でも専ら強い力を持ち、誰も立ち向かうことができない。
 この辺りのならず者のダークライト達は大人しくするか、他の町へ移るかしかなかった。
 刃向かうものなら、リチャードは容赦はしなかったからだった。
「お前こそ、町から追い出されたんじゃないのか。俺の親父に」
 嫌なものに出会ってしまったと、嫌悪感を露にしてヴィンセントは嫌味っぽく言った。
「ああ、あの時は、大した目的もなくフラフラと悪いことしてただけだから、俺にとっちゃ遊びだった。うるさいハエがいるところよりは他に行った方が楽しいだろうと思って自ら出かけただけさ」
 コールはふんと鼻先を膨らまして強がって笑っていた。
「だったらなんで帰ってきたんだよ」
 ヴィンセントは目障りだと、にらみを効かす。
 コールは厄介な奴だった。年は30前、痩せてはいるが適度の筋肉がつき強靭な体つきで機敏に動く。
 性格は鬼畜でずる賢く残忍さが他のダークライトよりも際立っていた。
 自分は直接手を加えずに悪事を働かすのが得意だった。そのため刑事であるヴィンセントの父親も直接の証拠がつかめず手を焼いたこともあった。
 逆らえばしつこいほどの攻撃をしかけ、命を奪うことも当たり前。
 他のごろつきのダークライトも恐れるほどの手に負えない部類。そいつがここに戻ってきた。不吉な軋み音が心に響きヴィンセントの不安をかき立てる。
 「おや、そのシャツ、かなりボロボロだな。しかもお前が通ってる高校は不自然にぶっ飛んじまったし、これはお前の仕業なんだろ」
 コールは意味ありげにニヤリと笑う。ダークライトの中でもヴィンセントは破壊することにかけては他の誰よりも強い能力を持つ。
 気を集め一気に物をぶっ壊す。コールがそれを知らないはずはない。
「何が言いたいんだ」
「いや、昨日、偶然ホワイトライトの気配がしたんだ。それもかなりの大物のな。それに誘われて来たらここに来たと言う訳さ」
 突然じろりと怪しんでる目でヴィンセントを睨む。ヴィンセントは平常心を装うが、内心落ち着かない。瞳孔が一瞬開き、コールはそれを見逃さなかった。
「どうした、やっぱり学校を吹き飛ばしたのはホワイトライトに関係してることなのか。ベジタリアンのお前がああいうことするのには必ず理由があるはず。お前も何か情報を仕入れたんだろ。教えろ」
 情けなさそうな表情から、突然冷血な鋭い眼差しを向け、ドスを効かした声で脅した。
「そんなもの知ってても素直に教える訳ないだろ。第一何も知らないのに何を教えるんだ。そんなに知りたければ、俺の親父にでも聞きな」
 ヴィンセントはできるだけ冷静にとぼけて答えたつもりだった。だが心の内は気が気でない。暫く睨み合いが続いた。
「アハハハハ、参ったぜ、あんなにガキだったお前が、俺に反抗して睨みを聞かせるとはな。お前もちょっとは成長したってことか。お前の親父は好きじゃないが、これでもお前のことは気に入ってんだぜ。お前は俺と同じ臭いがする。ベジタリアンにするにはもったいないぜ。どうだ親父のところを離れて、俺のところへ来ないか。俺たち絶対いいコンビになれるぜ」
 コールはジャケットの懐から札束をのぞかせた。悪事を働かせて手に入れた金に違いない。ヴィンセントはその札束を見てヘドが出る思いだった。
「金には不自由してない。他をあたりな。それからとっととここから出て行った方がいいんじゃないのか。俺の親父に見つかる前にな」
 ──頼むから出ていってくれ!
 ヴィンセントはとんだ悪夢を見ているようだった。
「ちぇっ、ノリの悪い奴。まあ久しぶりに帰ってきたんだし、ちょっと知り合いに挨拶してからその先のこと考えるとするわ。どっちみち、お前の親父のせいでここは居心地悪いからな。まあ俺が大人しくしてればあっちも文句のつけようがないだろうけどね」
 コールは『またな』と格好つけて車のエンジン音をふかして去っていった。ヴィンセントは緊張の糸がほぐれたように、深く息を吐く。長いこと水中に潜って息苦しい気分だった。
 コールは少し離れていてもホワイトライトの気配を感じる能力を持っている。
 ホワイトライトが放つ光は周りのものに影響を与え、ときには風に乗れば電波のように遠く離れたところにも届くことがある。
 それをキャッチされるとは想定外だった。ヴィンセントはまた悔やんだ。父親の言葉がさらに正しいと認めざるを得 なくなった。
「くそ!」
 どうしようもなく、自分の不甲斐なさに腹が立つ。そしてベアトリスの笑顔を思い出すと首をうなだれた。
「俺、どうすればいいんだ」
 ヴィンセントの鼻がへし折れた。暫く立ち止まり、苦虫を潰したような顔を空に向ける。一大決心をするように、ぐっと腹に力を込めヴィンセントは来た道を戻っていった。
 まずは正々堂々と父親に叱られて自分の非を認めなければ気が治まらなかった。殴られることも覚悟して、勝手に想像しては無意識に歯を食いしばっていた。

 ベアトリスが帰宅して間もなく、アメリアが素っ頓狂で帰ってきた。
 ニュースで学校が被害にあったのを知ったらしい。顔を青ざめ、ベアトリスをペタペタ触り怪我がないことを確認する。
「ちょっ、ちょっとアメリア、私は大丈夫だから。そんな触らなくても怪我なんてどこもしてない」
「もうびっくりしたわ、なんであんなことになるの。ベアトリスを危険な目によくも晒せるわね」
 アメリアには事の原因がわかっていた。
「えっ、何を言ってるの。自然災害にそんなこと言っても…… それにあの時、私、一番安全な場所にいたみたい。他の怪我した生徒達がお気の毒で」
「そうね、罪もない人たちが負傷して、かわいそうよね。だからこそもっと許せないわ。何を考えてるのアイツは」
「アイツ? アメリアどうしたの? なんか変よ」
 アメリアはなんでもないと首を横に振った。怪我がないとわかると落ち着いてソファに座った。
「ねぇ、今日学校で起こったこと話してくれない?」
 アメリアは恐る恐るベアトリスの表情を気にしながら聞いた。
「私、その、実は、学校が吹っ飛んだとき、違う場所にいたから、あまりどういう状況だったかわからないの」
「そうじゃなくて、それが起こる前の話のこと」
 アメリアは一体何が聞きたいのだろうか。まさか授業をサボったことがばれてるのだろうか。
 ベアトリスはこんなときもお説教が入ると思うと口がスムーズに開かず、答えに困ってしまった。
 言い難そうにもごもごしてると、体もくねくねと落ち着きがなくなった。
「ベアトリス、私が聞きたいのはヴィンセントのことよ」
 ヴィンセント──。その響きはベアトリスの表情を一瞬にして悲しみに描き換えた。深く考えずにいようとしてたのにまた辛い思いが心を支配してしまう。
 それだけでアメリアは推測できた。ヴィンセントはベアトリスに近づけないでいる。そしてベアトリスは上手い具合に勘違いしている。
「そっか、ふられちゃったのね」
 わざと胸に響く言葉を選んで強くそれを言った。
「えっ? 私、その」
「いいのよ、ああいうハンサムは来るもの拒まずで、どんな女の子にもちょっかい出すタイプなのよ。ベアトリスはそれに早く気がついてよかったのよ」
「アメリア、わかってたの、私が彼を好きだって。私、馬鹿だったの。ヴィンセントにちょっと優しくされてうぬぼれてしまった。そうよね、こんなダサイ私のことなんか本気にするわけないもんね」
 声が震え、泣き出しそうなのをベアトリスは必死で堪えている。
 また辛いシーンだと、アメリアの胸がずきずきと痛んでいた。
 両手を差し出し、側に来いと示唆すれば、ベアトリスは待ってましたといわんばかりにアメリアに抱きついた。
 横隔膜に入り込んでしゃっくりが出るほどに激しく泣いた。
 アメリアは内心なんとかしてやりたかった。本当は両思いなのに、引き離さないといけない。ヴィンセントがダークライトという理由だけで──。
 ヴィンセントがベアトリスを好きだというのはずっと前から判っていたことだった。
 それでも彼の近くに住んだ理由として、ヴィンセントの父、リチャードの影響が大きいからだった。
 ダークライトの刑事がいる土地はベアトリスが暮らすには安全が保障されていた。
 リチャードが居れば、他の邪悪なダークライトは滅多に寄りつかない。アメリアも計算してのことだった。
 だがやはり二人は引き寄せられてしまった。
 アメリアは安全を重視するが故に、ベアトリスを悲しませる結果になってしまったことが申し訳ない。
 何もかも自分のせいだとばかりに、どんどん苦しくなるばかりだった。
 ベアトリスの頭を優しく撫ぜながらアメリアは考えていた。
 ぱっと心に浮かんだことを、自分でもいいアイデアだとばかり嬉しそうに叫ぶ。
「ねぇ、ベアトリス、今から買い物に行って、そして夜は美味しいものでも食べに行こうか。さあ行きましょう」
「えっ?」
 アメリアは善は急げと、ベアトリスを引っ張って外に飛び出し、無理やり車に押し込んだ。
 目は真っ赤に泣き腫らし、ベアトリスは有無をいわされないままショッピングセンターに連れて行かれた。
 いつもらしくないアメリアの行動に面食らっていた。
 慎重なアメリアが、思いつきだけで行動するなんて珍しいことだった。

 ショッピングセンターに着くと、アメリアはまた車から無理やり引き摺り下ろし、ベアトリスを引っ張りまわす。
 楽しまなければ怒るわよとベアトリスを脅していた。
「アメリア、ちょっとはしゃぎすぎじゃ…… 」
 広大な土地に、幾つも小売店が入る巨大なモール。二階建てだが、端から端まで全てが吹き抜けになっている。メインエリアは大きな飾りがある噴水がおかれ、それを取り囲んで上と下の階を繋げるエスカレーターが設置されていた。中は明るく眩しいくらいだった。そこをこれもかわいい、あれもかわいいと走り回り、手当たり次第 にアメリアはベアトリスに薦める。
「これはちょっと小さいし、これは色が派手」
 困るとばかりに、ベアトリスは何かにつけて拒否をした。
「もう、つまんないじゃない。買うっていうんだから、素直に欲しいもの言いなさい」
 逆切れされた。
「アメリア、私のために気を遣ってくれてありがとう。でも私もう大丈夫だから」
 ベアトリスは出来る限りのスマイルを見せた。
「あら、無理しちゃって。ほうら、あっちのお店に入ってみよう」
 強引に手を引っ張られてベアトリスはつんのめりそうになっていた。
「これなんかかわいい。ねぇ、これを色違いで買って、私と一緒に着るってどうかしら」
 アメリアはお揃いのTシャツを並べてベアトリスに見せる。自分ははブルーでベアトリスはピンクだと知らせている。それならばとベアトリスも大きく頷い た。

 二人はショッピングセンターを一通り回り、そしてレストランへと場所を移す。
 アメリアは料理を作るのも上手いが、味を良くわかってるので美味しい店も良く知っている。
 だが、折角お薦めのレストランがあると張り切って出向いたが、休みだと知り、がっかりと肩を落とした。
 ベアトリスは自分のために必死になってくれるアメリアを見ると心苦しくなり、ぱっと目に入ったものを指差した。
「あっ、あそこなんかどう。なんか楽しそう」
 ベアトリスが指差したのは道路を挟んだ反対側の通りにあった。
 どこでも見かけるチェーン店のレストランだった。
 気軽に入れそうな雰囲気があり、駐車場にも車が沢山停まっていた。
 たまにはこういうところもいいかと、何も考えずアメリアは車を向けた。
 辺りは夕暮れで、薄暗くなっている。二人は車を置いて駐車場に止めてあった車の間をすり抜けてレストランの正面玄関へ向かった。
 ベアトリスはそのとき、異変を感知し、自分にまとわりつく異様な空気を感じた。しかしその時は気のせいと決め付け真剣に受け止めなかった。
 お腹も空いてこの時は食べることに気を取られていた。
 レストランに入ると、カウボーイハットを被った女性が、案内してくれた。西部劇を思わせるような造りに充分楽しさが伝わってくる。
 席に案内され、メニューを見る。ベアトリスはアメリアとあれこれ話し合い、周りが何を食べてるのかをちらりと横見してそれぞれ欲しいものを注文した。
 出てきたとき、量の多さにびっくりしたが、見ても満足、食べても満足とそれなりに楽しい食事となった。
 また今回もすっかり食べたと、ベアトリスはお皿を見て苦笑いしていた。
「アメリア、私、ちょっとトイレ行ってくる」
 ベアトリスが席を外す。その間にアメリアは支払いを済ませていた。
 そして窓の外を不意に見たとき、自分の車の周辺に、フードで頭をすっぽり隠した男が臭いをかぐようにうろついているのに気がついた。
 アメリアの鼓動が突然高鳴る。
 携帯電話を取り出し、緊急事態の時の番号を探す。
 しかし焦って上手くボタン操作が出来ない。
 そして再び窓をみれば、あの男がレストランの正面玄関めがけて近づいてきていた。
 耳鳴りのようなキーンという不快な音が突然聞こえ、まるで危険を知らせる警告のようだった。
 恐怖心と共に脂汗がじわっと出てきて焦りが生じた。
 アメリアはやっとの思いで番号を探し出し電話した。その時、レストランの奥からベアトリスが姿を現し、笑ってアメリアの方へやってくる。
「まずい。今ベアトリスがここにきては危ない」
 携帯電話は呼び出し音を鳴らすが、まだ相手に繋がらないまま、アメリアは咄嗟にレストランの外に出た。
「やだ、アメリアったら私を置いて先に言っちゃう訳? もう……」
 ベアトリスが慌てて追いかけようとしたら、テーブルとテーブルの間の通路でちょうどトレイをもったウエイトレスとぶつかって、水の入ったグラスがぐらつき、倒れそうになった。
「あっ、ごめんなさい」
 ベアトリスは慌てて、なんとかしようとすると、その時誰かが悲鳴をあげた。
 そして辺りは恐怖で凍りついた。悲鳴をあげた女性が窓を指差している。レストランにいた者全てが一点を見つめだした。
 ベアトリスもそこに視線を合わせたとき、大きく目を見開いた。
「アメリア!」
 アメリアが苦しそうな表情をみせ、男に首を掴まれて持ち上げられていた──。