橋本様はイマディール不動産が仲介した中古物件を購入予定だ。まだ正式な引渡しはしていないが、双方合意で内定しており、書類作成待ちだ。引渡し前は2LDKの間取りを大きく変更して3LDKに変える予定で、今は内装の検討をしている。リノベーションもイマディール不動産でやって頂けることになっているので、引き続き私が担当する予定になっている。
「凄いラブラブで、新婚さんって感じです」
手を繫いで寄り添い歩く2人を見送ってから自席に戻る。綾乃さんに先ほどの様子を伝えると、綾乃さんもガラス越しに見ていたのか笑っていた。
「でも、新婚さんの相手って楽しいわよね。幸せオーラが凄くて、こっちまで幸せになる感じがする。2人が相談する様子から、こんな家庭にしたいんだろうなって想像がつくって言うか」
「なるほど。確かにそうですね」
私はポンと手を打った。
綾乃さんの言葉は、目から鱗が落ちるようだった。確かに先ほどの橋本様の場合、通常よりリビングダイニングルームが大きくとられている。きっと、家族で集まるその場所を大事にしたいという2人の意思の表れなのだろう。
「藤堂さんは結婚したらどんなお家がいいの?」
「私ですか?」
私は綾乃さんの質問に少し戸惑った。結婚の予定なんてない──と言うより、恋人すらいませんが──から考えたことがない。一体どんなお家がいいだろう。ちょっとだけ考えて、とりあえず最初に頭に浮かんだのはやっぱり趣味の料理に欠かせないキッチンだった。
「うーん。3口ガスコンロとガスオーブンは譲れません」
「ガスオーブン?」
「はい。火力が全然違います。今は電気オーブンも進化しましたけど、やっぱり1番いいのはガスオーブンですよ。設定温度まで到達する時間も短いですし。それで、鳥の丸焼きを焼くんです!」
綾乃さんは目をぱちくりとさせてポカンとしてから、クスクスと笑い出した。
「間取りじゃなくて、キッチン設備が気になるなんて藤堂さんらしいねえ。広い寝室と大容量の収納スペースとかじゃないんだ。ふふっ──とりあえず、料理上手な奥様が毎晩腕を奮う家庭になることはわかったよ」
パソコンを打ち込む綾乃さんの肩は笑っているせいで揺れている。けれど、たかがオーブンと侮ってはならない。近年の家電メーカーの努力の結果、高級電気オーブンの進化は著しい。スチームなんたらだとか、油を使わず揚げ物だとか、人工知能が付いていて今日の料理を提案するだとか。しかし、やはり火力勝負ならガスオーブンに敵うものはない。鳥の丸焼きを作るときも、中に肉汁を閉じ込めたまま、皮はパリパリになるのだ。
クリスマスにはそんなのを私が焼いて、奮発してシャンパンなんか買って、ケーキも用意して家族皆でテーブルを囲んで。目の前に座る人が桜木さんだったら嬉しいなぁ。カツンってシャンパングラスを鳴らして、さっきの橋本様に負けないくらい甘ーい雰囲気で……。そんな光景が自然と脳裏に浮かんで、急に気恥ずかしくなってキャーってなる。
おっと、いけない。
会社だというのに妄想を広げすぎたと、私は慌てて顔面筋を総動員して大真面目な顔を作った。しかも、ふと気付けば斜め前方の桜木さんがこちらを見ていた。目が合ったらすぐ逸らされてしまったけれど。
私、まさか独り言を言ってないよね?
私はさっと『私、何も疚しいこと考えてませんから』という風情を装って笑顔で綾乃さんに話しかけた。
「橋本様はリビングが広いんですよ。きっと家族みんなで過ごす時間を大事にしたいんじゃないですかね」
「そうかもね。最近は子どもをリビングで勉強させるのが流行ってるから、そういうのも見越してるのかもね」
「子どもをリビングで勉強させるんですか?」
「うん、そう。そういう子の方が成績がいいって研究結果が出たとかで、流行ってるよ」
「へえ……」
私は橋本様のリノベーションプランを改めて見返した。
65平方メートルの広さに対し、リビングダイニングキッチンが15畳とかなり広めにとられている。リビングインで繋がった主寝室は6畳半あるが、2つの寝室はそれぞれ4畳しかない。私には少しバランスが悪いように感じたけれど、橋本様はそれをご希望された。学習机を置かないなら、将来生まれてくるかもしれない子ども部屋も4畳で足りるのかもしれない。
あの2人はあのマンションで、これからどんな家庭を築くことを望んているのか。それを少しだけ垣間見れた気がした。
そして、その幸せな未来を形作るお手伝いをさせて頂いている事を、とても光栄に思った。
「凄いラブラブで、新婚さんって感じです」
手を繫いで寄り添い歩く2人を見送ってから自席に戻る。綾乃さんに先ほどの様子を伝えると、綾乃さんもガラス越しに見ていたのか笑っていた。
「でも、新婚さんの相手って楽しいわよね。幸せオーラが凄くて、こっちまで幸せになる感じがする。2人が相談する様子から、こんな家庭にしたいんだろうなって想像がつくって言うか」
「なるほど。確かにそうですね」
私はポンと手を打った。
綾乃さんの言葉は、目から鱗が落ちるようだった。確かに先ほどの橋本様の場合、通常よりリビングダイニングルームが大きくとられている。きっと、家族で集まるその場所を大事にしたいという2人の意思の表れなのだろう。
「藤堂さんは結婚したらどんなお家がいいの?」
「私ですか?」
私は綾乃さんの質問に少し戸惑った。結婚の予定なんてない──と言うより、恋人すらいませんが──から考えたことがない。一体どんなお家がいいだろう。ちょっとだけ考えて、とりあえず最初に頭に浮かんだのはやっぱり趣味の料理に欠かせないキッチンだった。
「うーん。3口ガスコンロとガスオーブンは譲れません」
「ガスオーブン?」
「はい。火力が全然違います。今は電気オーブンも進化しましたけど、やっぱり1番いいのはガスオーブンですよ。設定温度まで到達する時間も短いですし。それで、鳥の丸焼きを焼くんです!」
綾乃さんは目をぱちくりとさせてポカンとしてから、クスクスと笑い出した。
「間取りじゃなくて、キッチン設備が気になるなんて藤堂さんらしいねえ。広い寝室と大容量の収納スペースとかじゃないんだ。ふふっ──とりあえず、料理上手な奥様が毎晩腕を奮う家庭になることはわかったよ」
パソコンを打ち込む綾乃さんの肩は笑っているせいで揺れている。けれど、たかがオーブンと侮ってはならない。近年の家電メーカーの努力の結果、高級電気オーブンの進化は著しい。スチームなんたらだとか、油を使わず揚げ物だとか、人工知能が付いていて今日の料理を提案するだとか。しかし、やはり火力勝負ならガスオーブンに敵うものはない。鳥の丸焼きを作るときも、中に肉汁を閉じ込めたまま、皮はパリパリになるのだ。
クリスマスにはそんなのを私が焼いて、奮発してシャンパンなんか買って、ケーキも用意して家族皆でテーブルを囲んで。目の前に座る人が桜木さんだったら嬉しいなぁ。カツンってシャンパングラスを鳴らして、さっきの橋本様に負けないくらい甘ーい雰囲気で……。そんな光景が自然と脳裏に浮かんで、急に気恥ずかしくなってキャーってなる。
おっと、いけない。
会社だというのに妄想を広げすぎたと、私は慌てて顔面筋を総動員して大真面目な顔を作った。しかも、ふと気付けば斜め前方の桜木さんがこちらを見ていた。目が合ったらすぐ逸らされてしまったけれど。
私、まさか独り言を言ってないよね?
私はさっと『私、何も疚しいこと考えてませんから』という風情を装って笑顔で綾乃さんに話しかけた。
「橋本様はリビングが広いんですよ。きっと家族みんなで過ごす時間を大事にしたいんじゃないですかね」
「そうかもね。最近は子どもをリビングで勉強させるのが流行ってるから、そういうのも見越してるのかもね」
「子どもをリビングで勉強させるんですか?」
「うん、そう。そういう子の方が成績がいいって研究結果が出たとかで、流行ってるよ」
「へえ……」
私は橋本様のリノベーションプランを改めて見返した。
65平方メートルの広さに対し、リビングダイニングキッチンが15畳とかなり広めにとられている。リビングインで繋がった主寝室は6畳半あるが、2つの寝室はそれぞれ4畳しかない。私には少しバランスが悪いように感じたけれど、橋本様はそれをご希望された。学習机を置かないなら、将来生まれてくるかもしれない子ども部屋も4畳で足りるのかもしれない。
あの2人はあのマンションで、これからどんな家庭を築くことを望んているのか。それを少しだけ垣間見れた気がした。
そして、その幸せな未来を形作るお手伝いをさせて頂いている事を、とても光栄に思った。