「どうしましょう。学区があるから、郊外は駄目なんですよ」
「3LDKで5000万円? 確かにそれは厳しいねー」

 自席に戻り、隣に座る彩乃さんに相談すると、彩乃さんも私と同じように感じたようで眉を顰めた。

 今回の久保田様の何が1番ネックかと言うと、ズバリそれは希望エリアだ。3LDKで5000万円の物件は、世の中的には沢山ある。しかし、ここは日本有数の高級住宅街だ。当然ながら、物件価格も日本有数の高さなのだ。

 久保田様は子どもの通学圏内を考えており、しかも下のお子様はまだ小学生。越境通学するにしても、限度がある。つまり、非常に狭いエリアで物件をご希望されている。
 そもそも売り出し物件が出るかも分からないし、尚且つそれが5000万以下で3LDKかなんて分からない。私の予想では、恐らくそんな物件は出てこない気がした。

「エリアが譲れないなら、予算は増やせないのかな?」
「うーん。普通のサラリーマンの方ですし、お子様も2人いらっしゃいますし、なかなか厳しいんじゃないかと……」
「そう。困ったわね」

 彩乃さんは眉間に皺を寄せた。
 彩乃さんの言うとおり、困った。希望をお受けしたからには、こちらからも1件位はご紹介したい。しかし、今のところそのアテが1つも無かった。
 エリアがもう少し広く、例えば学校から半径5キロ以内と言われればまだなんとか探せる気もするが、現状では厳しい状況だった。

「私もそういう物件が無いか、気にしておくわ」
「はい。ありがとうございます」

 私は綾乃さんにお礼を言うと、見落としが無いかイマディール不動産の物件情報を見直した。希望エリアに売り出し中の3LDKは2件ある。しかし、一方は7800万円、もう一方は1億超えと完全なる予算オーバーだ。そして、希望エリアで5000万円以下の売り出し中物件は3件あった。しかし、いずれも3LDKではないし、1番広い部屋でも58平方メートルしかない。佐伯様が売却を希望されている、あの物件だった。

 私はふぅと息を吐く。まだ半年位は猶予があるから、もしかしたらいい物件も出て来るかもしれない。私はそんな淡い期待に一縷の望みをかけて、物件案内を閉じた。


 ***


 その日、私はオフィスで桜木さんの後ろを通りかかり、桜木さんが読んでいたものにふと目を留めた。大手不動産会社が出版している、自社ブランドマンションの広告を集めた雑誌だった。

「どうしたんですか? こんなの読んで」
「参考にしようと思ってさ」
「参考?」
「うんそう。大手不動産会社の広告って、不動産業界の最先端のトレンドが詰まってるんだよ。モデルルームのイメージ写真からわかるフローリングとか照明もそうだし、間取りもそう。今じゃメジャーなウォークインクローゼットやアイランドキッチンとかも、昔は無かったんだから」

 桜木さんは雑誌から顔を上げると、私の顔を見た。
 桜木さんと目が合うとちょっとだけ嬉しい。そんな風に感じるようになったのは、いつからだろう。私は口の端を持ち上げて、同じように少しだけ微笑んで見せた。

 桜木さんによると、不動産の内装や間取りには流行があるのだという。そして、その流行をいち早く取り入れて牽引するのはやはり大手不動産会社なのだという。桜木さんは仕事をする上でその流行に敏感に追随出来るように、定期的にこうやって情報のアップデートをしているそうだ。

「へえ……。私も読もうかな」
「うん、読みなよ。色々と勉強になるよ。こういうの、今度からチーム内で回覧した方がいいね。気が利かなくてごめん」

 桜木さんは片手を顔の前で合わせるとごめんなさいのポーズをした。
 私は桜木さんから渡された何冊かの雑誌を自分のデスクの上に置いた。大手不動産会社の広告雑誌もあれば、様々な不動産会社の住宅情報を集めた雑誌もあった。1番上に見える表紙には『年収別! 購入した物件全部見せます!』とその雑誌の特集記事のキャッチコピーが大きく書かれていた。

 不特定多数の人を対象にする住宅情報雑誌なので、当然ながら掲載されているマンションも千差万別。掲載されているのも都心の超高額物件から、郊外のお手頃価格物件まで幅広い。

 それを見ていて、私はあることに気づいた。物件の中には()()()狭い占有区画を細かく区切る間取りが一定数混じっているのだ。
 イマディール不動産では都心部の中古マンションにリノベーションを施し高級感を出すため、狭い部屋の壁を抜いて広くすることが主流だ。しかし、その雑誌に載っている物件は販売価格を抑えるために、狭い占有区画を工夫して区切り、部屋数を確保していた。

「これ、いけるかもっ!」

 私はそれを見て、僅かな光明が差すのを感じた。