11月に入ると、朝晩の気温はぐっと下がる。ジャケットを着るだけだと少し肌寒いけれど、コートを着るにはまだ早い。毎年毎年、この季節になると着る物に迷う。一体全体、去年の私は毎日なにを着ていたのだろうかと、毎年同じようなことに悩んでいる気がする。

 そんな肌寒い中、リノベを終えた物件の確認から戻ってきた私は、駅からオフィスまでの道を足早に歩いていた。なぜ足早かって、それは寒いからですよ。風が吹くと首や袖の隙間から冷気が入り、その冷たさにぶるりと震える。
 大急ぎでオフィスに戻ってきた私は、到着直前、オフィス前の物件案内を眺めている中年の男性の後ろ姿に気付いた。男性は物件案内を見ながらも、チラチラとガラス張りの中を窺っているようにも見えた。

「こんにちは。物件をお探しですか? ここに出ていないものも沢山あるので、よろしければご紹介しますよ」

 私はその男性に声を掛けた。男性はハッとしたようにこちらを向き、私の顔を見た。年齢は40代後半位だろうか。眼鏡をかけた、中肉中背の大人しそうな雰囲気の男性だ。

「あの……、希望を言えば探して貰えるんですか?」

 男性はおどおどとした様子で、そう言った。私はにっこりと微笑む。

「もちろんです。お客様の理想のおうち探し、お手伝いさせて頂きます」


 ***


 私はアンケート用紙に目を通しながら、先ほどの男性──久保田様と接客室で向き合っていた。

「ご家族4名様で住まれるマンションご希望ですね? 間取りは3LDK、ご予算は5000万円……失礼ですが、場所はこのエリア限定ですか?」
「はい。子どもが学校を転校したくないと言っていますし、妻も一から新しい土地で近所付き合いするのは煩わしいと言っていますから」
「つまり、エリアは譲れないということですね?」
「はい。そう考えています」
「なるほど。承知いたしました」

 私は承知したことを伝えるためにしっかりと頷いて見せる。
 久保田様がご希望されたエリアは広尾から恵比寿にかけての、まさにイマディール不動産があるあたりのエリアだった。先日のハロウィンでお子さんが持ち帰ったイマディール不動産の広告を見て、散歩ついでに店前で物件案内を見ていたと言う。
 今現在、久保田様は勤務先の社宅に入居しているものの、社宅取り壊しのため今年度中に退去する必要があるため、物件を探しているそうだ。

「畏まりました。ご希望にあう物件がありましたら、ご連絡させて頂きます」
「お願いします」

 久保田様は何度か頭をぺこぺこと下げ、イマディール不動産を後にした。私は笑顔でその後ろ姿をお見送りする。

 ──が、しかしだ。
 接客業なので一見すると私は柔やかに微笑んで受け答えしていたはずだ。しかし、内心では相当焦っていた。

 この辺りで予算5000万円で家族4人が住める3LDK。はっきり言って、非常に厳しい。その場で『無いです』とあからさまに表情に出さなかった私は、以前に比べたら相当成長したと思う。しかしながら、これはいわゆる、『予算と物件の希望が噛み合っていないお客様』と言わざるを得なかった。